翌日ミッテルトは少しだけ驚いた。
イッセーがまたいたからだ。
「おう」
気軽な声。
ミッテルトは反射的に周囲を見る。
自分以外へ話しかけたのかと思った。
違った──完全にこちらを見ている。
「……何してるんスか」
「見学」
「暇なんスか」
「暇じゃない」
「じゃあ何でいるんスか」
「面白いから」
意味が分からない。
ミッテルトは深々とため息を吐いた。
だが内心では少しだけ安心していた。
昨日の出来事が気の迷いではなかったと分かったから。
また会えた──ただそれだけで少しだけ………本当に少しだけ胸の奥が軽くなった。
その感覚に気付かないふりをしながら、ミッテルトは空へ飛び上がった。
──黒翼が広がる
──風を掴む
──身体が浮く
「おー」
下からイッセーの声。
「相変わらず加速だけは馬鹿みたいだな」
「褒めてないッスよねそれ!」
思わず叫ぶ。
訓練場に笑いが起きた。
その瞬間ミッテルトは気付く──今の笑いはいつもの嘲笑とは少し違った。
少なくとも自分だけを笑う声ではなかった。
気のせいかもしれない。
それでも──悪くないと思ってしまった。
そんな自分に少し驚きながら、ミッテルトは再び空を駆けた。
最初の数日は、本当に調子が狂った。
訓練場へ行けばイッセーがいる。
休憩していればいつの間にか隣へ来る。
飛行訓練が終われば感想を言う。
しかも、その内容が妙に的確だった。
「着地の時、右肩下がってるぞ」
「……見て分かるんスか」
「見りゃ分かる」
「分からないッスよ普通」
「いや分かるだろ」
「分からないッス」
即答すると、イッセーは少し考えた。
「じゃあ俺がおかしいのか」
「多分そうッス」
ミッテルトが言うと、イッセーは納得したように頷いた。
「なるほど」
「納得するんスか」
「する」
会話が成立しない。
だが不思議と嫌ではなかった。
むしろ少し面白い。
そんな風に思ってしまう自分がいることに、ミッテルト自身が一番驚いていた。
◇
その日も飛行訓練だった。
訓練場の上空には障害物として魔力障壁が複数展開されている。
堕天使たちはその間を縫うように飛び、速度と機動性を競う。
ミッテルトは列の最後尾にいた。
別に望んだわけではない──自然とそうなるだけだ。
誰も近くを飛びたがらないから。
「始め!」
合図と同時に一斉離陸。
何十枚もの翼が空を打ち様々な翼が空へ舞い上がる。
その中でミッテルトの翼だけが異質だった。
大きくそして重い。
羽ばたいた瞬間、爆発みたいな音が響き身体が前へ弾けた。
「っ!」
一瞬で先頭集団へ追いつき追い越す。
風圧で周囲の堕天使たちが顔をしかめた。
だがその直後、左へ流れる。
慌てて修正──障壁を回避
再加速──また姿勢が崩れる
「くっ……!」
速度は出る──出すぎる
だが制御が追いつかない。
その間に他の者たちが安定した軌道で前へ進む。
結果──順位はいつも中途半端だった。
速いのに勝てない──それがミッテルトだった。
着地すると、案の定教官に注意された。
「加速だけでは戦えん」
「……はい」
「速度を落とせ」
何度も言われた言葉。
ミッテルトは黙って頷く。
だが内心では少し反発していた。
速度を落とせば安定する──そんなことは分かっている。
でも──それをすると、自分には何も残らない。
──片翼の欠陥品
──速さだけが取り柄
──その速さまで失えば、本当に何もなくなる………
◇
西陽が差し始めた訓練後──いつもの壁際
ミッテルトは翼の手入れをしていた。
「速度落とす気ないだろ」
聞き慣れた声──イッセーだった。
「……ないッス」
「だろうな」
もう何も言わなくても自然に隣へ座るようになっていた。
「何でなんッスか」
「ん?」
「皆同じこと言うんスよ」
羽根を整えながら呟く。
「速度落とせって」
「まあ普通はそう言う」
「………アンタは?」
「俺は言わない」
即答だった。
ミッテルトは思わず顔を上げる。
「なんで………」
「長所消してどうすんだ」
当たり前みたいに言った。
それだけだった。
けれどミッテルトは言葉を失った。
今まで誰もそんなことを言わなかった。
──速さは危険
──速さは欠陥
──速さは制御不能
ずっとそう言われてきた。
なのに──この男だけは違う。
「なぁ、ミッテルト──」
イッセーが訓練場を指差した。
「皆と同じ飛び方しようとしてないか?」
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