暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜 作:パラレル・ゲーマー
大御所様への正式報告という、生存を賭けた最大の綱渡りから数日後。
季節は晩秋を過ぎ、初冬の冷たい風が江戸城の廊下を吹き抜けるようになっていた。
慶長十七年、旧暦十月末。
農村では稲刈りと脱穀が終わり、田んぼの主作業は一段落。これからは次年度へ向けた水路の整備、農具の修理、そして厳しい冬を越すための蓄えを確認する「農閑期」に入る。
俺自身も、数え年で七つになった。
満で言えばまだ六つだが、この時代の数え方では、もう七つの若君である。
(ふう……田んぼが落ち着いたってことは、少しは俺も七つの子供らしく、冬ごもりでゴロゴロできるってことだよな?)
そんな淡い期待を抱きながら、俺は懐の端末をこっそり開いた。
『追加試験地選定』
『記録係育成』
『塩調達計画』
『水源巡回許可:条件付き承認』
『信仰ノード巡回:準備中』
『禁教令関連:宗教発言注意』
「……最後のやつ、なんだよ」
タスクが減るどころか、政治的に激ヤバな警告が追加されているのを見て、俺は布団の中で頭を抱えた。
すかさず、画面の上部にKAMI様からのポップアップ通知が重なる。
『KAMI:この時代、宗教は地雷原よ。気をつけなさいね、水神様』
「俺を水神扱いしてる時点からして、俺が地雷原のど真ん中に立ってるんだよ!」
小声で抗議するが、もちろんKAMI様は「知らんがな」とでも言うように沈黙したままだ。
(まあいい。田んぼが落ち着いている今のうちに、大御所様から許可をもらった『水源巡回』を進めるべきだ。周辺のマップを広げておかないと、追加の試験地も選べないし、井戸や用水路の状態も分からない)
*
その日の午後、竹千代兄上の部屋にて、巡回に向けた小さな実務会議が開かれた。
出席者は俺、竹千代、秀忠父上、そして天海僧正。記録係として半兵衛が控え、現場の意見役として与平も隅に平伏している。
(身内の実務会議にしては、相変わらずメンツが重すぎる)
「国松。そなたが近隣の水源と古い祠を見て回ることは、大御所様もお許しになられた。……だが、勝手に出歩くことは決して許さぬ」
秀忠が、あらかじめ用意された巡回の条件書きを厳しい声で読み上げた。
一、行き先と日取りは、事前に竹千代へ届け出ること。
二、大御所様より賜った『通話札』を必ず携帯すること。
三、相応の護衛をつけ、半兵衛を記録係として必ず同行させること。
四、神社仏閣において、不用意に神仏の言葉を代弁せぬこと。
五、新たな井戸を掘れと命じる時は、必ず現場の職人と確認すること。
六、年貢や土地の支配に関わる発言は厳禁とする。
七、南蛮宗門・禁教に絡む発言は、絶対に慎むこと。
「……禁止事項が、めちゃくちゃ多すぎませんか?」
「そなたの口が、軽すぎるからだ」
「否定できません」
竹千代の冷ややかなツッコミに、俺は平伏したまま身を縮こませた。
「今、公儀の内外において、南蛮宗門への警戒は日増しに強まっておる」
秀忠が、顔に濃い疲労の色を滲ませながら言った。
「公儀は、異国の布教を許すつもりはない。外との商いを広げるにしても、あの厄介な宗教と商いは、明確に切り離さねばならぬ」
(来た、禁教令の空気……)
俺は背筋が冷たくなるのを感じた。
(後々、天然痘予防のためにローマ教皇と接触して牛痘の知識をもらおうとか、海外の医学書を翻訳しようとか考えてたけど……今そんな口を滑らせたら、確実に歴史の闇に葬られるやつだ)
竹千代が、念を押すように俺を見た。
「国松。海外と関わる話は、全て後回しだ。今は、神仏と民の不安を逆撫でするな」
「はい。発言には細心の注意を払います」
(できる気は全くしないけど!)
