連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために――   作:mogatoku

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032 第30話 風向き

 

 直轄軍専用輪空機が午後の孟都空港に降り立つと、メネル率いる捜査団一行は地元の直轄軍部隊の大型輪車に慌ただしく乗り込み、そのまま監査庁に乗り付けた。

 

「団長が指揮を執りますか?」

 

 入り口で出迎えたジンゴ・ヘイワド特捜員に、メネルは軽く頷く。

 

「そうね。容疑者の人数次第では引き上げるけど、それまではあたしが指揮を取るわ」

「わかりました」

 

 午後一番の捜査会議には、関係者がずらりと並んでいた。

 監査府、モルドー監査庁、警察港湾署…

 

「今日から、特捜団長のメネル・カイ=楼藩主任監査官が指揮を執ることになった。では、団長」

 

 メネルはゆっくり立ち上がる。

 

「特捜団長のメネルよ。今日からしばらくわたしが全体を他図刈るわ。そしてこちらの席は団員よ」

 

 団員達が一斉に立ち上がる。まだ眠そうな顔もいた。

 各自の席にはちゃんと卓上名札が用意されている。ミン・グイあたりが手配したのだろう。

 

「じゃ、おさらいするつもりで、ここまで分かったことを説明してちょうだい」

 

 説明はジンゴが行い、イシャーンとミンが所々補足した。

 

(シン・ポップの調査との関連はまだ見えないわね)

 

 説明が一段落すると、次はモルドー監査庁の席から淡色の男ニンゲンが立ち上がった。

 卓上名札に目をやると、ダニエル・クロードとある。

 

「今朝のことですが、トーモル輪号を目撃したとの情報ありました」

 

(もう見つかったのね。これはすぐに解決でそうだわ)

 

「貨物船〈ナセンド輪号〉の見張りの日誌に〈トーモル輪号〉の名前がありました。日付は22日です。場所は孟都港から北東の無人島の一つ。沿岸に停泊していたようだということです」

 

(無人島…隠れるにはうってつけ)

 

「そこまで船でどれくらい掛かるの?」

「海上警察の高速輪船で9時間ほどです」

 

(結構離れてるわね)

 

 ジンゴが口を開いた。

 

「停泊してるということはそこが拠点かもしれません」

「そうね。島の名前は?」

「呪い島と思われます」

「呪い島? 変な名前ねえ」

 

(なに、その不吉な名前)

 

「正式な名称は〈モルヌーレ〉です。意味は“闇の死”です」

「オーレン語ね。“モルドー”と同じ語源かしら」

 

 強いて言えば“死の地”となる。

 

(不吉な名前よね。なぜ共和国の名前にしたのかしら)

 

「“モルドー”の由来は『密林に暗殺者が潜んでいた』という故事に由来します」

「モルヌーレの方は?」

「昔、大勢が死んだためです」

「昔とは?」

「帝国時代です」

 

 帝国時代――メネルが成人したのが帝国時代末。おそらくその前の話だ。

 ニンゲンの家庭教師に教わっていた頃だ。

 オカマゆえに周囲からは煙たがられていた人だったが、森エルフの狭い社会にいたメネルにとっては、世界の大きさを教えてくれた大切な師であり、今でも目標だ。

 その口調をそっくり真似るほどに。

 

「あら、死因は?」

「不明です」

 

 メネルは首をひねる。

 

「確かに、帝国時代にちゃんと調査するとは思えないわね」

 

 領主は所詮、行政組織ではなかった。

 

「連邦成立直後に、モルドー国司府が調査隊を派遣しましたが、戻って来ませんでした。後日さらに調査隊を送ると、最初の調査隊全員の死体が発見されました。死体の損傷は軽微だったため、呪いの類いだとされました」

 

(呪い……穏やかじゃないわね)

 

「以来、調査は行われていません。当時の国司府もモルヌーレ島を立ち入り禁止にして、それっきりです」

「不気味な島ねえ…」

 

