連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために―― 作:mogatoku
船名を聞きだしたホロック警部補は、すぐに港湾事務所に向かった。
港湾事務所は倉庫の管理事務所とは異なり、より海に近い建物にあった。
「小の6番に入ったトーモル輪号がいつ出たのか、確かめたいんですが」
さっそく用件を尋ねると、男ニンゲンの事務員は帳簿をしばらくめくってから答えた。
部下のヘルマンに少し似ている。
「12日の小の6番に入ったのは……トーモル輪号…ええと15日には出航するとの連絡があったようですが、結局出港したのは翌16日の早朝のようです…」
(連絡は犯行後か!)
犯行時刻は14日の夜半。
翌日、すぐに出港したかったが、出発はさらに一日伸びたようだ。
(踏輪士を呼び戻すのに手間取ったか…?)
輪船を動かすには踏輪士が大勢必要だ。
いきなり出ようとしても出られるものじゃなさそうだ
「船の所有者はわかります?」
「使用届によりますと……」
職員が眉をひそめながら言った。
所有者欄には“ガン”としか書いてませんね……あれ? おかしいな…ちょっとお待ちを…」
再び帳簿を調べ始める。
「ガン……?」
職員は一つ帳簿を出してはパラパラとめくり、また出してはパラパラとめくっている。
ホロックは待ちきれずに声を掛ける。
「この記録を付けた人は?」
「それが、時々入ってもらう女ノウブの非常勤でして、今はいないんですよ」
「次の勤務はいつ?」
「それが…次は来月なんです。まあ…連絡先は分かっていますので……聞けば分かると思いますが……」
四冊目をめくる手が止まった。
「ありました! トーモル輪号! 昨年6月にも入港してます。所有者は“ガントン貨物輪船”。“ガン”とは“ガントン貨物輪船”のことです。これですね」
(ガントン貨物!)
「申請した人の名前とかは分かります?」
「“ゾラン・デンケン”とありますよ。ここです。今月の帳簿にもあります。こっちは“ゾ・デンケン”ですけど」
見せてもらうと確かにそうある。
ホロックの手帳の上を走るペンは快調に走った。
だが職員は沈んだ声になった。
「こうして見ると、この船、何度か来てますね。悪いことしたなあ。この前、監査庁の人に聞かれたんですよ…」
ホロックが手帳から視線を移すと、表情も曇っている。
「『ガントン貨物の船は港に来てないか』って。その時は『
(ははん…そういうことか)
監査庁に言われて“ガントン貨物の船”を探したが、ノウブの非常勤職員が略称を使ったせいで、この帳簿にはそうは書いていなかった。
ノウブは効率を重んじる者が多い。
あるいは、たまたま急いでいたのかも知れない。
――だから見つけられなかった。
だがこちらは「小の6番に入っていたトーモル輪号の所有者は誰か?」と尋ねた。おかげで書類をさかのぼって調べてくれた。
――だから見つけることができた。
ホロックは失態を悔やむ職員に笑顔を向けた。
「それなら心配要りません。午後には監査庁に行きますので、オイラから伝えておきますよ」
安心させるようにそう言うと、職員は少し安堵の表情を見せた。
「お願いしてよろしいですか? 略称で記録していたせいで、気付かなくて済みませんとお伝えいただくと助かります」
「まかせてください。しっかりと伝えます」
ホロックはにんまりと微笑み、胸を叩いたのだった。
昼前、港湾署の捜査会議室には、捜査員達が集まっていた。
「ガントン貨物ですか……現場の33番倉庫の使用者ですね。ですが、すでに倒産しています」
ホロックの話を聞いたヘルマン・ナンゴン巡査部長が、昨年の帳簿の記録を見ながら、少し残念そうに続けた。
帳簿はホロックが借りてきたものだ。ここに船の情報が雑な文字で記載されている。
「だが船はある。これを見つければいいんだ」
ホロックは足台の上で、拳を握ってみせた。
「申請者の名前もありますね」
「ああ、ゾラン・デンケンとある。ケイ・ディンが耳にした名前が“ゾラン”だった」
(つながりがあるのは間違いない)
「海のドワーフですかね」
「いや、署長の話では“ゾラン”という名前はどこにでもあるらしい。ただ『山の男ドワーフに多い』というだけだそうだ。“デンケン”という氏は『海のドワーフに多いが、これもどこにでもありそう』なんだそうだ。念のためケイ・ディンにもさっき電話で確認したが、淡色にも中色にも見えたと」
「偽名ってことは…」
「かもしれないが、父親が中色で母親が淡色というのもあるかもしれないぞ。だが、いずれにしても―――」
