連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために――   作:mogatoku

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038 第36話 概要報告と残された謎

 

 5月最初の監査人会議にて――――

 ジローの前には、直属の特捜団二名が背中合わせで立っていた。

 四名の監査人席に取り囲まれるように、監査人会議の中央に立っている。

 

「事件の概要はヘイワド特捜員から報告するわ」

 

 メネルは左向きに、ジンゴは右向きに立っている。

 メネルの正面ではレスターがふんぞり返るように座り、ジンゴの正面ではニムディスが悠然と二人を見つめていた。

 

「はっ。本事件合同捜査本部のジンゴ・ヘイワド本監査員が報告いたします」

 

 ジンゴは簡潔に説明してくれた。

 

 

 連邦暦287年、ガントン貨物が倒産の危機にあった。そこの従業員には連邦軍を退役した兵士が多かった。

 そこで社長が相談したのが共和国議会議員のマリク・ルンゴだった。マリクは借金をして、トーモル輪号を購入した。

 

「マリク・ルンゴも退役軍人でした。退役兵士を助けることで退役軍人連の広い支持に繋がると考えたようです」

「安易な考えだなあ」

 

 安易な思いつきで始めたから、手続きも杜撰(ずさん)だった。

 購入手続きが完了しないままガントン貨物は廃業。トーモル輪号の名義はガントン貨物のままだったが、マリクが債権として押さえたと、他の債権者は判断した。議員に遠慮したらしい。

 マリクは、船と人手が手に入れば仕事はあると安易に考えていたが、そうだったそもそもガントン貨物は倒産などしない。

 このままではマズいと思っていた時に、ゴジマなる男が仕事を持ち込んできた。 

 モルヌーレ島では天然の硫黄が採れる。このことは知られてはいない。

 これを採掘して大陸に売ればカネになると言われた。トーモル輪号の踏輪士や船員ごと、ゴジマに任せた。

 モルヌーレ島は火山性の有毒気体が発生するが、冬の間は西風が吹くため、この気体が流れてこない。この間に硫黄を採掘して瓶に詰め、船で運び出した。

 

「もちろん密輸です。硫黄は輸出規制の対象ですので」

 

 彼らは何処にも届け出る事なく、硫黄を採掘し、東の大陸沿岸まで運び、そこで金と交換した。

 

「船員らの供述から、密輸先はアケア海側の港と思われますが、今回の逮捕者には大陸の地理に詳しい者がおらず、地名などは分かっていません。取引はゴジマとその通訳が行っていたとのことです」

 

 最初の取引でマリク・ルンゴは船を買うために借りたカネを完済できた。

 1度目の輸送で味を占め、2度目は大口の取引、これから3度目を始めるところだった。

 

「2度目の取引で手にした金はしばらく33番倉庫と、国軍の倉庫に分けて入れていました」

 

 33番はマリクが、国軍の倉庫はゴジマが使っていた。

 その国軍の倉庫が39番倉庫だった。他の倉庫はその後の武器の購入時に追加で借りたものだった。

 

「マリクは、モルドー共和国軍にも金塊を寄付しました。その際に国軍に港湾倉庫街の倉庫を借りるよう求めたそうです。国軍の管理班は、確かに金塊が寄付されたので、マリク側の倉庫の出入りについては黙認していたと」

 

 倉庫に運び込まれた金塊の一部は、確かに順次国軍に引き渡されたそうだ。

 国軍はそれを銀行に持ち込んで換金。

 ゴジマがどのように金を売り捌いたかはまだ不明だが、おそらく連邦各地に運んで換金していたのだろう。

 

「さらに船員達にも報酬として金塊が配られ、多くの換金屋に持ち込まれました。ですが、問題が起きました。ほどなくして金の値が下がり始めたのです」

 

