冴えない五男坊(愛人の子)が隣のクラスの貧弱美少女サイコパス(怪異)と出会って神々のゲーム(これはあまり物語に関係ないかも~)に巻き込まれる話 作:匿名希望爺さん
瓔珞紅子は空間を飛び越えることも出来るらしい。
「でもここに来るだけで疲れたっちゃ。もう跳躍できんし」
というわけで星野が自転車の荷台に彼女を乗せることになった。中学寮時代に仕送りを貯金して買った壊れかけの中古車だ。
駐輪場は寮の裏口側だった。現在は入寮者も少ないので駐輪場も寂しい。その中でも最も古く小汚いのが星野の自転車だ。
「ところで星野は自転車なんか乗っていいん? 腰は大丈夫なん?」
「問題ない。とっくに完治してること、おれの脳味噌を覗いたときに気づいてただろう? あとヘルメットかぶって。というかそもそも二人乗りの時点でアウトだけど、お巡りさんに見つからないように祈ってろよ」
「心配せんでよかよ、そのときは私がなんとかしちゃるけん!」
「ご厚意に感謝します」
星野は低い声でそう答えた。
紅子は当然のように後ろの荷台に跨がる。
そういえば、と星野は言いかけた。寮を出るとき、星野は寮監の越智さんに自室の鍵を預けた。
「マンションのコンシェルジュみたいやん」と紅子が隣で暢気な感想を述べていたが、越智さんは不審な顔ひとつせず「夕飯までには戻ってこんね」と送り出してくれた。
「なあ、さっき寮監の越智さんはあんたを無視してたけど……」
「ああ、あのお爺さんには私の姿が認識できんようにしたけん。簡単よ」
「そんなことだろうと思った」
そんな星野の反応が予想外だったらしい。
紅子はくすくすと笑った。どういう意味で笑っているのか星野は判らないが、反抗心めいたものが胸に湧く。
「いろんな超能力を持ってるんだな。学校でもそんな感じでイタズラしてるのか?」
紅子はそっとかぶりを振った。
「家の外では今日が初めて。ちゃんと出来たから自分でも驚いたんよ」
やけに可憐な声だった。星野の中に芽生えた反抗心はあっという間に消える。
「いきなり超能力に目覚めちゃったてこと? 初めてであんなこと出来ちゃうわけ?」
「いきなりとは違うちゃけど。今までは、家でなら自由自在に使ってたけど学校では使わんかったの。でもきみが父さんと同じ増幅者やから、きみが傍にいるのなら学校でもいけると思ったんよ。それで体育教官を実験台にして試してみた。というかきみ――星野だって増幅者なんだから訓練すれば簡単に、」
「だから増幅者って何。たしか今日の体育のときもそんなふうに」
「話は後。早よ家に行かんね、向こうの交差点から左やけん」
左に曲がると、駅から離れた古い住宅街に入る。
「ここ」
と、紅子が自転車を停めさせたのは、住宅街の一角に建つごく普通の家だった。
何の特徴もない平凡な門柱には、瓔珞という名字のみの表札が貼り付いている。庭は狭くて自家用車二台分の駐車スペースでぎりぎりだ。動物を飼っている雰囲気はない。
「あらお帰り。ふたりとも早かったねえ!」
いきなり弾んだ声が聞こえた。星野が振り返ると、カフェエプロン姿の女性が玄関ドアを開けて笑っていた。
瓔珞紅子がそのまま二十年ばかり歳をとったかのような姿。流れる黒髪は背中で束ねてたおやかだ。紅子と同じ白い肌に大きな灰色の瞳が輝いている。
星野は慌てて頭を下げた。
「あ、あの、瓔珞さんが体調を崩して、それでボクが学校から送るために、あの」
「星野くんやね。あなたのことはお姉ちゃんから聞いとるよ、我が家は熱烈大歓迎」
「いや、おれは瓔珞さんと、そういう関係では、断じて」
「お姉ちゃんと仲良くしてやってね」
何をどうよろしくしたらいいのか判らないが、美しい中年女性から親しげにされると照れくさい。コメントは保留ということで、星野は曖昧な笑顔で頷くだけにしておいた。
「母さん、私のこと『お姉ちゃん』て言うのやめてくれん?」
「あらあら反抗期やねえ」
微笑ましいやりとりが星野には眩しかった。
住宅街の古くて小さな家。駐車場しかない狭い庭。娘にそっくりな若い母親が笑顔で出迎えてくれる。長女を名前ではなく『お姉ちゃん』と親しげに呼ぶ母親の存在。
そのすべてが星野の『家族』とは正反対だった。
「さあ中にどうぞ。おやつがあるよ、お口に合うかわからんけど速攻でクッキー焼いたけん」
紅子の母親が優しく星野の背中に触れて玄関に促した。
その手。紅子に触れられたときと同じ温度とあの感覚。背中から差し込まれた触覚で脳味噌を撫でられている。
何をされているのかは判っていた。星野はゆっくりと腹の底で呼吸した。
やがて紅子の母親が彼の背から手を離した。
「――うん、いい素材。条件はすべて揃っとるし問題ない。でもお姉ちゃん、あなた星野くんと同じ学校におるのになんで今まで彼を見つけられんかったと?」
「無茶言うなちゃ。男子生徒の全員に触れてまわるなんてできるわけないやろ」
母娘喧嘩が始まってしまいそうで星野は居心地が悪い。狭い三和土で靴を脱いで揃えると「お邪魔します」と小声で呟き、来客用のスリッパを履く。その間にも紅子の主張は続いていた。
「父さんと母さんがぜったいこの学校に増幅者がおるって断言したけん、これでも私は苦労したんよ。高校に編入した頃は学校内の男子全員に触ろうとがんばったけど、ひとに触ると体力が削がれるし男たちはデレデレで女たちからは痴女なんてアダ名つけられて虐められたし。星野に触れたのやって偶然やったんよ」
「まあよか。アディショナルタイムぎりぎりの決勝点でよかったやん。――星野くん、どうぞこちらへ。迷わんでついてきてね」
玄関から廊下に入った星野は唖然としていた。
それは異様な光景、ありえない間取りだった。
外から眺めたときには、住宅地にひっそりと建つ平凡な狭い家に見えていた。
ところが。
――内部は異次元だった。