マルバス家当主   作:紫道麻璃也

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片翼編が終わり次第アンケート結果の執筆を行います
どの結果になっても良いように概ねプロットはできています


片翼の堕天使は、最速の騎士となる(2)

「片側推力だけであそこまで飛べるの、おかしくね?」

 

 ミッテルトは瞬きをした。

 青年は訓練場を指差している。

 

「普通なら墜ちるぞ?」

 

 青年は当然のように言った。

 ミッテルトは思わず眉をひそめる。

 

「……だから欠陥って言われるんスよ」

 

 少し刺々しい声になった。

 自分でも言いたくなかった言葉だった。

 口にすると余計に惨めになる。

 だが青年は首を傾げた。

 

「なんでだ?」

「……なんでって」

「いや、本当に」

 

 本気で分かっていない顔だった。

 ミッテルトは言葉に詰まる。

 

 『なんで』

 

 そんなの決まっている──片翼だからだ。

 不完全──制御できないからだ。

 そう答えようとしてふと気付く。

 そのどれも、自分が言われ続けてきた言葉だった。

 自分自身が考えたわけではない。

 誰かから与えられた評価だった。

 

「だって普通は……」

「普通は左右に翼がある?」

「……」

「でもお前飛んでるじゃん」

 

 青年は即答した。

 その回答にはあまりにも迷いがなかった。

 

「飛べてないッスよ」

「飛べてる」

「だから制御が」

「いや違う」

 

 また即答だった。

 まるで最初から答えを持っているみたいに。

 青年は少し考えるように顎へ手を当てた。

 

「たぶん皆、見方が逆なんだよな」

「……逆?」

「お前の場合」

 

 そう言いながら訓練場の空を見上げる。

 

「制御できないんじゃなくて出力が高すぎる」

 

 ミッテルトは黙った。

 聞いたことのない発想だった。

 

「普通の堕天使ってさ」

 

 青年は続ける。

 

「両翼でバランス取って飛ぶだろ?」

「……そうッスね」

「つまり推力を分散できる」

「………はいッス」

「でもお前は違う」

 

 青年の指がミッテルトの左翼を示す。

 

「全部ここに乗ってる………それで飛行が成立してる時点で異常なんだよ」

 

──『異常』

 

 その言葉に身体が僅かに強張る。

 だが次の言葉は予想と違った。

 

「才能の方向でな」

 

 呼吸が止まった。

 

「……は?」

「いや普通におかしいだろ」

 

 青年は笑う。

 

「片翼だけであの速度だぞ?」

 

 訓練場を見渡す。

 

「さっき上にいた奴ら全員、お前に直線勝負で負けるだろ」

 

「……」

「違うか?」

 

 違わない。

 それは事実だった。

 誰も口にはしないが。

 同期の中で最速なのはミッテルトだ。

 昔からずっと──ただ、それだけだった。

 速いだけ──だから意味がない。

 そう言われ続けてきた。

 

「速いだけじゃ駄目ッス」

 

 気付けば口にしていた。

 

『制御できなければ意味がない』

 

 何度も聞いた言葉。

 何度も自分へ言い聞かせた言葉。

 青年は数秒黙る………そして──

 

「じゃあ制御できるようになれば最強じゃん」

 

「…………え?」

 

 思考が止まった。

 そんな単純な話じゃない、そんな簡単な話では──なのに青年は本気でそう考えている。

 ミッテルトを慰めているわけでもない。

 励ましているわけでもない。

 ただ事実として語っている、それが分かった。

 

「名前は?」

 

 唐突だった。

 ミッテルトは少し戸惑う。

 

「……ミッテルト」

「ミッテルトか」

 

 青年は頷いた。

 まるで大事なことを確認するみたいに。

 

「俺はイッセー」

 

 その名前を聞いたことはなかった。

 最近来た悪魔だろうか。

 少なくとも顔に覚えはない。

 

「よろしく」

「……」

「なんだよ」

「いや」

 

 ミッテルトは困惑した。

 普通に挨拶された──それだけなのに妙に調子が狂う。

 腫れ物扱いされるのには慣れている。

 距離を取られるのにも慣れている。

 だがこうして普通に話しかけられる経験がほとんどなかった。

 

「変な奴ッスね」

「二回目だぞそれ」

 

 イッセーが笑いながら手を差し出す。

 その笑い方に悪意はなかった。

 本当に欠片も──それが不思議だった。

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