 予想外の金の流入に市場が敏感に反応してしまい、売り圧力が高まってしまった。

 そしてシン・ポップの調査が始まった。

 39番倉庫に張り込み、ロバート・ピーターズに殴打され、重傷を負った。

 結果、捜査本部が置かれることになったのである。

 

「まだ換金されていない金が残っているとのことですが、ゴジマが持ち出したまま行方をくらましたと思われます」

「このゴジマというのは何者なんだ?」

「トーモル輪号の船員らと、マリク・ルンゴとでは、ゴジマに関する供述は一致しません。大陸で取引を担ったゴジマは淡色の男ニンゲンだと大勢が供述しています。ですが、マリクの供述では、話を持ちかけてきたゴジマは濃色の男ニンゲンだったと。売り上げはゴジマとマリクで折半するという話だったそうですが、今回、ゴジマが大半を持ち去って行方をくらましたようです」

「逃げられたのか」

 

 ジローは思わずつぶやいた。

 マリクらを誘って違法な金儲けをしておいて、捜査当局が現れるとマリクを見捨て、自分だけ行方をくらましている。

 

(まさか過去にもこんなコトしていた?)

 

 だとしたら監査府は見落としていたことになる。

 メネルが割り込むように口を開いた。

 

「ゴジマについては、引き続き行方を捜査するわ」

 

 再びジンゴが説明を始める。

 

 硫黄は大陸で高く売れた。

 最初の取引は重量で一対一だった。

 2度目の取引では少し値崩れしたが、それでも大量の金が手に入るため、しばらく続ける計画だったらしい。

 

「それにしても天然の硫黄がこれほどあったとは驚きじゃな!」

 

 ニムディスの声には確かに驚きが表れている。

 メネルがニムディスの方に振り返った。

 

「モルヌーレ島の天然硫黄の堆積は、新発見だそうよ。これほど大量の硫黄がどうして堆積できたのか、理由がわからないから、孟都大学が調査を始めるらしいわ。モルヌーレは無人島で、帝国時代には立ち入った人もいた、でもしばらくするとみな死体になっていたため、誰も行きたがらなかった。だからモルヌーレ(闇の死)という名前がついたの。モルドー共和国は島を立ち入り禁止とし、それが現在まで続いた。噴煙が見えないから今まで判らなかったけど、今回初めて、火山島だと判明したわ。教授の話では、過去の死因は硫化水素じゃないかって」

「だから硫黄のことも知られていなかったわけか」

 

 連邦成立当初、教育制度は始まっていたが、せいぜい読み書きソロバン程度だった。

 硫化水素を知る者はモルドーにはいなかっただろう。

 ジローは納得した。

 

「概要報告は以上です。捜査本部では引き続き、容疑者の事情聴取と、現場検証を進めていくつもりです」

「港湾警察署は、ロバートの重傷害罪の方は固めたそうよ」

 

(仕事が早いな)

 

「ならこちらに引き渡してって言ったら、それはモルヌーレ島への無断侵入と違法採掘の供述を取ってからだって言ってきたわ。密輸の方はそちらに任せるからって!」

 

 そう言ってこちらを睨むメネルの表情には、苛立ちが見える。

 ジローは苦笑しつつ、声量を上げた。

 

「外務局長! 硫黄の行き先はわかったかい?」

「ムチャを言わないで」

 

 向かい合う四つの席の外側を取り囲むように座る局長席の一つから、不満の声が上がった。

 ジローは正面に座る公選監査人の右奥の人物を見る。

 外務局長のアリーヤ・キッタ監査官である。銅のような肌を持つ壮年の女ニンゲンだ。

 

「まだキーン庁を通じて調査を始めたばかり。取引場所はアケア海の港のどこかという話だけど、あの海は現地の商業組合が排他的に航行を独占している。連邦の商船が海峡を越えてアケア海に入ることは許されていない。ただ、手前のコルドン港で声を掛けられたという商社員を三人見つけた。硫黄を見せられて、これが手に入らないかと訊かれたそう」

