冴えない五男坊(愛人の子)が隣のクラスの貧弱美少女サイコパス(怪異)と出会って神々のゲーム(これはあまり物語に関係ないかも~)に巻き込まれる話   作:匿名希望爺さん

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#2.それはお互い様だろう(5)

「ただいま。早退するつもりで席を立ったんだけど、運悪く取引先から面倒な電話がかかってきて参ったよ。遅くなって悪かったね、さっそくだが何の訓練も受けていない増幅者の少年に無理やり試練の鷲を装填したのは誰だ? その様子だと由実(ゆみ)さんではなく紅子の仕業か」

 

 由実さん、と彼が他人行儀に呼んでいるのは姉妹の母親だ。

 紅子は口答えをすることなく、俯いていた。

 

「ごめんなさい父さん。私がこの男に試練の鷲を装填しました」

「増幅者がひとりで解放の術を使うには、経験者の助言と練習が必要なんだ。君たちには僕やこの少年の苦痛は想像できないだろう。――由実さん、僕が静寂の兎になって彼と鷲を引き離そう。頼む」

「こちらこそお願いします。静寂の兎、来たれ!」

 

 紅子の母親が叫ぶ。

 ぴんと張られた弓弦のように響いた声が波になり、風をかき集め、やがて小さな影を形作った。

 長い耳、蹲る短い四本の足、小さな尻尾。

 現れたのは透明な兎の影だった。

 

「静寂の兎を呼び覚ましたのはだあれですかあ」

 

 幼く甲高い、やっと言葉を覚えたばかりの幼女のような声だ。

 

「瓔珞家の射手由実である。わが配偶者、暁の増幅者があなたの力を求めている」

 

 その声は高く低く、神の声を代弁する巫女そのものだ。

 

「べつにいいけどねぇあーし眠いからすぐに解放してよねぇ」

 

 兎はふわりと浮き上がり、するすると滑って男の胸に飛び込み、同化した。

 金色が飛び散った。

 光は細長い糸になり、彼の肉体をぐるぐる巻きに包んだ。肉体が目映い光の中で分解され、再構築されるのが見える。蛹から変態する昆虫のように、神々しく鮮やかな変身だ。

 星野は言葉をなくした。

 ――同じだ。

 さっきの自分も、きっとこんなふうに光に包まれて爆発し、肉体が弾け、その欠片をひとつひとつ再構築して姿を変えたのだ。

 金色が揺らいで霞みが晴れると、そこには一羽の兎がいた。

 

「やあ、こんな可愛い姿で悪いね。僕は父の瓔珞煌太(ようらくこうた)、紅子と翠子がお世話になってます」

「ぴいぴい」

 

 いえ、お世話だなんてしていないし、これからお世話のやりとりをする気もないです。星野は正直にそう告げたかったが、もちろん喋れない。

 

「君も訓練を重ねれば、どんな姿になっても喋れるようになる。まずはその前に君の変身を解いてあげよう。コツは、君が受け入れた存在を意識から切り離すことだ。シャンパンの蓋をはじき飛ばすようなイメージでポンッとね。僕が手伝うよ、せーの」

 

 兎が跳ね、星野の背中に体当たりした。

 その呼吸に合わせて星野はいきむ。下半身をもぎ取られるような剥離の痛みに悲鳴を上げたが、歯を食いしばって躰から白い鷲の影を追い出した。肉体が変化するのがわかる。余計なところに入っていた力が抜けていく。両腕と両足に重力を感じてへたりこんだ。肌がまだぬめり気を帯びているから、制服のシャツの感覚が気色悪い。

 吐く息は白い。

 

「一度でうまくいくとはさすがだな。いいぞ、君は天才だ」

 

 瓔珞煌太の声は優しい。星野は蹲って頭を抱えたまま動きたくない。いま瓔珞紅子に何か言われたら殴り返したくなるからだ。

 

「命令に従順、基礎体力があって身体能力も高い。関節が柔らかくて筋肉もしなやかだ。紅子、いい銃を見つけたね。この銃は装填する弾の能力を極限まで増幅する無敵の武器、僕たちが探し求めていた濤の増幅者だ」

 

 銃。

 武器。

 濤の増幅者。

 星野の背中を冷たい汗が伝うのは、苦痛から逃れた安堵のせいではない。むしろその逆の感情が彼を包んでいた。

 彼らが星野に何を求めているのか、その一端が見えた気がしたからだ。

 

「翠子、彼を受け入れて瓔珞家を継ぎなさい」

 

 冷たい声だ。

 足下に置いていた上着を拾い上げ、埃を払って袖を通す。妻の由実がそれを手伝った。

 

「パパ、わたし、いやです」

「翠子。いい加減に」

 

 紅子が翠子の腕を掴んだ。

 翠子はするりと逃げ出す。

 

「絶対にいや!」

 

 翠子はその場から消え失せてしまった。

 

「大変! あの子は跳躍どころか浮遊さえしたことがないのに」

 

 由実が母親の表情で悲鳴をあげる。

 紅子は唇を噛んで父親の煌太を見上げる。煌太は小さく苦笑いした。

 

「心配ない。翠子はすぐに戻ってくるさ、行き先がないからね」

 

 星野もゆらりと立ち上がる。

 

「もう動けるのかい?」

 

 煌太が差しのべた優しい手は罠だ。そんな気がして、星野は彼を頼らずに顔を上げた。

 

「――おれ、帰ります」

 

 紅子の顔を見ないように気をつけながら、きっぱりと煌太に告げる。

 

「帰らせてください」

「どうして? ここで君は数多くの奇妙な体験をしたはずだ。その理由を知りたくはないのかい? どうして我々が君を見つけ出したのか、どうして僕の妻と娘達には特殊な力が備わっているのか、どうして何の訓練もなしに君は『弾』を受け入れて変身したのか。僕が君に同情している理由と、そして、君がわが家の婿にならなければならない理由を」

「聞けば帰れなくなります」

「寮の門限を破らせるようなことはしないよ。婿養子という言葉に抵抗があるのかな? 心配ないよ、僕もこの子たちの祖父も曾祖父も、瓔珞家の男は全員が増幅者であり、婿養子だ」

 

 しれっとそんなことを解説されても困るのだ。

 しかも、心なしか瓔珞煌太の表情は誇らしげだ。何を威張っているのかは知らないが、星野にとっては羨ましくも何ともない。

 

「そうは言っても翠子さんが激しく拒絶なさっているじゃないですか。瓔珞紅子さんとも今日初めて会話したようなもんだし、いきなりもうすぐ死ぬから妹と婚約してくれなんて言われても、おれだって困ります」

 

 だんだんと自分が悪い人間のように思えてきた。そんな思いを振り切って、星野は腹筋に力を入れる。

 

「どうか他を当たってください。それから、飛び出していった翠子さんを探してあげたほうがいいですよ。こういうときって、誰かに追いかけてきて欲しいと思うから」

「星野くん。君は無自覚に嘘をついているね」

「どういう意味ですか」

「君は必ず戻ってくるよ、僕にはわかる。だってこれが宿命。闘争が我らと君の本能だから」

「生憎ですがご期待には添えないです」

 

 ぺこんと頭を下げて、星野は廊下を引き返してドアを開ける。

 ――そして、絶句した。

 

 扉の向こうは、星野が住んでいる寮の門前だった。

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