暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜 作:パラレル・ゲーマー
元和三年、春先。
旧正月の喧騒と、米・知識・人材という『三蔵問題』の実務整理をどうにか山場まで乗り切った俺の机に、御異物改方から一つの重要な報告書が届いた。
『永冷石箱・国内貸与状況および使用実態報告』
俺は、少しだけ肩の力を抜いて、その帳面を開いた。
現在、国内の限られた機関へ貸与されている永冷石箱の使い道は、俺の想定した通り、極めて堅実なものだった。
長崎や江戸の大きな薬種問屋では、高価で腐りやすい南蛮の薬種や、新鮮な薬草の保存に用いられている。
御典医や熟練の薬師たちは、熱病患者の治療のための冷罨法──冷やして熱や腫れを抑える手当──や、酷い腫れ物、打撲の冷却に、箱から取り出した氷を試験的に用いて成果を上げている。
また、腐りやすい果物や上質な魚、そして朝廷や公儀へ献上する傷みやすい名品の一時的な保存庫としても、絶大な効果を発揮していた。
「……思ったより、皆まともに正しく使ってくれていますね。勝手に分解して中身を調べようとしたり、氷を売り捌いてボロ儲けしようとする馬鹿は出ていませんか」
俺が尋ねると、本多正純は淡々と答えた。
「薬種の保存効果による利益が大きすぎるゆえ、商人どもも、この箱の前では妙に真面目に振る舞うようにございます。特に南蛮薬種は高価で、一度傷めば致命的な損失になりますからな。……箱を取り上げられることを何より恐れております」
「永冷石箱には、強欲な商人を真面目にさせる効果まであるんですか」
俺が苦笑すると、視界の端でKAMI様が笑った。
『便利な箱というより、公儀から預かった「失くしたり壊したりしたら商売人生が即終了する、最高級の担保」みたいなものね』
さらに、一部の公家や大名の間では、箱で冷やした果物や菓子を茶会で振る舞うことが、ちょっとした流行りの贅沢になりつつあるという報告もあった。
「夏に向けて、冷えた果物を食すとは。……なかなか粋で、素晴らしい贅沢だな」
報告を聞いた竹千代兄上が、楽しそうに言う。
「そうですね、兄上」
俺は相槌を打ちながらも、内心では警戒のアラートを鳴らしていた。
(冷蔵庫がない時代の、真夏のキンキンに冷えた果物。そりゃあ最高に美味いだろうさ)
(でも、これが大名の間で流行りすぎると……絶対に『氷室の氷』や『氷箱の優先貸与』を巡る、ドロドロの特権争いと賄賂合戦が始まる。また贅沢規制と、箱の流通管理の帳面が増える気配しかしないぞ……)
とはいえ、国内分については概ね有効活用中ということで、俺はひとまず安心の朱筆を帳面に入れた。
*
だが、問題は海の向こうだった。
長崎、唐人商館、琉球、そして対馬の情報を統合した『東アジア交易情報網』から、明国の沿岸に関する不穏な報告が、俺と正純のもとへ上がってきたのだ。
内容は、こうだ。
日本から明国へ向かった永冷石箱は、すでに中国沿岸の大きな港へ到達している。
だが、当初の目的であった北京の紫禁城、あるいは万暦帝のもとへは、未だに届いていないらしい。
「なぜ届いていないのですか。輸送の途中で海賊にでも沈められましたか」
俺が問うと、報告をまとめた役人が首を振った。
「いえ。……箱を管理する大商人が、道中での横領や、地方官による不当な没収、あるいは中身の永冷石の分解を恐れるあまり……完全に『箱の番人』と化し、港の厳重な蔵から一歩も動かなくなっているとの由にございます」
役人は、明国側の情勢をさらに詳しく語った。
地方官僚たちは、この箱の異常な力を目の当たりにし、「これは我らが皇帝へ献ずべき至高の宝だ」と目を光らせ、手柄を独占しようと暗躍している。
医師や薬種商は、薬種の長期保存と熱病治療への絶大な利用価値に気づき、莫大な金を出してでも買いたいと殺到している。
その結果、明の富裕な商人や地方有力者たちから、日本の公儀に向けて、「二台目がどうしても欲しい」「証文の厳しい条件を、もう少し緩めてもらえないか」という強い要求が、各港を通じて押し寄せているのだ。
さらに報告書の端には、明国の民間で囁かれ始めているという箱の呼び名が、いくつか記されていた。
《氷石箱》
《夏氷神器》
《永寒宝匣》
《天理を覆す、天氷の箱》
(……名前が、完全に神格化して独り歩きしてる……!)
