連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために――   作:mogatoku

39 / 40
039 第37話 それぞれの今後

 

 ミン・グイは、シン・ポップと二人で、メネル団長の前に立っていた。

 たった今、大事な報告をしたところだ。

 

「まあ、素敵じゃない。婚約おめでとう」

 

 そう。シンと婚約したのだ。

 実は、ミンから結婚を申し込んだ。

 ノウブは男女どちらから申し込むべきか、特に決まってはいない。

 二人は適齢期。

 ノウブには時間がないので、結婚も急がなくてはならない。ほんの少しのきっかけがあればいいのだ。

 

「ありがとうございます」

 

 両腕を開いて謝意を示す。南方式と呼ばれる謝意の仕草。

 

「お互いをしっかり支えあうのよ」

 

 その言葉の暖かい響きに、心が暖かくなる。

 シンに大怪我を負わせた犯人を捕まえることはできずに落ち込んでいたとき、シンは何度も慰めに来てくれた。そして、ついにミンが自分の想いを伝えると、シンは受け止めてくれたのである。

 

「はい」「頑張ります」

 

 ミンから見ると、シン・ポップは野心的で意欲がある男だ。ただかなり田舎の出身であるせいか、どこか危なっかしく、つい助けてあげたくなる存在だ。

 

「式はいつなの?」

「園都に戻ってから予約するので、まだわかりません」

「そう。決まったら教えてね。ノウブの結婚式は慣れてるわよ。他種族はぞろぞろと会場を通過するだけなのよね」

 

 ノウブの結婚式も披露宴も、原則として他種族の参加はない。ただお披露目と挨拶があるだけである。

 これにはもちろん、ちゃんとした経緯があるのだが、早い話、他種族にとってノウブの結婚式は頻繁すぎて負担だし、ノウブにとっては大食いの他種族の食事を用意するのは負担なのだ。

 

「はい! ぜひお願いします!」

 

 ミンは言葉に力が入ったが、これは仕方がない。他種族がたくさん来てくれるほど、新郎新婦がそれだけ社会に貢献していることを示すことになり、同族出席者への自慢…いや、証明になるのだ。

 

「それで、シンが情報部に戻るのかしら?」

 

 夫婦が同じ職場というのは、原則として避けることになっている。

 もちろん例外もある。最高監査人とか。

 

「ボクは特捜団に残ります。ゴジマが持ち去ったという金を探さないといけませんので」

 

 シンは決意のこもった口調だ。

 

「ということはミンが異動になる訳ね。どこか希望の部署はあるの?」

「夫婦一緒に暮らせるところならどこでも」

 

 するとメネル団長が背もたれから背を離し、少しだけ前に乗り出してきた。

 

「なら良いところがあるんだけど」

 

(良いところ? どこかな?)

 

「どこですか?」

「お隣よ」

「隣? ここの管理部ですか?」

 

(でもそれだと…シンと離れることに…)

 

 ここはモルドー庁。つまり孟都だ。園都まで9時間。一緒に暮らすのは無理だ。

 

「違うわよ。うちの特捜団の隣」

 

(ということは…)

 

「――の特捜団ですか?」

 

 隣も特捜団である。

 

「そうよ。何人か増やすから回してくれって言われてるの。すでに調査を始めて人手が必要なんだって。何の調査かは聞かされてないけど」

 

(隣なら一緒に通える! 一緒に暮らせる!)

 

「それは助かります!」

 

 ミンは両腕を小さく広げて謝意を示した。

 

「じゃあ、隣の団長に話しておくわね」

「よろしくお願いします!」

 

 今度は小さな頭を下げる。

 

「それとシン・ポップ」

「はい」

「情報部が“しばらく戻って来い”って言ってたわ。なぜ殴られたのか、詳しい話をじっくりと聞きたいそうよ」

 

 メネル団長が愉快そうに笑みを浮かべると、隣のシンの肩がわずかに震えた。

 視線を向けると、顔を引きつらせている。

 

「え? ボクにはゴジマを探すという重大な使命が…」

 

 シンが言葉で抵抗を試みている。

 

(戻りたくないのね)

 

 でもそんな抵抗を軽く払うように、団長は軽い調子で言葉を続ける。

 