横に控えていた天海が、静かな、しかし重い声で口を開いた。
「国松様が『神仏の御使い』として見られている以上、若君様の一言は、民にとってはただの一言ではございませぬ。ましてや、祠や寺社を巡られるとなれば、その一挙手一投足が、深い意味を持ったものとして受け取られましょう」
「天海様……それを言われると、私、外で一言も喋れなくなります」
「それくらいで、ちょうどよろしいかと存じます」
宗教の最高権威からの容赦ない釘刺しに、俺の胃はすでにキリキリと痛み始めていた。
*
「私がやりたいのは、神託ごっこではありません」
俺は必死に、今回の巡回の本来の目的を説明した。
「近隣の水源、井戸、用水路……そして古い祠や寺社の状態を、ただ見て回ることです。どの村が水に困っているか。どこに崩れやすい斜面があるか。どの祠が荒れて、水路が機能不全に陥っているか。そういう『情報』をあらかじめ把握しておけば、来年以降、田法を広げる時の失敗を減らせます」
俺の脳内には、端末に表示されるまだ粗いマップが浮かんでいる。
ノードを解放すれば、より正確な地形情報、湧水候補、洪水リスク、さらには村の境界線まで見えてくるはずなのだ。
「つまり、田の法を広げる前に、その土地の『水』と『信仰』の状態をあらかじめ知っておくのだな」
「はい。兄上、完璧な翻訳にございます」
*
会議の流れで、当然のように巡回時の「病気対策」の話になった。
護衛や半兵衛たちが、あちこちの村を回り、見知らぬ水や人に触れれば、良からぬ病をもらってくる危険性がある。
「ああ、それなら、まず基本として『手洗い』と『うがい』を徹底しましょう」
俺は、現代人としての当たり前の衛生概念を、ポロリと口にしてしまった。
「外から戻ったら、必ず手を洗う。食事の前にも手を洗う。できれば口をすすぐ。……汚い水は絶対に飲まない。白湯、湯冷ましが使えるなら、そっちの方が無難です。それと、共同の柄杓に直接口をつけるのも禁止で」
俺が淡々と説明を終えると、座敷が奇妙なほど静まり返っていた。
「……あれ?」
天海の目が、怪しく光っている。
竹千代は「またか」というように額に手を当て、秀忠は深く考え込んでいる。
与平は真顔になり、半兵衛はものすごい勢いで筆を走らせ始めていた。
「ち、ちょっと待ってください! これ、ただの当たり前の病気対策ですよ!?」
「手水にて手を清め、口をすすぎ、身を浄めてから食を取る。……なるほど、神仏の清めと、民の病除けを重ねるわけですな」
天海が、深く感嘆したように頷いた。
「いや、そこまで大げさな話ではなく!」
「これならば、南蛮の怪しげな祈りなどではなく、我が国の神仏に通じる古き『清めの作法』として広められる。しかも、実際に流行り病を減らす理にかなっている」
竹千代が、目を細めた。
「……これは使えるな」
「兄上まで!?」
「確かに」と秀忠も同意する。
「ただ『病を避けよ』と触れ回るより、『身を清めよ』と言った方が、民ははるかに従いやすい」
与平が、大きく頷いた。
「田や厠の後に手を洗うのは、我ら百姓にも分かりやすうございます。食う前に手を洗え、というのも筋が通っておりまする」
半兵衛が、帳面に大きな見出しを書き込もうとする。
「『水神様・御清め作法』……と」
「半兵衛! その宗教色の強い表題はやめろ!!」
*
俺の絶叫をよそに、与平が少しだけ難しい顔をして手を上げた。
「されど、若君様。……手を洗うにも、清き水が要りまする」
その一言で、場の空気が現実に戻った。
「水に困る村で、日に何度も手を洗えと命じれば、かえって揉めまする。また、井戸水と用水の使い分け、洗う場所、そして汚れた水を流す場所も明確に決めねば、村同士の水争いになりかねませぬ」
「……そうか。手洗い一つでも、結局水利問題になるのか」
「また水の政だな」
「なんで私が提案することは、全部政治マターになるんですかね……」
俺たちは話し合い、現実的な方針を決めた。
まず、江戸城内と御料地周辺だけで試す。
井戸水を「飲み水用」と「洗い用」で分ける。手洗いは食前、厠の後、外出後に限定し、水不足の村では決して無理強いしない。
そして、洗った汚水を井戸の近くに戻さないこと。
これなら、ただの「衛生習慣」と「水管理」の延長に収まるはずだ。
「ええと……病は、目に見えない汚れから来ることがあります」
俺は、あえて「医学」ではなく「清め」の文脈で説明するように努めた。
「だから、食べる前には手を洗う。外から戻った時には口をすすぐ。これは神仏に祈る前の清めと同じで、身を整えるということです」
天海が満足そうに頷く。
「よろしい。実に民へ伝えやすい、素晴らしい御言葉にございます」
(……俺、また余計なこと言ったな?)
