冴えない五男坊(愛人の子)が隣のクラスの貧弱美少女サイコパス(怪異)と出会って神々のゲーム(これはあまり物語に関係ないかも~)に巻き込まれる話   作:匿名希望爺さん

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#1.青い空、白い雲(2)

 体育の授業も憂鬱だ。

 星野がひとり遅れてグラウンドに出ると、級友たちはすでに掛け声に合わせてトラックをランニングしている最中だった。今年度の体育はお隣の乙組と合同だから普段の倍の人数だ。

 昭和時代の懐古上等な私立校なので、体育実技にストレス解消やレクリエーションの要素はない。まずは集団行動のランニングと準備体操から始まる。

 

「あれ、見学のひと?」

 

 ジャージに着替えた星野が木陰に移動すると先客がいた。

 体操服姿の小柄な少女が振り向く。

 透き通りそうな白い肌に背中まで届く長い髪、大きな瞳に小さな口、頭には赤いバンダナをリボンのように巻いていた。目玉は黒というより濃い灰色で、眩しそうに眉間に皺を寄せている。

 これは間違いなく同学年の有名人、瓔珞紅子(ようらくべにこ)だ。

 面識はないが変わり者の美少女という噂で顔と名前は知っている。挨拶ぐらいはしておこうと思い、星野は自分から話しかけた。

 

「ええと、乙組の瓔珞さんだっけ」

「そういうきみは甲組の星野やね」

 

 乱暴ながら艶のある北九州の訛りだ。瓔珞紅子に名前を呼ばれて星野は軽くたじろいだが、驚愕を顔にだすのはやめておいた。

 

「そういや瓔珞さんは先週の体育は出てなかったよね?」

「新学期に入ってからずっと昨日まで寝込んどったんよ」

「実はおれも腰が悪くて、三学期から体育はずっと休んでる。今日は見学仲間だ」

「私ときみは事情がちがうけん、一緒にせんどいて」

 

 二年乙組の瓔珞紅子は生まれついての虚弱体質。

 それなのになぜか学校行事満載の中高一貫私立校に紛れ込んでいる。星野は東京の実家から離れて中等部から在籍しているが、瓔珞紅子は地元在住で高等部からの編入組だ。

 会話を交わすのは高等部二年生になった今が初めてに等しかった。そもそもクラスが別だし、さらに星野は寮生で瓔珞紅子は自宅生だから通学途中の接点も無い。

 陽射しが強くなってきた。

 この学校では体育見学者にペナルティが課せられる。校庭の掃除をしたりグラウンド隅の草むしりに励んだり、体育教官に命じられて記録係やタイムキーパーをする。だが今日の授業は砂場の鉄棒で懸垂をする予定だというので、見学者が手伝うような雑用はなかった。

 掃除と雑談以外にすることがない。

 

「星野、ほれ、軍手。一緒に溝蓋を開けて掃除せんね」

 

 紅子が軍手を差し出す。

 どこから借りてきたのか新品の軍手だ。さらにスコップや火ばさみ、溝さらい用の掃除道具が揃っている。彼女の段取りの良さに星野は感心した。

 細やかな点に気がついて行動できるというのは人間最大の美点だ。

 星野はそっと俯いた。おれもこんな性格だったなら野球部をやめずに雑用係としてみんなの為に頑張れたのかな、なんてどうでもいいことを考えると胃の奥がずきんと痛む。

 軍手は大きくて指の先が少し余った。

 紅子が幼女のようなしぐさで指をぶらぶらと振りながら訊く。

 

「で、星野はいつまで体育見学なん?」

「まあ、一応、四月いっぱい体育はサボらせてくれってことで実家の父親が診断書つきの申請書を出してるんだ」

「へえ、可哀相やね。腰の故障なんて爺くさい」

「それは言うてくれるな」

「なん、その武士みたいな言い方、童貞臭い。星野って童貞なん?」

 

 たった今、小川を流れる澄み切った水のような無邪気さで、この美少女がとんでもないことを訊いてきた。こんなお天道様が見ている真下で、なんという。

 なんという、なんという破廉恥。

 

「そ、そういうときは、もっと婉曲的に『星野くんってつきあってる彼女いるんですか?』って訊くのが最低限のマナーだろう、がっ、それに女子がそんな、女子高生がそんな」

「童貞ぐらい言うよ、女子高生だって。私だって処女だし」

「は! 知るか! きいてねえし! しらねえし!」

 

 紅子は表情ひとつも変えずに、なるほど童貞か、と妙に落ち着き払って納得の表情を返した。

 

「そう怒らずに大目にみてっちゃ、私はもうすぐ死ぬんやけん」

「そういう冗談はつまんないし笑えない」

「だって本当やもん。私の余命は私が把握しとるけん」

 

 ふて腐れたような紅子の口調だ。またしても星野は対応に困った。

 

「おおい見学者、草抜きもせえよ!」

 

 体育教官がさりげなく牽制球を放ってきた。ふたりは厳しい視線に気づいて「はいッ」と軍隊式に返事をすると身をすくめた。

 北九州の春空はぼんやりと霞んで、やる気のない雲がひとつふたつ皿倉山の方角に向かって漂っている。黄砂混じりの風の匂いがした。

 星野は小さく吐息した。この沈黙が気まずい。

 大声で喋るわけにはいかないが黙々としているのも苦手だ。さっきのやりとりを水に流してやるつもりで、排水溝の蓋をこじあけながら、星野はそっと顔を向けた。

 

「ところでさ、乙組って、今年の現国は誰?」

 

 他愛もない世間話をするなら教師の悪口ネタを振るのが一番だ。

 

「現国? 大貫の婆さんやけど」

「おれのクラスはマッスルムッシュ吉田なんだよ」

 

 それを聞いて、あっは、と紅子が細い声で笑う。

 

「吉田先生かあ。それやったら漢字テスト地獄やろ。去年うちのクラスでやられた」

 

 排水溝にはゴミが詰まっていた。枯れ草の他に、明らかにわざとねじこんだとしか思えないジュースの紙パック、駄菓子やアイスクリームの包装紙。質実剛健がモットーで現代の紳士淑女育成が目標だと謳うお上品校といっても、校庭の隅にゴミを捨てる奴は数多くいるのだ。こういう作業をしていると人間不信が募る。

 

「いやほんと吉田には参ってる。新学期早々におれらクラスの実力をはかるとかいって漢字テストだったし。おれは字が汚すぎて減点された。鬱屈ってちゃんと書いたのに読み取れないからバツだって。ありえんわ」

「採点者が読めんかったらアウトで当然やろうもん」

 

 紅子の感想はまったくの正論だった。

 星野が拾い集めたゴミを片付けていると、紅子がふらりとよろめいた。星野は何気なくその腕を掴んで引き留める。

 

「おい、大丈夫?」

「あ」

 

 紅子が微かに呟いて、鋭く星野を見る。

 

「……うっそ、きみ……増幅者……?」

 

 体勢を整えた紅子が、今度は自分から星野の手を掴んだ。

 これが尋常な力ではない。

 

 

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