暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜   作:パラレル・ゲーマー

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第100話 水神様、米の蔵と知の蔵に人手を食われる

 元和三年、旧正月明け。

 

 江戸城は、相撲の番付や御城碁将棋の話題で沸き立った、あの晴れやかな祝いの余韻に、まだ包まれていた。

 

 大名たちの懐は、前年の豊作によってたっぷりと米で潤い、米札と蔵札の信用も少しずつ定着し始めている。江戸の町も活気に満ち、米、銭、人、荷が、以前よりもずっと大きな流れとなって動き始めていた。

 

 だが、その華やかな空気の裏側で。

 

 御異物改方の自室にこもる俺の机の上には、容赦のない、そして圧倒的な質量の『現実』が、ドサリと音を立てて舞い戻ってきていた。

 

(旧正月の祝いは終わった。相撲も盛り上がった。囲碁将棋の御前試合の種も蒔かれた)

 

(そして今。……俺の目の前には、全国の蔵に入りきらずに溢れ返りそうになっている『去年の豊作米の在庫報告書』が、山のように積まれている!)

 

「……やっぱり、蔵だ。どこまで行っても、俺の仕事は蔵と帳面に戻ってくるんだ……」

 

 俺は、こめかみを強く揉みながら、各地の代官から送られてきた悲鳴の束を読み上げた。

 

『前年の大豊作米が、各地の公儀蔵に限界まで入りきりつつあります』

 

『一国一城令の用途分類で残した旧城や陣屋、水防番所を仮蔵へ転用し、なんとかギリギリで凌いでおります』

 

『しかし、あくまで応急の改築であるため、床の高さ、湿気、鼠害、通風に重大な問題が出始めております。一部の蔵では、米が蒸れて傷みかけております!』

 

『また、大量に発行した蔵札と、現物の米俵の照合に、絶望的に時間がかかっております。さらに、蔵番の監視の目が行き届かず、一部で不正や手抜きの芽も見え始めております!』

 

 俺は、死んだ魚の目で、横に控える本多正純を見た。

 

「……正純殿。私、蔵の物理的な『箱』さえ増やせば、この問題は解決すると思った時期が、一瞬だけあったんですよ」

 

 正純は、一切の表情を変えずに、淡々と答えた。

 

「蔵の箱の数を増やした結果、その蔵を管理するための『帳面の数』と『蔵番の数』が、全く同じだけ増えましたな」

 

「やめてください。身も蓋もない残酷な事実を、そんな平坦な声で言わないでください」

 

     *

 

 俺たちは、家康、秀忠、竹千代の揃う小評定の間へ、この絶望的な蔵の報告書を持ち込んだ。

 

「大御所様。蔵の物理的な不足そのものは、旧城や番所の転用によって、ひとまず『野積みのまま腐る』という最悪の事態だけは避けております。……ですが、真の問題はそこから先にございます」

 

 俺は、外向きの一人称を『私』に切り替え、厳しい現状を訴えた。

 

「蔵の形が、国ごと、城ごと、村ごとに違いすぎます。湿気対策、鼠対策、火災対策、通風、床の高さ、蔵番の配置……そして何より、帳面の書式が、全国で揃っておりませぬ。これでは、いずれ必ず、公儀の米が大規模に腐るか、不正で盗まれます」

 

「つまり。ただ蔵という箱を建てるだけでは足りぬか」

 

 家康が、渋い顔で唸る。

 

「はい。今後、公儀が使う蔵については、最低限の『公儀蔵規格』を、国法として厳密に定めるべきです」

 

 俺は、用意した規格案を広げた。

 

 床を地面から高く上げること。束石を使い、湿気が上がりにくくし、床下に風を通すこと。

 

 柱や壁に鼠返しを設けること。

 

 米俵を土間や床板に直置きせず、必ず簀子や台の上に載せること。

 

 蔵の周囲には必ず火除け地を設け、水桶、井戸、火消し道具を常備すること。

 

 蔵の入口は二重管理とし、蔵番一人の独断では開けられない仕組みにすること。

 

 俵の数、重さ、入庫日、出庫日を、全国同一様式の帳面に記録すること。

 

 長期備蓄に向く籾保存と、短期移送用の白米・玄米保存を明確に区別し、古い米から順に出せる積み方を徹底すること。

 

