連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために――   作:mogatoku

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033 第31話 降下作戦

 

 ホロック・聡厳は目を覚ました。

 寝台が、いや部屋がゆっくりと揺れている。

 

「警部補! 起きてください」

「起きてるよ。ふわぁ…」

 

 まだあくびが出てしまう。

 目の奥にも、昨夜の疲れが残っているのを感じる。

 

「…時間だね」

「はい。すでに東は明るくなりはじめています」

 

 ホロックは部屋を出て廊下を進み、操舵室に入った。辺りはまだ暗いが、確かに水平線をなぞるように白い線が見える。

 

「おはようございます。セクン船長」

 

 セクン・義頓(ぎとん)船長。海上警察・高速警備船の船長を務める中色の男ドワーフだ。

 

「おう、起きたか。ホロック」

「悪いですね。眠らせてもらって。目標はどうですか?」

 

 まだあくびが出てしまう。

 

「いま、観測員を上空に飛ばして確認したところだ。島まで1時間弱ってところだ」

「それは良いですね。船はありました?」

「島の北西に停泊している。木組みの波止場が見えるそうだ。こちらは南西側。島影に入ってから接近する。相手にエルフがいない限り、それが上空に飛んだりしてない限り、こちらに気づかないはずだ」

「北に逃げられたら?」

「心配はいらん。こっちの方が足が速い」

 

 なんとも頼もしい。

 

「では、本部に無線連絡を……」

「もう済ませた。80分で来るそうだ」

 

(ん? 80分?)

 

「そんなに速く来れるってことは、すでに飛び立っていたんですかね」

「いや、これから離陸すると言ってた。直轄軍機は速いらしいぞ」

 

 まさかS級を輪空踏輪士にしてるのか?

 だとしたら…

 

(馬鹿力の無駄遣いじゃないか)

 

「そりゃ結構なことで。オイラも船を見に飛んでもいいですか?」

 

 船長の目がギロリと睨んできた。疑わしげな視線だ。

 

「キサマ…飛行魔法でこの船に追いつけるのか? これはかなり速いぞ」

「いえ……でも島影に入るところで方向転換するなら、先に島に降りて待ち構えますよ」

 

 船長の目が左上から右上に動いてから、戻る。

 

「…いや、それじゃダメだ。飛行時間が長すぎる。キサマは海を知らん。陸の上を飛ぶのとは勝手が違うぞ」

「……そうですか。なら島に着いてからですかね」

「そうしてくれ」

 

 ホロックが操舵室から出ると、ヘルマンが待っていたため、一緒に待機部屋に向かう。

 

「飛ぶのは島に着いてからだそうだ」

「上陸したら岸沿いを北上してなるべく目的地に接近しておきましょう」

「そうだな。容疑者の仲間は人数が多い。先に見つけ出してこれを…」

 

 ホロックは懐から紙1枚を取り出し、ニヤリと口元に笑みを浮かべる。

 

「本当によろしいので?」

「先に我々をのけ者にしたのは彼らだよ。少しは仕返しくらいしておかないと」

 

(それに、これはそもそもウチの管轄だ)

 

「ふふふ。やつらに目にもの見せてやるんですね」

 

 ヘルマンの濃色の顔が笑みを浮かべた。まるで悪巧みしているみたいな笑みだ。

 

「ああ」

 

 それを見てホロックは同じような笑みを浮かべ、頷いた。

 

「そのとおりだ」

 

 

 一時間後、上空では――

 直轄軍専用輪空機が高速で飛行していた。

 その機内に特捜調査員のミン・グイはいた。

 

(もうすぐかな。きっとボブを捕まえてみせるわ)

 

 防弾服を兼ねた降下服で身を包み、飛行眼鏡を頭に着け、緊張で身体をこわばらせていた。

 手袋の中で指先が震えている気がして、両手を握りしめる。

 

「大丈夫か? 無理しなくていいんだぞ」

 

