連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために――   作:mogatoku

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006 第4話 新人たちと下調べ

 

 席に戻ると、三人はそのまま待っていた。

 モリアは早速、尋ねる。

 

「ジロー閣下が過去3ヶ月の(きん)の値動きを知りたいそうよ。できれば値下がりがいつ始まったのかも知りたいそうよ。それでホセ。どうすればいいと思う?」

「はい……」

 

 ホセが小さく首を傾けてから口を開いた。

 

「…経済新聞を見ればわかると思います」

 

(そうね。正解)

 

 モリアは頷き、視線を少し下げる。

 

「ヨアナはどうすればいいと思う?」

「はい。新聞の朝刊には前日の終値(おわりね)が載っていますので、3ヶ月分の値動きを書き写していけばハッキリすると思います」

 

 ホセの答えより具体的だった。

 

「いいわね」

 

 モリアは頷き、さらに視線を移す。

 

「ヒルダはどう?」

「取引所に電話を掛けて、直接話を聞きます」

 

(これもいいわね)

 

 モリアは満足して頷いた。

 

「ではホセは新聞を調べてちょうだい。ヨアナ、あなたも手伝ってあげて。過去の新聞は資料室にあるはずよ」

「わかりました」

「ヒルダは取引所に電話を掛けてちょうだい。『金の値下がりがいつ始まったのかをジロー閣下が知りたがっている』と言えば、教えてくれるはずよ」

「わかりました。あの、質問があるのですが…」

 

 ヒルダの表情は躊躇を見せていたが、質問は歓迎だ。

 

「なに?」

「管理局に情報部というのがありますが、そこに調べてもらうというのはどうでしょうか?」

 

 こういうのは情報部の仕事なのでは? という素朴な質問だ。

 

(この子は伸びる気がする。成長した姿が見られないのは残念だわ)

 

 モリアはすぐに説明する。

 

「情報部に頼むのは本格的な調査の時よ。これはただの下調べ。あなたたちの仕事よ」

「わかりました」

 

 新人たちが退出するのを見送り、モリアは名刺入れから名刺を取り出し、受話器を手に取った。

 

(金について尋ねるなら、ここかしらね)

 

 番号盤の穴に指を入れて時計回りに回す。

 指を離すと“ジー”と軽い音を立てながら円盤が“コン”と元の位置に戻る。

 再び指を入れて回す。

 それを番号の数だけ繰り返し、受話器を耳に当てて相手が出るのを待った。

 

“はい。『レドフィーン貴金属』です”

 

 聞き覚えのある女ノウブの声が聞こえてきた。

 

「モリア・マイヤーよ」

 

“これはこれは。マイヤー様、いつもお世話になっております。実は素敵な腕輪が手に入りまして…”

 

 マイヤーは店の常連なのである。今付けている耳飾りもレドフィーン貴金属で買った物だ。

 

「それはまた今度見せてもらうわ。実は教えて欲しいことがあるの。店主はいるかしら」

“お待ちくださいませ”

 

 店主はすぐに出てきた。

 

“はい。ゴドルン・レドフィーンでございます”

 

 中年の男ドワーフらしい太い声だが、口調は商売人らしく柔らかい。

 髭を綺麗に剃り上げた濃色の顔は品があり、モリアのお気に入りだ。

 

「モリア・マイヤーよ」

 

“いつもごひいきいただいております”

 

「ちょっと教えて欲しいことがあるの」

 

“わたくしに答えられることでございましたら”

 

「金の値動きについて閣下が知りたがってるの。何か不審な点でもあるのかしら」

 

 少し間がある。

 

“閣下というのは最高監査人の方の閣下でございますか?”

 

 監査人は4名である。

 最高監査人2名と公選監査人2名だ。

 このうち3人が「閣下」と呼ばれている。ニムディス殿下だけが「殿下」と呼ばれており、ゆえに最高監査人の「閣下」とはジロー閣下のことである。

 

「そうよ。わたしはその秘書官なのよ」

 

“さようでございましたね。お尋ねの件でございますが、不審な点と言いますか、このところ金の値段が下がっています”

 

(やはり値下がりしている…)

 

「どれくらい下がったのかしら?」

 

“そうですね。1割5分は下がったと思います。同業者の間では、モルドーでは3割も下がっているとの噂で持ちきりでございます。金の価格は本来安定しているはずで、このようなことは初めてでして…”

 

(初めて……)

 

「いつから下がり始めたのかしら」

 

“半年程前かと存じます。あの時はすぐに戻ると思いましたが、そのままずるずると下がり続けまして、このようなことに…”

 

