暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜   作:パラレル・ゲーマー

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第136話 水神様、ローマの大勝利に戦争の終わりが見えない

 元和六年、冬。

 

 明の皇帝がひと月ほどの間に二人替わるという、特大の国際政変。

 

 それに伴って発生した「名義と責任の引継ぎ」という地味で面倒な証文整理に追われた日々から、ようやく少しだけ息がつけるようになった頃だった。

 

 江戸城の奥深く。

 

 ローマ水鏡を設置した特別室に、俺たちは集まっていた。

 

 出席者は、俺――徳川忠長。

 

 大御所・家康。

 

 将軍・秀忠。

 

 兄・家光。

 

 本多正純、土井利勝、そして金地院崇伝。

 

 今日は、ローマ教皇庁との定例の水鏡会談の日だった。

 

 やがて時刻となり、水面を覆っていた揺らぎが静まっていく。

 

 ローマ側の光景が映し出された瞬間、俺たちは、いつもと違う空気に気づいた。

 

 遠くから、教会の鐘が鳴り響いている。

 

 重く厳かな音ではあるが、その連なりには、明らかな祝祭の響きがあった。

 

 普段は厳粛で張り詰めている教皇庁の一室にも、今日はひっきりなしに人が出入りしている。

 

 高位の聖職者や書記官たちが、大量の報告書を抱えて早足で行き交い、枢機卿たちの表情にも、隠しきれない高揚が浮かんでいた。

 

「……何か、ものすごくめでたいことがあったみたいですね」

 

 俺が小声で呟くと、脳内でKAMI様が応じた。

 

『KAMI:少なくとも、向こうはそう信じて大喜びしているみたいね』

 

 やがて、水面の中央に教皇パウロ五世が姿を現した。

 

 教皇自身の顔にも、隠しきれない喜びが浮かんでいる。

 

 声にも普段以上の力があり、この報せをどれほど待ち望んでいたのかが伝わってきた。

 

 ただし。

 

 周囲の者たちが、すでに次の勝利や戦争の終結まで語り始める中で、パウロ五世だけは、手元の報告書を閉じようとはしていなかった。

 

「遠き日本の友よ」

 

 パウロ五世が、力強い声で告げた。

 

「主の恩寵により、我らに大いなる勝利がもたらされた」

 

 水鏡の向こうで、書記官たちが新たな報告書を広げる。

 

「ボヘミアの反乱軍と、我らカトリック側の軍が、プラハ近郊の白山にて激突した」

 

「結果は、皇帝軍とカトリック連盟軍の、大勝利であった」

 

 教皇庁側が勝利の喜びに沸き立っている理由は、それだった。

 

 ローマ側から、詳細な戦況が次々と読み上げられる。

 

 こちらの記録役たちは、その言葉を一つも逃すまいと、筆を走らせていた。

 

 敵軍の陣形は、短い戦闘のうちに崩壊。

 

 軍旗や大砲を奪取。

 

 反乱側が王として担いだフリードリヒは、首都プラハを捨てて逃亡。

 

 反乱軍の指揮系統は失われ、首都を押さえる道が開かれたという。

 

 若い書記官の一人が、興奮を抑えきれない声で叫んだ。

 

「神は、正しき信仰を守る我らが軍へ、明白なる勝利を与えられました!」

 

 別の枢機卿も、熱っぽく続ける。

 

「ボヘミアの反乱は、これで潰えたも同然です」

 

「この勢いを保てば、プファルツも長くは持ちますまい」

 

「プロテスタントの諸侯も、この敗北を見れば、皇帝へ逆らうことを諦めるでしょう」

 

「来年には、欧州へ神の秩序が戻るかもしれませぬ!」

 

 水鏡の向こうでは、

 

『このまま勝利が続く』

 

『戦争は早期に終わる』

 

 という前提で、今後の話がどんどん先へ進み始めていた。

 

     ◆

 

「……多くの者が命を失ったことは、痛ましい」

 

 パウロ五世は、勝利を喜びながらも、静かにそう告げた。

 

「されど、反乱によって乱された秩序が戻る道が開けたことは、確かに喜ぶべきであろう」

 

