マルバス家当主   作:紫道麻璃也

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片翼の堕天使は、最速の騎士となる(3)

 翌日ミッテルトは少しだけ驚いた。

 イッセーがまたいたからだ。

 

「おう」

 

 気軽な声。

 ミッテルトは反射的に周囲を見る。

 自分以外へ話しかけたのかと思った。

 違った──完全にこちらを見ている。

 

「……何してるんスか」

「見学」

「暇なんスか」

「暇じゃない」

「じゃあ何でいるんスか」

「面白いから」

 

 意味が分からない。

 ミッテルトは深々とため息を吐いた。

 だが内心では少しだけ安心していた。

 昨日の出来事が気の迷いではなかったと分かったから。

 また会えた──ただそれだけで少しだけ………本当に少しだけ胸の奥が軽くなった。

 その感覚に気付かないふりをしながら、ミッテルトは空へ飛び上がった。

 

──黒翼が広がる

──風を掴む

──身体が浮く

 

「おー」

 

 下からイッセーの声。

 

「相変わらず加速だけは馬鹿みたいだな」

「褒めてないッスよねそれ!」

 

 思わず叫ぶ。

 訓練場に笑いが起きた。

 その瞬間ミッテルトは気付く──今の笑いはいつもの嘲笑とは少し違った。

 少なくとも自分だけを笑う声ではなかった。

 気のせいかもしれない。

 それでも──悪くないと思ってしまった。

 そんな自分に少し驚きながら、ミッテルトは再び空を駆けた。

 最初の数日は、本当に調子が狂った。

 訓練場へ行けばイッセーがいる。

 休憩していればいつの間にか隣へ来る。

 飛行訓練が終われば感想を言う。

 しかも、その内容が妙に的確だった。

 

「着地の時、右肩下がってるぞ」

「……見て分かるんスか」

「見りゃ分かる」

「分からないッスよ普通」

「いや分かるだろ」

「分からないッス」

 

 即答すると、イッセーは少し考えた。

 

「じゃあ俺がおかしいのか」

「多分そうッス」

 

 ミッテルトが言うと、イッセーは納得したように頷いた。

 

「なるほど」

「納得するんスか」

「する」

 

 会話が成立しない。

 だが不思議と嫌ではなかった。

 むしろ少し面白い。

 そんな風に思ってしまう自分がいることに、ミッテルト自身が一番驚いていた。

 

 

 その日も飛行訓練だった。

 訓練場の上空には障害物として魔力障壁が複数展開されている。

 堕天使たちはその間を縫うように飛び、速度と機動性を競う。

 ミッテルトは列の最後尾にいた。

 別に望んだわけではない──自然とそうなるだけだ。

 誰も近くを飛びたがらないから。

 

「始め!」

 

 合図と同時に一斉離陸。

 何十枚もの翼が空を打ち様々な翼が空へ舞い上がる。

 その中でミッテルトの翼だけが異質だった。

 大きくそして重い。

 羽ばたいた瞬間、爆発みたいな音が響き身体が前へ弾けた。

 

「っ!」

 

 一瞬で先頭集団へ追いつき追い越す。

 風圧で周囲の堕天使たちが顔をしかめた。

 だがその直後、左へ流れる。

 慌てて修正──障壁を回避

 再加速──また姿勢が崩れる

 

「くっ……!」

 

 速度は出る──出すぎる

 だが制御が追いつかない。

 その間に他の者たちが安定した軌道で前へ進む。

 結果──順位はいつも中途半端だった。

 速いのに勝てない──それがミッテルトだった。

 着地すると、案の定教官に注意された。

 

「加速だけでは戦えん」

「……はい」

「速度を落とせ」

 

 何度も言われた言葉。

 ミッテルトは黙って頷く。

 だが内心では少し反発していた。

 速度を落とせば安定する──そんなことは分かっている。

 でも──それをすると、自分には何も残らない。

──片翼の欠陥品

──速さだけが取り柄

──その速さまで失えば、本当に何もなくなる………

 

 

 西陽が差し始めた訓練後──いつもの壁際

 ミッテルトは翼の手入れをしていた。

 

「速度落とす気ないだろ」

 

 聞き慣れた声──イッセーだった。

 

「……ないッス」

「だろうな」

 

 もう何も言わなくても自然に隣へ座るようになっていた。

 

「何でなんッスか」

「ん?」

「皆同じこと言うんスよ」

 

 羽根を整えながら呟く。

 

「速度落とせって」

「まあ普通はそう言う」

「………アンタは?」

「俺は言わない」

 

 即答だった。

 ミッテルトは思わず顔を上げる。

 

「なんで………」

「長所消してどうすんだ」

 

 当たり前みたいに言った。

 それだけだった。

 けれどミッテルトは言葉を失った。

 今まで誰もそんなことを言わなかった。 

──速さは危険

──速さは欠陥

──速さは制御不能

 ずっとそう言われてきた。

 なのに──この男だけは違う。

 

「なぁ、ミッテルト──」

 

 イッセーが訓練場を指差した。

 

「皆と同じ飛び方しようとしてないか?」

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