 よどみない口調に残念そうな響きが滲む。

 

「原因に心当たりはあるの?」

 

“初めはどこかが店ごと売りに出されたのだと思いましたが、それにしても下がり過ぎでございます”

 

「わかったわ。ありがとう」

 

(下がりすぎ…閣下も気になるでしょうね)

 

 受話器を置き、ペンを手に今のやりとりを書き取り、まとめていると、若い男の声が響いてきた。

 

「マイヤー秘書官! ありましたよ」

 

 ホセだ。新聞を振りかざして近づいてくる。

 

「何があったの?」

「昨日の新聞記事です。金の価格が下がっていると」

 

 開かれた新聞を受け取ると、ホセが記事を指差した。

 

「この記事です」

 

連邦経済新聞ドレナ版 291年4月8日

 金取引価格 5ヶ月連続の下落

…によると金はこのところじわじわと値下がりを続けている。ドレナ取引所の関係者は「他の取引所から金が持ち込まれている」と話した。「ローハ取引所では顧問銀行が金を買い集めている」という噂も流れているが、まだ下落が続いているところを見ると噂は間違っていると思われる。一方、銅・銀・白金の値段がじわじわと上昇を続けており…

 

「これは保管用かしら」

 

 モリアは新聞をクイッと持ち上げた。

 

「回収に出す分だそうです」

「それは良かった。ではこの記事を切り抜いておいてくれる?」

「わかりました」

 

 ホセが新聞にハサミを入れはじめた。

 その間にモリアは先ほど電話で聞いた話をまとめる。

 

「マイヤー秘書官、ひととおり電話を掛け終えました」

 

 ヒルダが後ろの席から声を掛けてきた。いつの間にか電話を掛け終えていたようだ。

 

「どうだった?」

 

 モリアがペンを置くと、ヒルダは手にした書き取りを見ながら説明を始めた。

 

「ドレナ取引所では昨年10月初頭から下がり始めたとのことです。ローハ取引所も同じですが、こちらの値下がりはゆるやかなようです。ゴンドー取引所とシーナ取引所では11月半ばから、キーンの取引所では約6ヶ月前からとのことですので、10月頭辺りから下がり続けているようです。あとモルドー取引所では8月末にわずかに下がったのが最初だとのことです」

 

(各地で下がっているようね)

 

「ではそれを閣下に見せても良いようにまとめておいてくれないかしら。出来上がり次第閣下に報告するわよ」

「わかりました。字打機(じだき)で作った方が良いですか?」

「あら、この部屋に字打機はないわ」

 

 ヒルダが「え?」という顔になったので、モリアは微笑む。

 

「簡易字打機もですか?」

「そうよ。さっき『この部屋に置いてない物は何か?』と訊いたでしょ? これがその答え。後で案内するけど、字打機は別室なの。だから手書きでいい」

「わかりました」

 

 それを待つ間、モリアは小さな包みに入った即席紅茶を引き出しから出して、給湯室に行く。

 カップを片手に戻ってくると、三人はまだ作業をしていた。

 その様子を観察しながら紅茶を啜り、渇いた喉を潤していると、三人が立ち上がった。

 

(終わったわね)

 

「では閣下に報告してね。ホセとヨアナはこの切り抜きについて、ヒルダはこの表について、説明すること」

「「わかりました」」

 

 

 数分後、モリアの目には、ホセが緊張した面持ちで、新聞記事を見つけた経緯を話す様子が映っていた。

 それをジロー閣下が楽しそうに聞いていたが、報告はすぐに終わった。

 

「ホセ、ありがとう」

 

 要は終値を読み上げて、ヨアナに書き留めさせていたら、たまたま記事を見つけただけなのだが、それでもホセは安堵の表情を見せていた。

 

(こういう小さな積み重ねが成長につながるのよね。さて、わたしの番)

 

「ではわたしから。行きつけの貴金属店の店主に問い合わせたところ、店主の話では、半年ほど前から徐々に下がり始めた。1割5分は下がった。モルドーでは3割下がったという噂を聞いた。始めはどこかの店がまるごと売られたのだと思った。こんなことは初めてで自分たちも困っている…とのことだったわ。以上よ。次はヒルダから」

 

 さきほどの楽しそうな表情とは打って変わって、閣下の表情は神妙だった。

 

(やっぱり若い人の時とは表情が違う? わたしの気にしすぎ? こんなこと考えるなんて、年を取ったせいかしら)

 

 新人の成長を願いつつ、モリアはふとそんなことを考えた。

 

 

 

 だがジローの内心はそれどころではないのだった。

 





次回の投稿は明日の予定です。
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