 ジンゴ・ヘイワド主任が確認するように声を掛けてくれた。

 同じく降下服で身を包み、飛行眼鏡を装着している。

 重いことは重いがC級のミンにとってはさほどではない。

 

「大丈夫です。防弾服での飛行魔法は問題ありません」

 

 昨日の訓練ですぐにできるようになった。

 ノウブは覚えが早いのもあるが、シンを傷つけた犯人を捕まえるためだ。

 

「無断侵入者は――」

「その場で逮捕します」

「魔法や戦技で抵抗されたときは」

「防殻で防ぎ、拘束魔法で拘束します」

 

「そうだ。だが必ずしも我々がやる必要は無い。職員は護衛の後ろから指示を出せば良いからな」

「はい」

 

(必ず、ロバートを見つけてみせるわ)

 

 ミンは自分を奮い立たせた。

 操縦室の扉が開き、中から男ニンゲンの隊員が飛び出してきた。

 

「主任監査官、まもなく目的地点です!」

 

 メネル団長が頷き、直轄軍の指揮官に向いた。

 

「そう。ではカラタルン…シェル=リョハン少将、準備してくれるかしら?」

「了解です。降下班、準備」

「はっ」

 

 皆が一斉に立ち上がった。

 

「捜査職員も降下するわよ。必要なら各自の権限の範囲で直轄軍隊員に指示を出していいからね」

「はっ」

 

 団長が立ち上がったので、ミンも座席から跳び降りる。

 直轄軍の隊員たちはすでに降下服に身を包み、板差器と剣を差した軍用ベルトを締め直している。

 口径の大きな銃を手にしている隊員もいる。これを使うことはまずない、と聞いている。

 

「いい? 島の北西に船が停泊している。容疑者は退役兵。他の連中も同じである可能性が高い。銃火器を持ってるかもしれない。最初の接触は慎重に。もし銃火器で攻撃してきた時は…」

「殺害しますか?」

 

(え?)

 

 ゲウ・ダン班長がとんでもないことを発言したので、ミン・グイは思わず振り返る。

 

「いいえ。でも、直下軍には制圧兵器の使用を認める」

「それで制圧できないときは?」

「長距離斬撃の使用を認めるわ。ただし手足の切断までよ」

「相手が何らかの特殊な戦技や魔法を使用してきた場合は?」

「それくらい直轄軍なら対処できるでしょ? カラタルン」

「もちろんです」

 

 輪空機が高度を落とし始めたのをミンは感じた。

 

(いよいよだわ。ちゃんと皆に付いていかないと)

 

「降下地点まで十秒!」

「降下班、降下したら制圧、拘束して待機せよ。その後の指示は追って出す。判断が必要な場合は近くの特捜団員に確認して指示に従え!」

「「はっ!」」

 

 指揮官の指示に軍の隊員たちが一斉に答えると、機内の空気が震えた気がした。

 後部密閉扉が開き、潮風が吹き込む。金属の軋む音が、機内の緊張をさらに高めた。

 

「降下地点です!」

「では始めて」

「総員。降下開始!」

 

 直轄軍の隊員達が次々と空へ飛び出し、しばらく落下してから方向を変え始める。

 飛行魔法を発動しているのだ。

 

 ミンは一度だけ深く息を吸い、そっとつぶやく。

 

「ロバート・ピーターズ……絶対に捕まえる…」

 

 そして「ボクがカタキを取ったよ」とシンに告げるのだ。

 そしたらきっと……

 

 ――彼は断らないはず。

 

「では特捜団も降下を始めて!」

 

 メネル団長の声が響いた。

 

「よし、いくぞ」

「はい」

 

 ジンゴ主任の後に続いて、ミンは勢いよく空に身を投げ出した。

 少し耳鳴りがした。

 

 

