暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜   作:パラレル・ゲーマー

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第11話 兄上、電話札という神具に固まる

 KAMI様から「管理者候補用・現場端末」という名のスマートフォン型神具を受け取った翌朝。

 

 俺は、重い綿布団にくるまったまま、漆黒の画面に表示された文字をじっと睨みつけていた。

 

『推奨:竹千代登録』

 

『推奨:通話札試作』

 

『推奨:通信ノード安定化』

 

「……これ、絶対に隠し持ったままにしちゃ駄目なやつだ」

 

 俺は、誰もいない部屋で一人ごちた。

 

 江戸幕府という、極度の情報統制と猜疑心で成り立つ権力機構のど真ん中にいるのだ。

 

「徳川の若君が、謎の遠隔通信ツールを誰にも言わずに隠し持っていた」などと後から発覚してみろ。

 

 謀反の予備軍、あるいは妖怪変化の類として、真っ先に春日局あたりから暗殺の手が伸びてくるに決まっている。

 

「兄上に、最初に全てを報告する。そして一枚預ける。それが一番安全な道だ」

 

 決意を固めた俺だったが、すぐさま大きな壁にぶつかった。

 

「でも、どうやって説明すればいいんだよ……。『スマホです』は絶対に言葉が通じないし、『管理者候補端末です』も意味不明すぎる。『遠くの声が聞こえる電話です』なんて言ったら、狂ったかと思われそうだ」

 

 さんざん悩んだ末、俺は一つの結論に達した。

 

「……もう、雑に『神器です』で押し通すしかない」

 

 水神様扱いされている今なら、そのくらいのオカルトパワーは逆に信憑性を持って受け入れられるはずだ。

 

 俺が端末の画面を操作すると、青白い光がふわりと瞬き、空中に表示が出た。

 

『通話札試作:低機能版』

 

『対象:竹千代』

 

『機能:音声通信のみ』

 

『距離制限:江戸周辺ノード圏内』

 

『使用者認証:竹千代個人声紋・徳川血統反応・国松承認』

 

「よし」

 

 そう頷いた瞬間、端末からKAMI様の軽い声が響いた。

 

『やっほー。はい、低機能版の通話札を作ってあげるわ』

 

「うおっ!?」

 

『スマホそのものは渡さないわよ。兄上には音声通話だけで十分。下手に地図や検索機能まで渡すと、あんたより先に政治利用や軍事転用を考え始めるから、絶対面倒なことになるもの』

 

「兄上を何だと思ってるんだ」

 

『有能な未来の将軍』

 

「……否定できない」

 

 俺の手の中に、コトリと小さな木札が落ちてきた。

 

 表面には徳川の葵の御紋ではなく、目立たない水紋のような幾何学模様がうっすらと刻まれている。

 

 一見すると、ただの少し変わった御守り札だ。

 

『選ばれし者だけが声を通せる秘密回線よ』

 

 KAMI様の声が弾む。

 

『盗まれても、竹千代本人の声と徳川の血統反応、それからあんたの承認が揃わないと起動しないから、ただの木札にしか見えないわ』

 

「便利だけど、恐ろしすぎる技術だな……」

 

     *

 

 俺はその足で、竹千代の部屋へと向かった。

 

 部屋の奥で、竹千代は小栗半兵衛が提出した水札の帳面や、草祓い車の運用結果、井戸の事後報告の写しなどに熱心に目を通していた。

 

 俺が泥田から持ち帰る案件を、すでに次期将軍としての政務の練習として完全に追っているのだ。

 

「兄上。ご報告がございます」

 

 俺が深く平伏すると、竹千代は筆を置き、少し呆れたような顔をした。

 

「また水か、それとも草か」

 

「いえ、今回は『声』でございます」

 

「……声?」

 

 俺は懐から木札を取り出し、竹千代の前の文机にそっと置いた。

 

「神器にございます」

 

 竹千代は、無言のまま木札を見下ろした。

 

「遠く離れた場所からでも、互いの言葉が通じる代物にございます」

 

 竹千代は、さらに深い無言に沈んだ。

 

 俺は慌てて補足する。

 

「もちろん、基本的にはこれまで通り、私が直接兄上の御前へ参じてご報告いたします! これは私が遠出した時、あるいは一刻を争う急ぎの時だけ使うためのものです。一般の者には決して広めませぬ。限られた者だけが持てる、秘密の通話札にございます」

 

 竹千代は、静かに息を吐いた。

 

「……国松」

 

「はい」

 

「お前は、時々あまりにも雑に天下を揺らすな」

 

「……自覚はあります」

 

 俺は冷や汗を拭いながら平伏した。

 

     *

 

 竹千代は、すぐには信じられないというより、言葉の意味が理解の範疇を超えているようだった。

 