 竹千代が、その細かい規格案を見て、感心したように言った。

 

「……ただ大きな箱を作って、米を多く入れればよい、というものではないのだな」

 

「はい、兄上。米は言葉を話す生き物ではありませんが、扱いを間違えれば、一瞬で熱を持ち、腐ります。……湿気、鼠、火、虫。そして何より恐ろしいのが、『人の欲』です。これら全てが、米の敵なのです」

 

「……人の欲も、米の敵か」

 

 秀忠が、為政者として重く頷いた。

 

「はい。どれほど頑丈な蔵を建てても、帳面の数字と、現物の米俵の数がずれた瞬間……その米蔵は、役人と商人が癒着して公儀の財を食い潰す、ただの『不正の巣』へと成り果てます」

 

     *

 

 家康が、報告書に記された公儀米の総量を確認し、少しだけ安堵したように息を吐いた。

 

「これほど莫大な米が公儀の蔵にあるならば。……いざ飢饉が来ても、日ノ本はかなり長期間、耐えられるのではないか?」

 

 勘定方の一人も、思わず口を挟む。

 

「公儀の米が余るほどあるとは、贅沢な悩みにございますな」

 

 だが、俺は即座に首を横に振った。

 

「……余っていると言えば余っているのですが。大御所様、決して楽観はできませぬ。東北や北国、水害地へ送る予定の救荒米の分を差し引けば、実質、それほど余裕が『余り余っている』とは言えませぬ」

 

 ここで、『全国民が三年食える』などと適当な大風呂敷を広げてはならない。

 

 蔵は安心材料だが、万能ではない。

 

「ただし」と、俺は続けた。

 

「平年並みの作柄の地域が多く、一部の地域で局地的な凶作や水害が起きる程度であれば。……今の備蓄と輸送の仕組みならば、公儀はかなり強くなりました」

 

「救荒作物、古米の順次入れ替え、分散備蓄、そして街道と港の移送網を上手く組み合わせれば。……局地的な飢饉ならば、公儀は三年程度は、かなり粘れるはずです」

 

「ですが、日ノ本全土が一斉に冷害に襲われるような大凶作となれば、話は別です。蔵は、決して万能ではありませぬ」

 

「なるほど」

 

 家康は、俺の冷徹な見立てに深く頷いた。

 

「ただ手元に米があるだけではなく。……それが『どこにあり』、『いざという時にどう動かせるか』が、命を分ける肝というわけか」

 

「はい。江戸の中央公儀蔵だけに山ほど米を積めば安心、ではありません。むしろ、一箇所に巨大な富を集めすぎれば、一度の大火事や水害、あるいは輸送の詰まりで、一気に全てが死にます」

 

 だから、必要なのは分散備蓄だった。

 

 江戸の中央公儀蔵。

 

 大坂、堺の物流集散蔵。

 

 全国の港湾蔵。

 

 街道沿いの中継蔵。

 

 東北、北国向けの救荒蔵。

 

 水害や津波、洪水を見据えた高台の避難用蔵。

 

 それらを、寺社や村の共同備蓄とも連動させつつ、公儀の帳面で網の目のように管理する。

 

(……あの時。八百比丘尼さんの『どこでもキューブ』を使っていれば、物理的な蔵の空間不足は、本当に一瞬で消え去ったのかもしれない)

 

 俺は、ふと、あの甘いチートの誘惑を思い出し、そして自分でそれを切り捨てた。

 

(でも。今俺の目の前に見えている問題は、ただの『置く空間』の話じゃない)

 

(米をどこに置くか。誰が毎日見張るか。どの古い順から出すか。蔵札の数字と現物をどう照合するか。そして、誰が蔵番の不正を防ぐか)

 

(……それはつまり、『国家の信用』そのものだ。やっぱり、四次元の箱に放り込んで終わり、では駄目だったんだ。人間の手で、人間の制度として管理しなければ、国は保たない!)

