新米プロデューサー(最強アイドル)vs初星学園 作:にこやか
四月、可叶は初星の門を正式に叩いた。プロデューサー科、入学。神話になったアイドルは今、学園のどこかで……。
「ここ、どこ」
迷っていた。虚しい事だが、シンプルに迷子になっている。この学園は広い、そも高校と大学が併設されているのだ。地理を知らず、何となく入学した素人に与えられる最初の試練である。
信じられないが、これからアイドルをプロデューサーしようとしている人間なのだ。放課後、意気揚々と飛び出した結果がこれである。
「ゴーグルマップを見ても、教務学生課の位置しか分からない……」
スマホを持ってオロオロしている、完璧なモデル体型のグラサン26歳。時にはそういう日もあるだろう。だが、無様なのは間違いない。
「……あの?」
「……ん?」
見かねて声を掛けたのは、薄い小豆色の髪を後ろに纏めた女学生。気遣わしげな表情を浮かべている。可叶は自然体である、迷っているのに。
「もしかして、迷われてます?」
「……大正解」
「目的地はどちらですか?」
「えっと、生徒会室」
「え?」
にべもなく、そんなことを言う可叶。彼女は、初星のトップをまず見に行こうと考えた。傲慢である。それ以外にも、邦夫が孫娘を微妙に見せたく無さそうにしていた。故に、見に行こうとする。性格が悪い。
「新米プロデューサーとして、この学校のトップを一目みたい」
「やっぱり、プロデューサー科の方だったんですね」
声を掛けた生徒は、複雑そうな表情を浮かべた。彼女も生徒会の一員である。あぁ、私は眼中に入ってないのだ。彼女がそう思うのも無理はない。彼女はアイドルとして有名でない、また、実感させられた。
「つきましては、案内をお願いできますか」
「えぇ、承りました……!」
複雑な表情を浮かべたまま、可叶を先導する生徒。歩き出した彼女の背中に、可叶の声が掛かる。
「それにしても、助かった」
「広いですよね、この学園」
「広すぎ。でも、生徒会の人に見つけて貰えた」
「……わたしを、知ってるんですか?」
「姫崎さん、でしょう。書記をしてる人」
「……大正解です!」
「プロデューサーだから、当然です」
複雑そうな表情から一転、明るい顔になる生徒。生徒の名前は姫崎莉波。初星学園アイドル科三年、生徒会書記である。可叶は知っていて当然である。プロデューサーなのだから。
外から校舎へ、二人で初星学園を練り歩く。可叶が居たのは生徒会室の真逆であった。莉波がグラウンドに用事を持っていなければ、可叶は日が落ちるまでアワついていただろう。
「今年、入学の方っておっしゃられてましたよね」
「そう。新入生」
「……少し、羨ましいです」
可叶から莉波の表情は窺い知れない。しかし、声色には隠し切れない陰が浮いていた。当然、可叶はそれを感じ取る。
「なぜ?」
「今から四年、ですよね」
「下手打てば、四年以上いることになる」
「……ふふ。確かに」
莉波はクスッと笑った。可叶としては割と冗談では無かった。プロデューサー科のオリエンテーション地点で、かなり内容が難しく頭を抱えていた。周りがバリバリ勉強できていたから猶更である。
「でも、姫崎さんもこれから」
「もう、終わっちゃいます」
「……?」
「今年が最後なんです、わたし」
「??」
莉波は三年生である。今年が終われば卒業、初星学園でのキャリアは終わる。控えめに言っても、莉波の経歴はパッとしない。妹キャラで売り出したものの、鳴かず。ユニットは解散、後は基礎錬のみ。彼女に倦怠と緩やかな絶望が訪れていた。
「だから、ちょっと羨ましくて。ごめんなさい、こんな事」
「まだ、17でしょ?これからだよ」
「ずっと、鳴かず飛ばずだったんです。卒業して、アイドルやっても」
「実は、私も元アイドルです」
「……やっぱり、そうなんですか?」
溢れ出す陰。強いアイドルは、相手の感情を引き摺り出す。魅せ方、話し方、動き方で相手の心を勝手に呼び出すのだ。はた迷惑な才能である。
「分かるの?」
「見れば分かります。アイドル科の生徒なら、絶対に分かると思います」
「それもそうか。で、私がアイドルになったのは」
「いつ、なんですか?」