「実演いたします」

 

 俺は自分の端末――未来の帳面――を手に取り、通話の操作をした。

 

「KAMI様、聞こえますか」

 

 竹千代の目の前にある木札から、突然、澄んだ鈴の転がるような少女の声が響き渡った。

 

『やっほー、兄上くん。ちゃんと聞こえてるー?』

 

 竹千代が、完全に石化した。

 

「KA、KAMI様! 兄上くんはやめてください! こちらは次期将軍候補であらせられますよ!」

 

 俺が慌てて端末に向かって叫ぶ。

 

『知ってるわよ。だから兄上くんでしょ。あんたの兄上なんだから』

 

「そういう問題じゃないです!」

 

 未知の上位存在からあまりにも軽いノリで話しかけられ、竹千代は目を大きく見開いたまま、瞬き一つせずに木札を凝視していた。

 

「……この札から、本当に声が出た」

 

「はい」

 

「相手は、ここにはいない」

 

「はい」

 

「ならば……」

 

 竹千代の瞳の奥で、恐るべき速度で思考が回転し始めるのが見えた。

 

「ならば、遠くにいる者と、何日も早馬を走らせることなく、即座に言葉を交わせるということか」

 

「はい。ですからこそ、極めて危険なものにございます。使う相手は、兄上と私、そして必要とあらば大御所様か天海様くらいに留めるべきかと」

 

 竹千代は、静かに深呼吸をした。

 

 そして、俺の雑な「遠くでも話せる便利道具」という認識を遥かに超越した、政治家としての恐るべき洞察力を即座に発揮した。

 

「国松。水争いの報告が、その日のうちに届く。井戸掘りで事故があれば、すぐ止められる。火事や戦があれば、初動が変わる」

 

「……はい」

 

「だが……もしこの札を悪用し、偽の命令が飛べば、村も役人も、果ては軍勢も大混乱に陥る。誰がこの札を持つかで、徳川家中の権力そのものが容易に覆るぞ」

 

 俺は、思わず鳥肌が立った。

 

「兄上……理解が早すぎます」

 

「早く理解せねば、お前が次から次へと持ち込んでくる厄介ごとで、江戸城が崩壊するからな」

 

「誠に申し訳ございません」

 

     *

 

 竹千代は、その場ですぐに運用ルールを定め始めた。

 

「この通話札の所持は、私とお前の二人から開始する。使用は緊急時、遠出時、そしてお前が言う『ノード』とやらの異常時に限定する。日常の報告は、必ず面と向かって行え」

 

「承知いたしました」

 

「また、通話した内容は、ただ流すのではなく、必要に応じて後から半兵衛の帳面に必ず記録しろ。言葉は風に消えるが、記録は証拠となる」

 

「はっ」

 

 竹千代は、机の上の木札を静かに懐へと収めた。

 

「便利だからこそ、すぐには広げぬ。大御所様への報告は、私から折を見て行う。追加で札を配るか否かは、私とお前、そして大御所様の合意があって初めて為されるものとする」

 

「……天海様には、いかがなさいましょうか?」

 

「天海には、いずれ必要になる時が来るやもしれぬ。だが、今すぐではない。あの僧は極めて有能だが……知りすぎる」

 

 竹千代の判断に、俺も深く同意した。

 

「天海様は、知った火種を、非常に丁寧な手付きで『神仏の形』に整えて燃やすタイプですからね……」

 

「火消しではなくか?」

 

「火消しをお願いしたはずだったんですが、結果的に大炎上しました」

 

 俺の恨み言に、竹千代はふっ、と声を出して笑った。

 

 そして、少しだけ声の温度を柔らかくして言った。

 

「国松。お前が遠くへ行くなら、私はいつでもお前の声を聞き、無事を確認できるようにしておくべきだ」

 

「兄上……」

 

 俺が兄弟の絆に感動しかけた、その直後。

 

「勘違いするな。お前がまたどこぞの村で、水神だの御使いだのと祭り上げられた時、即座に大目玉を食らわすためでもある」

 

「……それは、非常に必要ですね」

 

「それに、失敗も隠すなと言ったであろう。この札があれば、お前の泥まみれの失敗報告を、一日でも早く聞くことができる」

 

「兄上、失敗を聞くために神器を受け取ったんですか」

 

「お前の場合、怪しげな成功よりも、失敗の方がよほど愛嬌があって徳川のためになる」

 

 俺はぐうの音も出なかった。

 

     *

 

 電話札の報告が無事に済んだところで、俺はもう一つの泥臭い本題を切り出した。

 

「兄上。先日ご報告した『草祓い車』ですが、一応の形にはなりました。ですが、今後の農具の改良には、どうしても『鉄』が必要になります」

 