 

     *

 

「次に、最も重要な『蔵番制度』と『蔵札監査』についてです」

 

 俺は、さらに厳しい制度案を突きつけた。

 

「蔵番は、ただ鍵を持って蔵の前に座っているだけの者では足りませぬ。米の湿気の状態、俵の正確な数、火の気、鼠の害、そして何より『蔵札との厳密な照合』を行える、計算の立つ者でなければなりません」

 

「入出庫時は、蔵番、蔵目付、勘定方の照合役、そして地元の名主の立会など、必ず複数人の署名と花押を必須とします」

 

「そして、米が腐りかけた時や、鼠害、火災の兆候があった場合の『即時報告の義務』を徹底します」

 

「……報告の遅れを罰するとなれば」

 

 秀忠が、為政者として鋭く懸念を挟んだ。

 

「蔵番の者たちは、己の罰を恐れて、かえって腐りかけた米の存在を『隠蔽』するのではないか?」

 

「はい。その通りです、父上。ですので、失敗の報告の扱いに『差』をつけます」

 

 俺は答えた。

 

「いち早く自ら報告し、被害を最小限に食い止めた者は、処罰を軽くします。逆に、己の保身のために米の腐敗や盗難を隠蔽し、後から発覚した者は、切腹に値する重罰に処すべきです。……失敗そのものよりも、『公儀を欺き、隠蔽すること』を、最大の罪として法で定めます」

 

「戦の理と同じじゃな」

 

 家康が、深く納得したように頷いた。

 

「野戦で負けることよりも。……負けを将に隠し立てし、偽りの報告で本隊全体を壊滅させることの方が、遥かに罪深い」

 

 正純が、冷徹な声でその真意をまとめた。

 

「……蔵札というものは、ただの紙切れではありませぬ。公儀が『その米は確かにそこにある』と天下に約束した、信用の証にございます」

 

「ゆえに。蔵札の数字と、現物の米の量が少しでもずれれば。……それは公儀の『信用』そのものが腐り落ちたことを意味します」

 

「米が腐るのも怖いですが。……公儀の信用が腐る方が、国にとってはもっと怖いです」

 

 俺は、深く息を吐き出して言い切った。

 

     *

 

 だが、問題は『米の蔵』だけでは終わらなかった。

 

「……国松様。長崎と平戸より、南蛮書物御改の『灰色本』の追加分が、また荷馬車三台分ほど届いておりますが」

 

 勘定方から戻った俺に、役人が容赦のない報告を叩きつけてきた。

 

 そう。

 

 江戸城内にもう一つ新しく立ち上がった、『公儀御書物蔵』——江戸知庫の業務も、すでに本格稼働し、大爆発を起こしていたのだ。

 

 届いた医学書、薬草書、天文学書、測量書、航海術書、そして神学の序文がドロドロに混ざった技術書。

 

 それらを全て、原本保管、有用部分の抄訳、危険な宗教注釈の封印、用語索引の作成、他国本との比較検証、ローマ判定者への質問状作成、そして朝廷へ送る天文の写しの文言調整……という、気が狂うほどの手順で分類しなければならない。

 

「……米の蔵だけでも、もう絶望的に蔵番と帳面役の『人手』が足りないのに。知識の蔵まで、同時に凄まじい勢いで人を食い潰している……!」

 

 俺は、両手で頭を抱え込んだ。

 

「米は放置すれば腐りますが。知識も、翻訳や扱いを誤れば、容易く人を殺しますからな」

 

 正純が、一切の感情を交えずに言う。

 

「その言い方、俺の心が死ぬのでやめてください!」

 

 すでに、京から下ってきた公家文書御用の公家たち、江戸に集められた大名家の三男四男五男たち、そして公儀の祐筆見習いや通詞、医師、薬師たちは、連日酷使され、目を血走らせていた。

 

 だが、それでも。

 

 圧倒的に、決定的に、人手が足りないのだ。

 

     *

 

「……もう、四の五の言っていられません。各家から、さらに『筆の立つ者』を洗い出してください!」

 

 俺は、正純に向かって叫んだ。

 

「公家家中、大名家の奥向き、武家の娘、後家、側仕え、女房衆。……性別は問いません。字が正確に読めて、計算ができ、公儀の守秘を絶対に守れる者を探して、直ちに帳面仕事へ動員します!」

 

「……女房衆や武家の娘を、公儀の帳面仕事へ用いるとなれば。家中から反発も出よう」

 

 秀忠が、常識的な懸念を示す。

 

「公の評定の場に、彼女たちを引き出す必要はございません」

 

