連邦監査府物語 ――連邦のために、市民のために――   作:mogatoku

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前話の輸出規制品の説明の部分に「先進技術製品」の他に「地下資源」「火薬の原料など」を追加しました。



009 第7話 特調員シン

 

 このところシン・ポップは焦り始めていた。

 

(ここまでは順調に出世してきたけど…何か成果を出さないと…)

 

 シンは男ノウブ。

 役職は“特別捜査団調査員”、通称『特調(とくちょう)員』である。

 情報部から出向してきており、基本は手伝い仕事をさせられている。

 その日もいつものように、頼まれ仕事を進めていた。

 

(こんなことをしていても実績にはならない。これでは何のためにここへ出されたのか、分からなくなってしまう)

 

 焦りがじわじわとにじみ出てくる。

 ノウブには時間がないのだ。

 

「シン・ポップ、ちょっと来て」

 

 背後から声が飛んだ。

 振り返ると、特捜団で最も上位の上司、メネル団長が手招きしている。

 シンはすぐに立ち上がり、トコトコと団長の机に向かった。

 

「なんでしょうか?」

 

 女エルフの机の前に立ち、姿勢を正す。

 

「実はジロー閣下の仕事を頼まれて欲しいの。内容は閣下が直接説明するから、すぐに監査人執務室に行って」

「分かりました」

 

 シンは深く頷き、メネル団長の前から下がると、そのまま監査人執務室へと足を向けた。

 

(なんだろう?)

 

 監査人閣下からの“直接の呼び出し”は、そうあることではない。

 胸の奥が、ほんの少しだけ緊張で熱くなるのを感じた。

 

 監査人室に入ると、思ったよりも静かだった。

 

(特捜団室に比べるとはるかに静かだな。簡易字打機の音もしない……字打機は別室なのかな)

 

 職員たちの話し声も控え目で、紙の上をペンが走る音が聞こえるほどだ。

 シンは早速、声を掛けた。

 

「特捜団のシン・ポップ準監査員です。ジロー閣下の元に行くように言われて参りました」

「ではこちらに」

 

 女パントの案内に従い、ついたての隙間をすり抜ける。

 

「特捜団のかたです」

「ああ、どうぞ」

「失礼します」

 

 シン・ポップはそのままジロー閣下の席まで進んだ。

 自分が机に隠れすぎないようにほどほどに進む。

 緊張で耳が火照ってきた気がしたが、ジロー閣下の説明を聞くうちに、落ち着いてきた。

 

「…つまり、孟都(もうと)で金の出所を見つけろ、ということですね」

「そうだ。誰が売りさばいているのかを知りたい」

 

 ジロー閣下が静かに頷いた。

 

(一体誰だろう……? まあ、調べれば分かるか)

 

「わかりました」

 

 ノウブは出張経費が安い。

 だから選ばれたのかもしれない。

 

(でも、構わない。これは好機だ)

 

 シンは心の中で小さく拳を握った。

 

 監査人室を退出すると、すぐに自席に戻り、複写式の旅行命令書を簡易字打機に差し込む。

 軽快な連打音を、ノウブにふさわしい速度で響かせる。

 

「孟都にしばらく行くことになりました」

「そう。悪いけど、よろしくね」

 

 メネル団長に印鑑をもらってから、1階に降りた。

 

(並んでない。良かった)

 

 監査府の庁舎内には各種交通機関の共同代理店があり、職員はここで搭乗券、乗船券、乗車券を速やかに入手できる。

 だが、頻繁な出張のせいで、長い行列ができていることも多い。

 

(今日は少なくて良かった)

 

 ノウブの人生は短い。

 もとより時間を無駄にするのは苦手だ。

 

 シンは受付台の前に行き、座っていた女ノウブに旅行命令書の一枚を差し出した。

 

「出張です。孟都まで、一人です」

「内務局払いですね。モルドー共和国ですと、輪空機(りんくうき)ですね。お一人でしたら、座席は短身族用でよろしいですか?」

「はい」

「お出かけはいつですか?」

「明日の朝です」

「少々お待ちください」

 

 お待ちください、と言っても相手はノウブだ。

 寿命が短いぶん、時間を無駄にしない。

 発券所のノウブ職員は、例外なく仕事が速い。

 案の定、簡易字打機の連打音が響き始め、すぐに搭乗券が出てきた。

 

「ではこちら、明朝の孟都行きです。途中、停機場が二つありますので、降りてお食事を購入こともできますが、風の状況次第では踏輪隊(とうりんたい)が交代次第すぐに離陸となることがありますので、最初に持ち込む方が無難でしょう」

「ありがとうございます」

 

 シンは輪空搭乗券を受け取り、特捜団室に戻った。

 メネル補佐官に報告し、その日は帰宅。

 着替えなど最低限度の荷物をまとめ寝た。

 

 翌早朝、園都空港に向かった。

 空港は、大勢の人でごった返していた。

 

「乗る前に昼食を買っておかなくちゃ」

 

