「我は神なり」
「ほう、|雷《かみなり》とな」
異世界の神を名乗るソレの目的は、自身の世界における復権。
つまりは、人々の心に信仰心を取り戻させてほしいとのこと。
彼は引き換えにチート能力を要求し、神は了承する。
「サンキュー神様」
「いいってことよ」
はたして彼はなになす。
荒れ果てた大地が地平線の彼方にまで続く、その地に彼は降り立つ。
そこは彼が神に、いざなわれやってきた世界。
「酷いな」
呟く彼が見ているのは、荒れ果てた大地。
ではなく、ところどころに建てられた雨風を防げるのかどうかすら怪しい壊れかけたバラックと、そのそばで膝を抱えている薄汚れた服の人々。
そうなった理由を、彼は神に聞かされて知っている。
この世界の人々は、かつて神に統治されて大いに繁栄していた。
しかし、ある時、人の王たるを定められし者が神に提案した。
「我ら人は、いつまでも貴方に手を引いてもらわねば歩けぬ子供ではありません。どうか、人の世の統治は人にお任せください」
神は、これを受け入れ人の時代が始まった。
ここまでは、よかった。
だが、人が人の足で歩き始めたことによって、彼らは神を忘れた。
神に祈ったところで何もしてくれない。
ならば、信仰になど意味はない。
そう考えた。
その結果、神は急速に衰えることになった。
神とは人の信仰により成り立つ者だったから。
かくして神が力を失うことにより、その祝福を受けた大地もまた枯れ始める。
そして、今の滅びかけた世界があるというわけである。
世界がどうあれ、自分の役目は果たさないとなと、歩き出そうとした彼の足を誰かの手が掴む。
「あんた、いい服着てるな」
そう言って来たのは、膝を抱えてしゃがみこんでいた人々の一人。
卑屈な笑みを顔に張り付けた男。
確かに、彼らの布きれのようにも見える汚れ破れた服に比べれば、部屋着でしかない自分の衣服もいい服に見えるだろうなと彼は首肯する。
「だから何だ?」
「それなら、食い物だって持ってるんじゃないか?」
男の言葉に、他の人々もピクリと反応し濁った眼を彼に向ける。
「持ってたら、どうだって言うんだ?」
「俺たちは、もう何日も食い物を口に入れてないんだ」
「だから?」
「少しくらい、俺たちに分けてくれてもばちは当たらねえとは思わねえか」
「俺たち、ね」
回りを見ると、同じような人々が彼を囲むように集まってきている。
「渡さなければ力ずくってことかな」
「話が早くて助かるぜ」
にやにやと笑うその男を、彼は固く握った拳で顎を下から持ち上げるように殴りつける。
その一撃は、まさに鉄拳。
殴られた男は天高く舞い上がり、顔から地面に落ちてズシャァッと音を立てる。
「この、愚か者どもが!」
その一喝に、周りの人々の足も止まる。
それは、いかなる相手も一撃でKOできる鉄拳と、人の心に畏怖の感情を植え付ける一喝。
神にもらった七つのチートの一つ目と二つ目だ。
「俺から食料を奪って飢えを凌いで、それからどうするつもりだ!」
怒りに満ちた言葉に人々は後ずさり、殴られた男は彼に胸倉を掴まれ持ち上げられる。
七つのチート能力の一つ。天を支える巨人アトラスの剛力の賜物である。
これがあれば、一つ目はいらないんじゃねとか言ってはいけない。
「俺が食料を持っていても、そんなものはお前たち全員で取り合えば一食分にもならんだろうが。それで、その後お前たちはどうするつもりだと聞いている!」
神の怒りを思わせる言葉に人々は、恐怖に腰を抜かす。
そんな中、彼に捕まり答えないという選択肢すら待たない男が口を開く。
「だったら、どうしろって言うんだ。金もない食い物もない。貧しい奴らは、何もしないで黙って死ねって言うんですか」
「この、馬鹿野郎が!」
男は、また殴られ、もんどりうって倒れる。
「誰が、そんなことを言った! お前は、まだ生きてるだろ! 動く手足があるだろ! まだ、できることがあるだろ! ちょっとばかり苦しいことがあったからってあきらめてんじゃねえよ!」