「鉄か」

 

 竹千代の目が、再び政治家のそれに戻る。

 

 俺は、端末の検索で得た知識と、鍛冶の甚五郎や源七から聞いた現場の声をかみ砕いて説明した。

 

「鉄を増やすには、砂鉄が必要です。そして何より、鉄を溶かすための莫大な量の木炭が要ります」

 

「うむ」

 

「木炭を作るには、山の木を大量に伐採せねばなりません。山を切りすぎれば、確かに炭はできますが、山が保水力を失って荒れます。山が荒れれば、大雨で水が濁り、川が氾濫し、最終的には下流の田が荒れて水争いが起きます」

 

 俺は、一つの大きな結論を口にした。

 

「つまり、田んぼの草取りのための鉄農具を増やそうとするだけで、我々は『山林管理』と『製鉄のあり方』まで同時に考えねばならないのです」

 

 竹千代は腕を組み、深く考え込んだ。

 

「……田の草を取る道具から、山の木に繋がるのか」

 

「はい。やることが無限に増えました」

 

「お前の話は、いつもそうだな」

 

「私も心底困っております」

 

 竹千代は、その因果関係の重さを正確に計量していた。

 

「鉄が増えれば農具が増え、米が増える。だが、鉄は武具にもなる。鉄の流通を誰が握るかで、新たな力が生まれる。山林を荒らせば水利が壊れ、炭焼きのために農民の労役が過酷になる。……鉄は、ただの便利な道具の材料ではないな」

 

「はい。ですから、いきなり鉄を大量生産するような真似は極めて危険です。まずは鉄を使う場所を摩耗の激しい刃先などに絞り、木と竹で済むところは済ませる。その上で、並行して山と炭焼き、鍛冶の効率を調査すべきかと」

 

「堅実だ」

 

「KAMI様の未来の帳面に、そう警告が出ました」

 

「……お前の持つ神具は、持ち主の割には妙に慎重なのだな」

 

「私よりもずっと慎重で助かっております」

 

     *

 

 だが、ここで俺の生半可な現代人としての雑な発想が、余計な爆弾を投下してしまった。

 

「ただ、兄上。国内の山林を削らずに鉄を増やすのが難しいのであれば、外から買うのも手です」

 

「……外から?」

 

「はい。というわけで、海外と貿易が必要です」

 

 座敷の空気が、ピシリと凍りついた。

 

「明、中国とか、朝鮮とか、南蛮とか、オランダとか。鉄だけじゃなく、薬、書物、地図、変わった作物……色々手に入るでしょうし」

 

 竹千代が、頭を抱えるようにして目を閉じた。

 

「あれ? 何か駄目でした?」

 

「駄目というより、一介の若君が軽く口にしてよい言葉ではない」

 

 俺はここでようやく、歴史の大きな流れを思い出した。

 

「ああ、そうか。鎖国があったな……」

 

「さこく?」

 

「あ、いや! 未来の言葉です! いずれこの国は、海外との関わりをかなり厳しく絞るはずでして……」

 

 竹千代の目が、獲物を狙う鷹のように鋭くなった。

 

「未来の幕府は、なぜそうした」

 

(やばい! 下手にキリスト教の布教問題や島原の乱、貿易統制の話を詳しくしすぎると、歴史がめちゃくちゃになる!)

 

 俺は冷や汗をかきながら、極めて雑に要約した。

 

「ええと……色々面倒だったんだと思います! 宗教の争いとか、貿易の利権とか、海外の強大な勢力の思惑とかが絡んで!」

 

「なるほど。つまり、軽く扱えば、国そのものを根底から揺るがす火種になるというわけだな」

 

「そうですね。……じゃあ、密貿易しましょう!」

 

 俺の言葉に、竹千代の動きが完全に停止した。

 

「表向きが難しくて面倒なら、こっそりやればいいんですよ。黙ってればバレないバレない! 必要な鉄や医学の書物だけコッソリ入れて、面倒な宗教や武器は水際で遮断する感じで!」

 

 竹千代は、長い、長い深呼吸をした後、低く凄みのある声で俺の名を呼んだ。

 

「……国松」

 

「はい」

 

「それは、密貿易ではない。幕府が管理する、秘密の『公儀貿易』だ」

 

「名前が違うだけでは?」

 

「違う。名と管理が違えば、罪と政が変わるのだ」

 

 竹千代は、限界に達した頭痛を堪えるように額を押さえた。

 

「お前は本当に、悪気なく危険な言葉を無自覚に使う……!」

 

「すみません、現代人の雑な語彙が抜けきらなくて……」

 

「今後、お前の口から『密貿易』という言葉を使うことは禁ずる」

 

「はい。では秘密貿易で」

 

