連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために――   作:mogatoku

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004 第2話 一本の電話

 

 監査人執務室がもし一階にあるとすれば、ジローの机はかつての玉座とは反対側の一番下座にある。

 もっとも、ここは三階だ。

 

 右の窓側には監査人の机が二つ、ぽつん、ぽつんと間隔を開けて並んでいる。

 正面にも一つ。かつての玉座の真上にあたる位置だ。

 

 四名の監査人は縦に長い“コ”の字を描くように配置されている。

 その内側を埋めるように、秘書官・補佐官・補助員の机がびっしりと並ぶ。

 ペンの走る音、紙をめくる音、電話の呼び鈴。

 書類を見ながら話し合う者。

 立ち上がり、文書を抱えて別室に向かう者。

 受話器を取る者。

 常に動きがあり、音が満ちている。

 

 そんな慌ただしい部屋の片隅で、ジローは紅茶を置き、背もたれに体を預けた。

 

「いやあ、若いって良いね」

 

 傍らに立つ秘書官モリア・マイヤーに話しかけた。

 彼女は濃色の肌をした女ニンゲン。

 立ち姿はほっそりとして、まるで流行模範者のようだ。肩に掛かる黒髪はゆったりと波打っている。

 年齢を感じさせる顔の中で、その目は力強い意思と知性を放っており、非常に頼もしい。

 

「閣下は自分の顔をご覧になったことはないのかしら?」

 

 力強い目が不満げに光った。

 黄金の耳飾りも光を反射している。

 耳飾りと言うより耳輪だ。彼女の濃色の肌に黄金がよく映える。

 

(声に少しトゲがあるなあ)

 

 微妙に敬語を混ぜてくるところにもトゲを感じる。

 

「毎日見てるよ。500年近くこのまんまだ。まさに『永遠の二十五歳』って顔だな。髪もこれ以上伸びないし髭も生えないんだ。剃り方も忘れてしまったよ」

 

 ジローは両手を広げ、上に向けた。

 ジローの肉体は年を取らない。

 それがすっかり当たり前になってしまったが…

 

(普通はそうじゃないんだよな)

 

「“不老の加護”持ちが羨ましいわね。わたしはもうお婆さんだから」

 

 そういえばそうだった。

 

「お孫さんは元気かい?」

 

 強い目力が優しさに変わった。

 

「写真で見ただけだけど、元気そうな赤ちゃんだわ」

「そうか。うらやましいよ」

 

(わたしには孫がいないからね)

 

 ジローは軽く肩をすくめた。

 

「閣下のご子息はご結婚なさらないの?」

 

 長男も次男も連邦軍に入った。三男はまだ小学生である。

 

「どうだろうなあ。長命種だから相手が限られるらしいんだよね」

 

 妻は『エルデン族』と呼ばれる長命の種族である。

 エルデンの寿命は万年とも言われ、エルフよりも長い。

 

「ニンゲンとエルデンの混血だとすると、相手にはエルデン族をということかしら?」

 

 以前、公用語審議会はエルデンに“ハイエルフ”という訳語を当てたことがあった。だがこの呼称はエルフの団体から「われわれが“ローエルフ”だと言いたいのか!」「エルフをバカにしているのか!」と反発があったため、あっさり取り消された。

 今ではそのまま『エルデン族』と呼ばれている。

 

「エルフでもいいんじゃないかと思うんだけどね。ニムディスは『駄目じゃ!』って言うんだよ」

 

 ジローが妻の口調を真似してみせると、モリアの口元がヒクヒクと震えた。すぐに窓側の席の方に振り返り、安堵の表情を見せている。

 

(いや、笑ってくれても良いんだけど…)

 

 ニムディスは出かけているようだ。

 

「難しい問題なのね」

「ま、なるようになるさ」

 

 ジローは肩をすくめた。

 

「ジロー閣下にお電話が入っております。顧問銀行からです」

 

 低めの声が響く。ヨアナだった。

 

(お、さっそく補助員として働いているな)

 

「ああ、繋いでくれ」

 

 監査人席の大きな机の上で、茶色に金縁の電話が「ジリリ」と鳴る。

 ジローは身を乗り出して受話器を取り上げ、そのまま本体ごと引き寄せると、椅子に深く腰を下ろした。

 

「ジローだ」

 

“ジロー閣下。ファエルベル・ミル=ロハンナです”

 

 昔なじみの声だ。

 顧問銀行の立ち上げの頃から関わっている女エルフで、今も幹部の一人だ。少し前は別の銀行にいたが、また舞い戻ったようだ。

 

「ああ、しばらくだね。どうした?」

 

“はい。実は頭取のことで、ご報告が”

 

(何かやらかしたんだろうか)

 

「どうかしたのかい?」

 