懐の端末が震える。
『KAMI:言ったわね』
「うるさい」
*
数日後。
江戸城内の一部で、「御清め作法」の試験導入が始まった。
最初は戸惑っていた女中や小姓たちだったが、「国松様が言った」「竹千代様も認めた」「天海様が清めの作法として整えた」という強力すぎる権威のトリプルコンボにより、急速に城内へ浸透していった。
「水神様がお定めになった清めならば、病除けにもなりましょう」
「食う前に手を清めよ! 水神様の御作法であるぞ!」
「いや、だからそんな大声で広めないで……」
そして、城内の作法はあっという間に城下へと漏れ出した。
商家や寺社、町人の間で、「水神様の御清め作法」として、手洗いとうがいが異常なブームになり始めたのだ。
江戸の寺社では、手水舎の周りが急に綺麗に整えられ、一部の寺では「水神様御清め講」なる怪しげな集まりを勝手に始めようとする動きまで出ているという。
「……盛り上がってるなぁ……」
半兵衛からの報告を聞き、俺は遠い目をした。
「はい。民は若君様の御言葉に、深く感銘を受けておりまする。これで冬の病も減りましょう!」
「俺、ただ『手を洗え』って言っただけなんだけど」
「水神様、生き仏様が仰せになったなら、それはただの手洗いではございませぬ!」
「そこが一番の問題なんだよ!」
*
竹千代兄上に呼び出された。
「国松。これは悪くない」
「……怒られないんですか?」
「怒るべき点はある。お前が勝手に発言し、それが広がりすぎだ」
「ですよね」
竹千代は、手元の水札の記録と半兵衛の帳面を見比べながら言った。
「だが、実際に病を減らす可能性があり、水場を清潔に保つ習慣にもなる。しかも、南蛮宗門とは全く関係なく、我が国の神仏の『清め』として民に広がる。……この禁教の厳しい空気の中にあって、民の不安を鎮める役にも立つ」
「……完全に宗教政策になってるじゃないですか」
「お前の発言は、そうなるのだ」
「発言には、今後死ぬほど気をつけます」
「できるのか」
「できる気はしません」
「ならば、次から何か口を開く前に、一度私へ通話札で相談せよ」
「それはそれで、兄上の仕事が爆発的に増えますよ?」
「……すでに増えている」
竹千代は、深くため息をついた。
*
夜。
布団の中で、KAMI様との通話。
『手洗いとうがいね。雑だけど悪くないわ。現代の医学知識そのものを渡さなくても、清潔習慣を根付かせるだけで、感染症の流行は結構違うものよ』
「分かってる。でも、天然痘とかは手洗いだけでどうにかなる話じゃないだろ」
『ええ。そういう区別がちゃんとできるならいいわ。でもね、民はそんな区別しないわよ? 水神様が言った清めだから、全ての病が避けられるって勝手に受け取るから』
「だから、発言には気をつけようって心に誓ってるんだ」
『できるの?』
「できる気はしない」
『でしょうね』
*
手洗い騒動を経て、俺の「水神巡回」の計画がようやく固まった。
最初の巡回先は、近場。江戸近郊の古い水守り祠や、道祖神が祀られた古道沿い、そして追加試験地候補の周辺だ。
「最初は近場だ。遠くへは行かせぬ。江戸から日帰り、または一泊で戻れる範囲に限る」
竹千代が最終的な許可を出し、天海が静かに頭を下げた。
「拙僧も、同行いたしましょう」
「来るんですか!?」
「神仏の御使いが、荒れた祠をいかに整えられるか。それを見届けぬわけには参りませぬ」
「その『見届け』の目が、一番怖いんですよ!」
俺が端末でマップを開くと、江戸城周辺と御料地の外側は、まだぼんやりとした霧に包まれていた。
『未解放信仰ノード候補:三件』
『水守り系小ノード:一件』
『道祖神系小ノード:一件』
『地蔵系小ノード:一件』
『推奨:近距離巡回による地図情報拡張』
「……ついに、マップの解放か」
『KAMI:おめでとう。水神様の巡幸チュートリアルよ』
「チュートリアルで済む気が全くしないんだが」
*
出発の前夜。
俺は巡回用の荷物を確認していた。
端末、通話札、水札の予備、筆記道具、半兵衛の帳面、簡易の手洗い作法メモ、祠修繕用の縄と布……。
(米の収穫が終わったら、冬はゆっくり休めると思っていた。だが、今度は神社仏閣と水源巡りの旅だ。しかも、ただ『手を洗え』と言っただけで、江戸の町がちょっとした宗教ブームみたいに盛り上がっている)
俺は、深く息を吐き出した。
「発言には、本当に気をつけよう」
少し間を置く。
「……できる気はしないけど」
懐の端末が光る。
『水神巡回:初回』
『目的:未解放ノード確認』
『副目的:地域水利情報取得』
『副目的:御清め作法普及状況観測』
『警告:不用意発言注意』
「端末にまで言われた!!」
こうして、俺の農閑期は、のんびりとした休暇ではなく「巡回任務」へと姿を変えた。
田んぼの次は水源。水源の次は祠。祠の次は神仏ノード。
そして、ただの手洗いですら「水神様の御清め」として処理されるこの世界で、俺は明日から、一言も口を滑らせずに生き残らなければならない。
「……無理では?」
端末の向こうで、KAMI様が楽しそうに笑った。
ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!