俺は報告書を見つめて頭を抱えた。
(いや、まあ、冷蔵庫の概念がない世界に突然これが出現したら、そりゃあ神器扱いにもなるだろうけど。……これ、明国の内政の火薬庫に、氷の形をした爆弾を放り込んじゃったんじゃないか?)
*
小評定の間。
家康は、その報告書を見て、実に楽しげにカラカラと笑っていた。
「評判は上々のようじゃな」
「良すぎるのが、かえって危ういのではありませぬか」
秀忠が、為政者としての慎重な目を向ける。
「ただの便利な箱が神器とまで持て囃されれば、必ず欲に目が眩んだ者たちの血みどろの奪い合いが起きる。……それは、商いの道すらも壊しかねませぬ」
竹千代兄上も、以前、俺たちだけが聞いた明という国の未来を踏まえて、ひどく複雑な表情を浮かべていた。
「……明国が、この先も盤石で安泰であると確信できるのであれば。すぐに二台目を渡して、大いに徳川の恩を売るべきだと申し上げるところですが」
「兄上……」
「だが。……いずれ滅ぶやもしれぬ王朝に、あまり深く公儀の至宝を食い込ませるのは、危うい。万が一、箱が乱世の泥沼の奪い合いに巻き込まれれば。……徳川公儀の神聖な証文ごと、泥に落ちて権威を失うことになりかねませぬ」
(……兄上。すごい。相撲だけじゃなくて、東アジアの外交とリスク管理についても、為政者として完璧に思考を組み立ててる)
俺は、竹千代兄上の成長に感心した。
*
評定の論点は、明国へ永冷石箱の二台目を渡すか否かに絞られた。
渡す利益は大きい。
明の商人、医師、地方官に強烈な恩を売れる。対明貿易において、日本の立場が圧倒的に強くなる。見返りとして、貴重な薬種、医学書、鉱山の技術書、そして明の内情に関する正確な情報を、優先的に引き出すことができる。
だが、渡す危険もまた大きい。
ただでさえ一台目の箱が皇帝へ届かずに混乱の火種になっているのに、二台目を渡せば、地方官や宦官たちの権力闘争をさらに激化させる。
そして何より、明国が崩壊した時。その箱が、後金、海賊、あるいは野盗の手に渡り、公儀の管理から完全に離れてしまうリスクがある。
「国松よ。……この永冷石箱を一つ作るための負担は、今の公儀にとってどの程度のものじゃ」
家康が問う。
「御異物改方で扱っている範囲で申しますと。……花崗岩を薄く加工し、水神の理を用いて所定の形に組み上げるだけです。……正直に申しまして、物理的な物としての負担や費用は、ほぼ無に等しいにございます」
「ほう」
秀忠が身を乗り出した。
「費用も負担も少ないのであれば。……彼らの望むままに、数を多く出してやってもよいのではないか? それで莫大な富と情報が引き出せるのであろう」
だが、俺は即座に首を横に振った。
「なりませぬ。……物としての負担は少なくとも、この箱の持つ外交上の価値があまりにも高すぎます。安易に大量にばら撒けば、公儀の最強の切り札が、ただの便利な箱へと成り下がります」
「つまり。……物は安くとも、その意味を高く保て、と」
家康が、ニヤリと笑う。
「はい。ですので、渡す数で満足させるのではなく……決して妥協しない厳しい条件と証文で、この箱の価値を限界まで縛り上げるべきです」
*
「明の話してるー? じゃあ、私もちょっと聞いていい?」
緊張感のある評定の場に、八百比丘尼のお里がどこからともなく現れ、竹千代兄上の前にあった茶菓子をひょいとつまみながら口を開いた。
「また唐突に現れましたね、あなたは」
「だって、昔出した宿題の関連の話でしょ? 明国が滅ぶのを止めるのは、たぶん無理。……でも、国松ちゃん、防波堤を作るのはすごく大事だよ」
「防波堤、ですか」
「そう。明っていう巨大な王朝を丸ごと救うのは、国松ちゃんにも徳川にも無理。……だけど、沿岸の商人、優秀な医師、書物商、通詞、そして地方官の一部に……『徳川との取引の繋がりは、絶対に守る価値がある』って、骨の髄まで思わせることはできる」
八百比丘尼は、菓子を囓りながらも、目だけは真剣だった。
「王朝が内乱で揺らいで、国が崩れ落ちそうになった時。……そうやって恩を売っておいた実務層や商人たちが、貴重な情報や人材、薬種や書物を持って、日本へ逃げてくるための窓口になるんだよ」
「永冷石箱は、王朝を救う魔法の道具じゃない。……人脈という目に見えない財産を、冷やして腐らせないための外交の氷室にするの」
