連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために―― 作:mogatoku
特捜団長メネルは、機体から皆が飛び出すのを見送ってから振り返った。
「じゃあ行くわよ、カラタルン」
「はっ!」
飛び出した瞬間、視界が一気に開けた。
風が頬を叩き、耳には空気がはためく音が溢れる。
飛行魔法を発動すると、急降下が減速し始めた。
眼下には、朝の光を受けて黄色く縁取られた海岸線。
輪空はどんどんと遠ざかっていく。
その上を、直轄軍の隊員達が縦一列に降下していく。
まるで空から垂らされた縄のよう。
目の前には、特捜団とモルドー庁の職員、併せて7名。
今回の作戦に参加するために選抜された者たちだ。
海岸には船が停泊しており、その横にあるのは木組みの波止場のようだ。
『連邦監査府だ! この島は立ち入り禁止だ! 全員動くな!』
音声増幅魔法の声が響き渡った。
だが地上の影たちは散り始める。
飛行魔法で逃げる者。
地上を全力で走る者。
先頭の隊員数名が飛んで逃げる者を追い、次々と拘束している。
続く隊員たちが、地上を走る者たちを空中から追いかける。
叫び声。
崩れる音。
どこかで硝子が割れる音。
舞い上がる土埃。
「やめろーっ!」
そんな声が遠くから耳に届いた瞬間――
地上で光が弾けた。
光弾が閃き、隊員の身体が一瞬のけぞる。
バーンッ!
メネルの耳にも銃声が届く。
(
狙いを定める魔法。
(ちょっと! もらってるじゃないの!)
だが隊員は崩れず、すぐに体勢を立て直し、声を張り上げた。
「猟銃弾! 対飛竜用!」
飛竜用の猟銃。
飛竜が住むのはもっと北、赤道近くの山岳地帯のはず。
カラタルンが、すぐ下で防殻を展開し、光の壁がメネルの前に現れる。
空気抵抗でさらに減速する。
他の隊員たちも一斉に防殻魔法を発動する。
「飛竜用?!」
「大丈夫です。A級になると、あれくらい防殻を使わずとも弾き返せます。少し痛いですがね」
ジンゴの声にメネルは安堵の息を吐く。
直轄軍がやられることはないようだ。
「対ドラゴン兵器は見当たらないようですな」
「それは助かるわ」
(魔法と戦技への警戒は必要だけど)
「これはもう決まりね。近代装備を持ち出してる時点で完全にクロ判定よ」
(未知の犯罪集団だわ)
「制圧よ。銃に気を付けて」
「はっ」
カラタルンが短く息を吸い、発動語をつぶやいた。
「音増幅」
音声増幅魔法だ。
『総員突撃、銃を警戒しつつ制圧せよ!』
「「はっ」」
すぐに隊員が何かを投擲しはじめた。
ボン! ボン!
白い閃光が地面を揺らし、土埃が舞い上がる。
(閃光弾?)
銃を構えていたと思われる人影の付近だ。
煙の中へ、隊員たちが滑空するように突入していく。
メネルは船の近くの海岸に降り立ち、高い聴力を発揮して、揺らめく煙の向こうへと耳を澄ませた。
「おい! 邪魔をするな! 撃てねえぞ!」
「馬鹿野郎! 相手は直轄軍だぞ! こっちが皆殺しにされちまう!」
(仲間割れかしら?)