 俺は、この時代の常識に合わせた運用を説明した。

 

「各家の屋敷の奥向きや、厳重に封じられた写本所の中で、扱う帳面の機密度を分ければよいのです」

 

「機密度の低い蔵台帳の清書、数字の転記、いろは順の索引札作り、書物目録の写し、公開用抄訳の清書。……これらであれば、男も女も関係ありません。すでに公家や大名家の奥向きには、和歌や仮名文字、家政の帳面に通じた優秀な女性が山ほどおります。この貴重な人手を遊ばせておく方が、国家にとって大いなる損失にございます!」

 

「働ける者は、働け、か」

 

 家康は、その実利主義を面白そうに笑った。

 

「はい。米の蔵も、知の蔵も、人を食いすぎます。……性別の違いで、優秀な筆の才能を遊ばせているような余裕は、今の公儀には一ミリもありません!」

 

 俺は、現代の『男女平等思想』という美しい理念を掲げて社会改革を起こそうとしているわけでは全くない。

 

 ただ単純に、目前の実務地獄と人手不足が深刻すぎて、『筆が持てて数字が分かる奴なら、猫の手でもいいから全員使え!』という、極限のブラックな行政判断を下しただけだった。

 

     *

 

 そして、この女性たちの動員が始まると、俺の意図しないところで、奇妙な現象が起き始めた。

 

 機密度の低い清書や、膨大な索引札作りについては、身分や役職ではなく、『完全な成果物単位の出来高払い』で賃金を支払う仕組みにしたのだ。

 

 一枚清書していくら。

 

 一帳仕上げていくら。

 

 誤字脱字が全くなければ加算。

 

 数字の照合で前の役人の誤りを見つけたら特別加算。

 

(……あれ?)

 

 俺は、上がってきた賃金の支払い台帳を見て、首を傾げた。

 

(……これ、結果的に、全く同じ種類の清書作業なら、『男女同一作業、同一賃金』みたいになってないか?)

 

(現代日本ですら、男女の賃金格差がどうこうって揉めてたのに。……元和三年の徳川幕府が、男女雇用均等法なんていう高尚な理念の欠片もないまま、ただの『帳面地獄と人手不足のせい』で、実務限定の完全能力給に突入してるんだけど)

 

(歴史、バグってない?)

 

『あはははははっ!! 最高!!』

 

 KAMI様が、空中で腹を抱えて大爆笑し始めた。

 

『近世の封建社会のど真ん中が、ただの「人手不足」と「帳面地獄の極み」のせいで、実務限定の男女同一単価に突入してる!』

 

『歴史って本当に面白いわねぇ。高尚な理念で上から殴るより、単純に「このままだと現場が死ぬから、使える者は全員使って、成果で銭を払え」って実務で追い込まれた時の方が、よっぽど合理的で近代的な制度が進んじゃうのね!』

 

(笑い事じゃないんですよ! こっちは男女平等思想を江戸時代に布教したいわけじゃなくて、本当に、シンプルに、人が足りなくて死にそうだからやってるだけなんです!)

 

『それがいいのよ。理念じゃなくて、必要に迫られた土臭い実務から生まれた仕組みだからこそ、定着するのよ』

 

 実際、公家文書御用の公家たちは、最初こそ「女房衆に公儀の帳面を写させるとは」と驚いていた。

 

 だが、もともと公家社会には、女房文学や和歌の伝統がある。

 

「なるほど。漢文の重い公文書は我ら男が扱うにしても、仮名の索引や目録、書物の外題の写しならば、奥の女房衆の細やかな手も大いに使えましょう」

 

「むしろ、字の美しさと丁寧さだけならば、そこらの武家の三男坊の祐筆見習いよりも、遥かに上の女房もおりますからな」

 

 そう言って、あっさりと納得してしまった。

 

 結果として、一番割を食ったのは、江戸へ集められた大名家の三男四男五男たちだった。

 

「ま、まさか……。某、昨日国元から呼ばれて筆役に入ったばかりの妹に……清書の速度と正確さで、負けた……!?」

 

 武家の三男坊が、提出した帳面の誤字率の差で妹に敗北し、膝から崩れ落ちていた。

 

「負けたくなくて、しかも実力で銭を稼ぎたければ、死ぬ気で筆の練習をしてください」

 

 俺は、冷徹に言い渡した。

 

「公儀の帳面は、武家の身分ではなく、誤字脱字の少なさと速度だけで評価します」

 

(……元和三年、江戸。武家の三男坊が、妹に帳面仕事の正確さで負けて絶望する。……泰平の世、なんかすごい方向に進んでないか?)

