それを捨てるためにゴミ箱を探す。
一昔前ならごく当たり前に出来た小さな善行。
この令和の世界で、果たして…
「誰だ!こんなところに空き缶捨てたやつは!」
休日に散歩をしてたら道端に空き缶を発見した俺は、
良心からゴミを拾う。
子供の頃、母親から
「ゴミを見つけたら拾って捨てなさい」
と言われたのを思い出したのだ。
なに、途中立ち寄るバス停か公園のゴミ箱にでも捨てりゃあ
良いだろう。そんな軽い気持ちだった。
「しまった!」
しかし、缶を拾ってすぐに後悔する。
缶を持つ指にネチャリとした感触。
溢れたジュースが時間の経過とともに粘り気を帯びたのだろう。
そのベタベタした箇所をダイレクトに触ってしまう。
「うげっ!気持ち悪っ!」
誰が飲んだのかも分からないジュースのネバネバした感触に
そのまま捨ててしまおうとも思ったが、一度拾ったものを
捨てるのはポイ捨てした奴と同罪だと思い止まる。
空き缶を持つ手が、
空き缶に触れた部分から穢れに侵食されていく様な感覚。
少しでも触れる面積を小さくしようと、
人差し指と親指で摘むように空き缶を持つ。
「早く空き缶をゴミ箱に捨てて、手を洗いたい」
そんな気持ちにせき立てられるように近くのバス停に向かう。
「忘れていた。ここのゴミ箱は随分前に撤去されて無いのだった」
バス停が遠くに見えてきた時に、その事を思い出す。
昔はバス停なんかにも必ずゴミ箱があったので、
あまり意識せずに来たが、今はないのだ。
撤去の時、テロ対策だのなんだのと言い訳をしていたが、
要はゴミを回収する人件費の削減か、
ゴミ箱やゴミ袋などのランニングコストの削減が目的なのだと
どこかで聞いたのを思い出し、利用者の利便性を切り捨てる
バス会社に今更ながら腹を立てる。
でも、まあ今はこの手に持つ汚物をいち早く捨てるのが最優先と
仕方なく他を当たる事にする。
近くには公園がある。
自分が子供の頃、
よく友達と遊んでは一緒に駄菓子を食べた公園だ。
「懐かしいなー」
久々に訪れる公園に懐かしさを感じつつもゴミ箱が無いのだ。
しかし、公園中、どこを探してもゴミ箱がない。
「おかしい」
諦めて他の公園に向かう。
しかし、ここにもゴミ箱がない。
子供たちはどこに駄菓子のゴミを捨てるんだろうか?
相変わらず営業車で休憩する営業マンはいるが、
彼らはコンビニで買った弁当をどこに捨てるのか?
買った漫画だって会社に持って帰れば、
サボっていた事がバレてしまうでは無いか!
公園という憩いの場所が、ゴミ箱一つ無いだけで、
制約に満ちた窮屈な場所に見えて来る。
駄菓子にせよ、コンビニ弁当や漫画雑誌にせよ、
公園で消費し、公園に捨てて帰れるから後腐れが無いのだ。
わざわざ家に持ち帰って母親や奥さんから睨まれたらどうする!
「日本の消費が落ち込むのも納得だ!」
と一人義憤する。
失意の中、公園を出て辺りを見渡すとコンビニがある。
「致し方あるまい」
コンビニならあるだろうが、流石にゴミを捨てるだけの為に
利用するのは申し訳ないと敬遠していたが、最早背に腹は変えられない。
さっさとこの空き缶をゴミ箱に捨てて手を洗いたいのだ!
思い向かうがコンビニの外にあったゴミ箱がない。
ガラス張りの店内を外から覗くと、
家庭ゴミをわざわざ捨てに来る不貞の輩がいるらしく
その対策にレジの内側にわざわざゴミ箱を置いたと書いてある。
店員に頼まないと捨てられないようにしているのだ。
「なるほど、賢いやり方だな」
と思いつつも、これではゴミが捨てられない。
流石に道端で拾ったベトベトの空き缶を店員さんに触らせるのは
俺の正義がゆるさない。
それならと近所のスーパーマーケットに行く。
確か、入り口付近にゴミ箱が設置されていたはずだ。
しかし、ここにもない。
ご丁寧にゴミ箱の投入口にポップが貼り付けられ、
「ゴミはお持ち帰りください」
記入までしてある。
「ぐぬぬぬ…。次だ!次!」
悔しさを堪えながらスーパーを後にする。
しかし、そこでスーパー脇にある自動販売機に目が行く。
「ハ、ハハハ。俺は何という間抜けだ!」
思わぬ盲点に気付き、今の今まで気付かなかった自分を笑う。
そうだ!そうなのだ!