 その声音には、勝利への喜びがはっきりと表れていた。

 

 だが、周囲の楽観へ無条件に同調しているわけではない。

 

 教皇は、次々と届く報告書へ目を通し続けている。

 

 俺は、水鏡越しにその様子を見つめた。

 

 パウロ五世は、勝利そのものには心から喜んでいる。

 

 だが、この一勝だけで、何もかもが都合よく片づいたとは考えていない。

 

 浮かれきっているのは、むしろ周囲の枢機卿や書記官たちの方だった。

 

「猊下」

 

 枢機卿の一人が、今後の方針を語り始める。

 

「このまま勝利の進軍が続けば、反乱へ加わった諸侯は恐れ、次々と降伏いたしましょう」

 

「敵王が逃げた今、残った城も長くは耐えられませぬ」

 

「異端勢力が二度と立ち上がれぬよう、皇帝の威信を示すべきです」

 

 別の聖職者は、すでに戦後の領地処分へ話を進めた。

 

「反乱諸侯の領地を没収し、忠実なカトリック諸侯へ分け与えれば、帝国の秩序はより強固になりましょう」

 

「没収した領地の収入を、膨れ上がった戦費の返済へ充てることもできます」

 

「反乱側の武器を取り上げれば、再び蜂起することも難しくなりましょう」

 

 どの案にも、それぞれ理屈はあった。

 

 反乱した諸侯を処罰する。

 

 武器を取り上げる。

 

 戦費を回収する。

 

 貢献した味方へ褒美を与える。

 

 勝者側が検討することとしては、不自然ではない。

 

 ただし。

 

 その全てが、

 

『これからも勝利が続く』

 

『敵は抵抗をやめる』

 

『勝者同士の要求は衝突しない』

 

 という前提に立っている。

 

 その前提が本当に成り立つのかを、まだ誰も確かめていなかった。

 

     ◆

 

 パウロ五世は、すぐに周囲の熱狂を叱責しなかった。

 

 一度、全員の意見を聞き終える。

 

 そのうえで、水鏡の向こうに座る家康へ、真剣な視線を向けた。

 

「大御所殿は、数多の戦を知る者であると聞いておる」

 

「この我らの大勝利を、いかに見る」

 

 家康は、少しだけ間を置いた。

 

 祝いの席へ水を差すことになる。

 

 だからこそ、まずは礼を尽くした。

 

「まことに見事な大勝利」

 

「まずは、心よりお祝い申し上げまする」

 

「双方合わせて数万の兵が向き合う中、短き間に敵の陣を崩したこと。将も兵も、見事な働きにございましょう」

 

 その言葉に、ローマ側の空気が少し和らいだ。

 

 家康は、それを確かめたうえで、低く続けた。

 

「……されど」

 

「失礼ながら。戦というものは、ただ一度の大勝のみにて、先の全てが安泰に定まるほど、甘いものではございませぬ」

 

 ローマ側の笑顔が消えた。

 

 家康は、ただ「油断するな」と説教するのではなく、自分が戦国の世で見てきた現実を、一つずつ挙げていく。

 

「兵の数がどれほど多くとも、食が尽きれば、軍は一歩も動けませぬ」

 

「金が尽きれば、兵は敵ではなく、昨日まで守っていたはずの味方の村から奪い始めまする」

 

「冬が深まれば、敵の剣で死ぬ者より、寒さと病で死ぬ者が増えましょう」

 

「そして」

 

 家康の視線が、水鏡の向こうの枢機卿たちを射抜く。

 

「勝った軍の将同士が、褒美と領地を巡って争い始めることもございます」

 

「昨日まで味方であった者が、己の取り分が少ないと見れば、明日も味方であるとは限りませぬ」

 

「逃げた敵が、そのまま諦めるとも限りませぬ」

 

「降伏しても全てを奪われると知った時、人は、かえって死に物狂いで立つものにございまする」

 

 家康は、最後に最も重い言葉を放った。

 

「大勝した直後こそ、最も兵の気が緩みまする」

 