ちょっとばかり、ではない。世界が滅びに向かっていることを皆が体感しているのだ。
それほどの絶望なのだ。
彼の言葉こそが薄っぺらい戯言であるはずであった。
なのに、男は彼の言葉が自分たちのためを思って言っているものだと、本気で心配して言ってくれているものだと理解して胸の奥が熱くなるのを感じた。
七つのチート能力の一つ、説教パンチの効果は抜群である。
「いいか! お前たちが、どうすればいいのか今から教えてやる!」
彼の力強い言葉に、人々はごくりと息をのむ。
「神を信じるのだ!」
そして冷めた。
当然である。彼らとて、世界がこうなってから、何度となく神に祈ったのだ。
けれど、彼らに神の救いの手が差し伸べられたことなどなかった。
そう答えた男に、彼は違うそうじゃないと首を振る。
「お前たちは、信仰というものを勘違いしている。神とは、飢えや病から救ってほしいと言えば来てくれる便利なだけの存在ではない」
神をチート能力付きで異世界に送ってくれる便利なだけの存在としか認識していない彼が、熱い思いを込めて叫ぶ。
「神が救ってくれるのは、人の心──魂だ」
「魂だって?」
「そうだ!」
聴衆の白けたような視線を気にせず、無駄に熱苦しく気合の入った答えを返す。
「人は弱い。そして、人生には辛いことがいくらでもある。何かの心の支えなくしては、生きていけないほどに。その心の支えが、親や恋人、宝や夢の人間もいるだろう。けれど、人も宝も夢ですら不変、不滅ではない。それらを失ったとき、人は何にすがればいい?」
「それが神か?」
「そうだ」
「馬鹿げてる!」
聴衆の中から、声が上がる。
「何もしてくれない。どんな姿をしているのかもわからない。そんなものを支えにできるものか!」
これこそが魂からの叫びだと思わせる悲痛な言葉に、彼は動じることなくフンと鼻を鳴らす。
「だから、お前たちは勘違いをしているというのだ。何もしてくれない? 違うな、間違っているぞ。神は、常に我々を見守ってくれている。どんな姿をしているかもわからない? ならば、見せてやろう」
言って腕を振る。
それ自体に意味はないが、同時に七つのチートの一つを発動する。
その能力は、己が信仰する至高の存在の姿を映し出すチカラ。
「おおっ!!」
彼の信仰する至高の神の姿に、人々の口から驚愕と感動の入り混じったうめき声が漏れる。
一見して、それは幼い少女のように見えた。しかし、
括目せよ。その無邪気な童女そのものの姿を。その全てを優しく包み込むような母性あふるる笑みを。
拝聴せよ。八重歯の覗く、その口から放たれる甘い声を。
「大丈夫よ。私がいるじゃない」
「おおおおおおっ!!」
人々の口から、ある確信と共に感動の声があふれる。
その確信とは、その幼き少女の姿が間違いなく神のものであるということ。
かつて全天一神に忠実な識天使が述べたという。
『全なる神は、その内に全てを内包する。つまり、憧れのお姉さんであると同時に、同い年の幼馴染であり血の繋がった妹だということもありうるのだ』
ならば、初潮も来てなさそうな幼き姿でありながらも、無限にも等しい母性を内包する少女の姿が神でないはずがない。
そして、このような慈愛に満ちた母神が人を見捨てることなどあるはずがない。
古来より残る神を模したと言われる像と似ても似つかないことなど些細なことだ。
彼の言う通り、神はずっと見守っていてくれていたのだと感動し、同時に神を疑った自分を恥じ入る。
そんな人々に、彼が言う。
「我が神は、人の信仰心が薄れ現世に介入する力を失っている。だが、力を取り戻せれば人を救いたいとも言っているのだ。聞けぃ!!」
「もーっと私に頼っていいのよ?」
その言葉に、人々は感動に涙して嗚咽する。
彼の言葉によれば、神は自分たちが祈りをやめたために力を失ったのだ。
