冴えない五男坊(愛人の子)が隣のクラスの貧弱美少女サイコパス(怪異)と出会って神々のゲーム(これはあまり物語に関係ないかも~)に巻き込まれる話   作:匿名希望爺さん

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#2.それはお互い様だろう(3)

 延々と暗い廊下が続いている。その両脇に無数のドアが並んでいた。窓がないから薄暗く、壁には点々と蝋燭が灯っている。

 たとえていうなら巨大な廃墟ホテルの廊下だ。

 いったい何処に続いているのか、地下に向かう階段もあった。耳を澄ませば、犬の唸り声のような低い音も聞こえる。

 ごうう。

 ぐるる。

 

「もしかして、地下で何か飼ってんの?」

 

 星野はこっそり紅子に尋ねる。

 

「飼っとるんとはちがうけど、まあ、地下にもこの階にもいろいろおる」

 

 部屋の中でしか飼えない珍獣なのかもしれないが、動物の遠吠えだと思えば納得できた。それがいったいどんな動物なのかは訊かないほうがいいだろう。

 

「にしても……この建物……外から見たのと全然違うっていうか、三次元的な意味で」

 

 紅子の横顔に質問を重ねる。すると紅子は珍しく星野に同情の眼差しを向けた。

 

「空間を歪めとるだけやけん、気にせんどって。気持ち悪い邸やもんね、我が家には居候が多いけんこういう造りにせんと全員を収容できんと。正直うざい」

「こら、お姉ちゃん。言葉に気をつけんね」

 

 母親に注意され、紅子は素直に肩をすくめた。

 時間と空間の感覚が狂う。

 しばらく廊下を歩き続けると、真正面に細い階段が現れた。海外の豪邸のように、ゆるい螺旋を描きながら階上に続いている。

 どうやらこの上階が瓔珞家の居室らしい。

 

「そろそろ歩き疲れたんやない?」

 

 紅子の母親が星野に尋ねる。

 

「いえ、平気です」

「ならば結構。ここからの階段は急やけんね」

 

 さらに目が回るほどぐるぐると螺旋階段を上り続けて息が苦しくなった頃、ようやく二階にたどり着いた。

 ごくごく普通の家と同じ木目調の玄関扉がある。インターホンもあったが、紅子の母親は元気に開けた。

 

「はい、お疲れちゃん。こっから居住スペースになっとるんよ」

 

 そこから先は、最初に星野が想像したようなごく普通の中古一軒家の廊下だった。いきなり吹き抜けの空間で、狭い階段が上階に続いている。階段上が子ども部屋のようだ。

 もう無茶苦茶だ。

 

翠子(すいこ)ちゃーん。降りてこんね、大事なお客様がきたばい」

 

 母親が次女を呼んでいる。吹き抜けの空間に軽やかな声が響いた。スイコというのが瓔珞紅子の妹の名前らしい。

 

「翠子、出てこい。きみの未来の旦那を連れてきたっちゃ」

 

 星野はにわかに緊張した。

 そうそう、そうだった、そうでした。星野は何やら謎の素質を認められて、瓔珞家の次女の婿殿になるようにと命じられここに連行されたのだ。といっても、自転車を運転したのは彼自身だったが。

 瓔珞翠子(ようらくすいこ)

 星野は口の中で呟いた。初めて聞く名前なのに、胸の奥座敷にころころすとんと収まる。あらかじめその場所が用意されていたかのように、ジグソーパズルの最後のひとつがはまった瞬間のような、不思議な感動があった。

 

「どうも、お邪魔しておりま……ひわっ」

 

 星野の殊勝なご挨拶は悲鳴に変わった。思わず飛び退いた足下には、三本のナイフが刺さっている。

 いきなり上階から刃物を投げつけられたのだ。まともに刺さっていたら、即、死んでいた。

 

「こらっ、翠子!」

 

 紅子の母親が怒鳴る。だが「こらっ」とはまた随分と軽い叱咤だ。まるで子どもの悪戯を笑って咎める怠惰な母親そのものだ。悪戯ではなくこれは殺人未遂だというのに。

 

「ごめんね星野くん、びっくりしたやろ。翠子は恥ずかしがりやけん照れとるんよ」

 

 帰りたいですと素直に訴えかけた星野を紅子が制し、その腕を掴んだ。

 

「お願いやけん帰るだなんて言わんどって。きみに帰ってもらっちゃ私は死んでも死にきれんの。――翠子、私の隣には増幅者が立っとる。我ら瓔珞家が探していた濤の増幅者なんよ。それがどういう意味なのか判るやろ? 今からこの男の素質を証明しちゃるけ」

 

 紅子が上階に向かって叫び、星野に囁いた。

 

「父さんによると最初はちょっと痛いらしいけど、倒れんでね」

「え、何」

「――試煉の鷲!」

 

 紅子が叫んだ。それは怒濤の声だった。これほど低く張りのある声を星野は聞いたことがない。

 耳から入った声ではないのだ!

 頭だ。

 脳味噌に直接届いた瓔珞の声が星野の躰で反響している。音が撥ねる。躰じゅうが音になり、膨れあがる。

 感覚が途切れそうになる瞬間、白い影を見た。

 目で見ているのではない。脳で見ている。それは鳥だった。紛れもなくそれは、純白の鷲だった。大きな翼を畳んですらりと立つ。

 

「甲の嬢ちゃま、試煉の鷲が参りましたぞ!」

 

 しゃがれた年寄りの声だ。

 紅子は右腕を高くかざした。

 

「星野朗の増幅システムを確認する。きみに命じよう」

「増幅者の試練に喚んでいただけるとは、この婆、身に余る光栄でございまする。よよよ」

「ばっちゃん、泣くのは後にしとき。征け」

 

 紅子の引き締まった声に応えて、年老いた鷲の白い影は甲高く啼いた。

 

「いざ、御免!」

 

 という掛け声と同時に、鷲が星野の躰に飛び込んだ。

 

 

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