 その頃、地上では――

 ゾラン・伝賢(でんけん)は、並んでいる掘っ立て小屋の一つの前にいた。

 朝食を作ろうと、ちょうど魔法で火を起こしていたところだった。

 ふと上空の動きに気づき、空を見上げた。

 

「輪空か…」

 

 輪空が通り過ぎていくが、その後ろに何かが見える。

 

「ん? 何だ?」

 

(鳥じゃない。あれは――)

 

「人だ! 飛行魔法だ! 大勢いるぞ!」

 

 男ニンゲンの一人ビリーが叫んだ。

 

「なんだと?」

 

 そう言われるとそうとしか見えない。

 

「いったいどこに向かって…」

 

(まさか! この島に来るつもりか!?)

 

「おい! 警鐘を鳴らせ! 侵入者だ! 来るぞ!」

「警鐘を鳴らせ!」

 

 一人が飛び上がり、船に向かって飛んで行く。

 だが途中で墜落して地面を転がった。

 動けないようだ。

 

(長距離戦技か? くそっ!)

 

 相手の等級は少なくとも自分達より上だ。

 そうなるとやるべき事はあまり残っていない。

 ゾランは息を吸い、大声で叫んだ。

 

「総員撤退!」

「どこに?」

「どこでもいい! 総員撤退! 逃げ延びろ!」

 

 近くにいた連中が走り出した。

 だがゾランの張り上げた声を掻き消すように、上空から大音量が響いた。

 

『連邦監査府だ! この島は立ち入り禁止だ。全員動くな!』

 

 音声増幅魔法だ。

 

(監査府だと!)

 

 ゾランの首筋が一気に冷えた。

 

(ならヤツらは直轄軍か!)

 

 A級以上を集めた軍。

 A級とB級の間には大きな隔たりがあると聞いている。

 長い軍隊生活で、ゾランはA級を二人しか見たことがなかった。

 

「マズいぞ」

 

 小屋にいた仲間達が、船にいた仲間達が一斉に飛び出して、逃げ始めた。

 

(ん?)

 

 男ニンゲンが掘っ立て小屋から駆けだし、上空に構えた。

 

「おい! ビリー! 何をしてる!」

 

(なぜ銃なんか持ちだしたんだ?)

 

「こいつをお見舞いしてやるのよ」

「よせっ! 監査府だぞ! 直轄軍がいるぞ!」

 

 直轄軍はA級以上だ。

 猟銃一丁で殺せるとしても、それは相手が油断している最初の1発だけだ。

 せいぜい一人。

 警戒されてしまえばまったく歯が立たなくなる。

 

(もし一人でも殺してしまったら――)

 

「皆殺しにされるぞ!」

 

 だが、ビリーは聞いてない。

 目が恐怖で血走り、表情は完全に正気じゃない。

 銃で狙いを付けて、魔法を発動している。

 

「おい、よせ!」

「照中!」

 

 照準命中魔法――狙いを定めた目標に向かって、銃弾が曲進する魔法。多少の照準のズレならば、弾道が補正されて命中する。

 元々は草原エルフが使っていた“獲物を確実に仕留めるための魔法”である。

 近代装備群なら、必ず銃撃訓練で身につける。魔法板もある。

 

「やめろーっ!」

「起爆!」

 

 ゾランの叫びもむなしく、ビリーが発砲用の爆発魔法を発動した。

 朝の空に銃声が鳴り響き、光弾が高速で空に放たれた。

 空に浮かぶエルフらしき人影が後ろに吹き飛ばされた。

 

(やっちまいやがった!)

 

 ゾランは慌ててビリーに突っ込むが、さらに銃声が鳴り響いた。

 

 

 上空では――

 

『連邦監査府だ! この島は立ち入り禁止だ。全員動くな!』

 

 そんな声が下から響いてくるのを聞きながら、ミン・グイは浮遊魔法で速度を落としつつ、海岸へと降下していた。

 視界に船が大きく見える。

 

(あれがトーモル輪号)

 

 ダーン!