ホロックは拳を振りかざす。
「――この船を見つければわかることだ。容疑者“ボブ”の正体もわかるはずだ!」
するとパム・ドイ巡査長が小さな首をかしげるように傾けた。
「係長はなんだか楽しそうですねえ」
(やはり分かるか…)
「ああ、これを監査庁の脳専どもの鼻っ柱に叩きつけてやれるからな」
(現場の足でつかんだ情報だ)
「最初っから我々警察に任せれば良かったと、後悔させてやれるんだ。そう思うとな」
ホロックは自分の顔から笑みがこぼれるのを感じる。
パムの顔が若干引いている。
「いいですねえ。あの澄ました優等生顔が雁首並べて驚くところが見れるわけですね。そりゃ楽しみですぜ」
同調するようにニヤリと笑みを浮かべるヘルマンに、ホロックはさらに悪ノリしていく。
「フフフ。たっぷり嫌味を言ってやるぞ」
「警部補の嫌味は効きますからな」
「ヤツらには『高給取りがこの程度のことも調べられないとは、警察なら納税者の皆さんに申し訳なくて、あたくしは街を歩けませんよ』くらいは言ってやらないとね…フフフ…」
「いいですね。自分も『最初から我々に任せていれば、今頃は犯人を捕まえていたのでは?』と言いたいですよ」
「フフフ。それくらいは言ってやってもいいだろうね」
「きっとヤツらも自分たちの思い上がりを反省することでしょう。フフフ」
怪しげな笑みを浮かべる二人。
他の部下は皆、あきれた表情で顔を見合わせていたが、それでも二人の悪ノリは止まらなかった。
昼過ぎ、そんなホロック警部補とヘルマン巡査部長の二人は、今回はさらに二人の部下も加えて、意気揚々とモルドー監査庁を訪れ、会議室の席に座った。
(警察の力を示す時は間もなくだ)
そう思うと、内心のウキウキが止まらず、監査庁の優等生どもとの挨拶の時も、ホロックはずっと上機嫌だった。
だが――
会議が始まるやいなや、黒板に写真が貼られた。
(ん? 写真? あれはボブか?)
「男の名前はロバート・ピーターズ。通称ボブ。250年8月14日生まれ……」
先日の会議には出ていなかった女ノウブが短身族用の足台の上に立ち、説明を始めた。
彼女は特調員のミン・グイと名乗った。
(なっ…!)
ホロックは、すぐに気力が失せたように、自分の顔から表情が消えていくのを感じた。
彼女の顔は前に病院で見かけたような気もするが、ハッキリとは覚えていない。
(……)
ホロックは目と口を一文字に結び、失望を悟られまいと賢明に平静の表情を作ろうと努力しなければならなかった。
その隣では、ヘルマン・ナンゴン巡査部長も濃色の顔を、ひくつかせている。
「性別は男。種族はニンゲン。肌は淡色。髪は茶色。目は濃茶色。出身は…」
これまで不明だったボブの情報が次々と明かされていく。
(チッ…! 先を越されたか…)
ホロックは内心で舌打ちした。
(こっちは容疑者の特定までには至らなかったという…)
どうやら脳専が“脳専の仕事”ってやつをしたらしい。
(くっ…! 警察の力を見せつけてやるはずだった…のに…)
これでは、鼻っ柱をへし折るのは無理である。
ホロックは苦々しく奥歯を噛む。
「これは285年に撮影された写真です。警察にも5枚用意しましたので、後でお渡しします」
「それはどうもありがとうございます」
笑顔が引きつりそうになりながらも、すんなりと礼を述べることはできた。
やがてミン・グイ特調員の説明が終わった。
ホロックは気を取り直して右手を軽く挙げ、発言を求めた。
「ウチからも報告があるんですが」
「では、ホロック警部補」
ジンゴ・ヘイワド本部長の言葉を受けて、ホロックは気持ちを奮い立たせるように立ち上がった。
(こっちもやることやってるんだ)
「港湾の担ぎ屋のノーク三名が、人相書きの男ニンゲンを見たと証言しました。4月12日に港湾埠頭の小の6番に停泊していた船から降りてきて、再び乗り込むのを見たそうです。それでその船は事件後の4月16日の早朝に出港したとのことです。船名は『トーモル輪号』です」
船名を告げると、会議室が小さくどよめいたが、ホロックは息もつかずに説明を続けているため気付かない。
「ボブを乗せて出たのか、ボブを乗せずに出たのかはわかりませんが、港湾事務所によると、船の所有者はガントン貨物輪船だそうです。担ぎ屋を断ったそうですよ。自分たちでやるからと」
ここでようやく一息つく。
そして大げさに肩をすくめて、腕を小さく広げてみせた。
「いったい何を積んでいたんでしょうかねえ」
疑わしげな声を出して、部屋を見回すと、監査庁の席はなにやらざわざわとささやき合っている。
(少しは驚かせることができたか…?)
