連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために――   作:mogatoku

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005 第3話 秘書官と新人たち

 

 モリア・マイヤーは監査人秘書官である。

 監査府に採用されて以来、捜査局、監察局、検察局、内務局と渡り歩き、やがて内務局長となった。

 その後は、補佐官に抜擢され、しばらく気むずかしい秘書官たちにこき使われてきたが、今は監査人の秘書官として、補佐官を使う側に回っている。

 長年働いてきて、モリアは強く感じてきたことがいくつかある。

 その一つは、例えばこういうものだ。

 

『監査府は判断力と行動力が求められる職場である。なのに、いや、そのせいで、多くの幹部が、自分の判断をそのまま押し付けようとしてしまう』

 

 重要な事柄ならむしろそれで正しいが、そうでないことまで、自分で判断して部下や新人に押しつけている。

 

(部下に自分で考える余地を与えようとしないのよね)

 

 モリアは秘書官になってからも、新人補助員の指導はできる限り自分でおこなってきた。

 秘書官や補佐官は皆忙しいからというのもあるが、モリアから見ると、彼らには任せにくい理由が他にもあった。

 モリアの目には、種族にかかわらず、男性は強く出過ぎて新人を萎縮させがちだし、女性は細かい自作の決まり事を新人に教え込みすぎるように見えた。

 そうやって新人を型にはめてしまうと、次の配属先が改めて教育し直さなければならない。

 モリアは各局を渡り歩いて行く中で、思ったものだ。

 

(なぜ秘書官補助員から配属されてきた新人は、すぐに使えないの? 新人教育の一環なのに、何を教育してるのかしら?)と。

 

 その点、ジロー閣下だけはよくやっているように見えた。

 先ほども補助員に考えさせていた。

 

(閣下の場合は、単に若い人の話を聞きたいだけなんだろうけど…)

 

「ジロー閣下にお電話が入っております。顧問銀行からです」

「ああ、繋いでくれ」

 

 閣下が電話に出たため、モリアはついたての隙間をすり抜けて、自席に向かう。

 すぐに三人が席の前で待ち構えているのが目に入った。

 

「あなたたち、よくやったわよ」

 

 近づきつつ声を掛けると、三人がぎこちない笑顔を見せた。

 

“新入りはよほどのことがない限りとりあえずほめろ”

 

 若い頃、とある補佐官が引退する時に、そう残していった。

 

(思い返してみればわたしもそうされていたわ。思えばあれでその気になってしまったのよね)

 

 経験を積めば、あの頃の賞賛が“新人をその気にさせるためのもの”だったと気付く。

 でも当時は本当に褒めてもらったと感じた。

 あの補佐官は素晴らしい人だった。あの人が例外だったのかもしれないけど。

 

「ですが、正解できませんでした」

 

 ヒルダが悔しそうだ。

 

(大丈夫よ)

 

 モリアは女パントの小さな頭をなでて安心させてあげたくなる。

 

「自分は全然ダメでした」

 

 ホセも悔しそうだ。

 

「いつもあの質問をするのですか?」

 

(ヨアナは冷静ね)

 

 ドワーフはどっしりとしている。

 

「ヨアナは早速電話を取ってくれたのね」

 

 モリアは質問に答える前に、ヨアナの仕事を褒める。

 

「はい。皆さん手がふさがっていましたし、この中ではわたしが一番長いので、取ることにしました。交換機の使い方も知っていましたので」

「良い判断よ。電話を取るのはあなたたちの仕事だから」

「ありがとうございます」

 

 表情は冷静だが、ヨアナの声にはかすかに喜びが表れていた。

 

「それで、閣下が新人にする質問だけど、いくつかあるの。今回は監査府の役割だったわね」

「治安維持と外交ですね」

「治安維持だよ。外交の仕事は少ないって」

 

 ホセがヨアナの言葉を訂正している。

 

「ジロー閣下の心証をそこねていなければいいのですが」

 

 ヒルダが不安そうだ。

 

「ジロー閣下なら大丈夫。四人の中で一番優しいから」

 

 モリアは慰めるつもりで言ったのだが、自分の口調が事務連絡みたいに聞こえた。

 

「そうですか…」

 

 案の定、ヒルダの不安は軽くならなかったようだ。

 だが他の監査人はもっと気を張っている。それに比べればジロー閣下はどこか気楽な雰囲気だ。

 

「ジロー閣下はどんな方なのですか?」

 

 ヨアナが冷静な口調で尋ねた。

 

「そうね…」

 

 声を落とす。

 

「真面目で平凡。”即席紅茶”が好き」

 

 秀才が集う監査府の中にあって、ジロー閣下は取り立てて才気煥発というわけでもなければ、仕事がキッチリしているわけでもない。

 

(でも不思議と無能に見えないのよね)

 

 掲示板や衝立には文書が貼り付けられ、整理もされていない。

 頭の中では整理されているのかとも思ったが、貼り付けたことを忘れていることもしょっちゅうだ。

 

(なのに、しっかりと監査府の手綱を握っている)

 

 秘書官や補佐官に任せきりにはしないが、何でも自分でやるような人でもない。

 微妙な均衡の上に立っている。

 正直言うと、不老であることを除くと、何が閣下の強みなのかが分からない。

 そんな存在だ。

 

「優しくて、厳しい」

 

 失敗には寛容だけど、不正には厳しい。

 

「主席最高監査人だからですか」

「そうよ」

 

(そうとしか言いようがない)

 

 主席最高監査人。

 監査人会議の票が割れた時には、唯一“もう一票”を投じられる監査人。

 監査人の頂点と言っていい。

 

(特に隠れて不穏なことをしている様子もないし)