 

(つまりこちらから売り込んだわけじゃないのか)

 

 ジローは気になった。

 

「その声を掛けてきた相手というのは?」

「名前は聞いてないそうよ。ただ淡色のニンゲンで、顔立ちからアケア人商人だろうと」

 

 それでは判らない。

 

「アケア人というのは、アケア海周辺の人々の総称だよね。せめて国くらいは特定できないかな?」

「それは実際に密輸した船員から聞き出してほしいところ」

 

 アリーヤの口調は、それくらい密輸犯から聞き出せ、と言わんばかりだ。

 

「それはもちろんやるわよ。でも彼らは地理に疎くてよくわからないの。あたしたちもよ。邦外のことなんて知らないもの」

 

 メネルが憮然と答えた。

 

「なら外務局員も事情聴取に同席させればいい。アケアに詳しい専門家なら特定するための質問も思いつくんじゃないか? 何気なく目にした建物とか、耳にした言葉とか」

「それは命令?」

 

 アリーヤが問う。命令なのか思いつきを口にしただけなのか、確認している。

 

「そうだね。人選を頼むよ」

「分かった。誰か適任者を寄越すよう、キーン庁の外務部に指示を出しておく」

「よろしく。それで、その三人の商社員は硫黄の使用目的については何か聞いてるのかい?」

「いいえ、手に入らないと答えたら何も言わずに立ち去ったそう」

「そうか」

 

 硫黄はいくらでも生産できるが、その流通は産業省により厳しく規制されているため、貿易商社は取り扱いができない。

 

「硫黄を実際に売って追跡調査すれば、いろいろと分かるかもしれないけど…」

「それは執政府や両院と調整しないと無理だな」

 

 ジローはその案を否定した。

 執政府もそうだが、両院が特に厄介だ。どんな駆け引きに持ち込まれるか判らない。

 

「そう」

 

 アリーヤが小さく肩をすくめると、左の席の監査人が口を開いた。

 

「金価格の下落を調べたら、硫黄の密輸が出てきたわけか」

 

 公選監査人の一人、レスター・オールズ閣下である。

 

「そういうことだね」

 

 ジローが頷くと、レスターが鼻を鳴らした。

 

「フン。よくもまあ金の価格が下がったくらいで調査を始めようと思ったな」

「金価格が下がるのは困るからね」

「金本位制だからか」

「そう。通貨の価値が下がれば物価の高騰に繋がる。一部ではすでに影響が出始めている。原因が判って良かったよ」

 

(顧問銀行もどうすべきか分かるというものだ)

 

 ジローが安堵のため息をつくと、正面に立つ二人の隙間の向こうから、しわがれかけた低い声が響いてきた。

 

「これほど大量の硫黄を、アケア人は、何に使うつもりだろうか?」

 

 公選監査人の一人、ザベラ・バシュティーン閣下。

 大柄な濃色の女ドワーフである。

 

「真っ先に思いつくのは、火薬の原料にするというものなんだけど…」

 

 ジローは言い淀む。

 

「けど何?」

「大陸人に火薬を思いつくような者がいるんだろうか?」

 

 ジローは首をひねる。

 ジローの印象では、彼らは何と言うか、古き良き魔法使いなのだ。

 

(トルキナでもかつては皆そうだった。ニンゲン族以外は、だけど)

 

 魔法で火を起こし、金属を加工し、狩りをし、畑を耕してはいたが、その暮らしは経験則に基づいていた。

 魔法への理解の仕方も、独自に神学的体系を作り出して説明してはいたけれど、それらは例えば神話の神々の序列を説明した解説文がそうであるように、長く信じられてきたというだけの非実証的な体系に過ぎなかった。肝心の“魔法の習得”は、結局のところ個人の才覚と、閉鎖的な師弟制度に依存していた。

 師に恵まれた才能がある者だけが魔法を使いこなし、知識が共同体全体に広がらない社会。

 それはつまるところ、前近代の社会だ。

 