“それが、頭取が財務省とやりあいまして”

 

「おや、それはどうして?」

 

 頭取は財務省が送り込んだ男ニンゲンだ。

 

(それが財務省とやり合ったとは)

 

 声に愉快な気分が混じってしまうじゃないか。

 

“はい。頭取はどうやら『顧問銀行は政府から独立して運営されるべし』との結論に至ったようでございます”

 

「それはよくやったね! ご苦労様」

 

“いえ、わたくしは閣下からの薫陶(くんとう)をそのまま話し続けただけでございまして”

 

(それが功を奏したのか? それとも顧問銀行で働くうちに、意義を理解したのか? いや、実は最初から分かっていた、ということもあるぞ?)

 

 財務省に指名されるために猫をかぶっていた。そんな可能性に思い至る。

 

(だがここはファエルベルに感謝しておこう)

 

「これで次の頭取が送られてくるまで、しばらくは安心できそうだ。君のおかげだ。ありがとう。顧問銀行は中央銀行だ。財務省も分かっているはずなんだが、時々勘違いしているやつがいるから困る。それで、何があったのかな」

 

“はい。このところ(きん)の価格が下がっているので、顧問銀行が買い支えることになり、市場から購入し始めているのですが、それに財務省がなぜか文句を言ってきたのです。それで…”

 

「なるほど…まさか財務省は自分が買うつもりなのか?」

 

“どうやら、もっと下がるのを待って買うつもりのようです”

 

(はあ? なんだそれは)

 

 ジローは眉をひそめた。

 

「財務省が金融取引をはじめてどうするつもりなのかと、問い(ただ)したいな」

 

“ですので、閣下が興味をお持ちになるのではと”

 

(ははあ。つまり財務省への行政監査なり会計検査なりを、監査人として監察局に指示しろと言いたいのか)

 

 ジローは電話の意味を理解し、見えない相手に向かって頷いた。

 

「なるほどね。でもそれは財務省が実際に買い始めてからの話になるな」

 

“はい。それとちょっと気になることがありまして”

 

 自信がしぼんだように、彼女は声を落とした。

 

「何かな」

 

“それで顧問銀行は購入を継続しておりまして、金保有量も増えつつあるのですが……なぜか金の価格が下がり続けていまして…”

 

「ふうん」

 

 ジローは思わず鼻から声にして出してしまう。

 

(どういうことだ? 中央銀行が購入しているのに価格が下がっているだ?)

 

 だが相手はジローの声を誤解したようだ。

 

“あ、これは閣下がお気になさることではありませんね。失礼致しました。では、わたくしはこれで”

 

 ファエルベルが慌てるように言ったので、ジローは内心で小さく恥じる。

 

(ちょっとマズったか)

 

「あ、またよろしく頼むよ」

 

 思わず早口になってしまったジローの言葉が終わると同時に、電話が切れた。

 ツー・ツーという音が耳に刺さる。

 

(やれやれ。鼻息一つにも気を配らないといけないとは)

 

 小さくため息をつきながら受話器を置き、電話本体を机の奥へと押し戻した。

 

「理屈に合わない値動きか」

 

(これは何かありそうだな。さてどうするか)

 

 紅茶に手を伸ばし、静かに思考を巡らせようとした。

 が、そこに邪魔が入った。

 

「ジロー! 母上が来たのじゃ!」

 

 よく知る声が響いてきたため、視線を向ける。

 ついたての隙間から女エルデンが二人、颯爽(さっそう)と、それでいて悠然と監査人の執務間に入ってきた。

 一人は見慣れた顔、もう一人は久しぶりに見る顔だった。

 

(なっ! 何しに来たんだ?)

 

「これはお義母さんではないですか!」

 

 ジローはすぐに立ち上がり、にこやかに歩み寄る。

 

「お久しぶりですね。連絡もなしにどうしたんですか?」

 

(いくらニムディスの母親だからって、連絡くらいは寄越してほしいなあ)

 

 しばらく挨拶を交わすと、二人は満足したように立ち去った。

 ジローは腰を下ろし、ため息をつく。

 

(まさかいきなり女帝が現れるとは…ケディルに連絡しておかないと…)

 

 ジローはすぐに自宅にいる家宰(かさい)へと連絡を入れる。

 

「…だそうだ。え? 全部で? いや、人数は聞いてないな。できたら確認しておくよ。それじゃあ、よろしく」

 

 受話器を下ろし、一息つく。

 

(ふう。これでよし。それでええと、何をするんだったかな…?)

 

「そう。金の値下がりだ!」

 

 ジローはすぐに思い出し、立ち上がって声を張った。

 

「モリア! ちょっと来てくれ!」

 

 





次回の更新は明日の予定です。
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