「鍛え直してやるから覚悟しろって、アーサーが話していたわ」

「ぶ、部長が? そ、そんな…」

 

 部長の名前が出てくると、シンは抵抗する気が失せたみたいだった。

 

「なので園都に帰ったら、十日ほど、情報部に通いなさい。ゴジマの件はその後でね」

「わ…かりました…」

 

 シンの肩が力なく落ちた。

 

(大丈夫かしら)

 

 だがミン・グイは心配しているわけではなかった。それどころかむしろ歓迎していた。

 

(鍛え直してもらえば、この人のケガの心配も減るはず!)

 

 むしろ安心だ。

 ミンは気になったことを尋ねる。

 

「ところで、ボクの後任の推薦は必要ですか?」

 

 メネル団長が再び背もたれに寄りかかった。

 

「後任の推薦はおそらく必要ないんじゃないかしら」

「もしかして、もう決まってるんですか?」

 

 二人の結婚は急な話のはず。

 

(まさか、ボクたちのこと、予想してた?)

 

 メネル団長が軽く握った手を口元に運ぶ。考えるような仕草だ。

 

「まだなんだけど……たぶん、もうすぐ決まるわ」

「そうですか」

 

(いったい誰だろう?)

 

 ミンは首をひねった。

 

 

 

 同じ頃、同じ建物の同じ階の別室――

 捜査本部の仕事の終わりが近づいているのを感じている男ノウブがいた。

 モルドー監査庁捜査部・捜査一班のゲウ・ダン班長である。

 

(この半月の間、事情聴取漬け日々だったな)

 

 結局、密輸に政治家が絡んだ事件となり、捜査一班だけでなく、二班と三班も捜査に加わらなければならなかった。

 後から本部長となったメネル特捜団長が、中央府から大勢連れてきたが、監査庁もまた陳部長の指示で、 刑事課だけでなく、公安課からも応援が入り、大忙しの日々であった。

 留置場があふれかえる程の容疑者を送検しなければならなかったからだ。

 だがそんな日々もあっという間に過ぎ、検察部には文書の山を届けた。 

 

(今頃は上の階の連中は、大忙しだろうな)

 

 ふと対面の席からつぶやきが聞こえてきた。

 

「退役兵の再就職問題か…」

 

 ジンゴ・ヘイワド特別捜査員。中央府からきた彼との仕事も、まもなく終わりだ。

すぐにゴジマの捜査の引継ぎをすることになるだろうが、誰がやるのか、どんな形でやるのか、まだ聞いていない。

 ただ自分がそこに加わる可能性は低いだろう。

 

(どちらかというと二班の仕事だしな)

 

「そんなに問題ですかね」

 

 ゲウは首をかしげる。

 退役兵の再就職問題と言っても、それはつまり、単なる失業対策に過ぎない。

 

(失業者に仕事を与えれば済む話では? なぜ他種族は難しく考えようとするのか…)

 

 ゲウがやや不満を感じながら、首をかしげると、ジンゴ特捜員が目だけで視線を向けてきた。

 

「キミならどうする?」

「密林を拓いて、果樹園でも始めてもらいますよ」

 

 モルドーにはまだ活用できる土地はいくらでもある。そこを退役兵に貸し与えるなり、売るなりすればいい。

 

「だが害獣はどうする?」

「元兵士なら自分でなんとかできるのでは?」

「だが数が多かったら危険だぞ?」

「国軍に頼むか、それこそ冒険者を雇うんですよ」

 

 彼らはそのためにいると言ってもいい。働かせれば良い。

 

「冒険者はタダじゃないぞ。資金はどうする?」

「銀行から借りてもらいます」

「農機具をそろえ、果樹を植えても、収穫までは何年もかかる。その間、害獣には冒険者を雇い、害虫を駆除し、草をむしり、出費はかさむばかりだ。銀行は待ってくれるのか?」

「ボクなら待ちます」

 

(それが合理的だ)

 

「無理だな」

 

 特捜員はゲウの意見をあっさりと却下した。

 

(なぜ? 待たければ意味がない。そもそも――)

 

「誰かが何とかしないといけないのでは?」

「ああ、そうだな」

 

 ジンゴ特捜員は頷いたか、何もする気はない様子だ。

 

(監査府も執政府も速やかに動くべきでは?)

