連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために―― 作:mogatoku
翌朝、ホロックが出勤すると、宿直室から男ノウブが出てきた。
捜査二係の巡査だ。
「おはようございます。朝一番にホロック係長宛てに電話がありましたよ。ここに電話してくれって」
紙片を受け取る。
「ああ、ありがとう」
ホロックは受け取り、捜査一係の扉をくぐると、すでに来ている者がいた。
「おはようございます。今日は、午後から監査庁で合同捜査会議がありますね」
部下の女ノウブ、パム・ドイ巡査長である。
「ああ、だから昼前に一度集合だ。聞き込みで集めた情報を文書にまとめておくんだぞ」
「そんな時間はないのでは?」
パムがそう言って周囲の机を見渡す。
この人達には無理ですよ、と言いたいのだろう。
「その場合は合同捜査本部会議の本部長の前に立たせる。監査府の特捜員の前で口頭で報告させる」
「ひえええ。それは勘弁してほしいですよ」
両手を空に向けてあきらめの仕草をしているが、パムはノウブだ。
手書き文書なんかすぐに作れる。
(問題は他の班員だな…)
ホロックは手に持った紙片に視線を落とした。
さきほど渡されたそれには、番号が書いてあった。
(ん? 電話番号だけ?)
すぐに受話器を持ち上げ、番号盤を回す。
先方は待ち構えていたようだ。繋がるとすぐに声が響いた。
“坊主、いますぐ来てくんねえか”
ボムリの旦那だった。担ぎ屋を束ねている男ドワーフである。
「今すぐにですか?」
“ああ、例の男を見たって言う連中がいるんだ。できれば船が入る前に済ませて欲しい”
「すぐ、行きます!」
ホロックは受話器を置くと、すぐに立ち上がった。
(ありがたい。捜査が進展するかもしれないぞ)
「悪いが、港に出かけてくる。証人がいるらしい」
「一人で行くつもりですか? それはマズいのでは…」
捜査は二人一組が基本である。だが、ボムリの旦那の所に行くだけだ。
「大丈夫だ!」
「あの…朝礼は…」
呼び止めるように力なく腕を持ち上げているパムの横を、ホロックは素通りした。
「課長と署長にはよろしく言っといてくれ」
「そんなあ!」
廊下に駆け出すホロックの背中に、パムの声が響いた。
短身族用の輪車を自分で漕ぎ、平屋の前に乗り付けると、ボムリの旦那が三人のノークとともに待ち構えていた。
「遅えぞ。こっちはとっくに仕事始めてるってのに」
港はすでに忙しそうに、運びや達が行き来し、荷物を運ぶ輸送輪車の音や、
「普通はね、これくらいの時間が始業時刻なんですよ」
ホロックは車から出ると、そう言って扉をバタンと閉めた。
「それで、見たってのはこちらの三人ですかい?」
「ああ。カイド、ゴゾル、ボザンだ」
ボムリが一人ずつ照会すると、併せて一人ずつ会釈した。
「てめえら、この坊主がホロック刑事だ。いつも世話になってるからな。質問にはちゃんと答えてやれ」
「わかったです」
カイドが答え、他の二人も大きく頷いた。
「それで、人相書きの男ニンゲンに見覚えがあると?」
ホロックは小さな手帳を胸から出し、小さな鉛筆を握る。
「ああ」「うん」「はい」
三人が頷く。
「どこで見た?」
「ええと…小の6番です」
一番若そうなカイドが、額に指を当てて言った。
「小の6番?」
ホロックが聞き返すと、ボムリの旦那が、説明してくれた。
「ああ、小の6番ってのはな、小型の輸送輪船の船着き場の一つだ。そこで、荷揚げや荷下ろしするんだ」
「なるほど」
大きく頷くカイドの足元で、ホロックは手帳に書き込む。
「君たちはそこで何をしてたので?」
書き込みながら、尋ねた。
「オラ達、5番で荷揚げしていたです」
「つまり、隣の船着き場ってことで?」
「そうです」
再び手帳に書き込んだ。
「それで、その男はいったい何をしてたんで?」
「船から降りてきた」
(降りてきたか…)
「それだけ?」
「はい」
「どんな船でした?」
「なんか古い船。小型というより中型の船」
「中型なのに小型の船着き場に入ってたと?」
「ギリギリ入っていたみたいだった」
「船名が分かったりは?」
カイドが首を振る。
「見てなかった」
するとそれまで黙っていた隣のゴゾルが口を開いた。
「ええと…“トーモルリンゴー”って書いてあったです」
(来た!)