それなのに、人を救わんとする幼き魂に涙せずして、何が人間か。
人は畜生にも劣る存在ではないのだ。
「我々は、何をすればいい!」
人々は立ち上がり、彼に問う。
「働くがいい。農業でもいいし狩りでもいい。それで、一握りの糧を得られたなら、そのことを神に感謝せよ。それだけでいいのだ」
「おおっ」
それだけのことすら、自分たちはやっていなかったのだと己を恥じた人々は、神に詫び祈りを捧げて散開する。
◆
ある引きこもりが神に力をいただいて、この世界に降り立って一年が経過していた。
「お待ちください尊師よ」
背後からかけられた呼びかけを無視して、彼は足を進める。
彼を呼び止めようとしたのは、布教の旅の道中で彼を師と崇め自らを弟子と任じた者である。
それを無視したのは、何故に呼び止めようとしたのか理解しているから。
彼が、今から足を進めようとしているのは、疫病に侵された者たちの集められた地。
多くの屍が焼かれず埋められず放置されれば、それは疫病の発生源となる。
そうして発生した疫病に感染したものが隔離された死病の土地に足を踏み入れようと言えば、止めるのは当然であろう。
だが、死病ごときを彼は恐れない。
七つのチートの一つ、いかなる病にも侵されぬ健康があるのだから。
◇
「聞けい、人々よ!」
死病に侵された人々の住処に、力強い声が響き渡る。
「今日は食料を持ってきた。これを食って明日への活力とするがいい」
その言葉に、雨風を凌ぐだけの住処から、比較的症状の軽い者たちだけが出てきて大八車に乗せられた大量のパンとワインを発見する。
もちろん引きこもりのエリートニートの彼に労働して食料を得る能力などない。
神にもらった七つのチート。石をパンに変える能力と水をワインに変える能力によるものである。
「おお。もしや、あなたが巷で有名な聖者様なので?」
「そんな大層な者ではない。俺は、ただ神の声を皆に届けているだけだ。こういう風にな」
問いかけてきた老婆に答えると、いつものように腕を振る。
と、そこに幼き少女の姿が浮かぶ。
「元気ないわね? そんなんじゃ駄目よ」
パンに胃袋を満たされ、少女神の言葉に、人々の心が満たされる。
「おお……、神は我々のような者にも生きることをお許しになるのか……」
疫病により、生きていることそのものが害悪であるかのように扱われるようになった人々の心に、これほど救いになる言葉はなかったのだ。
「そうだ、我が神、
「流石は雷ちゃん様だ!」
人々は、滂沱と涙を流しながら神に感謝する。
元々、この世界の神は別の名で呼ばれていたのではないかなどと無粋な突っ込みを入れるものはいない。
「さてと」
自らの作り出した神の御姿をそのままに、彼はパンとワインを手に人の出てこなかったボロ小屋に足を踏み入れる。
出てこなかったということは、それだけの体力すらなかったと考えたからだが、その考えは正しく、ござを布団代わりに寝ている生きているのかどうかすら怪しい女がいるのを見つけた。
「お待ちください聖者様。その女は、我々の中でも末期の症状。へたに近づけば、貴方といえど……」
「ん?」
彼を心配してついてきた老婆に振り返る彼と、肌もつやつやの健康体の若い娘。
神にもらった七つのチート、触れた者の病を癒す能力である。
「なんと!? 神の慈悲は病に倒れた者すら救うというのですか」
「左様」
嘘は言っていない。
「あ、ありがとうございます」
死の病から救われた娘が、心なしか赤くなった顔で彼を見上げる。
吊り橋効果的に、彼に恋慕の念を抱いたこと間違いなしの表情であるが、引きこもりの対人能力でそれに気付けというのも無茶であろうし気づいたところでヒキオタがリアル女の好意に応えたかどうかは疑問である。
「礼には及ばない。俺は、ただ神の教えを広めているだけだ」
この辺りは本心なので、人は容易く彼のストイックさに痺れる憧れる。
おかげで、彼の教えはすでに人類の大半に受け入れられていた。