 

     *

 

 だが、それでも、俺の疲労は限界に達していた。

 

「……あー、もう! 一瞬で本から索引を作れるチート人材とか、帳面の数字の矛盾と誤字を自動で検出して赤線を引いてくれるチート人材が欲しい!!」

 

 俺が空に向かって叫ぶと、KAMI様が無慈悲に答えた。

 

『残念。そんな便利な事務妖精はこの世界にはいません。……地道に、人間の手を育てなさい』

 

「せめて、検索機能だけでも……」

 

『それ、未来だと表計算ソフトとかOCRとかAIがやってる仕事ね。今は全部、人間の目と手と筆でやりなさい』

 

「ぐあああああああっ!!」

 

『それにね。あんた、勘違いしてるみたいだけど』

 

 KAMI様は、ジト目で俺を見た。

 

『この時代の武士や役人って、現代の会社員みたいに、毎日毎日、朝から晩まで全員が江戸城に詰めて働いてるような運用じゃないわよ?』

 

『番方や当直の役目は、一日詰めたら非番や明けの休みがある。家の中の用事もある。登城日も、役目も、身分によって全然違うの。……あんたみたいに、三百六十五日休みなしで、ずっと帳面を見てる方が、この時代から見ても完全に異常なのよ』

 

「……それな!!!!」

 

 俺は、思わず大声で叫んだ。

 

「そうですよ! この時代、働き方がゆっくりな部分もあるんですよね! 農繁期と農閑期で時間の流れが違うし! 俺だけ、現代のブラック企業みたいに毎日毎日帳面に追われてるの、絶対におかしいじゃないですか!?」

 

『ふふっ。元ブラックIT企業の社畜SEの魂が、元和の江戸でも相変わらずブラックなシステム運用保守やってるの、芸術点が高くて好きよ』

 

「笑うところじゃないです!!」

 

(……駄目だ。本気で『働き方改革』をしないと、俺より先に、酷使している公家や筆役の若者たちが過労でぶっ倒れる)

 

(でも、いきなりこの時代に『週休二日制を導入します!』とか言っても、意味不明すぎて絶対に大御所様に通らない)

 

 そこで俺は、現実的な『筆役番組』のローテーション制度を考案した。

 

 筆役の者を、三組の番組に分ける。

 

 一組が清書と執務を行う間、一組が照合と監査を行う。残りの一組は、休息、訓練、および予備に回る。

 

 繁忙期、たとえば秋の蔵納めの時期には増員する。

 

 夜間の作業は、火事防止の観点から原則禁止とする。

 

 誤字脱字が急増した者は、強制的に休ませる。

 

「……これなら。働き方改革や人権という甘い言葉ではなく、『帳面の品質を維持し、疲労による誤記という不正と同等の危険を防ぐための策』としてなら、公儀の評定でも通せるか……?」

 

『そうそう。人権じゃなくて、品質管理とリスクヘッジで通す。……最高にあんたらしくて、嫌いじゃないわ』

 

     *

 

 数日後。

 

 俺は、家康と秀忠の前に、これからの公儀のあり方について、最終的なまとめの報告を行った。

 

「大御所様。父上。……今後、公儀が本当に備え、守るべき『蔵』は。……三つにございます」

 

「三つ?」

 

 家康が問う。

 

「一つ。米の蔵。……いざという時に民の腹を守り、国を支えるための蔵です」

 

「二つ。知識の蔵。……南蛮の書物、技術、薬草、測量、天文の理を、腐らせずに扱うための蔵です」

 

「そして、三つ。……『人材の蔵』です」

 

 俺は、家康の目を真っ直ぐに見た。

 

「ただ米があるだけでは、それを正しく帳面で管理し、動かす者がいなければ、米はただ腐ります」

 

「知識の書物があるだけでは、それを読み解き、正しく翻訳し、検証する者がいなければ、知識は国を殺す猛毒になります」

 