犯人につながる重要な手がかりだ。
ホロックは心の中でぐっと拳を握った。
“トーモル輪号”
しっかりと手帳に書き込む。
「その男ドワーフと男ニンゲンを見たのは何日?」
「ええと…あれは…」
ゴゾルが思い出そうと首をひねるが、出てこない様子だ。
だが今度はカイドが覚えていたようだ。
「12日だな…です」
「そうだ。12日だったです」
それまで見ていた三人目のボザンが、補足した。一番年上のような雰囲気を出しているが、それでもまだ若い。
「時間はわかる?」
「午後です」
“12日、午後”
ホロックは手帳に書き込む。
「そのトーモル輪号っていう船は、今も小の6番に?」
「もういないです。今は別の船がいるです」
カイドが答えた。
「トーモル輪号がいつ出たか、分かったりは…?」
「しばらくいたけど、気付いたらいなくなってたです」
「最後に見たのは?」
「ええと…」
「たぶん14日です」
ボザンが答えた。
(ん? 14日って犯行日か?)
「時刻は?」
「夕方です。運び屋に荷物渡し終えて、帰るとき」
するとカイドが思い出したように声を上げた。
「あ、見たです」
「その後は?」
「ええと…」
カイドが言いよどむと、ゴゾルが引き継いだ。
「見てないです」
「そうですか…」
(その後はいつまでいたのだろうか……)
出発が犯行時刻の前か後かで、話が変わってくる。
「よく覚えていたねぇ」
ノークは自分らに関係のないことはあまり気にしないので、ホロックが感心してそう言うと、ボザンの顔が曇った。
「あの船の男ドワーフ、『担ぎ屋いらない』と言った。『自分たちだけでやる』と」
「それはいつ?」
「最初です。12日」
「つまり…君たちを使わなかったわけだな」
「はい。そしてその男ニンゲンと一緒にまた船に戻った…と思う」
(それで記憶に残ったと)
「そうだ。変なヤツらだ」
(なるほど。それは普通じゃないな。見られたくない荷物でも載せていたか)
「ほかにどんな人を見たか、覚えてるかい?」
「ニンゲン、ドワーフ、ノウブ、パント」
「ニンゲンが多かった…です」
(いろいろだな……ん?)
「ノークは?」
すると三人が顔を見合わせてから、ボザンが答えた。
「見なかったです」
「降りてこなかったと?」
「ずっと見てたわけじゃないから降りたのかも。船はノークが漕ぐものだし…」
「その人たちの顔の特徴なんかは?」
また三人が顔を見合わせ、首を振り、今度はカイドが言った。
「何人かは見れば分かると思うです。でも説明はムリです」
「ニンゲンとドワーフは濃色も淡色もいて、いろいろでした」
「そうですか…」
手帳に書き込む。
「他に何か気づいたことは?」
また三人が顔を見合わせ、首をひねる。
それを見てボムリが割り込んできた。
「じゃあ、もういいか。三人は仕事があるんだ」
(時間切れか)
ホロックは手帳を胸にしまいながら、礼を述べる。
「どうもありがとうございます。大変参考になりました」
容疑者は乗り込んでどこかに向かった可能性が高い。
それにこの船――
中型船か。
思ったよりも大きな集団が関わっているようだ。
だが何より――
(船名がわかったことは大きいぞ!)
「よし、行っていいぞ」
ボムリがせかすように右腕を振ると、三人がいそいそとその場を離れていった。
その背中を見送りながらホロックは礼を言う。
「ボムリの旦那も、連絡ありがとうございます」
(おかげで捜査が進みます)
「おうよ。坊主には世話になってるからな。役に立てたなら何よりだ」
ボムリが胸を叩いた。
「それじゃ、オイラはこれで失礼します」
(トーモル輪号はいつ出たのか? 早速調べなくては)
輪車に乗り込み、内側から窓を開ける。
「三人にはまた聞きに来るかもしれません」
「おう。連絡をくれれば手配してやる。その代わりとっとと犯人を捕まえろよ。ノウブがこの港に来なくなっちまうからな」
「もちろん。そのつもりですよ」
これはうちの管轄の事件だ。犯人はこの手で捕まえるつもりだ。
(そして、警察を除け者にした監査庁の脳専どもの鼻を明かしてやる。港湾署の、現場の誇りを見せてやるぞ)
ホロックがそんな気持ちも含めて拳を握って見せると、ボムリの旦那がニカッと笑顔になった。
ホロックは勢い良く踏輪板を踏み込んだ。
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