 メネルは腕を組み、首を傾ける。

 

「船で近づいてトーモル輪号を確認したら、一斉に乗り込みますか」

 

 船を押さえるだけならそれでいい。

 だが――。

 

「島に拠点があるなら、それも調べたいわね。容疑は何が良いかしら」

 

 するとミン・グイが言った。

 

「モルヌーレ島は現在も“立ち入り禁止”のままです」

「あら、それなら問題ないわね」

 

 そのまま現行犯で逮捕できる。

 

「島にどのような拠点を気づいているのかは一切不明です」

「モルドー庁は軍を何人出せるの?」

 

 投入可能な直轄軍部隊の人数を尋ねる。

 

「15人出すつもりです」

 

 監査庁席の男ノウブが答えた。

 卓上名札にはゲウ・ダンと印字されている。

 

「うちも20人連れてきたから35人ね。それなら島一つくらい制圧できるわ」

 

 A級以上が35人。

 戦力は圧倒的だ。

 たがメネルは一つ引っかかる。

 

「気になるのはその“謎の死”だけど……死因が分からないのは不気味ねえ」

「なにしろ帝国時代や連邦初期の頃の話です」

 

 ジンゴが無理もないと言うように首を振った。

 メネルも当時を思い返す。

 

「加護のない時代だった。あたしも覚えているわ。みーんな子供のように、E級だったのよ」

「今の直轄軍部隊なら、仮に巨大なレオルクが出てきたとしても問題にもなりません」

 

 ゲウ・ダンが自信を見せている。

 ノウブは気が早い。

 

「でも全員の死体が見つかったんでしょ? レオルクなら死体は残らないじゃない」

 

 そこに別の席から声が掛かる。

 

「あのー」

 

 声の方を見ると、孟都市警察港湾署の席で男パントが小さな腕を小さく上げていた。

 

「なにかしら? 警察の…ええと」

 

 メネルは卓上名札で名前を拾い上げる。

 

「…ホロック・聡厳…警部補」

 

(彼が例の警部補ね)

 

「あたくしは港湾署のホロック・聡厳警部補といいます。このたびは主任監査官のような、遙か彼方の雲の上のお方にお目にかかる栄誉を…」

 

 何やらおべっかを使い始めたが、その様子は光栄に思っているようには微塵も見えない。

 

(儀礼的な挨拶って訳ね)

 

「そういう挨拶は後でいいわ。要点を言ってちょうだい」

「…それでは…謎の死についてですが、ちょっとばかし思いついたことがあるんですが…」

「どんなことかしら?」

「ええと、昨日あたくしが提出した報告書に書いたことなんですがね…ええと…」

 

 男パントがモタモタと机上の書類をめくり始めたので、メネルは思わず微笑む。

 

(監査府にはいないタイプね。エルフと仕事するのに向いてそうだわ……あたし以外の)

 

「…ええと…ああ、これです。ありました…」

 

 ようやく見つけたのか、書類を持ち上げ、顔を上げた。

 

「〈エオーサンダ〉という酒場がありまして、そこのケイ・ディンという女ノウブの従業員に聞き込みをしたんですがね。ここにその証言が書いてあるんですが…ええと…これか…。ケイ・ディンはボブ達がこう話しているのを聞いたそうです。『秋になれば風向きが変わる。そうすりゃまたとれる』と」

 

(さっきの報告にはなかった情報ね)

 

「…続けて」

「つまりですね。これが『秋に風向きが変われば、あの島に近づける』という意味かもしれないと、たった今、チョコッと思いついたんですよ。園都はどうか知りませんが、この辺では夏に東風が吹き、冬に西風が吹くんです。そして風向きが変わるのは今頃の季節でして、ちょうど先日、西風に変わったばかりなんです」

「…」

 

 メネルはじっと男パントの顔を見つめる。

 