「全員、動くな!」「捕らえろ!」
「一斉拘束!」「拘束!」
命令に叫び声が入り交じり、一瞬で洗浄の様相を呈しはじめる。
「うわあ」
「くそ」
「放せ!」
「なんだ、全然動けないぞ」
土埃と煙の中から、身体に魔法の紐がぐるりと巻き付いた男ニンゲンと、男ドワーフが、煙の中から文字通り浮き上がって姿を現している。
「よし。みんな捕まえて」
メネルの制圧指示の下、直轄軍の隊員達は、一切警告することなく、拘束していく。
全速力で地上を走って逃げていく者たちを真っ先に拘束し、つぎに飛行魔法で逃げていく者たちを捕まえていく。
「捕らえたら一カ所に集めなさい。船も押さえて」
みな拘束魔法で雁字搦めに縛られ、浮遊魔法で空中を漂う。
空中では力が入りづらく、抵抗する気力が萎えやすいため、直轄軍はこうするのである。
そして最後に剣や短剣、槍などを構えて反撃する者たちが残った。
ある者が剣を大上段に構えて振り下ろすのが見えた。
「
バシッ!
斬撃の衝撃波が岩場を叩くも、こちらの隊員はあっさりと躱して接近する。
「拘束!」
あっけなく、拘束した。
「
犯罪者たちが必死に戦技や攻撃魔法を繰り出すが、直轄軍には敵うはずもない。
彼らは皆、次々と拘束されていくのだった。
やがて、拘束された者たちが、続々と浮遊魔法で木組みの波止場に集められていく。
「銃撃してきたのは、この二名だけです」
太い猟銃とともに、男ニンゲンと男ドワーフが前に連れてこられた。
「銃は一挺ね。撃ったのはどっち?」
「ニンゲンの方です。公務執行妨害と殺人未遂の現行犯で逮捕しました」
捜査員が答える。
「そう。監査府に銃撃するとは残念ねえ。立ち入り禁止地区への無断侵入だけなら、すぐに出られたのに。公務執行妨害に殺人未遂の現行犯逮捕よ。あなた、残りの人生のほとんどが加護なし生活になるわね」
「ま、待ってくれ! 殺すつもりはなかった! ただ怖くなって撃っただけだ!」
「そう。それは後でね。被疑者の権利は通告したのかしら?」
「しました」
(ちょっと聞いてみようかしら)
メネルは男ドワーフに視線を向ける。
「あら? ゾランじゃない?」
確信はないが、呼んでみた。ロバートを除いて、唯一判明している名前だ。
「な、なぜワシを知ってる…?」
ドワーフの目が丸くなった。
「あら、当たったわ」
「けっ、当てずっぽうかよ」
渋い表情で唾を地面に吐き出した。
「ゾラン・デンケンでしょ?」
「なっ。やっぱり知ってるんじゃねえか」
「あなた、銃撃を止めようとしていたわね。なぜかしら?」
「……」
しばらく沈黙が続いたが、やがてゾランが低く答えた。
「直轄軍に皆殺しにされたくなかったからだ」
「そう……。でも銃撃を防ごうとしたことは評価されるかもしれないわ。良かったわね」
「けっ!」
「団長!」
ジンゴが駆け寄ってきた。
「こちらへ。できれば彼らも」
「じゃあ、一緒に来てもらうわよ。カラタルン、お願い」
「ほら立て!」
「な、何をする!」
「隣の男ニンゲンもね」
「よし、立て」
カラタルンがゾランを拘束している魔法の紐を引っ張り、力尽くで立たせるのを横目で見つつ、船に乗り込む。
「こういう船も最近は見ないわねえ」
しばらく歩き、目当ての部屋にたどり着く。
「貨物室はここね」
中に入ると、メネルの目の前には木製の瓶入れ箱が二つ並んで置かれていた。
メネルは浮遊魔法で木箱を浮かばせて、自分の前に下ろす。
さっそく開けてみると、メネルの頭より大きなガラス瓶が並んでいた。
一つを浮遊させてみると、黄色い物質が詰め込まれている。
「これは何かしら?
