連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために―― 作:mogatoku
前話の輸出規制品の説明の部分に「先進技術製品」の他に「地下資源」「火薬の原料など」を追加しました。
このところシン・ポップは焦り始めていた。
(ここまでは順調に出世してきたけど…何か成果を出さないと…)
シンは男ノウブ。
役職は“特別捜査団調査員”、通称『
情報部から出向してきており、基本は手伝い仕事をさせられている。
その日もいつものように、頼まれ仕事を進めていた。
(こんなことをしていても実績にはならない。これでは何のためにここへ出されたのか、分からなくなってしまう)
焦りがじわじわとにじみ出てくる。
ノウブには時間がないのだ。
「シン・ポップ、ちょっと来て」
背後から声が飛んだ。
振り返ると、特捜団で最も上位の上司、メネル団長が手招きしている。
シンはすぐに立ち上がり、トコトコと団長の机に向かった。
「なんでしょうか?」
女エルフの机の前に立ち、姿勢を正す。
「実はジロー閣下の仕事を頼まれて欲しいの。内容は閣下が直接説明するから、すぐに監査人執務室に行って」
「分かりました」
シンは深く頷き、メネル団長の前から下がると、そのまま監査人執務室へと足を向けた。
(なんだろう?)
監査人閣下からの“直接の呼び出し”は、そうあることではない。
胸の奥が、ほんの少しだけ緊張で熱くなるのを感じた。
監査人室に入ると、思ったよりも静かだった。
(特捜団室に比べるとはるかに静かだな。簡易字打機の音もしない……字打機は別室なのかな)
職員たちの話し声も控え目で、紙の上をペンが走る音が聞こえるほどだ。
シンは早速、声を掛けた。
「特捜団のシン・ポップ準監査員です。ジロー閣下の元に行くように言われて参りました」
「ではこちらに」
女パントの案内に従い、ついたての隙間をすり抜ける。
「特捜団のかたです」
「ああ、どうぞ」
「失礼します」
シン・ポップはそのままジロー閣下の席まで進んだ。
自分が机に隠れすぎないようにほどほどに進む。
緊張で耳が火照ってきた気がしたが、ジロー閣下の説明を聞くうちに、落ち着いてきた。
「…つまり、
「そうだ。誰が売りさばいているのかを知りたい」
ジロー閣下が静かに頷いた。
(一体誰だろう……? まあ、調べれば分かるか)
「わかりました」
ノウブは出張経費が安い。
だから選ばれたのかもしれない。
(でも、構わない。これは好機だ)
シンは心の中で小さく拳を握った。
監査人室を退出すると、すぐに自席に戻り、複写式の旅行命令書を簡易字打機に差し込む。
軽快な連打音を、ノウブにふさわしい速度で響かせる。
「孟都にしばらく行くことになりました」
「そう。悪いけど、よろしくね」
メネル団長に印鑑をもらってから、1階に降りた。
(並んでない。良かった)
監査府の庁舎内には各種交通機関の共同代理店があり、職員はここで搭乗券、乗船券、乗車券を速やかに入手できる。
だが、頻繁な出張のせいで、長い行列ができていることも多い。
(今日は少なくて良かった)
ノウブの人生は短い。
もとより時間を無駄にするのは苦手だ。
シンは受付台の前に行き、座っていた女ノウブに旅行命令書の一枚を差し出した。
「出張です。孟都まで、一人です」
「内務局払いですね。モルドー共和国ですと、
「はい」
「お出かけはいつですか?」
「明日の朝です」
「少々お待ちください」
お待ちください、と言っても相手はノウブだ。
寿命が短いぶん、時間を無駄にしない。
発券所のノウブ職員は、例外なく仕事が速い。
案の定、簡易字打機の連打音が響き始め、すぐに搭乗券が出てきた。
「ではこちら、明朝の孟都行きです。途中、停機場が二つありますので、降りてお食事を購入こともできますが、風の状況次第では
「ありがとうございます」
シンは輪空搭乗券を受け取り、特捜団室に戻った。
メネル補佐官に報告し、その日は帰宅。
着替えなど最低限度の荷物をまとめ寝た。
翌早朝、園都空港に向かった。
空港は、大勢の人でごった返していた。
「乗る前に昼食を買っておかなくちゃ」