(三十回期半ばかしらね)

 

 その目の奥に、確信の光が宿っているように、メネルは感じた。

 

「あたくしの言いたいことは、もうおわかりですよね?」

 

 男パントが上目遣いでメネルを見つめてきた。

 メネルは内心で苦笑する。

 

(あたしに言わせるつもりなのね)

 

 発言の責任をメネルに取らせようという魂胆だ。

 確かに主任監査官ならこれくらいの発言で責任取らされることない。

 メネルは一瞬だけ視線を落とし、指先で机をトンと叩いた。

 

「……つまり、謎の死は東風によって起きる。だからその間は近づけない。でも今は西風だから行ける、というわけね?」

 

 ホロックが書類を持ったまま両手を広げ、バサッと大きな音を立てた。

 

「ご明察です。さすがは特別捜査団の団長を任されるほどのお方ともなれば、その理解はB級兵士が放つ矢のごとく速く鋭く――」

 

 メネルは心のこもっていない賛辞に付き合う気はなかった。

 

「今の考えに意見のある人は?」

 

 ホロックの言葉を遮るように皆に問いかけると、ホロックの口は閉じ、表情から笑みがすんと消えた。

 

「それは謎の死が起きた季節を確認する必要があります」

 

 ジンゴが答えた。

 

「わかるかしら?」

 

 するとミンが帳面を鞄から引っ張り出して開いた。

 

「帝国歴の記録では日付等は不明ですが、連邦歴の方は記録が残っています。国司府の調査隊は3月15日に上陸して、5月1日に死体で発見されています」

 

 メネルは頷いた。

 

「つまり、ちょうど今頃の季節ってわけね」

 

 今日は4月26日だ。

 

「風が変わった今なら、近づいて何かを取ることができる。聡厳警部補、一体何が取れるのかしら?」

「さあ、そこまでは聞いておりません。ひょっとして…」

「ひょっとして…」

「冬眠に入ったヘビとか?」

 

 なんだかわざとらしく首をひねっている。

 

(冗談のつもりかしら?)

 

「……あたしたちには加護があるのよ。蛇にやられるとは思えないけど」

「蛇にもいろいろといますからなあ」

 

 そう言ってニタリと笑みを浮かべている。

 

(主任監査官をからかうとは、随分と良い度胸してるわね)

 

 男パントにじっと視線を向けると、ジンゴが問いかけてきた。

 

「金が採れるのでは?」

 

 実はメネルもそれが頭によぎった。

 

(もしそうなら話は早いわね。この船と金の動きはまだ繋がってないけど)

 

「かもしれないわね。それは捕まえてから聞き出しましょう。いずれにしても、風向きが変わってるなら行けるってことよね。じゃあ、モルヌーレ島への無断侵入者は一斉検挙。虚偽の届け出を繰り返していた〈トーモル輪号〉は乗員ごと押さえる。あとは事情聴取で何をしていたのか徹底的に聞き出す。ではすぐに島を制圧する準備に取り掛かって。いいわね」

「はっ」

 

 メネルの部下達が勢いよく返事し、監査庁席の顔ぶれが後に続いた。

 一方の警察席に視線を移すと、先ほどのホロック・聡厳が満足げな笑みを浮かべているが、残りは神妙な……微妙な……曖昧な表情をしている。

 

(何か気になるわね)

 

 でも、捜査がここまで進んでいるのは、彼ら地元警察のおかげでもある。

 

(そして、ここにいる皆のおかげね)

 

 メネルは皆の返事に満足したとばかりに、ゆっくりと大きく頷いてみせた。

 

(あたしの役目はちゃんと直轄軍の手綱を握って、犯人を一人逃さず捕まえることだわ)

 

 心の中でしっかりと気を引き締めるのだった。

 

 





 次回の投稿ですが、一部原稿の書き直しをするため、日にちは未定です。
 一応、今のところは週末あたりを目指しています。
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