「皆と同じ飛び方しようとしてないか?」
「……」
言葉が喉に刺さった。
思わず返事ができない。
図星だったからだ。
ミッテルトは視線を逸らした。
訓練場の空では今日も同期たちが飛んでいる。
──左右に広げた二枚の翼
──均衡の取れた姿勢
──教本通りの加速
──教官が理想とする飛び方
そして自分だけが違う──片翼
どう足掻いても同じにはなれない。
「左右均等の飛行」
「………それが普通ッスから」
少しだけ尖った声になった。
言われなくても分かっている──そんなことは何度も考えた。
普通に飛べないから苦労しているのだ。
皆と同じように飛べれば悩む必要なんてない。
「でもミッテルトは普通じゃないだろ」
「……」
否定できなかった。
腹は立たない。
ただ事実だった。
生まれつき片翼。
堕天使としては明らかに異端。
訓練でも劣等生。
周囲に追いつくため人一倍努力しても、飛行だけはどうにもならなかった。
だからこそ余計に普通になろうとした。
──普通に飛びたい
──普通に認められたい
──普通に空を翔けたい
その一心でここまで来た。
「片翼なんだから片翼の飛び方すればいいじゃん」
あまりにも簡単そうに言われた。
まるで当然のことみたいに──だがミッテルトにとっては衝撃だった。
頭の中が一瞬真っ白になる。
──普通に合わせる
──普通になろうとする
──それが正しいと思っていた
──そうしなければ認められないと思っていた
だから教本を読み込み、同期の飛び方を真似し、何度も失敗してきた。
なのに──普通じゃない飛び方。
そんな発想は一度もしたことがなかった。
「例えば?」
気付けば問い返していた。
イッセーは少しだけ笑う。
その笑顔は待ってましたと言わんばかりだった。
「例えば──低空」
「低空?」
「ミッテルトは高度取ると姿勢制御難しいだろ?」
「……まあ」
認めるしかない。
高く飛べば飛ぶほど身体が不安定になる。
片翼ゆえに揚力が偏り小さな乱気流でも姿勢が崩れる。
修正しようとしてさらに崩れる──それの繰り返しだ。
「なら地面を使えばいい」
「地面?」
意味が分からなかった。
『飛ぶのに地面を使う?』
イッセーは石畳を指差した。
「目印が近い方が距離感掴みやすいだろ」
「……」
「落ちてもすぐ立て直せる」
確かに──高空では感覚が狂うことがある。
だが地面が近ければ位置を把握しやすい。
「そして壁を使え」
「壁?」
「建物を使え」
「建物ッスか?」
「空だけ飛ぶ必要あるか?」
その言葉にミッテルトは黙った。
考えたこともなかった。
空戦だから空を飛ぶ──それが当たり前だった。
──教本にもそう書いてある
──教官もそう教える
──誰もがそう飛ぶ
──だから疑問すら持たなかった
だが言われてみれば、地面を使ってはいけない理由はない。壁を蹴ってはいけない理由もない。
建物の陰を利用してはいけない理由もない。空だけを戦場にする必要はない。
片翼だからこそ利用できる環境があるのかもしれない。
「……変な発想ッスね」
「おっ、それは褒め言葉か?」
「半分くらいッス」
「じゃあ褒め言葉だな」
イッセーは満足そうに笑う。
その自信満々な顔が少しだけ可笑しくて、ミッテルトは鼻を鳴らした。
◇
翌日、ミッテルトは訓練場に立っていた。
空は晴れて風も弱い。
飛行訓練にはちょうどいい日だった。
そして今日は少しだけ違う──教本通りには飛ばない
イッセーの助言を試してみる。
本当に上手くいくかは分からない──けれど試す価値はあった。
深呼吸──翼を広げる。
そして飛び上がった。
高度は取らない──地上数メートル
石畳がすぐ下に見える距離。
教官の眉が露骨にひそめられた。
「何をしている!」
怒声が飛ぶ──危険な飛び方だと思われたのだろう。
だがミッテルトは無視した。
加速──風が弾ける
身体が前へ飛び出す。
景色が一気に流れ始める。
いつもと同じ速度──だが感覚が違った。
──地面が近い
──目標も近い
──距離感が掴みやすい
視界の端で石畳の流れが見える。
速度が直感的に分かる。
空だけを見ていた時よりずっと把握しやすい。
「……あれ」
思わず声が漏れた。
──身体が安定している
──無理にバランスを取ろうとしなくてもいい
少し傾く──旋回
石畳を蹴る──反動で方向転換
再加速──失速しない
身体が流れるように動く──さらに壁際へ
建物を掠める──風向きが変わる
その勢いを利用して向きを変える。
速い──今までよりずっと
まるで空を飛ぶというより街を駆け抜けているようだった。
高空では感じなかった自由さがある。
──片翼でも動ける
──片翼だからこそ動ける
──そんな感覚だった
気付けば訓練場を一周していた。
呼吸が少し荒く心臓も高鳴っている。
だが苦しさではない──高揚感だった。
今までより明らかに飛びやすい。
それだけは確信できた。
「どうだった?」
振り返るといつの間にかイッセーがいた。
柵にもたれながらこちらを見ている。
まるで最初から結果を知っていたような顔だった。
ミッテルトは少しだけ迷う。
認めるのは悔しい。
けれど嘘もつけない。
だから本当に少しだけ──ほんの少しだけ口元を緩めた。
「……悪くなかったッス」
その言葉を聞いた瞬間、イッセーは自分のことのように嬉しそうな顔をした。
「だろ?」
得意げに笑う。
その表情を見た瞬間──ミッテルトの胸の奥で何かが小さく揺れた。
ぽっと灯るような温かさ──嫌ではない不思議な感覚──むしろ心地よかった。
それが何なのかまだミッテルト自身にも分からない。
ただ一つだけ確かなのは──イッセーと話していると、少しだけ世界が広がる気がした──
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