 

 ゲウ・ダンは内心、疑問を感じつつ、残りの仕事に取りかかろうと、書類の確認に戻るのだった。

 

 

 

 同日の午後――

 一方の港湾警察署でも、捜査は終わりを迎えていた。

 

「退役兵か。まったく迷惑な連中だな」

 

 ホロック・聡厳(そうげん)警部補は、書類を机に投げ出した。

 

「まさか議員先生が絡んでいるとは思いませんでしたね」

 

 ヘルマン・ナンゴン巡査部長が右前の席から話しかけてきた。

 

「ああ、本部への報告を遅らせろと監査人閣下が言ってくるはずだ。共和国議員ならいくらでも本部から情報を聞き出せるだろうからな」

 

 ホロックが背もたれに寄りかかると、ヘルマンも両腕を頭の後ろに回して寄りかかった。

 

「それにしても、警部補はすっかり地域の英雄ですね」

 

 ヘルマンがニヤニヤと笑みを浮かべている。

 つられてホロックも笑みを浮かべつつ、頭を掻く。

 

「いやあ、英雄と言うほどのことはないけど、こんなに感謝されるとはね」

 

 いろんな人が声を掛けてくるようになった。

 

「ボムリの旦那と〈エオーサンダ〉の店主なんか、どっちが警部補の酒代を持つかで、取っ組み合いの喧嘩を始めてしまい、署に連行する羽目になりましたからね」

「いやあれは、保護しただけだ。連行した訳じゃない」

 

 そんなことで連行したらあまりにも申し訳ない。

 

(まあたっぷりと説教しておいたから、当分は喧嘩しないだろう)

 

「近所のノウブ小学校の児童たちが署にやって来て、一斉に両腕を下に伸ばす姿勢を取った時には、さすがの自分もウルッと来ましたよ。刑事やっててホントに良かったなと」

 

 心なしかうっとりとした表情のヘルマン。

 感激を思い出しているようだ。

 

「ああそうだな」

 

 それはホロックも同じだった。

 あの子供達の感謝の姿勢と「刑事さんたち、ありがとう」の合唱には、ホロックも胸がジーンと熱くなった。

 刑事の仕事はどちらかというと人から疎まれるものだ。

 

(なのに自分の仕事をしただけで、まさかこんなに感謝されるとは)

 

「地元紙が好意的に書いてくれたおかげだ」

 

 そう言って目を細める。

 あの小学生達は新聞を読む授業で記事を読んで、署にやって来たという話だった。

 

(だが……)

 

 少し行き過ぎな気がする。

 

(一連の賞賛記事。あの〈東風〉の女将が関わっている気がする)

 

 もちろん、根拠はない。ただの勘だ。

 ホロックは割烹着姿の草原エルフを思い浮かべてみる。

 

(あの女エルフ、タダの女将じゃない気がするんだよねえ……)

 

 でなければ三度も記事に顔を出すはずがない。

 

 ――何か裏があるんじゃ…

 

 ジリリリリリ…と内線の呼び鈴がホロックの思考をぶった切るように鳴り出す。

 部下の一人が壁際に行き、内線端末の受話器を取った。

 

「はい、捜査一係。……はっ! 了解であります」

 

(ん? なんだ?)

 

 ホロックは部下に目をやる。

 

「係長。署長がお呼びです。至急、署長室に来いと」

「ああ、わかったよ」

 

 さっそく署長室に向かい、扉を叩く。

 

「ホロックです」

「入れ」

「失礼します」

 

 戸を開けて中に入ると、いつもの暢気な空気はなかった。

 

(ん? 署長…)

 

 署長が席に座らずに、机の前に立っている。

 さらにその前には応接机があり、その安楽椅子の一つに、署長が立たなければならない原因が座っていた。

 

「やあ、キミがホロック・聡厳警部補だね」

 

 全く予想外の人物だった。

 なぜかはわからないが、そこだけ温度が違って見えた。

 

「あ、あなたは――」

 





次回は第一章のラストです。
投稿は明日の予定です。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。