(明の滅亡を力で止めるのではなく。……国が崩れ落ちた時に、知識や人材や情報が全部戦火で燃えてしまわないように、日本への逃げ道を作っておく)
(……うわぁ。嫌な意味で、極めて現実的で冷酷な外交戦略だ)
家康は、八百比丘尼の言葉を聞いて深く頷いた。
「……明が滅びるとしても。そこに暮らす商人や、人を救う医師、書物を読み解く者までが、一夜にしてこの世から全て消え失せるわけではない」
「ならば。……今のうちに、彼ら個人の実力者に、強力な恩を売っておくに限るな」
「王朝という大きな看板ではなく。……生き延びようとする人に恩を売る、ということですか」
竹千代兄上が、その本質を理解して言う。
「そうじゃ。国は変わる。旗も変わる。……だが、医師も商人も通詞も、飯を食って生きねばならぬ。そこへ、江戸の公儀の救いの手が伸びておれば。……どれほどの乱世になろうとも、彼らとの強固な繋がりは必ず残る」
*
最終判断が下された。
「よし。明国へ、二台目を渡してやろう」
家康が裁可する。
「よろしいので?」
「うむ。ここで無駄に渋って、明の沿岸の有力者たちの機嫌を損ねるより、圧倒的な恩を売る方がよい。……いずれ滅びる国かもしれぬからこそ、今のうちに、沿岸へ深く楔を打っておくのじゃ」
ただし、俺はその貸与の証文の条件を、一台目よりもさらに冷酷に強化した。
一、これは徳川公儀からの貸与品であり、決して譲渡・贈与ではない。
二、無断分解、転売、又貸しを絶対の禁とする。
三、箱の最終管理者名を明記し、使用場所と用途を月ごとに公儀へ報告せよ。
四、医療・薬種保存・腐敗防止の用途を最優先とすること。
五、たとえ明国皇帝へ献上する場合であっても、『徳川公儀からの貸与品である』という事実を、この証文ごと必ず上申すること。
六、証文を意図的に剥がしたり破棄した場合。以後の全ての貸与と、薬種・書物の取引を永久に停止する。
七、三台目以降の要求には応じない。一台目・二台目の使用報告と、契約の完全な遵守が確認されて初めて考慮する。
「……向こうの商人からの、条件を緩めてくれという要求には、一切応じません。むしろ、二台目だからこそ、条件をさらに固く、息苦しくします」
「一台目の不思議な力で圧倒的な評判を作り。二台目の厳しい縛りで、公儀の法を学ばせるのだな」
竹千代兄上が、俺の意図を正確に読み取る。
「はい、兄上。ただ便利な箱を渡すのではありません。彼らに、徳川との契約を守る商いそのものを、骨の髄まで覚えてもらいます」
「……悪くない」
家康が、満足げに笑った。
(先日、イングランド商館長が言っていた通りだ。……永冷石箱は、東アジアにおいても、相手が契約を遵守できる能力があるかを測る、最高に冷酷な試験紙になる)
*
永冷石箱の明国への対応がまとまり、俺が「では、手配のための帳面を整えておきます」と言って立ち上がろうとした時だった。
家康が、軽く手を上げて俺を制した。
「うむ。では、そのように。……さて。今日の話は、箱のことだけではない」
座敷の空気が、一瞬にして変わった。
外交の冷徹な空気から、徳川家という家の、重く、深く、逃れられない血と縁の空気へと。
「……内々の話じゃが、竹千代」
家康は、真っ直ぐに孫の目を見た。
「お前の元服と同時に。……縁談も、世に発表しようと思う」
竹千代兄上が、スッと姿勢を正した。
秀忠も、父親として、そして将軍として、表情を限界まで引き締めた。
(……あ、これ、絶対にすごく重い政治の話だ)
俺は、息を殺した。
「相手は。……五摂家の一つ、鷹司家の娘。鷹司孝子殿。父は、関白も務めた鷹司信房卿じゃ」
「五摂家……」
竹千代兄上が、微かに息を呑んだ。
「左様。公家の最高格である摂家からの、正室としての迎え入れじゃ。……これは、ただの若い男女の婚姻ではない。我ら徳川と、京の朝廷、そして公家社会との強固な結びつきを、天下に知らしめるための、極めて重い政略の縁である」
俺の頭の中で、これまでの政治的な布石が全て繋がった。
(……なるほど。徳川将軍家が、決して朝廷や公家を軽んじていないという、最大の証拠だ)
(天体観測と暦の問題で、朝廷側にはまだ強い警戒が残っている。公家文書御用で協力関係は深まったが、それを決定的に身内として固めるための楔)
(次代の将軍である兄上が、摂家から正室を迎える。……これで、武家と公家の結びつきは盤石に見える。ただし、公家側の影響力が将軍家の奥深くにまで及ぶという、強烈なリスクも抱え込むことになる!)
