マルバス家当主   作:紫道麻璃也

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片翼の堕天使は、最速の騎士となる(4)

「皆と同じ飛び方しようとしてないか?」

「……」

 

 言葉が喉に刺さった。

 思わず返事ができない。

 図星だったからだ。

 ミッテルトは視線を逸らした。

 訓練場の空では今日も同期たちが飛んでいる。

 

──左右に広げた二枚の翼

──均衡の取れた姿勢

──教本通りの加速

──教官が理想とする飛び方

 

 そして自分だけが違う──片翼

 どう足掻いても同じにはなれない。

 

「左右均等の飛行」

「………それが普通ッスから」

 

 少しだけ尖った声になった。

 言われなくても分かっている──そんなことは何度も考えた。

 普通に飛べないから苦労しているのだ。

 皆と同じように飛べれば悩む必要なんてない。

 

「でもミッテルトは普通じゃないだろ」

「……」

 

 否定できなかった。

 腹は立たない。

 ただ事実だった。

 生まれつき片翼。

 堕天使としては明らかに異端。

 訓練でも劣等生。

 周囲に追いつくため人一倍努力しても、飛行だけはどうにもならなかった。

 だからこそ余計に普通になろうとした。

 

──普通に飛びたい

──普通に認められたい

──普通に空を翔けたい

 

 その一心でここまで来た。

 

「片翼なんだから片翼の飛び方すればいいじゃん」

 

 あまりにも簡単そうに言われた。

 まるで当然のことみたいに──だがミッテルトにとっては衝撃だった。

 頭の中が一瞬真っ白になる。

 

──普通に合わせる

──普通になろうとする

──それが正しいと思っていた

──そうしなければ認められないと思っていた

 

 だから教本を読み込み、同期の飛び方を真似し、何度も失敗してきた。

 

なのに──普通じゃない飛び方。

 

 そんな発想は一度もしたことがなかった。

 

「例えば?」

 

 気付けば問い返していた。

 イッセーは少しだけ笑う。

 その笑顔は待ってましたと言わんばかりだった。

 

「例えば──低空」

「低空?」

「ミッテルトは高度取ると姿勢制御難しいだろ?」

「……まあ」

 

 認めるしかない。

 高く飛べば飛ぶほど身体が不安定になる。

 片翼ゆえに揚力が偏り小さな乱気流でも姿勢が崩れる。

 修正しようとしてさらに崩れる──それの繰り返しだ。

 

「なら地面を使えばいい」

「地面?」

 

 意味が分からなかった。

 

『飛ぶのに地面を使う?』

 

 イッセーは石畳を指差した。

 

「目印が近い方が距離感掴みやすいだろ」

「……」

「落ちてもすぐ立て直せる」

 

確かに──高空では感覚が狂うことがある。

 だが地面が近ければ位置を把握しやすい。

 

「そして壁を使え」

「壁?」

「建物を使え」

「建物ッスか?」

「空だけ飛ぶ必要あるか?」

 

 その言葉にミッテルトは黙った。

 考えたこともなかった。

 空戦だから空を飛ぶ──それが当たり前だった。

──教本にもそう書いてある

──教官もそう教える

──誰もがそう飛ぶ

──だから疑問すら持たなかった

 

 だが言われてみれば、地面を使ってはいけない理由はない。壁を蹴ってはいけない理由もない。

 建物の陰を利用してはいけない理由もない。空だけを戦場にする必要はない。

 片翼だからこそ利用できる環境があるのかもしれない。

 

「……変な発想ッスね」

「おっ、それは褒め言葉か?」

「半分くらいッス」

「じゃあ褒め言葉だな」

 

 イッセーは満足そうに笑う。

 その自信満々な顔が少しだけ可笑しくて、ミッテルトは鼻を鳴らした。

 

 

 

 翌日、ミッテルトは訓練場に立っていた。

 空は晴れて風も弱い。

 飛行訓練にはちょうどいい日だった。

 

 そして今日は少しだけ違う──教本通りには飛ばない

 

 イッセーの助言を試してみる。

 本当に上手くいくかは分からない──けれど試す価値はあった。

 

 深呼吸──翼を広げる。

 そして飛び上がった。

 高度は取らない──地上数メートル

 

 石畳がすぐ下に見える距離。

 教官の眉が露骨にひそめられた。

 

「何をしている!」

 

 怒声が飛ぶ──危険な飛び方だと思われたのだろう。

 だがミッテルトは無視した。

 

 加速──風が弾ける

 

 身体が前へ飛び出す。

 景色が一気に流れ始める。

 いつもと同じ速度──だが感覚が違った。

 

──地面が近い

──目標も近い

──距離感が掴みやすい

 

 視界の端で石畳の流れが見える。

 速度が直感的に分かる。

 空だけを見ていた時よりずっと把握しやすい。

 

「……あれ」

 

 思わず声が漏れた。

 

──身体が安定している

──無理にバランスを取ろうとしなくてもいい

 

 少し傾く──旋回

 石畳を蹴る──反動で方向転換

 再加速──失速しない

 身体が流れるように動く──さらに壁際へ

 建物を掠める──風向きが変わる

 

 その勢いを利用して向きを変える。

 

 速い──今までよりずっと

 

 まるで空を飛ぶというより街を駆け抜けているようだった。

 高空では感じなかった自由さがある。

 

──片翼でも動ける

──片翼だからこそ動ける

──そんな感覚だった

 

 気付けば訓練場を一周していた。

 呼吸が少し荒く心臓も高鳴っている。

 だが苦しさではない──高揚感だった。

 今までより明らかに飛びやすい。

 それだけは確信できた。

 

「どうだった?」

 

 振り返るといつの間にかイッセーがいた。

 柵にもたれながらこちらを見ている。

 まるで最初から結果を知っていたような顔だった。

 ミッテルトは少しだけ迷う。

 認めるのは悔しい。

 けれど嘘もつけない。

 だから本当に少しだけ──ほんの少しだけ口元を緩めた。

 

「……悪くなかったッス」

 

 その言葉を聞いた瞬間、イッセーは自分のことのように嬉しそうな顔をした。

 

「だろ?」

 

 得意げに笑う。

 その表情を見た瞬間──ミッテルトの胸の奥で何かが小さく揺れた。

 ぽっと灯るような温かさ──嫌ではない不思議な感覚──むしろ心地よかった。

 それが何なのかまだミッテルト自身にも分からない。

 ただ一つだけ確かなのは──イッセーと話していると、少しだけ世界が広がる気がした──

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