マルバス家当主   作:紫道麻璃也

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そろそろポジティブ方面の感想をお願いしたいと感じています………


“私”と“妾”の九尾様(5)

【理解】

 

──たったその二文字に対してそれはあまりにも遅く、あまりにも絶望的な形で妖怪達はようやく悟る。

 

──目の前にいる存在は獲物ではない

──餌でもない

──神秘の宝庫でもない

 

 そんな生易しいものではなかった。

 

──災厄

──畏怖

──神話

 

「ひ……」

 

 一体の妖怪が声を漏らす。それに触発されるように全ての妖怪の身体が震えている。

 

──逃げなければ

──逃げなければ死ぬ

 

 本能が絶叫していた──だが身体が動かない。

 

──恐怖で

──威圧で

 

 存在そのものが押し潰されている。

 

「ば、化け物……」

 

 誰かが呟いたその瞬間女王の瞳が向く──ただそれだけ、本当にそれだけだった。

 瞬きの間にその妖怪は潰れた。肉も骨も関係ない。存在そのものが握り潰されたように一瞬で跡形もなく消えた。

 

──静寂

 

 誰も声を出せない──いや、出せないのではない。出そうと思えない。

 絶対者を前にした本能が全てを諦めていた。

 

「……くだらぬ」

 

 女王が呟くそれは冷たい声だった。千年の氷よりも、深海よりも冷たい。

 

「貴様ら如きが妾を喰らうなど」

 

──ゆっくりと歩く

──一歩

──また一歩

 

 そのたびに妖怪達が悲鳴を上げた。空間そのものが重くなる。押し潰されるのに耐えられない。

 

「思い上がりも甚だしい」

 

──絶望

 

 その言葉が最も近かった。戦いですらない。勝負にもなっていない。女王は最初から最後までただ立っているだけだった。

 

──それだけで終わる

──それだけで滅ぶ

 

 あまりにも圧倒的だった。そして──妖怪達の心は崩れた。

 

──欲望が砕ける

──野心が砕ける

──勇気が砕ける

──残ったのは畏れだけ

 

「逃げろォォォォッ‼︎」

 

 誰かが叫んだ──それを合図に妖怪達が一斉に背を向ける。

 雪崩を打つように森へ飛び込む。我先に少しでも遠くへ、少しでも早く。

 

──生きたい

──死にたくない

 

 ただそれだけだが女王は見ていた。そして興味なさそうに呟く。

 

「本来なら塵一つ残さず滅ぼすところじゃが────興が削がれた」

 

 夜風が吹き月光が黒髪を照らす。そのまま視線が動きイッセーを見る。

 ほんの一瞬──それだけだった。だが、女王自身も気づいていない。

 その判断が普段ならあり得ないものだったことに。

 次の瞬間袖が翻る──ただそれだけ、それだけで妖怪達は吹き飛んだ。

 

──絶叫

──悲鳴

──木々が砕ける音

──山の彼方へ消えていく影

 

 そして訪れる静寂。再び夜が戻り風だけが吹いていた。

 終わりは本当に一瞬だった。イッセーはようやく息を吐く。

 

──冷や汗が止まらない

 

 今の光景をどう表現すればいいのか分からない。戦いではなかったあれは災害だった。

 生物が嵐へ勝てないように妖怪達も勝てない。ただそれだけそして──

 

「……っ」

 

 不意に女王の身体が揺れた。本当に僅かだが確かによろめいた。

 

「おい!」

 

 イッセーは反射的に駆け出していた。考えるより早く身体が動いていた。

 

 倒れてしまうそう思った──だから支える

 

 そして抱き留めた。女王は驚くほど軽く、驚くほど細かった。

 

──世界を支配する怪物

──山を震わせる災厄

 

 そんな存在とは思えないほど華奢だった。そして、イッセーに受け止められたことに女王の身体が僅かに強張る。

 

──時間が止まる

──風も音も

──全てが遠くなる

 

 女王は何が起きたのか理解できなかった。

 

──妾へ触れた

──この男は、妾へ触れた

 

 数千年そんな者はいなかった。触れようと思う前に膝をつく。触れようとする前に恐怖する。触れようとした者は死ぬ。

 それが当然、それが世界だった。なのに何故──

 

「……何故、触れる」

 

 ぽつりと低い声が漏れる。だがそこに怒気はなかった。

 

──純粋な疑問

 

 本当に理解できないことに対してのそんな響き。

 

「何故って──倒れそうだったろ」

「妾にそのような心配は不要じゃ」

「いや必要そうだったけど⁉︎」

 

 女王は沈黙しじっと見上げる。イッセーの瞳──そこに映る自分。

 この男は本気で言っている。

 

──打算もない

──恐怖もある

 

 だがそれでも手を伸ばした。女王には理解できなかった。理解できないからこそ気になる。

 そんな感情がほんの微かに生まれ始めていた。

 

「……変な男じゃ」

 

 女王は小さく呟く。そして、ふっと張り詰めていた空気が消えた。

 夜を覆っていた威圧が薄れる。絶対者の気配が遠ざかる。

 女王の瞳が閉じる。代わりに別の光が戻ってくる。

 

──柔らかな

──温かな

──少女のような光が

 

「……あれ?」

 

 羽衣乙女が瞬きをした。きょろりと辺りを見回す。

 そして──自分が抱き留められていることに気づいた。

 

──数秒

 

 理解が追いつかない。

 

──停止

──沈黙

 

 そして──

 

「…………え?」

 

 顔が赤くなる──耳まで真っ赤になる。

 

「え?」

 

 もう一度今度は震えた声で。

 

「えぇぇぇっ⁉︎」

 

 山に悲鳴が響いた。

次の過去編、誰が見たい?

  • 女神アーテーの残滓
  • クレイジーオカルトロリ
  • 戦場帰りと鳥籠
  • 災厄の席に座る者
  • 過負荷
  • アリスエプロン
  • ぷりずま様
  • 眼鏡メイド
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