 

 時々、情報部のアーサーを呼び出しているが、そのやり取りも大抵はモリアの目の前で行われる。 

 

(はじめは、元老や代議士の弱みでも探ったりしているのかと思ったけど…)

 

 今のところ、特にそんな様子も見えない。

 

「ニムディス殿下は奥様ですよね。夫婦喧嘩したりしないのですか?」

 

 ヒルダが尋ねた。

 目には少しのおびえと、ほどほどの興味が光っている。

 

「相談や議論なら頻繁にしてるけど、喧嘩は見たことないわ」

 

 モリアはあごに手を当てる。

 殿下も監査人。つまり監査人四名のうち二名が夫婦だ。

 

「夫婦仲がいいのですか?」

 

(少なくとも悪いという感じではないわね)

 

「そう思うわ。ただエルデン族ってよくわからないの」

 

 エルデン族は希少種族だ。連邦全土に二百人ほどか。

 

「確かに。彼らは感情が薄いと聞いています」

 

(あら、あなたがそれを言うの?)

 

 モリアは吹き出したくなったが、何とか堪えた。

 ここまで冷静な様子のヨアナがそのままの調子で「エルデン族は感情が薄い」と発言したせいだ。

 

「殿下に限ってそんなことはないわ。ただ少なくともわたしたちの感覚で言う“夫婦”とは少し違って見える」

 

 二人は夫婦というより、同僚に近い。

 

(一体、夫婦生活はどうなって……ん? 何かしら?)

 

 モリアは思わず視界の右側にあった扉に視線だけを向ける。

 そこにはニムディス殿下と供に、どこかで見覚えのある顔がいた。

 天井を見上げて、驚きの表情を浮かべている。

 

(あれはまさか…女帝カイエナ…?)

 

 モリアは思わず目が丸くなるが、ニムディス殿下が連れている以上、殿下から紹介されない限り、話しかけるわけにもいかない。

 一瞬、時が止まりかけたが、ちょっと新人たちにも教えてあげることにした。

 

「あなたたち、今から一切声を出したり、その場を動いたりしないことを条件に、後ろを振り返っても良いわ。いい、分かった? 声を出したらダメ」

「わかりました。振り返ってもいいですか?」

「いいわ。本物を見る機会はめったに無いから、見ておきなさい」

 

 三人が振り返った。

 女帝の姿が見えただろうか。

 すぐに殿下の後に続き、女帝カイエナがジロー閣下の席に向かって歩き出した。

 

「では、なおれ!」

 

 三人が向き直ると、そこにあるのは困惑の顔だった。

 

「今のは…まさか?」

「わたしはわかりました。歴史の教科書で写真を見ました」

「…誰だか分かりません」

 

 悔しそうなヒルダ。

 

「女帝カイエナだと思うわ。殿下の母親の」

「本物…!」

 

 ヒルダが息を呑んだ。

 

「旧皇帝…!」

 

 しばらくの動揺の後に、ヨアナが静かに尋ねてきた。

 

「ところで、役割の一つが外交だという話でしたが、わたしたちが外務局に配属になることもあるのですか?」

 

(フフッ!)

 

 モリアは思わず吹き出しかけた。が、なんとか笑みを浮かべるだけで済ませることができた。

 

(ずっと気になってたのかしら。でもこの冷静さはきっと強みになるわね)

 

「それはないわ。外交は専門家の分野よ。邦外の言語を覚えるのが大変なんだそうよ」

「どの公用語とも違うのですか」

「外務局の話では、いずれかに文法が似ている言語もあるらしい。それでもかなり違うそうよ」

 

 ヨアナが納得したように頷く。

 

「だから()()()()()が外務局に配属されることはないのですね」

「そうね。まずないから心配はいらない。治安維持の方だけど、これからいろいろと学んでもらうわ」

 

 モリアは安心させるように微笑んだ。

 

「はい、ガンバります」

「まずはこの執務室について。私たちの仕事場はここ。この一角」

 

 モリアの後ろ区画に並べられた机。

 

「あなたたちの席はこの辺りだけど、並びは特に決まってないから、後で自分たちで決めて自分用の椅子を置いてね」

 

 自分用とは、つまり自種族用という意味である。パントの椅子にニンゲンは座りにくいのだ。

 

「わかりました」

 

 モリアの目にはニムディス殿下と女帝が、秘書官のカミラに連れられて出て行くところが映ったが、モリアはそのまま話を続ける。

 

「それで実は、他の執務室には当たり前に置いてあるのに、この監査人執務室には置いてない物があるの。何かわかる?」

 

 三人がキョロキョロと見回し始める。

 どうやら見つかりそうにない。

 

(あら、すぐに出てくると思ったのに、意外と気付かないものね……)

 

「最初に入った時に感じなかった? この部屋は――」

「モリア! ちょっと来てくれ!」

 

 声の方に目を向けると、ジロー閣下が右手を挙げていた。

 

「ちょっと失礼。続きは後でね」

 

 ついたての隙間をすり抜け、モリアは上司の机の前に立つ。

 

(きん)の値動きを調べて欲しい」

 

 ジロー閣下はいつになく神妙な顔をしていた。

 

(金の値動き?)

 

 モリアが今まで気にしたことのないものだった。

 

「どれくらい(さかのぼ)ればいいかしら?」

「とりあえず3ヶ月。もし分かるなら、値下がりが始まったのがいつ頃かも知りたい」

「わかったわ」

 

 モリアは頷いた。

 

(早速、新人にやってもらおう)

 

 ――ちょうど良い機会だわ。

 

 モリアは軽快にきびすを返した。





次回の更新は本日中の予定です。
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