連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために―― 作:mogatoku
ロバート・ピーターズは何かに追いかけられていた。
(くそっ。捕まる!)
その瞬間――
(ハッ!)
(夢か…)
ため息を付くと、高速で鳴っている心臓も少し落ち着いたようだ。
船の甲板に出て、明るくなったばかりの朝の海を眺める。
気分転換して、心と体を休めたい。
チッ!
だが、すぐに舌打ちをしてしまう。
「くそっ。下手打った!」
不安な気持ちごと言葉を吐き捨てようとするが、不安は出て行かない。
倉庫の屋根にいた男ノウブを殴り飛ばしたせいだ。
(どこのチンピラがゴジマの動きを探りに来たのかと思ったのに…)
ヤツはノウブだった。
ノウブは勘が鋭い。目を付けられたとなれば、放っては置けない。
ノウブは必ず探り当ててくる。
だからぶん殴って二度と近づく気にならないようにしてやるつもりだった。
こっちは連邦軍にいたんだ。
そんじょそこらのチンピラなんぞ屁でもない。
(だが、それがマズかった…)
あの星空の下で、ゾランのヤツが気付いた。
「おい。こいつ、襟に徽章を付けてるぞ」
「なんだって? なら役人か」
「灯火」
ゾランが火炎魔法で空中に灯火を出した。
「これは……監査庁の徽章じゃねえか!」
ゾランが小さくつぶやいた。その声には焦りが表れている。
「監査庁の徽章なんか知ってんのか?」
「ああ、軍にいた頃にな。監査に来たとかで見せられたことがある」
「そりゃ随分前か?」
「ああそうだ」
ゾランはドワーフだ。ロバートより長く生きている。
灯火に浮かび上がるビリーの青ざめた顔が言った。
「なあ、マズいんじゃないか? 監査庁に手を出したら、警察どころの話じゃないぞ。
(くっ…)
泣く子も黙る監査庁だ。軍でも民間業者でも、なるべく関わりたくない相手だ。
「くそっ!」
ロバートは歯がみした。
(下手を打ったか……!)
「こうなったら仕方がねえ。急いでここを引き上げるぞ!」
灯火を消して立ち上がったゾランに、ロバートは尋ねる。
「こいつはどうする? ヤった方がいいか?」
こうなれば殺した方がいいかもしれない。
するとビリーが不安で叫び出しそうな目を向けてきた。
「こ、殺すのか? よ、余計にマズいよ。か、監査庁を怒らせたらオレたちはもう表を歩けないぞ」
「見つかり次第、皆殺しにされてもおかしくねえ」
ゾランにそう言われて、ビリーの声が裏返った。
「ひいっ! 連邦政府がオレたちをいきなり殺すなんてあるのかよ!」
肩を小刻みに震わせている。
「あるぞ! 貴様等が生まれる前の話だが、監査庁が犯人の一味を皆殺しにしたって記事が新聞に載ったことがある」
「なんだって?」
「仲間を殺されたからと話していたそうだ」
(なんてこった!)
ロバートは頭を抱えようと腕を上げかける。
(ああもう! なぜ監査庁が…いや、待てよ?)
「なあ」
ロバートはふと思いついたことを尋ねる。
「監査庁のヤツがここを嗅ぎ付けてきたってことは、どちらにしたってここはもう終わりなんじゃないか?」
監査庁はチンピラ集団とは訳が違う。もうこの辺りは注目されているに違いない。
「いや、監査庁が嗅ぎ付けたのはワシらじゃない。ゴジマの連中だ。ここはヤツらが使っている倉庫だからな」
「そ、それはそうだけどよう。ゴジマが捕まっちまったら、どっちにしてもオレたちは終わりなんじゃないか?」
ビリーの不安な言葉に、ロバートも同じ意見である。
だからこそ、自分はこいつを殴ったのだ。
顎髭を蓄えたゾランも頷いた。
「ああ、すぐにここを引き払うしかないぞ。船ごとだ」
(それしかない。決まりだ)
「なら引き上げるまでの間だけでも、寝たままでいてもらうか」
(起きて騒がれると面倒だ)
「ど、どうするんだ?」
ロバートは必死に考える。
「…そうだな…まずは魔法板を取り上げて……両腕をへし折っておくか。そうすれば魔法は使えない。ついでに片足を折っておくか。浮遊魔法も使えないし、歩くことも出来ないだろう」
そう口にすると、胸の奥がざわついた。
「腕を折るだって? そ、そんなことして…余計に怒らせたりしないか?」
ビリーの声も不安で震えている。
「大丈夫だ。骨折は治癒術で治せる。船が出るまで動かないでいてもらえれば良い。殺すよりずっとマシだ。監査庁も犯人を捜すだろうが、ケガだけなら人手はそんなにかけないだろう」
