薄暗い地下礼拝堂に、赤黒い光が脈動していた。
床一面に描かれた巨大な召喚陣。幾重にも重なった円環の内側では、血と水銀と聖油が不気味な照りを放ち、壁面に吊るされた燭台の火が、まるで呼吸するように揺れている。
その中心で、ジル・ド・レェは低く祈りを捧げていた。
かつて神へ向けていた祈りは、今や深淵へと沈んでいる。
──失われた奇跡を
──戻らぬ聖女を
──届かぬ救済を
そのためならば地獄にすら手を伸ばす覚悟があった。
そして──
「ねぇジル、ここさぁ」
──緊張感を粉々に砕く声が響く。
召喚陣の外周を歩き回っていたプレラーティが、床へしゃがみ込みながら指を振った。
少年にも少女にも見える顔。
燭光の角度によって印象すら変わる曖昧な容姿。
笑っているようにも見えるし、次の瞬間には酷く無機質にも見える。
「この術式、閉じ過ぎじゃない?」
ジルは祈りを止めずに答える。
「閉じねばならぬ」
「えー?」
プレラーティは不満げに頬を膨らませた。
「だってそれだと、“悪魔しか”来ないじゃん」
「……悪魔を召喚する儀式だ」
「でもさぁ、“悪魔っぽい何か”だったら?あるいはもっと別の、“向こう側”とか」
軽い口調──しかしその指先は、既に召喚陣へ触れていた。
じわり、と血で描かれた紋様が歪む。
それに気づいたジルが目を見開く。
「待て、触るな!」
「大丈夫大丈夫!」
プレラーティは笑いながら、持っていた白墨で円環へ新たな記号を書き加えていく。
「座標固定をちょっと緩めるだけ!あと、位相も少し自由化してー……逆探知を許可すると面白いかも!」
「何をしている‼︎」
ジルの怒声が地下に反響した。
だがプレラーティは止まらない。瞳だけが異様に輝いている。
子供が宝箱を開ける直前のような、純粋で無垢な熱。
「だってさ!未知って、“指定した瞬間”につまんなくなるじゃん?」
最後の一文字を書き終えた瞬間だった。
召喚陣が脈動する──一度………二度………次の瞬間──礼拝堂全体が軋んだ。
「──ッ」
空間が、裂けた。
否──裂けたように見えた。
上下左右の感覚が反転し、壁が歪み、燭台の炎が横向きに流れる。
召喚陣の中央から、“何か”が広がっていく。
それは闇ではなかった。
むしろ逆──無数の文字だった。
──知らない言語
──失われた術式
意味を持ったまま蠢く知識そのものが、濁流のように空間から溢れ出している。
ジルが後退る。
「……何を、呼んだ」
その声には恐怖が滲んでいた。
プレラーティだけが目を見開く。
「えっ、なにこれ」
嬉しそうだった。
裂け目の向こう側──そこには、無限に続く書架が見えていた。
──天井の見えない暗闇
──宙に浮かぶ魔導書
──幾何学的に捻じ曲がった回廊
──空間そのものが知識で構築された異界
プレラーティの呼吸が浅くなる。
「うわぁ……」
震える声だが恐怖ではない。それは歓喜だった。
「ねぇジル」
返事はない。ジルは既に召喚陣から距離を取っていた。
本能が理解している──あれは触れてはならないものだと。
しかしプレラーティは違った。一歩、また一歩裂け目へ近づいていく。
「これ、“失敗”じゃないよ」
振り返った顔は、少年にも少女にも見えた。
「だってさ」
瞳だけが爛々と輝いている。
「こんなの、誰も見たことない」
裂け目の向こうから、無数の紙片がまるで歓迎するように舞い上がる。
プレラーティは笑った。
「最高じゃない?」
そして──
「──嘘だけどね‼︎」
次の瞬間、その身体は裂け目の向こうへ消えた。
選べ……(某選択肢ラブコメ風)
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青髭の友
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最新話で怒りが表情として初めて出た幼女
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ファーストサーヴァント