「敵は敗れて初めて、己が何を失うのかを知る」

 

「ゆえに。勝った直後こそ、油断は禁物にございます」

 

 家康は、これから欧州で続く戦争の未来など知らない。

 

 関ヶ原や大坂の陣、そして長い戦国の世で積み重ねてきた経験から語っているだけだ。

 

 だが、その言葉は、三十年戦争の先行きを知る俺から聞いても、恐ろしいほど的確だった。

 

     ◆

 

 先ほどまで祝賀ムード一色だった枢機卿たちが、顔を見合わせた。

 

 軍事報告を担当していた聖職者が、慌てて手元の書類をめくり直す。

 

「……確かに。皇帝軍とカトリック連盟軍の間では、次に向かうべき場所について、すでに意見が異なるとの報告がございます」

 

「兵への給金も、全て支払い終えたわけではありませぬ」

 

「未払いの傭兵たちが、不満を募らせているとも」

 

「冬を前に、数万の兵を養う宿営地と食糧が不足しております」

 

「逃亡した反乱兵の一部は、まだ武器を持ったまま、各地の森や山へ散っております」

 

 先ほどまで次の勝利を語っていた者たちの表情から、熱が引いていく。

 

 戦いに勝ったことと、次も同じように勝てることは違う。

 

 家康の言葉によって、その当たり前の事実が目の前へ突きつけられたのだ。

 

 パウロ五世は、家康へ向かって深く頷いた。

 

「耳には痛い」

 

「されど、勝利の鐘が鳴り、誰もが浮かれる今こそ、聞くべき言葉であろう」

 

     ◆

 

 パウロ五世が、今度は俺へ視線を向けた。

 

「忠長殿は、いかに見る」

 

 俺は、家康のような戦の達人を装うつもりはなかった。

 

「正直に申し上げます」

 

「私は、大御所様ほど多くの戦を経験しておりません」

 

「自ら戦場へ立った経験も、遥かに少ない」

 

「ですから、軍の動かし方や戦略について、私から軽々しく申し上げることはできません」

 

 俺は一度、家康を見る。

 

「ただ。大御所様のおっしゃる通りだとは思います」

 

「そして」

 

 俺は、ローマ側が読み上げ、こちらの記録役が書き取った勝利報告へ視線を落とした。

 

「戦が終わった後に残る帳面のことなら、少しは見てきました」

 

 ローマ側の書記官たちが、身を乗り出す。

 

「敵兵を何人討ったか」

 

「奪った大砲の数」

 

「逃亡した指導者の名」

 

「味方の将の功績」

 

「それらは、ここに詳しく記されています」

 

 俺は顔を上げた。

 

「ですが。敗れた兵は、どこへ逃げましたか」

 

「武器を捨てた者と、武器を持ったまま散った敗残兵を、分けて数えていますか」

 

「捕虜は何人いて、誰が食を与えていますか」

 

「負傷した味方の兵は、この冬を越せますか」

 

「軍が通った村では、どれほどの家が焼け、どれほどの穀物が失われましたか」

 

「逃げた住民は、どこへ向かいましたか」

 

「反乱へ加わった貴族と、その領地で暮らしていただけの農民を、同じ罪として扱うのですか」

 

「没収した領地は、誰が管理するのですか」

 

「兵の給金が足りないからと、その土地から勝手に取らせるのですか」

 

 一つ質問されるたびに、ローマ側の書記官たちは資料を探した。

 

 だが、答えられない項目があまりにも多い。

 

「敵を何人討ったかは、詳しく書かれています」

 

 俺は、書き取られた勝利報告を机へ置いた。

 

「ですが」

 

「この戦を、どのように終わらせるのかが、どこにも書かれていません」

 

 パウロ五世の周囲が静まり返った。

 

「勝ち続けることができたとしても、どこまで勝てば終わりなのですか」

 

「敵王が王位を捨てれば終わるのか」

 

「武器を差し出せば終わるのか」

 

「皇帝へ忠誠を誓えば終わるのか」

 

「領地を全て奪うまで続けるのか」

 

「そして、その終わりの条件を、敵側は知っているのですか」

 