 孟都は遠い。

 鉄道なら、園都からオロンティエまで急行で二日、そこから船に乗って数時間。

 園北港から直接船で向かえば、速くても三日、遅いと四日以上はかかる。

 

「輪空ならひとっ飛び……いや三飛びか…」

 

 輪空機の継続飛行時間は3時間ほどだ。

 だから必ず途中の停機場で休憩が入る。

 この便は園都から孟都までであり、途中二度、着陸がある。

 行き先によっては、そこで乗り換えるのだが、今回は終点まで一本だ。

 

(乗り換えがないと、乗り過ごす心配がないから助かるな)

 

 荷物を預けて搭乗口に入り、短身族用区画の二階席で座り込んだ。

 短身族しか入れない小さな区画。座席も短身族用で、間身(かんしん)族一人分の空間に、四人が座れる計算だ。

 当然、料金も安い。

 

(こういう時は、短身族で良かったと思う)

 

 小さな座席でシンは目を閉じた。

 先は長いのだ。

 

 

 まどろみの中で声が聞こえる。

 

「監査府に採用されたよ」

「スゴいじゃないか。人気なんでしょ?」

「よく通ったな。一般職でもスゴいぞ」

「一般職じゃないよ。総合職だよ」

「え? じゃあ、あそこの監査署じゃないのかい?」

「まあエリンキュエッセア・トーレ監査署に来ることもあるかもしれないけど」

「違うのかい」

「当面はこのまま園都で暮らすよ」

「監査府ってそういうことか!」

「寂しいわね」

「いつでも会えるよ。輪空でたったの2日だし」

 

 ――懐かしい声が、遠くで揺れた。

 

「…着陸しました。お降りの方は忘れ物にご注意くださーい」

 

 客室乗務員の大声で、シンは目を開けた。

 

(夢か…)

 

 どうやら昔を思い出していたようだ。

 両親は元気にしているだろうか。

 

(今度電話してみよう)

 

 停機場では客の乗り降りがあったが、やがて再び離陸した。

 シンは昼食を食べ、また目を閉じた――

 

 

「…この度、シン・ポップ君が連邦監査府に就職することになりましたことは、われら『森に近い平原』村にとりまして大変喜ばしく、村長と致しましても大いに誇りであります。思えばシン君は赤子の頃から…」

「話が長いぞーっ」

「はやく乾杯しろっ!」

「そうだそうだ」

「オホン…えー、それでは、シン・ポップ君のますますのご活躍を願いまして乾杯!」

「「乾杯!」」

「ねえ、監査府ってスゴいところなんでしょ」

「うん」

「どれくらい?」

「中央府で採用されると最初は“調査員”っていう階級になるんだ」

「なんだかあんまり大したことなさそうだな」

「監査府の“調査員”は、連邦軍の“中尉”に相当するんだ」

「なんだって! 連邦軍の中尉は、国軍の“少佐”と同じだぞ」

「じゃあ、もうボクたちより遥かに上じゃないか」

「どうりで村長があんなに喜んでるわけだ」

「スゴいヤツだとは思っていたけど」

「いいかい、よその人たちに負けちゃダメだよ」

「そうだ。ボクら沿東(えんとう)ノウブの誇りを見せてやれ」

「よし、『森に近い平原』村の誇りに乾杯!」

「「乾杯!」」

 

 ――温かい声が、遠くで揺れた。

 

 

「孟都空港に到着しました。お忘れ物にお気を付けてお降りくださーい!」

 

 魔法で少しだけ増幅された客室乗務員の声で、シンは目を覚ました。

 

(そんなに疲れていたのかなあ)

 

 10時間と少しの間、ほとんど眠っていた気がする。

 身体のこわばりを伸ばしてから荷物を手にして、シンは孟都空港に降り立った。

 

(もうすぐ終業時刻だ。急がないと)

 

 停留所で路線旅客輪車に乗り込む。

 

(間に合うかな。時間外でも人はいるだろうけど…)

 

『次は監査庁前…』

 

(ふう。間に合った)

 

 停車場で旅客輪車を降りると、閉庁まであとわずかの時刻だった。

 

「中央府の者です。短身族の宿屋を紹介してください。あと、孟都銀行への行き方も」

 

 シンは短身族用の受付で、襟をつまんで徽章を持ち上げる。

 

「まあ孟都へようこそ。この辺りにはノウブ用の宿はいくらでもありますよ」

 

 親切な女ノウブの受付職員に宿をいくつか紹介してもらい、シンはその一つに宿を取った。

 夕食は近くの店で済ませて、部屋に戻ると、小さな寝台に身体を横たえた。

 

(一日眠っちゃったから、眠れるかな? でも明日から、調査だ。絶対成果を出すぞ)

 

 仰向けのまま、小さな拳を突き上げた。

 すぐに腕を下ろしてそのまま静かに目を閉じた。

 

 

 翌朝、シンは孟都銀行の正面に立っていた。





次回の更新は明日の予定です。
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