自販機の横には当然空き缶専用のゴミ箱があるはずなのだ!
缶に入れた商品を売る以上、その缶を回収するゴミ箱の設置は、
販売側の当然の義務では無いか!
「最早、この不毛なゴミ箱探しの旅も終わりだな。」
ホッとしながらも少し終わりが寂しいような気持ちで、
自販機に近づく俺。
そうだ、この自販機の影にお馴染みの缶専用ゴミ箱が…ない!
あれ?えっ?無い?
ゴミ箱は無かった。
「ふざけんなよ!缶ジュースあるならゴミ箱置けよ!」
思わず叫びそうになるのを抑えながら、キョロキョロ他辺りを見渡す。
他に自販機がないか探したのだ。
あった。
少し離れた場所に別の自動販売機が見える。
しかも、ちゃんとお馴染みの缶専用ゴミ箱の青い色が少し見える。
間違いない。
「ふん、貴様の様な商売人の風上にも置けない自販機には最早用はない!」
ゴミ箱の無かった自販機に捨て台詞を吐いた後、
俺はゴミ箱に向かって歩き出した。
しかし、
「なんだ!これは!」
ゴミ箱の投入口から缶をはみ出させ、ゴミ箱の上には無数の空き缶。
既にキャパオーバーなんて言葉では生ぬるいレベルで
ゴミが溢れたゴミ箱がそこにはあった。
「流石にここには捨てられないな」
もちろん無理矢理乗っければまだゴミの山の上に一缶くらいいける
かもしれないが、それは我慢した。
しばらく、歩いていくつか自動販売機を見つけたが、
いずれも、ゴミ箱が無いか、ゴミ箱がパンパンかの二択だった。
「この街はいつからソドムゴモラになったのだ」
と自らの故郷の変わり様を嘆いた。
トボトボと歩きながら、片手には汚物のような空き缶が
今も無くならずに残っている。
こうなったら最後の手段、駅だ!
駅なら必ずゴミ箱が置いてある。
出勤の時見たから絶対だと言い切れる。
散々歩いたおかげでここからさほど距離があるわけじゃない。
「今度こそ捨ててやる」
俺は手に持った空き缶を睨みながらそう言った。
駅までの道中も自動販売機をチェックしながら歩いたが、
やはり空き缶を捨てる事の出来るゴミ箱は見つからない。
そうこうしているうちに駅に到着する。
俺は空き缶を見つめながら、
「やっとだ!やっとお前ともお別れだぜ!」
と勝利の笑みを浮かべる。
改札に向かいながら、
以前駅の外側にゴミ箱を置いていた場所をチラリと
覗き見るが既に撤去された後だった。
「ふん。想定内、想定内」
そうだ、俺の目的は駅構内にあるゴミ箱だ。
駅の外側にゴミ箱が残っていれば良いなと確認したに過ぎない。
元よりアテになどしていない。
「それでは、いざ…」
と改札を通ろうと思った時。
「あ…そうだった」
定期券を持っていなかった。
そうだ、ただ散歩に出掛けるつもりだったので、
電車の定期券など持ち歩いてはいなかったのだ。
「ゴミ箱まであと少しだと言うのに…」
しかし、俺は諦めない。
迷いなく券売機に向かい入場券を買う。
「…120円か」
財布から小銭を取り出し、券売機から入場券を受け取る。
片手に空き缶を持っているから、地味にやりづらい。
改札を通るとまっすぐゴミ箱に向かい、見事、缶を捨てる。
「やった、やったぞー!」
ついに目的を遂げ、小さな達成感を得る。
「どうだ!拾ったゴミを捨ててやったぞ!」
良いことをしたと言う充足感が体の真ん中でジワリと
温かい感じがして嬉しい。
「おっと、ついでにトイレを借りて行こう。手がベトベトだ」
とトイレの洗面台で手を洗いスッキリしたので、
ちょっとした親切のつもりが、
思ったより時間がかかってしまったと家路を急いだ。
家に帰り細君に事の次第を説明した。
ゴミを拾って捨てる俺を褒めてもらおうと。
しかし、
「はぁ!?わざわざ何してんの?しかも、入場券代まで払って勿体無い!」
と逆に叱られ、意気消沈する俺。
妻の小言を聞きながら、
「俺はただゴミを拾って捨てたかっただけなんだ!」
と心の中で叫びながら見上げた天井が涙で滲んで見えた。