     ◆

 

 ここまで黙って話を聞いていた兄上が、静かに口を開いた。

 

「敵の軍を破れば、戦には勝てましょう」

 

 家光の目には、感情より先に、統治者としての冷静さがあった。

 

「されど」

 

「敵が、何をすれば刀を置けるのかを決めておかなければ、敵は降りようがないのではありませぬか」

 

 ローマ側が押し黙る。

 

「降りても、領地を全て奪われる」

 

「降りても、信仰を捨てさせられる」

 

「降りても、最後には処刑される」

 

「そう思うならば。敵は、最後まで戦うでしょう」

 

 家康が、家光の横顔を見て、僅かに頷いた。

 

 兄上は、敵に情けをかけろと言っているのではない。

 

 敵が刀を置ける出口を作れと言っているのだ。

 

 パウロ五世は、周囲の者たちを見渡した。

 

「そなたらは」

 

「何をもって、この戦の終わりとする」

 

 最初に答えたのは、皇帝の権威を重んじる枢機卿だった。

 

「反乱王が王位を捨て、神聖ローマ皇帝へ服従を誓えば、戦は終わりましょう」

 

 すると、宗教政策を重んじる聖職者が異を唱えた。

 

「ボヘミアがカトリック信仰へ戻らなければ、真の勝利とは呼べませぬ」

 

 財政を担当する書記官も、譲らなかった。

 

「反乱諸侯の領地を没収し、戦費を回収しなければ、軍を維持できませぬ」

 

 軍事報告を担う者は、現実的な条件を挙げる。

 

「敗残兵が武装を解き、主要な城を明け渡せば、軍事的な反乱は終わったと見なせましょう」

 

 さらに強硬な者が続けた。

 

「プファルツまで攻め込み、フリードリヒが二度と軍を起こせぬようにしなければ、終わったことにはなりませぬ」

 

 全員が、同じ軍の勝利を喜んでいた。

 

 だが、何をもって最終的な勝利とするかは、全く一致していなかった。

 

「……同じ側で戦っていても、勝利の意味は同じではないんですね」

 

 俺が呟くと、家康が答えた。

 

「戦の最中は、共通の敵が、味方同士の違いを隠す」

 

「勝った後に、その違いが表へ出るものよ」

 

     ◆

 

 すでに欧州では、勝利の後に始まる争いの芽が出ていた。

 

 皇帝は、反乱諸侯への処罰を求める。

 

 軍事的に大きな貢献をしたバイエルン公は、それに見合う地位や領地を求める。

 

 兵は、約束された給金を要求する。

 

 教会側は、失われた財産の回復を望む。

 

 強硬な者たちは、信仰の統一を求める。

 

 一方で現地の役人たちは、目前に迫る冬を越すための食糧と、崩れた治安の回復を必要としている。

 

 その全てを一度に満たそうとすれば、どこかに無理が生じる。

 

 俺は、次回の水鏡会談までに確認してほしい項目を挙げた。

 

「敗残兵の所在」

 

「未降伏の城」

 

「各軍の冬営地」

 

「兵の給金と食糧」

 

「疫病の発生」

 

「難民の数と行き先」

 

「焼けた村と失われた穀物」

 

「捕虜と負傷者を誰が養うのか」

 

「没収する領地の範囲」

 

「皇帝と同盟諸侯が、何を求めているのか」

 

「宗派の異なる住民を、どのように扱うのか」

 

 そして最後に。

 

「敵側が何をすれば、戦を終えるのか」

 

「誰が降伏を受け入れる権限を持つのか」

 

「降伏した者へ、何を保証するのか」

 

「その条件を、敵側へどのように知らせるのか」

 

 俺は言った。

 

「戦の終わりが決まっていなければ、この大勝利も、次の戦場へ向かう途中経過にしかなりません」

 

     ◆

 

 パウロ五世は、周囲の枢機卿たちへ向けて、静かに言った。

 

「この勝利を、戦の終わりと呼んではならぬ」

 

「主の恩寵によって得た勝利であるならば、なおさら、己の復讐心や私欲を満たすために使ってはならぬ」

 