孟都は遠い。
鉄道なら、園都からオロンティエまで急行で二日、そこから船に乗って数時間。
園北港から直接船で向かえば、速くても三日、遅いと四日以上はかかる。
「輪空ならひとっ飛び……いや三飛びか…」
輪空機の継続飛行時間は3時間ほどだ。
だから必ず途中の停機場で休憩が入る。
この便は園都から孟都までであり、途中二度、着陸がある。
行き先によっては、そこで乗り換えるのだが、今回は終点まで一本だ。
(乗り換えがないと、乗り過ごす心配がないから助かるな)
荷物を預けて搭乗口に入り、短身族用区画の二階席で座り込んだ。
短身族しか入れない小さな区画。座席も短身族用で、
当然、料金も安い。
(こういう時は、短身族で良かったと思う)
小さな座席でシンは目を閉じた。
先は長いのだ。
まどろみの中で声が聞こえる。
「監査府に採用されたよ」
「スゴいじゃないか。人気なんでしょ?」
「よく通ったな。一般職でもスゴいぞ」
「一般職じゃないよ。総合職だよ」
「え? じゃあ、あそこの監査署じゃないのかい?」
「まあエリンキュエッセア・トーレ監査署に来ることもあるかもしれないけど」
「違うのかい」
「当面はこのまま園都で暮らすよ」
「監査府ってそういうことか!」
「寂しいわね」
「いつでも会えるよ。輪空でたったの2日だし」
――懐かしい声が、遠くで揺れた。
「…着陸しました。お降りの方は忘れ物にご注意くださーい」
客室乗務員の大声で、シンは目を開けた。
(夢か…)
どうやら昔を思い出していたようだ。
両親は元気にしているだろうか。
(今度電話してみよう)
停機場では客の乗り降りがあったが、やがて再び離陸した。
シンは昼食を食べ、また目を閉じた――
「…この度、シン・ポップ君が連邦監査府に就職することになりましたことは、われら『森に近い平原』村にとりまして大変喜ばしく、村長と致しましても大いに誇りであります。思えばシン君は赤子の頃から…」
「話が長いぞーっ」
「はやく乾杯しろっ!」
「そうだそうだ」
「オホン…えー、それでは、シン・ポップ君のますますのご活躍を願いまして乾杯!」
「「乾杯!」」
「ねえ、監査府ってスゴいところなんでしょ」
「うん」
「どれくらい?」
「中央府で採用されると最初は“調査員”っていう階級になるんだ」
「なんだかあんまり大したことなさそうだな」
「監査府の“調査員”は、連邦軍の“中尉”に相当するんだ」
「なんだって! 連邦軍の中尉は、国軍の“少佐”と同じだぞ」
「じゃあ、もうボクたちより遥かに上じゃないか」
「どうりで村長があんなに喜んでるわけだ」
「スゴいヤツだとは思っていたけど」
「いいかい、よその人たちに負けちゃダメだよ」
「そうだ。ボクら
「よし、『森に近い平原』村の誇りに乾杯!」
「「乾杯!」」
――温かい声が、遠くで揺れた。
「孟都空港に到着しました。お忘れ物にお気を付けてお降りくださーい!」
魔法で少しだけ増幅された客室乗務員の声で、シンは目を覚ました。
(そんなに疲れていたのかなあ)
10時間と少しの間、ほとんど眠っていた気がする。
身体のこわばりを伸ばしてから荷物を手にして、シンは孟都空港に降り立った。
(もうすぐ終業時刻だ。急がないと)
停留所で路線旅客輪車に乗り込む。
(間に合うかな。時間外でも人はいるだろうけど…)
『次は監査庁前…』
(ふう。間に合った)
停車場で旅客輪車を降りると、閉庁まであとわずかの時刻だった。
「中央府の者です。短身族の宿屋を紹介してください。あと、孟都銀行への行き方も」
シンは短身族用の受付で、襟をつまんで徽章を持ち上げる。
「まあ孟都へようこそ。この辺りにはノウブ用の宿はいくらでもありますよ」
親切な女ノウブの受付職員に宿をいくつか紹介してもらい、シンはその一つに宿を取った。
夕食は近くの店で済ませて、部屋に戻ると、小さな寝台に身体を横たえた。
(一日眠っちゃったから、眠れるかな? でも明日から、調査だ。絶対成果を出すぞ)
仰向けのまま、小さな拳を突き上げた。
すぐに腕を下ろしてそのまま静かに目を閉じた。
翌朝、シンは孟都銀行の正面に立っていた。
次回の更新は明日の予定です。