「ガントン貨物の船は港には来てないという話だったが…」
すでに見知った顔の男ノウブがぼそっとつぶやいた。監査庁刑事一班のゲウ・ダン班長だ。
部下の班員に「どういうことだ?」と問いかけるような視線を向けている。
向けられた班員は両手を広げて「分かりません」というように首をかしげた。
「あ、帳簿には略称で書かれてたみたいですよ。見つからなかったのは仕方ないでしょう」
ホロックは自分が少し得意げな口調になったことに気付いたが、特に慎むつもりはなかった。
「ああ、それで港湾事務所の職員に頼まれましたよ。『監査庁の人には謝っておいてください』と。『略称に気付かなくてすみません』だそうです」
「……」
顔を見合わせる監査庁の面々に対して、ホロックは今朝の約束どおり謝罪を伝えた。
ゲウ班長も渋い表情を見せている。
(ふん。警察を除け者にするからだ)
ホロックは内心でこっそり溜飲を下げてから、結論を述べた。
「このトーモル輪号ですが、埠頭の使用届出簿によりますと、全長は――」
トーモル輪号の情報をさっと読み上げてから、ホロックは声量を上げた。
「ガントン貨物は商務登記上もう倒産しているようですがね。船はちゃあんとあるんです! この船はそのあり方が明らかにあやしい。何か違法なことをしているに違いありません! ですが、この船が何をしていようと、まずは探し出すことです! これを見つけさえすれば良いんです!」
拳にも声にも力が自然と力が入った。
「そうすれば、おのずと容疑者にもたどり着きます。彼が、そしてその仲間が、いったい何をしているのか? なぜ被害者を襲ったのか? 必ずや明らかになるでしょう!」
ホロックの力説に、合同捜査本部長を務めるジンゴ・ヘイワド特捜員も、大きく頷いた。
「よし! 早速、手配だ! 各港に連絡だ! それと新聞にも公開しよう!」
(トーモル輪号の重要性は伝わったようだ)
決断が早いのは、この本部長も焦っていたからかもしれない。
だがそれはホロックも同じだった。
今日は25日。船が出港した16日からすでに9日が過ぎているのだ。
「急いだ方がいいですよ。遠くに行くと面倒です」
ホロックは急ぐよう促した。
「放送局はどうしますか」
先ほどロバートの身元を報告した女ノウブが尋ねた。
(電音放送局か。受音機を持ってる家は少ないが、船なら持っていてもおかしくないのだろうか)
「それも頼もう。どこにいようと見つかり次第、すぐに押さえるぞ!」
「「はっ」」
ホロックは口を開いた。
「ロバート容疑者は元連邦軍兵士とのことですから、かなり危険な相手だと思われます。それに明らかに仲間も多いようです。捕まえるときには応援が必要ですね」
(やはり警察本部への連絡は必要――)
「それは直轄軍に頼む」
(――ないか…)
監査府直轄軍――等級がとんでもなく高いことで知られている監査府の鎮圧部隊だ。
「それは頼もしいですね」
監査庁が出すという切り札に、ホロックは感心した風に頷いてみせる。
「では早速、手配します」
(ん?)
ホロックは再び声を上げた。
「あの!」
ゲウ班長が立ち上がろうとしていたが、ホロックは引き留めるように声を掛けた。
「ロバートの指名手配は、しないのですか?」
「相手は集団だ! ロバートだけ指名手配したら、始末される恐れがある」
(それもそうか…)
「よし、続きは後だ」
ジンゴ・ヘイワド主任が立ち上がった。
どうやら会議は一旦終わりらしい。
「了解であります」
ホロックは真面目な顔で頷いた。
皆が慌ただしく席を立つ中、しばらく立ち止まってロバート・ピーターズの顔写真を見つめる。
(鼻を明かすまでは行かなかったが、警察の、港湾署の、オイラたちの実力は示せたはず)
ホロックは確かな手応えを感じながら、席に戻り、書類を片付け始めた。
だがどこか物足りない。
何かが心の中にくすぶり続ける。
「こちら、ロバート・ピーターズ容疑者の写真と資料です。写真は5枚あります」
「ありがとうございます」
ヘルマンが写真を受け取った。
(ん?)
頭にふとある考えが閃き、ヘルマンから写真を一枚受け取り、じっと見つめる。
(ちょっと……アレだが……こうすれば……あるいは……)
ホロックは目を細めた。
そのあやしい光に気付く者は誰もいなかった。
4月25日、モルドー監査庁に置かれた合同捜査本部は『トーモル輪号』の公開手配に踏み切り、連邦全土の港湾と船舶に対して、見かけた場合の速やかな報告を呼びかけた。
さらに夕方遅く、記者会見を開いた。
確かに、一部業界紙と沿岸地域を除き、新聞と電音放送局はほとんど報じなかったため、『トーモル輪号』の名が世間に広く知られることはなかった。
それでもこの公開手配は、事件の解明を一気に加速させるのであった。
次回の投稿は、都合により、明日ではなくて、明後日の予定です。