「国松」

 

「『公儀管理の限定対外取引』でお願いします」

 

「……それだ」

 

     *

 

 俺たちの漫才のようなやり取りの後、竹千代は冷静に現状を整理した。

 

「今、この国は全ての外との道を閉ざしているわけではない。朱印船も行き交い、唐船も来る。だが、南蛮の宗教や武器、海外の思惑は極めて危険だ。お前一人の思いつきで動かせる話ではない」

 

「つまり、可能性としてはあるが、扱いが劇薬すぎるということですね」

 

「そうだ」

 

 俺は端末の画面を思い浮かべながら言った。

 

「では、まず『外から入れるべき必要物資の一覧』と『絶対に入れてはいけない危険物の一覧』を作りましょう。鉄、薬、医学や天文学の書物、作物……。硝石は武器に繋がるから駄目ですね。キリスト教も面倒です。うわ、仕分けがめちゃくちゃ面倒くさい」

 

「その面倒くさい仕分けを行うことこそが、政だ」

 

「兄上、政って本当に面倒くさいですね」

 

「知っている」

 

 竹千代は、今後の明確な方針を打ち立てた。

 

「電話札は、私とお前だけで運用を開始する。鉄農具は節約を第一とし、並行して山と炭の調査を半兵衛に命じよ。海外との取引は『公儀管理の限定対外取引』として、機が熟せば大御所様に相談する。……だが」

 

 竹千代は、俺の目を真っ直ぐに見据えた。

 

「お前は次々と、新しい道を広げすぎる。全てを一度に進めようとすれば、足元から全てが崩れるぞ」

 

「……はい」

 

「まずは、目の前の田を見よ。今年の米が秋にどう実るか。その結果を見てから、次を決めるのだ」

 

 俺は深く頭を下げた。

 

 俺の現代知識の暴走を、江戸の若き政治家が、しっかりと現実のペースに引き戻してくれた瞬間だった。

 

     *

 

 帰り際、竹千代がさっそく通話札を試したいと言い出した。

 

 俺は部屋を出て、廊下のずっと奥、声の届かない離れた場所まで歩いた。

 

 懐の端末が震える。

 

『……国松。聞こえるか』

 

 木札越しの、少しノイズの混じった竹千代の声。

 

「聞こえます、兄上」

 

 俺は、時代を超えた通信の成功に素直に感動していた。

 

『……本当に、これほど離れていても声が届くのだな』

 

 声には出していないが、竹千代も静かに感動しているのが伝わってきた。

 

「はい。ですが、むやみに使ってはいけませんよ。電波……いや、気の消耗が激しいかもしれませんから」

 

『分かっている』

 

 少しの間があった後。

 

『国松』

 

「はい」

 

『遠くへ行く時は、必ずこれで私に報せよ。よいな』

 

「はい、兄上」

 

 通信インフラが、確かに兄弟の絆を一つ強くした瞬間だった。

 

     *

 

 夜。

 

 自室に戻った俺が端末を開くと、画面の【記録】アイコンに赤いバッジがついていた。

 

 開いてみると、そこには恐るべき数の新タスクが羅列されていた。

 

『竹千代登録:完了』

 

『通話札試験:成功』

 

『草祓い車:継続改良』

 

『鉄使用量最適化』

 

『山林資源調査』

 

『炭焼き工程調査』

 

『鍛冶効率調査』

 

『対外取引候補物資リスト作成』

 

『危険物・禁制品候補リスト作成』

 

『稲生育観測:継続』

 

「……増えすぎだろ」

 

 俺が絶望していると、KAMI様から着信が入った。

 

『やっほー。兄上登録おめでとう』

 

「めでたくない。タスクが無限に増えた」

 

『そりゃそうよ。通信と情報処理速度が上がれば、人間が処理できる仕事量も増えるもの。文明の進化ってそういうことでしょ』

 

「電話って、人間を楽にする便利な道具じゃないのかよ!」

 

『便利になるわよ。より大量の仕事を、より短時間で捌けるようになるって意味でね』

 

「最悪の真理を突いてくるな!」

 

 俺は画面の膨大なタスク一覧を見つめながら、深々と息を吐いた。

 

 田んぼの雑草を、どうにかして楽に処理する道具を作ろうとしただけだった。

 

 すると鉄が必要になった。

 

 鉄を考えたら山が必要になった。

 

 山を守ることを考えたら、海外貿易が必要になった。

 

 そして、それらの巨大な事案を管理するために、兄上との秘密の通信網まで生まれてしまった。

 

「……兄上。やっぱり、将軍ってめちゃくちゃ大変な仕事ですね」

 

 画面の向こうで、KAMI様が腹を抱えて笑っているのが聞こえた。




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