連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために―― 作:mogatoku
ホロック警部補は
「はい、そのとおりです。ご店主ですか?」
男ドワーフは、ホロックの対面の長身族用の椅子をどかし、代わりにドワーフ用の椅子を置いて座った。
「そうだ。それで聞きたいことって何だ?」
あまり歓迎されてないことが声色にありありと出ている。
よくあることだ。
「この男を捜していましてね」
ホロックは人相書きをゴドンから受け取り、差し出して見せる。
店主は一瞥して渋い顔になった。
「監査庁がなにやら嗅ぎ回っていた件か。なぜ探しているのかは分からなかったが…」
「教えてくれなかったんですか」
「ああ。何か厄介事なのか?」
尋ねるような、睨むような視線を向けてきた。
「ええ、監査府の偉い人が……と言いましても、うちの署長より少し上というくらいですがね。それが襲われたんですよ」
ホロックは軽い調子で教えてやった。
「なるほど。それでか」
店主は納得したように頷き、また同じ鋭い視線を向けてきた。
「だが、うちはもう知ってることは話したぞ」
実に面倒くさそうな声でそう言い、実に面倒くさそうな表情になった。
(それでも、聞かなくちゃならない)
ホロックはあくまで軽い調子で話を続ける。
「いえね。ケイ・ディンという従業員の証言が、ちょっと気になりましてね」
その名を出した瞬間、店主の眉が不安げに動き、表情が曇った。
続いて、探るような視線をホロックに向けてくる。
「…どの辺が気になるんだ?」
こちらの意図を探ろうとする質問だ。
(当たりかな?)
ホロックは手応えを感じつつ、軽く肩をすくめてみせる。
「いや、大したことじゃないんですがね。男がボブと呼ばれていたことは覚えているのに、他のことは覚えていないというのは、ちょっと変だなあと」
店主の目が、いぶかしげに細められた。どこか不満げな表情でもある。
「別に変だとは思わねえが?」
(やっぱり、何か隠しているな)
変だと思わないのは、気にしたことがないからだ。あるいは――気にしたくないのか。
ホロックはあくまで軽い調子を続ける。
「この仕事やってると分かるんですが、ノウブっていうのはちょっと興味を持つと、ちゃあんと記憶してるものなんですよ」
店主の目に動揺の色が小さく走った。
ホロックは小さく目を細める。
「だから! たまたまそのボブに興味を持っただけだろ!」
(刑事に勢いで押し切ろうとしても、無駄だよ)
「オイラが聞いた話じゃ、監査庁は夕方の忙しい時間帯に、従業員や客に話を聞いたようなんですが…」
「それがどうしたっ…!」
店主の声は大きかったが、かすかに震えてもいた。
「さぞかし鬱陶しかったでしょうねえ」
「…」
店主の顔が曇っていく。
「いそがしい時にあれこれ聞かれるのは」
「…」
「しかも客にもあれこれ聞いて回わられれば、客がしらけて店を出て行ってしまうかもしれない。だれだって監査庁に睨まれたくはないですからね」
「…」
次第にしかめっ面になっていく。
(あとひと押しかな)
「だから適当に話をでっち上げて帰ってもらった――なあんてことも、ありそうだなあと思いましてね」
店主は押し黙っている。
厨房から油がはぜる音と、皿を片付ける音が響く。
しばしの沈黙の後、店主は吐き捨てるように口を開いた。
「ああ迷惑だったよ! 客の前であれこれ聞きやがって。この店は客の話をベラベラと喋る店だと思われたら客が寄りつかなくなっちまうじゃねえか。そうだろ?」
苦々しげな店主に、ホロックは賛同とばかりに頷いてやる。
「しかも気分良く飲んでる客にもあれこれ聞きやがって。監査庁が嗅ぎ回っているなんて評判が立ったら、
またしっかりと頷いてやる。
「そうなりゃ客はますます離れる。だからあいつらが満足して帰る程度に話してこい、とケイに言ったんだ」
(やはり!)
「じゃあ証言はウソなんですかね?」
ホロックは強い視線を向けると、店主はいかつい肩をすくめた。
「どうだかな」
その瞬間、二人の間にどんぶりが現れた。
「はい、長身用アルテ丼
「ああ、ありがとう」
ホロックがゴドンに渡してやると、「ウス」と受け取った。
店員が離れる背中を見送って、店主が視線を戻した。
「あんさん、ローガン・バリソーンの部下だろ?」
何かを期待するような目だ。
「うちの署長を知ってるんですか?」
「ああ。昔は“ドワーフ警官会”の宴会でウチを使ってくれたんだ。だが、最近は新しい店に行ってるのか、せっかく近くの署長になったっていうのに、全然音沙汰がねえ」
その表情には、不満がありありと浮かんでいた。
(飽きたのかもな)
「なあ、ローガンに話してくれねえか。たまにはうちを使えと。そしたらいろいろと思い出すかもしんねえぞ」
(そう来たか…)
ホロックは
自分が署長に話しても、別に…いや全く問題ない。
ドワーフの飲み会はあくまで私事だ。公務でもなければ、公金も使われない。
(なら今すぐ話してやるか)
「電話を貸してもらえますか?」
「何をするんだ?」
「署長に電話してみますよ」
「ホントか? なら使ってくれ」
太い腕で机を叩くように押さえつけると、店主はやや高い椅子から通路に跳び降りた。
ドワーフらしい、少し重い音が響く。
ホロックもすぐに降りて、店主の後に続いた。
署長に電話を掛けて事情を話すと、しばしの沈黙があった。
(あきれている?)
署長が考えている気配が受話器の向こうから伝わってくる。
やがて、耳元で署長の声が響いてきた。
“…わかった。再来月になるが、わしが店の手配の当番になる。その時に頼んでやる。なんなら今から予約してやる! あ…正確な人数はまだだがな。その代わりちゃんと証言してもらえよ!”