ロバートはビリーに、そして自分自身に楽観論を言い聞かせた。
だがビリーがビクッと手を震わせて、声を上げた。
「ひっ、こいつ、頭から血が出てるぞ! マズいんじゃないのか?」
(くそ。少し焦ったか)
力が入ってしまったらしい。
「ちょっと強く殴っただけだ。心配はいらないはずだ」
いくらノウブでも、C級ならこの程度で死んだりしないはずだ。
「腕と足、おまえが折れよ」
(けっ! ゾランめ。嫌な仕事は全部オレかよ。だが仕方ない。オレの不始末だ)
「わかってるさ」
ロバートは不満を覆い隠して、頷いた。
「まずは――」
自分たちの倉庫に運んだ。
ビリーがまた不安げな声を上げた。
「なぜここに運ぶんだ?」
「あのまま屋根に置いといたら鳥が集まってくるかもしれない。そしたらすぐに見つかるだろうが。せめて船が出るまでは見つからないようにするにはここしかない…」
「そんでもここはマズいんじゃ…」
「大丈夫だ。ここなら日も当たらん」
ゾランが断言してくれた。
「それで、船はすぐに出せるのか?」
「いきなり出せるか! 倉庫の物をすべて運び出さないといかん。まずは皆に連絡して、集合を掛ける。予定を早めて、急遽出発することになったとな。ゴジマの連中にも話しておかんとな。監査庁が嗅ぎ付けてきたようだぞと」
(ああ、くそ!)
夜が明けて、ビリーとゾランが仲間に声を掛けて回る中、ロバートは集まってきた仲間と搬入を開始。
今集めてあるのは食料の瓶詰と缶詰と、さらにその空き瓶だ。
搬入を済ませ、すぐに出られるようにはなったが、仲間がそろったのはさらに翌日の朝だった、
酒場で飲んでいた最後の仲間を引きずり乗せて、準備完了した。
最後に倉庫を確認する。
「キレイに片付いたな」
「こいつはこのままここに残しておく。起きても自力じゃ動けないだろうから、すぐに追いかけてくることもない」
「全然動かねえが、ホントに死んだりしてねえだろうな」
「大丈夫だ。確認したが息はある。どうせ誰かが見つけるさ。なんなら外に血を少し垂らしておくか」
こうして――――
この島に退避してきた。
どうせ5月からここで採掘する計画だった。
少し時期が早まっただけだ。
心配なのは風向きだったが、もう西風に変わった。危険はないはずだ。
ロバートは空を眺め続ける。
上空に小さな影が現れた。
(輪空か…随分大きいな)
日の出の方向に向かっている。
(キーンに向かうのか…?)
キーン共和国はここから遙か東だ。
たとえ輪空機で飛んでも、3時間では陸地に付かない。
船なら疲れたら休めば良いが、輪空は船と違って休むことも出来ない。
(交代要員が大勢乗っているのか……ん?)
黒い点が次々と飛び出してきた。
(何かを放り投げた? 何だ?)
一定の間隔で飛び出している。
(何をばらまいている?)
それが上空を滑るように流れて――
ロバートはそれが何なのか、数個目で理解した。
(あれは人だ。マズい!)
ロバートは飛び起きた。
しかもあの輪空――
(大きいんじゃない! 近いんだ!)
一目散に
すぐさま外に駆け出すと、海に跳び込むように甲板から跳び、飛行魔法を発動する。
誰にも見咎められることなく、そのまま海岸沿いに飛行を始めた。
「くそっ。しばらくは身を潜めておくしかない」
ロバートには、監査庁が嗅ぎ付けてきたとしか考えられなかった。
なにしろその監査庁の徽章を付けた男ノウブを殴り飛ばしたのは自分なのだ。
(やつらが引き上げるまで身を隠さないと)
船はもうダメだ。この島もダメだ。
なら近くの島に飛んで森で暮らすか。
森の暮らしなら兵役でも連邦軍でも、訓練したことがある。
(いや、それより、今はとにかく連中に見つからないことだ。他の連中ならともかく、自分は軽い罪で済むとは思えない)
ダーン! ダーン!
(銃声か)
ボン! ボン!
(銃撃に爆音! まさか、皆殺しにされるのか?)
一旦空中で減速して、振り返りつつ止まる。
(皆、逃げ回ってる…)
遠目に船の辺りを見ると、そこでは大混乱が起きていた。
(悪いな、みんな。オレは先に逃げ延びて――)
再び向きを変え、飛行を始めようとしたその時、声が聞こえた気がした。
「拘束」
確かめようとする間もなく、体ががんじがらめに縛られるような感覚に襲われた。
「なんだ?」
(動けない)
魔法を維持できなくなったのが自分でも分かった。
(マズい! 落ちる)
「うわああ!」
身体が落下し始めた。
次回の投稿は明日の予定です。