「これは。徳川にとっても、朝廷にとっても、逃れられぬ重い縁になりますな」
秀忠が、将軍としての覚悟を持って言う。
竹千代兄上は、少しだけ緊張した面持ちだったが、決して、その重圧から逃げようとはしなかった。
「……承知いたしました。私の婚姻が、徳川と朝廷の結びつきの礎の一つとなるのであれば。……次代を担う者として、必ずやその務めを果たします」
「うむ。よい返事じゃ」
家康は、孫の覚悟を見て、満足そうに頷いた。
(……兄上。相撲の興行の時もそうだったけど。自分の好き嫌いよりも先に、為政者としての務めで全てを受け止めるようになっている)
(立派だけど。……いや、まだ数えで十四歳なのに、背負うものが重すぎないか!?)
*
だが、その時。
俺の脳裏に、前世のおぼろげな歴史の記憶が蘇り、俺は一瞬、石のように固まった。
(……鷹司孝子。……あれ?)
(確か、後の世の記憶だと、三代将軍家光の正室になった人だよな。……でも、夫婦仲はものすごく冷え切ってて、かなり悪かったような……)
(たしか、子供も生まれなかったはず。それが原因で、大奥の制度がややこしいことになったような記憶が……!)
『そうね。史実の歴史では、家光と正室・鷹司孝子の夫婦仲は、完全に冷え切っていたわ。実の夫婦というより、形だけの政略結婚。当然、子もできなかった。……大奥の制度もまだ整っていなかったし、三代将軍家の後継者問題は、なかなか面倒で血生臭い火種になったわね』
(やっぱりかー!!)
俺は内心で頭を抱えた。
『でも。この世界でも、全く同じ最悪の結末になるとは限らないわよ』
(なんでですか?)
『史実では、弟の忠長が、兄・家光にとって最大のプレッシャーであり、血を分けた頭痛の種だった。……でも、この世界のあんたは、兄を実務で支えまくる、最高の頼りになる弟でしょ?』
『それに、竹千代はあんたの強烈な行政実務のせいで、史実よりもかなり前倒しで、冷静な為政者として聡明に育っている。公家文書御用の公家たちとの関係も、今のところ極めて良好よ』
『……朝廷との重要な縁である正室を、感情だけで無闇に冷遇するほど、今の竹千代は馬鹿じゃないわ』
(……確かに。兄上なら、そんな非合理で非効率な真似はしないだろうな)
俺は少しだけ安心した。
(完全に政略結婚だと理解した上で、義務としてちゃんと向き合う気がする。相手を冷遇して、せっかく築き上げた朝廷との関係を自ら悪化させるなんて、どう考えても国家にとって損だ)
だが、KAMI様は甘くはなかった。
『でも。夫婦として向き合うことと、そこに子ができるかどうかは、全くの別問題よ。……将軍家なんだから、いずれは血を残すために、側室や奥向きの制度も必要になるでしょうね』
『夫婦の仲の良さだけで将軍家の継承という国家事業を支えようとするのは、システムとしてリスクが高すぎるわ』
(……将軍様って、本当に心休まる時がないんだな……)
*
俺が、完全に兄上の大変な婚活と後継問題として、他人事のように同情していると。
KAMI様が、冷酷な声で俺の脳髄を刺した。
『何を、完全に他人事みたいな顔してんのよ。……あんたも、そのうち絶対に結婚させられるわよ』
(……へ?)
