マルバス家当主   作:紫道麻璃也

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禁書庫に棲む嘘つき(1)

薄暗い地下礼拝堂に、赤黒い光が脈動していた。

 床一面に描かれた巨大な召喚陣。幾重にも重なった円環の内側では、血と水銀と聖油が不気味な照りを放ち、壁面に吊るされた燭台の火が、まるで呼吸するように揺れている。

 その中心で、ジル・ド・レェは低く祈りを捧げていた。

 かつて神へ向けていた祈りは、今や深淵へと沈んでいる。

 

──失われた奇跡を

──戻らぬ聖女を

──届かぬ救済を

 

 そのためならば地獄にすら手を伸ばす覚悟があった。

そして──

 

「ねぇジル、ここさぁ」

 

──緊張感を粉々に砕く声が響く。

 

 召喚陣の外周を歩き回っていたプレラーティが、床へしゃがみ込みながら指を振った。

 少年にも少女にも見える顔。

 燭光の角度によって印象すら変わる曖昧な容姿。

 笑っているようにも見えるし、次の瞬間には酷く無機質にも見える。

 

「この術式、閉じ過ぎじゃない?」

 

 ジルは祈りを止めずに答える。

 

「閉じねばならぬ」

「えー?」

 

 プレラーティは不満げに頬を膨らませた。

 

「だってそれだと、“悪魔しか”来ないじゃん」

「……悪魔を召喚する儀式だ」

「でもさぁ、“悪魔っぽい何か”だったら?あるいはもっと別の、“向こう側”とか」

 

 軽い口調──しかしその指先は、既に召喚陣へ触れていた。

 じわり、と血で描かれた紋様が歪む。

 それに気づいたジルが目を見開く。

 

「待て、触るな!」

「大丈夫大丈夫!」

 

 プレラーティは笑いながら、持っていた白墨で円環へ新たな記号を書き加えていく。

 

「座標固定をちょっと緩めるだけ!あと、位相も少し自由化してー……逆探知を許可すると面白いかも!」

「何をしている‼︎」

 

 ジルの怒声が地下に反響した。

 だがプレラーティは止まらない。瞳だけが異様に輝いている。

 子供が宝箱を開ける直前のような、純粋で無垢な熱。

 

「だってさ!未知って、“指定した瞬間”につまんなくなるじゃん?」

 

 最後の一文字を書き終えた瞬間だった。

 召喚陣が脈動する──一度………二度………次の瞬間──礼拝堂全体が軋んだ。

 

「──ッ」

 

 空間が、裂けた。

否──裂けたように見えた。

 上下左右の感覚が反転し、壁が歪み、燭台の炎が横向きに流れる。

 召喚陣の中央から、“何か”が広がっていく。

 それは闇ではなかった。

 むしろ逆──無数の文字だった。

 

──知らない言語

──失われた術式

 

 意味を持ったまま蠢く知識そのものが、濁流のように空間から溢れ出している。

 ジルが後退る。

 

「……何を、呼んだ」

 

 その声には恐怖が滲んでいた。

 プレラーティだけが目を見開く。

 

「えっ、なにこれ」

 

 嬉しそうだった。

 裂け目の向こう側──そこには、無限に続く書架が見えていた。

 

──天井の見えない暗闇

──宙に浮かぶ魔導書

──幾何学的に捻じ曲がった回廊

──空間そのものが知識で構築された異界

 

 プレラーティの呼吸が浅くなる。

 

「うわぁ……」

 

 震える声だが恐怖ではない。それは歓喜だった。

 

「ねぇジル」

 

 返事はない。ジルは既に召喚陣から距離を取っていた。

 本能が理解している──あれは触れてはならないものだと。

 しかしプレラーティは違った。一歩、また一歩裂け目へ近づいていく。

 

「これ、“失敗”じゃないよ」

 

 振り返った顔は、少年にも少女にも見えた。

 

「だってさ」

 

 瞳だけが爛々と輝いている。

 

「こんなの、誰も見たことない」

 

 裂け目の向こうから、無数の紙片がまるで歓迎するように舞い上がる。

 プレラーティは笑った。

 

「最高じゃない?」

 

 そして──

 

「──嘘だけどね‼︎」

 

 次の瞬間、その身体は裂け目の向こうへ消えた。

選べ……(某選択肢ラブコメ風)

  • 青髭の友
  • 最新話で怒りが表情として初めて出た幼女
  • ファーストサーヴァント
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