「確かに大陸人は皆、魔力を持ち、才ある者は魔法を使うと言われておる。爆発魔法を思いつけば、そちらを使うじゃろう。じゃがそれは我らも同じじゃった。そして我らは火薬を知っておる」

 

 ニムディスの言葉に、ジローは首を振る。

 

「いや、わたしもそうだが、元々ニンゲン族が使っていたのは戦技であって、魔法じゃない。だからローハでは火薬を使っていたんだ」

 

 戦技には、例えば”治癒術”や”防殻術”、”斬撃術”などがあるが、これらは用途が限定されており、魔法のような応用が難しい。爆発を引き起こす戦技もあることはあるが、修得できる者は極めて稀であり、様々な現場で使用するには火薬を使う方が早かったのだ。

 

「じゃが大陸人は戦技を知らぬ。今のところはじゃがな。ジローらとは違うということか…」

 

 ニムディスが考えるようにそうつぶやいた。“ジローら”とはニンゲン族のことだ。

 再びザベラが問いを発した。

 

「火薬の他に硫黄の使い道は?」

 

 まるでこちらを尋問するような口調だ。

 きっと行政監査ばかりしているせいに違いない。

 

「そりゃあ、保存料とか肥料とか、いろいろあるけど…」

 

 実際、連邦では主に肥料に使っている。

 

「でもそういう使い方をするというのも、あんまりしっくりこないなあ…」

 

 ジローはどうも腑に落ちない。

 

(もちろん魔法使いであっても、何かを調合しようとして、たまたま見つけるということはあり得るだろうけど)

 

 彼らが硫黄から保存料や硫黄を生産している姿が想像できずに、考え込んでいると、ニムディスがじれたように再度口を開いた。

 

「たとえアケア人が火薬を作ったとて、それだけでは連邦軍にとって脅威とはならぬ! 気になるのはその硫化水素じゃったか? むしろそちらではないのか? 向けられて脅威とはならぬのか?」

「あっ! 確かにそうだ!」

 

 ジローは思わず声が大きくなった。

 

(ニムディスの言うとおりだ)

 

「硫化水素はちょっと吸うだけで即死ものだ。等級なんか関係ないぞ! 連邦軍にとっても、直轄軍にとっても脅威だ! あ、今の硫化水素の脅威の発言部分の議事録は非公開とすることを提案する。危険だから」

 

(ニケア人に扱えるとは思えないが、軍を簡単に倒せる方法が世に広まるのはマズい)

 

 会議室がざわついたが、非公開の提案に、他の監査人も同意した。

 ここでジローはまとめに入る。

 これ以上考えても仕方ない。

 

「外務局には引き続き調査してもらう。それでいいかな?」

「うむ」

「「異議なし」」

「では外務局長、頼むよ」

「わかった」

「では、これに関してはもういい? では次の議題に入るので、メネル特捜団長とジンゴ特捜員はここまで。ご苦労様」

 

 秘書官のモリアが議題の終わりを告げたので、ジローは尋ねた。

 

「メネルはこの後どうする?」

「あたしは追加の応援を引き連れてすぐに孟都に戻るわよ。なにしろ逮捕者が多くて、大変なのよ」

「そうか。よろしく頼む」

「じゃあ失礼するわね」

「ジンゴもよくやった。引き続き頼むよ」

「はっ! 恐縮であります! 失礼いたします!」

 

 退出する女エルフと男パントの背中を、全員が見送る。

 

(硫黄の行方。その使用目的。持ち去られた金の行方。ゴジマの正体と行方。まだまだ謎が多いな)

 

「ふう」

 

 ため息が出る。

 

「それでは次は内務省シーナ局への行政監査の件で、監察局監査部の…」

 

 モリアが次の議題を告げ、会議はその後も続くのであった。

 





次回の投稿は明日の予定です。
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