「19」
「……それは」
遅いですね、と莉波は言えなかった。初星学園アイドル科というエリート街道を進む彼女達は、知らない世界。アイドル戦国時代が始まって長い、本当に目指すものは幼少から鍛えている者も多いのだ。
この日本アイドル界の中で、19が始動は遅い。20を超えれば、売り方と言えるだろう。もっと若ければ、箔がある。絶妙に遅いタイミング。莉波はそう、口に出さずとも思っていた。
「しかも、幼馴染が私を巻き込んだ」
「やりたいと、思った訳じゃないんですか?」
「うん。ダンスしかやってない、しかもストリート」
「え、えぇ……?」
まさに、莉波の知らない世界である。莉波はアイドル科に入学し、日々トップアイドルを目指すのが当然の環境で生きてきた。だからこそ、可叶の一言一句が常識外である。
「上手く、行ったんですか?」
「ぼちぼち」
そんな覚悟でアイドルやれないだろ。他のアイドル科の生徒が聞けば、可叶の言い様に憤慨したとておかしくない。そんな甘い覚悟でやってない、こっちは青春の全てを懸けてるんだ。
莉波は大人だった。半端な実績で終わったんでしょ、とも。アイドル遊びで終わったんでしょ、とも言わなかった。それは彼女の善性であり、諦念でもあった。繰り返すが、他の生徒ならとっくにキレている。
「……それで、その話に何の意味があるんでしょうか?」
だが、当然棘は出る。若干のイラつきと共に、先を促す莉波。
「人生はここを出たら、終わりじゃない。外部生だったよね、姫崎さんは」
「……はい」
「学生が3年。卒業後のアイドルキャリア年数は、限界までやれば10年もある」
「10年……」
「私が姫崎さんを見る限り、才能が無いってことは無いと思う」
「本当、ですか?」
「うん。だから、後は運だけ」
「え、運ですか???」
突然差し込まれる理不尽なスピリチュアル。ここまでいい話だったのに、ぶち壊しである。だが、可叶は至って真面目に言っている。可叶は常々思っているから、自分が頂点まで行けたのは運だったと。403が集まった奇跡は、どう説明しても運以外に言えないのだ。天才が運で集まった場所、彼女は403をそう思っている。
「たった三年。でも、貴女の人生は色んな意味で変わったでしょ?」
「……それは、そうです」
「その三倍の時間がある。なら、どこかで当たる日は来る」
「でも、卒業後に上手くいっても。今は」
「別に今日かもしれないし、明日の可能性もある」
「えぇ……?」
「だから、今日も頑張る。もしかしたら何かあるかもって、諦めるのを一年先延ばしにするだけ」
「!」
「それを努力と呼ぶ。姫崎さんは二年続けた、後はタイミングだけ」
「でも……」
「辛いと思う。私もそれは、よく分かる」
アイドルの辛さなど、可叶は当然知っている。顔も名前もよく知らないファンに向けて、早朝に起きてランニング、食事制限、めんどくさい勉強。狂気の沙汰である。でも、アイドルを志す者には常に。
「でも、諦められない理由がある。違う?」
「……合ってます。どうしても、アイドルがいいです」
「アイドルは三要素だけじゃないから、きっと大丈夫。後はプロデュースって運ゲーに勝つだけ」
「……はい!」
莉波の魂に、灯が宿る。新米の癖に、なぜか言葉が重い。いっぱしのアイドルで終わった人間の重みではない。されど、正体を莉波が見抜くことができなかった。それは当然である。こんな迷子のグラサン間抜けが、頂点を獲ったアイドルとは思えないだろう。
「……あの、よければ」
「ん?」
「私の」
「あ、ここか」
莉波が何かを言いかけた時、タイミング悪く生徒会室へと辿り着いてしまった。莉波に訪れる運命は、どうやら今ではなかったらしい。残念である。
まごまごと莉波がしている間に、可叶は容赦なく扉を開く。たのも~、なんて間抜けな声でガラガラと開かれる扉。
部屋の中に居たのはたった一人。腰まで届くクリーム色の金髪。凛とした顔立ちながら、どこか愛嬌がある。そこに居たのは。
「あら、今日は来客が多いわね」
───プリマステラ、一番星。学園最強と名高い、十王星南であった。なお、間抜けな声で入室した方は元日本最強のアイドルである。見えない。