受話器を下ろして振り返ると、店主がじっと見ていた。
「――という返事がありました」
ホロックが署長の言葉を告げると、店主は満面の笑みになった。
「本当か! そうかそうか!」
喜びを隠せない様子で、声も弾んでいる。
そこにホロックの昼食が運ばれてきた。
「はい、短身用飯炒めとスープだよ。おや店主、何か良いことあったんですか?」
女ノウブの店員が尋ねた。
「ドワーフ警官会だぞ! 再来月だがな」
「それが良いことなんですか?」
「ああ。ドワーフ警官会ってのはな。
「それは、稼ぎ時ですね!」
「それだけじゃねえ。ドワーフが大勢来る店は繁盛するんだ。また客が増えるぞ」
ドワーフが店主なのに、ドワーフが来ない店だったようだ。
(それはそれで問題があるんじゃなかろうか……昼飯は別にマズくはないから、料理じゃなくて酒に問題が…? 署長が同族から責められしないんだろうか…?)
ホロックは少し心配になってきたが……、
(まあ、それは署長の問題だ)
と、気にしないことにした。
「それで、この男について話を聞きたいんですが」
ホロックは肝心の用件を思い出させる。
「そうだな。ケイ、こちらの刑事さんが聞きたいことがあるそうだ。ドワーフ警官会の宴会が掛かってるからな。ちゃんと協力してやれよ」
女ノウブの店員は一瞬だけ目を細め、すぐに
(この店員がケイ・ディンだったのか)
“ボブと呼ばれていた”と証言した当人。
「ほんじゃ、昼の客が一段落してからでいいですか」
ケイと呼ばれた女ノウブが尋ねた。
「ええ、こちらもゆっくり食べて待ってますよ」
ホロックは快諾した。
(これでようやく、本題に入れるな)
昼食はこれでもかとゆっくりと食べたが、それでも少し待たされてから、ようやくケイ・ディンが席にやって来た。
「ウソじゃありませんよ。ただ全部話したわけじゃないというだけです」
ケイ・ディンは、柔らかく、それでいてキッパリとした口調で断言した。
「話していないこととは?」
「そうですねえ。まず二階の席にいたんです」
「ニンゲンだからだね?」
二階は間身族用の席だ。
「はい」
「他には?」
「たとえば…」
思い出すように目を閉じる。
「『秋になれば風向きが変わる。そうすりゃまた
(風向きか…)
孟都では夏に東風が吹き、冬に西風が吹く。
文字通り受け取れば「秋になれば西風が吹くから、そうなれば西で魚が
「それをボブが?」
「はい。ちょうど酒を持っていった時です。すると同席の男ドワーフのお客さんが『おい、ボブ』って、ボブが『何だ、ゾラン』と返して、ボクが『はい、お酒です』と置いたんです。話はそこで終わったので、続きは聞いてません。あとは支払いの時に同席したお客さんが『ボブ、もう行くぞ』と言ったのは、監査庁の人に話したとおりですよ」
(おっと…新たな名前が出てきたぞ…)
「ゾランか…。他に名前を聞いてない?」
「いえ、聞いてません」
その後もしばらく質問を続けたが、それ以上の成果はなかったので終わりにすると、ケイ・ディンは「じゃあ仕事に戻りますね」と言って席を離れた。
が、すぐに戻ってきた。
「あのう…店主が……『今日のお代は結構です』って言ってこいって言ってるんですけど…」
どこか不安げな様子である。
それを見て、ホロックは事情が見えてきた気がした。
(ははん…さてはドワーフ警官会がこの店を避けていたのは…このせいだな)
つまりこの店主は、公務員の客に対する距離感がズレているのだ。
おそらく無自覚に間違えるのだろう。
ケイはそれを感じているのだが、おそらく店主は耳を貸さないのだろう。あの店主、確かに「宴会の予約を持ってきてくれた客だ。これくらいのオマケは当然だ」などと考えそうな顔だ。
「それはダメだよ。警察への
ホロックがそう言うと、ケイの表情が一気に明るくなった。
「ですよね! では、お代は――」
「――毎度あり!」
それぞれが会計を済ませてから、店を出るとゴドンが尋ねた
「彼女の証言がおかしいって、気づいてたんですか?」
「ん? ああ、ノウブならもう少し情報が出てくるはずだと」
するとゴドンが首をひねる。
「確かに記憶力はあるんでしょうが、無駄なことは覚えない印象です」
「そうだな。効率を重んじるノウブは多い。けど、彼らはそもそも長く生きてない。記憶は子供並に鮮明だよ」
ノウブの一回期は4ヶ月しかない。だから六歳で18回期を迎えて成人するのだ。
「さっきの表情もそう。心も子供のように純粋な人が多い。もちろん例外はいるけどね」
「なるほど、勉強になるです」
ゴドンが輪車の扉を開け、運転席に乗り込んだ。
ホロックも後部座席に腰を下ろし、腕を組んで考え込む。
「風向きか…」
(西風が吹くから魚が捕れるなど聞いたことがない。するとこの「風向き」は比喩かもしれない…)
「さっきの話ですか? そういえば三日前から肌寒くなってるですね」
そう。西寄りの風が吹き始めた。もっと細かく言うと“西南西の風”になった。
冬が近づいている証拠である。
ゴドンは、やはり実際の風の向きのことだと考えているようだ。
(だが、これはきっと比喩だろう)
ホロックはそう思うが、いま部下にそう断言する気にはなれなかった。
「そうだな…」
ただそうつぶやいて、思考を続ける。
(“そうすりゃまたとれる”か……。一体何がとれるというのか…)
遠くから
次回の投稿は明日の予定です。