「筆を取れる者。計算ができる者。守秘を守れる者。……それらを、男も女も、長男でなくとも、身分が高すぎず低すぎずとも。少しずつ蓄えて、休ませながら育てていく『仕組み』そのものが、今の公儀には絶対に必要なのです」

 

 家康は、俺の言葉を聞いて、深く、感じ入ったように頷いた。

 

「……米と、知と、人か」

 

「はい。どれか一つだけでは、国は決して保ちませぬ」

 

 竹千代も、その言葉の重みを噛み締めるように言った。

 

「三つの蔵は、互いに支え合ってこそ、泰平の世を成すのだな」

 

「はい、兄上」

 

 家康は、満足げに笑って、俺に命じた。

 

「ならば、国松。……お前はこれから、米と知識に加えて。その『人材の蔵』も、己の手で作るのだな」

 

(……大御所様。言い方はすごく美しいし、俺も良いこと言った感出してますけど)

 

(実態は、追加の教育制度、勤務表の作成、出来高の賃金表、守秘誓紙の管理、誤字率の監査、そして筆役番組のローテーション管理なんですよ)

 

(……つまり、また『地獄の帳面』が山のように増えるってことじゃないですか!)

 

     *

 

 夜。

 

 俺は自室で、いつものように新しい白紙の帳面を並べていた。

 

『公儀蔵規格書』

 

『分散備蓄配置図并米移送控』

 

『蔵番制度・蔵目付配置帳』

 

『蔵札・現物照合監査帳』

 

『公儀御書物蔵・原本抄訳封印三分控』

 

『筆役番組・勤務休息割付帳』

 

『女筆御用・清書索引出来高控』

 

『公家文書御用并三男四男五男配置改帳』

 

『米蔵知識蔵人材蔵・三蔵連絡控』

 

 米の蔵。

 

 知識の蔵。

 

 人材の蔵。

 

 どれも、この国を生かすために絶対に必要なものだ。

 

 そして、どれも……放っておけば、必ず腐る。

 

 米は、湿気と鼠で腐る。

 

 知識は、誤訳と知ったかぶりで腐って毒になる。

 

 人は、酷使しすぎれば心を壊して腐る。

 

 だから。

 

 蔵にも、帳面にも、そして働く人間にも……必ず、定期的に『風』を通さなければならないのだ。

 

『いいじゃない。少しだけ、働き方改革っぽくなってきたわよ』

 

「改革っていうか……。これ、俺が過労で倒れたら公儀の帳面が全部止まるから、仕方なく人を増やして、休ませながら回す仕組みを作っただけですけどね」

 

『それで十分よ。だいたい、人間の歴史って、最初から美しい理念で進むわけじゃないの。「このままだと現場が死ぬ」「自分たちが回らなくなる」って実務で追い詰められたからこそ、重い腰を上げて制度が動くものなのよ』

 

「身も蓋もない真理ですね……」

 

 俺は、苦笑しながら筆に墨を含ませた。

 

 もし、あの時。

 

 八百比丘尼さんの『どこでもキューブ』を使って、空間のチートで蔵不足を解決していれば。米の置き場所の問題だけは、一瞬で解決したのかもしれない。

 

 だが。

 

 米を見張る有能な蔵番は育たなかった。

 

 書物を正確に読み解き、記録する筆役は増えなかった。

 

 そして、疲れた人間を休ませて育てる『人材の蔵』の仕組みも、永遠に生まれなかっただろう。

 

 便利な魔法の奇物ではなく。

 

 人間を、少しずつ泥臭く育てる。

 

 それはあまりに遅く、あまりに面倒で、あまりに帳面が多い。

 

 けれど、たぶん。

 

 この泰平の世を本当に支える真の『蔵』とは、ただ米俵を積むだけの物理的な箱ではなく。

 

 米と、知識と、人を、腐らせずに次の年へと渡していく『人間の仕組み』そのものなのだ。

 

 俺は、新しく積まれた帳面の表紙に、『三蔵連絡控』と書きつけた。

 

 元和三年。

 

 徳川の泰平の世は、ただ米を蓄えるだけの段階を終え。……知識と、そしてそれを扱う『人手』までをも、国家の蔵へ貯め込む、新たな段階へと静かに入っていた。




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