「じゃあ俺は他の病人も診るから、あんたはこれでも食べて養生してくれ」
そう言ってパンとワインを渡した彼を見る娘の顔は完全に雌のもの。
彼自身が、客観的に見れば爆ぜてモゲロと壁を殴っていたこと間違いなし。
そして全部の小屋を回ると、最初の神の姿を映したところに人だかりがあった。
「なによもー、雷は大丈夫なんだから」
という神の言葉を、病を治して回っている自分のことよりありがたがっている人々の姿に彼は頷き満足する。
信仰とは、心を救うためのものであって現世利益を求めるものではない。
人々の姿は、彼の教えを忠実に実践している証であったのだ。
彼の布教活動は、ほぼ完了していると言っていいだろう。
◆
あるヒキオタが、この世界の大地を踏んでから、すでに二年が経過しようとしていた。
「まさか、ここまで上手くいくとはな」
「何の話ですか?」
問いかけてくる弟子の言葉に、何でもないと彼は返す。
そう。この世界の人々に神への信仰を取り戻させるという使命は、恐ろしいほど順調に進み、今では各国の政治に介入することさえ可能な巨大教団の教祖というのが、彼の現在の身分である。
これというのも、七つのチートの一つ、どれだけ歩いても走っても疲労することのない脚力で世界中を回ったおかげだろう。
七つを越えてないかって? いんだよ、こまけえことは。
ともあれ、上手くことが運んだということは、彼の役目も終わりつつあるということである。
人々は信仰を取り戻し、その結果、力を取り戻しつつある神によって大地も蘇りつつある。
もはや、彼のやるべきことなど、一つしかない。
「では、始めよう」
彼が合図をしたのは、教団の幹部と各国の王たち。
今から始めるのは、神を降臨させる儀式。
当時の人の王との約定により姿を消した神は、自らの意志で地上に降り立つことはできない。
現在の世界の支配者たちの全員一致の意志があって、初めて人の前に姿を現すことができる。
そのための儀式である。
「では、皆さん。これより神を呼ぶ詔を」
彼の言葉に、皆が一斉に口を開き、その言葉を口にする。
『
全員の合唱に、やにわに天に黒雲が沸き起こり、雲の間に稲妻が走り、ついには儀式上の真ん中に雷が落ちる。
そして、雷光が消えたそこに、小柄な人影があるのに皆が気づく。
「ちょっと、どういうことよこれ!?」
叫びを挙げたのは誰あろう、我らが絶対神、雷ちゃんである。
「なんで、私がこんな姿になってるの?」
その問いに彼は首を傾げる。
彼にとって神とは雷ちゃんであり、雷ちゃんが雷ちゃんの姿をしていることにどんな疑問があるというのか。
なお、念のために言うと、神は元々、雷ちゃんの姿をしていたわけではない。
神とは信仰によって成り立つ存在だ。ゆえに信仰心が薄れれば力を失うし、信者が神とはこういうものだと思えば、実際にそういうものになる。
つまり、彼が神をこういうものだと布教した結果、本当にそういう姿になっただけである。
「何を怒ってるのかは知らんが、ここは皆に声をかけてやるべきでは?」
と彼が促した方向には、少女の姿をした神をありがたそうに見ている各国の王や教団の幹部たち。
彼らの信仰心に偽りなどなく、ゆえに何を求めるでなく畏敬の念と、そして父性愛に近い感情だけを向けている。
それは最初に神の望んでいたものとは少しばかり違っていたが、
「もーっ、しょうがないわね。パワーアップした私の魅力を見せてあげるわ!」
元気よく応えてしまうのだった。
神は、信仰心によって成り立つ。
それは見た目や能力だけでなく、内面も同様なのである。
唯一神、雷ちゃんを心の支えとする、この世界の人々の未来はきっと明るいに違いない。
そう思うと、彼は元の世界に帰還することにしたのだった。
七つのチートの一つ、元の世界への帰還を使って。
作者は雷教ではないので、実在する雷教とは異なる部分があると思われます。