オーベルシュタインの演算   作:シロン茶

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ワーレン編『義手の温もり』の裏側で


装甲と首輪

「はい、オーベルシュタイン基金とおっしゃいまして」

「……実に健康に寄与しない名前だな」

ロイエンタールは心底厭そうに吐き捨てると、フェルナーは画面越しに苦笑した。

「私もさすがに一瞬気が遠くなりました。ワーレン提督はああいう冗談をおっしゃる方なんですね」

「まじめな奴だからな。案外、本気で言っていたのかもしれん」

ワーレンの剛気だが穏やかな風情を思い出し、ロイエンタールはククッと喉を鳴らした。

 

ワーレンからの依頼という、予想外のルートから持ち込まれた計画を、自分たちの医療改革案に落とし込みながら修正していくしかない。一週間で。

 

オーベルシュタインは一切の躊躇なく、医療ネットワークという監視網の構築による治安維持コストの削減予測を盛り込んでいく。

「おい、お前は医療に『首輪』を仕込むつもりか? 全臣民を診察室という名の尋問室に閉じ込める気か」

ロイエンタールの詰問に、義眼の主は淡々と指を動かす。

「私は損失を防ぐと言っている。医療を隅々まで行き渡らせ、同時に異変を把握する。それは帝国全体の『健康』を維持する機能だ」

「……まったく、お前という男は」

ロイエンタールは、と唸る。

 

そのロイエンタールによって起草された「フェザーン資本による医療分野の食い荒らし防止策」は、かつてノイエラント総督として、ハイネセンのインフラを買い叩こうとするフェザーンのハイエナどもと渡り合った経験が生んだ、冷徹な防御陣だった。

オーベルシュタインが珍しく口角をわずかに上げる。

「……フェザーン系ファンドは『国家医療安全保障審査』の対象とする。事前審査で『公衆衛生上の脅威となりうるおそれ』を理由に却下可能、各惑星ごとに外資の規制……見事なものだ」

ロイエンタールは鼻で笑う。

「ほう。お前が俺を褒めるとは、明日は隕石でも落ちるのか」

オーベルシュタインの義眼が、静かにロイエンタールに向く。

「……卿は叛逆など起こさずに、おとなしくノイエラントを統治すれば良かったのだ」

「お前が言うか……」

 

ロイエンタールは溜息をつき、端末に表示された「相互監視」という言葉を指先で弾いた。

 

「……これは削れ。上申書はワーレンの名前で出すんだろう。やめてやれ」

オーベルシュタインは一瞬、義眼を細めた。少し考え込み、

「言葉の定義など、どうでもいい。機能が残れば、それで足りる」

と、ロイエンタールの指摘を受け入れ、文言を修正した。

 

「辺境の農村まで拠点を設けることは、実質的な情報網の構築を兼ねるため、結果として統治は安定する」

 

より柔らかく、より現実的に。だが本質は変わらない。この上申書を見てミッターマイヤーはどう思うだろうと、ロイエンタールは遠い目になる。

 

「……福音か。感傷的な言葉だが……これがこの計画に、もっとも強力な『正当性』という名の装甲を与える……」

オーベルシュタインの義眼が、フェルナーが送ってきたワーレンの言葉を見つめた。

 

「帝国には、失われた四肢を『名誉』という言葉で飾る文化はあるが、それを『日常』として支えるシステムが欠けている。同盟のこの技術と運用法は、陛下の臣民を、不運や身分という呪縛から解き放つ福音となるだろう。私という一個人の『義手』の経験を、全帝国の『再生』に繋げたい」

 

冷たい人工の光が、わずかに揺れたように見えた。

 




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