『当たり前じゃない。あんたは水神様よ? 徳川将軍家の、超有能な次男坊よ? ……全国の有力大名、公家、大寺社が、血眼になってあんたとの縁を欲しがらないわけないでしょ!』
(えええええええええ!?)
俺は、内心で悲鳴を上げた。
(いや、俺、まだ数えで十二歳なんですけど!? 毎日、米の蔵と灰色本の帳面を書いてるだけの、ただの社畜公務員なんですけど!?)
『竹千代の婚約が公式に動くなら。……次に周囲のハイエナどもが狙いを定めるのは、当然、フリーのあんたよ』
『ただし、あんたの場合は、政治的に少し厄介ね。……あんたに正室を迎えさせて、家を大きく分けて巨大な所領を与えたりすると、史実の忠長派の反乱問題の再来になりかねない。しかも今のあんたは、水神様としての民の人気も、実務における公儀への影響力も、異常に高すぎるわ』
(……嫌なこと言わないでくださいよ。フラグ立てないでください!)
『だからたぶん、家を大きく分けて独立させるより……竹千代の将軍家の内側に、強引に抱え込む形になるでしょうね。猶子とか、養子格とか、後見役とか、名目はいろいろあるでしょうけど』
『要するに。あんたを独立した危険な勢力にしすぎず、将軍である兄の家の内側に置いて、実務だけを永遠にやらせる。……それが、徳川家にとって一番安全な処理よ』
(へー、なるほど。大変だなぁ。……いや、待て、これ俺の人生の話か!?)
『そうよ! 何を完全に、他人の婚活相談を聞いてるコンサルタントみたいな顔してんのよ!』
俺が内心でパニックに陥っていると。
現実世界の家康が、竹千代兄上の縁談の話をひとしきり終えた後、扇をパチンと閉じ、意味深な視線を俺へと向けてきた。
「……国松。お前にも、いずれ、話さねばならぬことがある」
「……え?」
「まあ、今は次代の将軍である兄の、祝いの話じゃ。……お前の身の上のことは、いずれ、な」
家康は、それだけ言って、ニヤリと笑って立ち上がった。
(……その『いずれ』、絶対にろくでもないやつだ!! 俺の人生の決定権が、いつの間にか大御所様の掌の上で転がされてる!!)
*
夜。
自室に戻った俺の机の上には、当然のように、外交と縁談に関する新しい帳面の束が積まれていた。
『永冷石箱・国内貸与用途・効果実証報告控』
『明国沿岸・永冷石箱評判および不穏情報聞書』
『明国第二箱貸与・厳格条件証文案』
『永冷石箱・東アジア貸与状況・追跡監査控』
『竹千代君・御元服并御縁組・内々準備控』
『鷹司家・贈答并公式文通記録控』
『次期将軍家正室・江戸迎入準備覚』
『国松君御身上・今後取扱・極秘検討控』
俺は、その白紙の束を眺めながら、深い深い溜息をついた。
(……永冷石箱は、物を冷やして腐らせないための、ただの便利な箱だ)
(だが、海を越えれば、それは明国の商人や地方官たちの欲望を激しく熱くし、国と国との契約を守る能力を試す、恐ろしい火種になる)
(一方で、兄上の縁談は、徳川と朝廷の冷えた関係を、強固に結びつけて固めるためのものだ)
(けれど、それもまた、公家側の影響力の拡大、将軍家の後継者問題、そして……俺の今後の扱いという、新しくて厄介な火種を確実に生む)
物を冷やす箱も。
縁を結ぶ婚約も。
結局は、放っておけば、必ず人間の欲によって熱を持つ。
だから、俺はまた、新しい帳面を開いて、その危険な温度を測り続けなければならないのだ。
『いいじゃない。氷箱外交と、婚姻外交。……どっちも、国っていう巨大な生き物を長持ちさせるための、保存技術みたいなものよ』
「……保存技術って。人間の人生を巻き込んでるのに、言い方が嫌すぎますよ」
元和三年。
永冷石箱は、明国の騒がしい海辺で、天理を覆す神器と呼ばれ始めていた。
竹千代兄上の縁談は、江戸の武家と京の公家の間に、逃れられない新たな縁を結ぼうとしていた。
そして、俺は。
兄上の婚約を心から祝う気持ちと。
自分の未来の背後にヒタヒタと忍び寄る政治婚の気配に、氷箱の冷気でも冷やしきれないほどの冷や汗を全身に流しながら。
また一冊、新しい極秘の帳面を、震える手で開くことになったのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!