 

 視界の先で、皆が降下する中、一人が跳ね上がったように見えた。

 ん? と思う間もなく、銃声が耳に届いた。

 

 ダーン!

 

 心臓が飛び跳ねる。

 

(銃だ)

 

 身体が恐怖で固まる。

 

(あの人に命中した…)

 

 しかも二発!

 

「自分に捕まってください。斜めに降下します」

 

 気がつくと、直轄軍隊員が正面に現れ、半透明に光る魔法の壁を出している。

 女エルフだ。

 ミンは言われるままにその影に入り、両手で肩を掴む。

 空気抵抗が一気に減り、そのまま斜めに滑空していく。

 少し下から声が響いた。

 

「猟銃弾! 対飛竜用!」

 

 跳ね上がった隊員が姿勢を保ち、叫んだ。

 すぐに飛行を再開している。

 

(対飛竜用!)

 

 飛竜とは赤道付近に生息する大型爬虫類である。

 いわゆる害獣ではないが、ごく稀に人を襲うことがあると言われている。その場合、冒険者や国軍の古典装備では対処が難しく、やむを得ず専用の猟銃が使われると聞いている。

 その銃弾はミンが食らえばひとたまりもないほどの威力のはず。

 なのにあの隊員は無事のようだ。

 

(スゴい! さすが直轄軍。飛竜用の銃弾を受けても平気なんて)

 

『総員、銃を警戒しつつ突撃!』

「「はっ」」

 

 上から響いてきた命令に、直轄軍の隊員の返事が響く。

 下ではすぐに閃光が煌めき、土地埃が上がる。

 

 ボン! ボン!

 

 乾いた爆発音が響く。

 

「我が軍の反撃です。閃光団と発煙弾で攻撃を封じて拘束します」

「そうですか」

 

(銃声が止んだ?)

 

 もう銃声も爆発音も聞こえないが、辺りは大騒ぎになっていた。

 まるでアルテ鳥の群れが散らばるように、大勢の人たちが散らばっていくのが見える。

 

「全員、動くな!」

「捕らえろ!」

「一斉拘束!」「拘束!」

「うわっ」「放せ!」「くそ」「なんだ」「全然動けないぞ」

「おい! 逃げるな!」

「けっ、誰が」

 

 あちこちで抵抗がはじまり、海岸はすでに大混乱になっている。

 直轄軍の隊員たちも剣や警棒を手にして、反撃している。

 

「銃は押さえたようです。このまま船の近くに降りでください」

「はい」

 

 防殻を消して、浮遊魔法でゆっくりと着地する。

 視界の先には、木組みの波止場があり、船が接岸していた。

 先に、降り立ったメネル団長が指示を出している。

 

「捕らえたら一カ所に集めなさい。船も押さえて」

「はっ」

 

 団員、直轄軍の隊員数名が一斉に船に向かって飛び立った。

 

 やがて、男達が浮遊魔法で次々と運ばれてきはじめた。

 ドワーフもニンゲンも、パントもノウブもいる。

 皆、拘束魔法で身動きが取れない。

 ミンは特にニンゲンたちの顔を確かめる。

 

(ロバートはどれ?)

 

 目的の男を捜すが、見当たらない。

 くの字に折れ曲がった状態で、魔法紐で簀巻きにされている男ニンゲンに尋ねる。

 

「ロバート・ピーターズはどこ?」

「そんなヤツ知らねえな」

 

 ミンはロバートを探した。

 シン・ポップをひどい目に遭わせた男を捕まえるためにここに来たのだ。

 次々と運ばれてくるニンゲンの顔を確かめるが、ロバートらしき顔は見当たらない。

 

「ボブはどこ? いたんでしょ?」

「さあな。それよりこれを解け!」

 

 答える気がないのか、知らないのか。

 

(ボブはどこなの?)

 

 ミン・グイの焦りは募っていった。

 

 





次回の投稿は明日の予定です。
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