「敗者への裁きは、必要であろう」

 

「されど」

 

「裁きと復讐を、取り違えてはならぬ」

 

 教皇は、自分の権力の限界も、正直に認めた。

 

「我らは、皇帝ではない」

 

「戦場の将でもない」

 

「全ての剣を、この手一つで止めることはできぬ」

 

「されど、援助の条件を定めることはできる」

 

「聖職者が復讐を煽ることを戒めることもできる」

 

「勝者が神の名を借りて私欲を満たさぬよう、忠告することもできよう」

 

 最初に楽観論を語っていた者たちも、現実へ目を戻していた。

 

「我らは、敵王が逃げたことだけをもって、全てが終わったように考えておりました」

 

「勝利の後に何をするかを決めぬまま、次の勝利ばかりを求めていたのかもしれませぬ」

 

 もちろん、全員が穏健な考えへ変わったわけではない。

 

「寛大すぎる処分は、再び反乱を招きます」

 

 そう主張する者も残った。

 

 パウロ五世も、その意見を切り捨てなかった。

 

「それもまた、忘れてはならぬ」

 

「ゆえに、まずは数えよ」

 

「勝利の後に、何が残っているのかを」

 

     ◆

 

 水鏡を閉じる直前。

 

 パウロ五世が、家康へ礼を述べた。

 

「大御所殿」

 

「勝利を祝う席へ、あえて冷水を浴びせる役を負わせてしまった」

 

「感謝する」

 

 家康は、薄く笑って答えた。

 

「火が強すぎる時は、水を掛けねば」

 

「祝いの席そのものが、燃え落ちましょうゆえ」

 

 俺は思わず、家康を見た。

 

 大御所様。

 

 俺よりよほど水神様らしいことを言っているな。

 

『KAMI:称号を譲る?』

 

「絶対に譲らないよ」

 

     ◆

 

 水面が揺らぎ、ローマの光景が消えた。

 

 部屋に静けさが戻る。

 

 俺は、先ほど記録役が書き取った勝利報告を、もう一度見つめた。

 

 敵兵を何人討った。

 

 何本の旗を奪った。

 

 どの将が功を立てた。

 

 どの王が逃げた。

 

 全てが、驚くほど詳しく書かれている。

 

 だが。

 

 いつ戦が終わるのかだけは、どこにも書かれていない。

 

「……あれほどの大勝利でも、終わりにはならないんですね」

 

 俺が家康へ尋ねると、家康は答えた。

 

「勝っただけで全てが終わるならば、戦ほど容易いものはない」

 

「敵を破るより、勝ってなお褒美と取り分を求める味方へ、刀を納めよと命じる方が難しいこともある」

 

 家光も、深く頷いた。

 

「勝利した者は、まだ取れる物があると思うからな」

 

「負けた側は、まだ失う物があると思うから、さらに抵抗する」

 

 俺がそう呟くと、秀忠が静かに締めくくった。

 

「ゆえに、政が必要となるのだ」

 

「戦で得た勝利を、戦の外へ持ち出し、終わらせるための政がな」

 

 俺は、勝利報告の最後に残った空白を見つめた。

 

 白山の戦いは、間違いなく大勝利だった。

 

 反乱軍は崩れ、敵王は逃げた。

 

 ローマでは鐘が鳴り、人々が神へ感謝を捧げている。

 

 けれど。

 

 敗残兵は、まだ武器を持っている。

 

 諸侯は、次の褒美を求めている。

 

 傭兵は、給金を待っている。

 

 冬を越せない民が、寒さの中に残されている。

 

 何より。

 

 敵が何をすれば戦を終えられるのかという出口が、まだ決まっていない。

 

 ローマから届いたのは、疑いようのない大勝利の報告だった。

 

 敵兵の数も。

 

 奪った旗も。

 

 逃げた王の行方も。

 

 その紙には、事細かに書かれていた。

 

 けれど。

 

 そのどこを探しても。

 

 この戦争が、いつ、どのように終わるのかだけは――ただの一行も、書かれてはいなかったのである。

 




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