ゾランが睨む。
「あんたはそもそも何モンなんだ。監査府がわざわざこんな辺鄙なとこに来るわけがねえ。本当はせいぜい監査庁ってところだろ?」
(まだわかってないようね)
「あたしはメネル・カイ=楼藩主任監査官よ。最高監査人コウ・ジロー閣下直属特別捜査団の団長をしているの。捜査に協力してくれないかしらね」
「最高監査人直属……」
「監査官だと!」
男ニンゲンがつぶやく横でゾランが吠えた。
男ニンゲンが怯えた表情で尋ねた。
「か…監査
仲間の言葉に、ゾランが不機嫌に説明する。
「監査官てのはな。連邦軍の大将に相当する階級だ」
(惜しいわね。監査官は大将の一つ上よ)
「何だって! それじゃあ、個軍司令官と同じってことじゃねえか」
(まあいいわ)
そこは要点ではない。
「あら、あなた、詳しいのね。でもちょっと違うわね」
「違う?」
「あたしは主任監査官よ。監査官の
(そう。ここが要点)
「それじゃあ、もしかして元帥…」
「元帥の一つ上よ」
「な…」
二人の顔がさっと青ざめた。
表情が引き攣っている。
(この反応、やっぱり連邦軍にいたのね)
「どう? 話す気になったかしら?」
メネルが両腕を腰に当てると、二人は観念したようにうつむいた。
「……いおうだ」
ゾランがぼそっとつぶやいた。
「聞こえないわ」
「硫黄だ!」
今度は声を張り上げた。
(硫黄……? なぜそんなものを?)
だが今は、理由を追求する時ではない。そういう話は後でかまわないのだ。
「硫黄を密造? 石炭から? 石油から?」
硫黄が石炭や石油から作られることはメネルも知っていた。
(ということは、”風向きが変わると採れる”のは石炭か石油ね。どちらかしら?)
だが返ってきた答えは、どちらでもなかった。
「…密造じゃねえ。だいたい、作り方なんか知らねえ」
(どちらでもない…?)
「じゃあこれはどこから来たの?」
(横流しかしら?)
「……採ったんだ」
「盗った? 盗んだの?」
(そんな事件あったかしら? まさか野放し?)
「違う。この島で採ってるんだ」
「採ってる? 硫黄を? この島で? 採掘してるの?」
あまりに予想外の答えに、メネルは疑問符を続けてしまう。
「そうだ」
(硫黄がそのまま採れるなんて、初めて聞いたわ)
だがこれも後でいい話だ。
メネルはさらに尋ねる。
「採掘許可は?」
それよりも今重要なのは、これが非合法であるということ。
「……」
「もちろんないわよね。まあこれで容疑が増えたわ」
(かなり大きな事件のようね)
「……なぜバレた? ここがわかった?」
ゾランが顔を上げて睨み付けてきた。
(それは……ボブのおかげかしらね)
そう思った時、貨物室にミン・グイが駆け込んできた。
「ボブが見当たりません!」
焦りと失望の声。息も荒い。
(肝心のボブがいない?)
メネルはゾランを見下ろす。
「ボブは…ロバート・ピーターズはどこかしら?」
「……さあな」
「一緒にいたんでしょ?」
「……見てねえな」
「ねえ。あなたの前にいるあたしは、元帥より上なのよ。それがどういうことか分かってるの?」
そう言うと、再び表情が引き攣ったように見えた。
「くっ……今日は見てねえってのは本当だ」
男ドワーフが憮然と答えると、隣の男ニンゲンが顔を上げた。
「お、教えたら罪は軽くなるでありますか?」
懇願するような表情だ。
「少しはね」
「おいっ! ビリー!」
「ボブを探してるってことは、ここが見つかったのもどうせあいつのせいだ」
「ちっ」
ゾランが視線を落とした。
「ぼ、ボブなら、夜はいつもこの船で寝ているであります」
「そう」
メネルは振り返った。
「船は捜したの?」
ミンに尋ねたのだが、ジンゴが口を開いた。
「船はあらかた捜索済みです」
「あら、逃げたのかしら」
(どこかに隠れるつもり? 逃がさないわよ!)
「すぐに捜索範囲を広げて! 必ず見つけてちょうだい!」
「はっ!」
ジンゴとミン、小さな二人が駆けていった。
次回の投稿は明日の予定です。