暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜 作:パラレル・ゲーマー
慶長十七年、旧暦十一月初旬。
初冬の江戸の朝は、七つの子供の身体には普通に寒かった。
吐く息は白く、廊下の板は冷たく、厚手の小袖を重ねても首筋に冷気が忍び込んでくる。
「寒い。眠い。歩きたくない」
俺は出発前から、心の底から本音を漏らしていた。
今日はいよいよ、初めての水源巡回である。
目的地は江戸近郊の古道沿いにある、古い水守りの祠。
大きな神社でも寺でもない。村人と旅人が昔から細々と祀ってきた、小さな水神・道祖神・地蔵が混じったような民間信仰の場所らしい。
俺としては、ただの現地調査だ。
水源と祠の状態を見て、端末のマップを解放し、追加試験地を選ぶための情報を集める。
それだけのはずである。
「若君。帳面、筆、予備の水札、御清め作法の控え、すべて揃っております」
小栗半兵衛は、なぜか俺よりもずっと張り切っていた。
護衛の武士たちも、冬の朝にもかかわらず表情を引き締めて待機している。
そして、天海僧正は静かに微笑んでいた。
「……天海様、なんでそんなに楽しそうなんですか」
「神仏の御使いが、初めて荒れた祠を巡られるのです。見届けぬわけには参りませぬ」
「その言い方、やめてください。私は水源と祠の状態確認をするだけです」
「はい。表向きは、そのように承っております」
「表向きとか言わないでください!」
出発前、竹千代兄上からは、これでもかというほど念押しをされた。
「国松。余計なことを言うな」
「はい」
「勝手に神仏の御声を代弁するな」
「はい」
「水源を見つけても、即座に掘れとは言うな」
「はい」
「年貢、土地、宗門、南蛮、この四つに関わる話題は絶対に軽々しく口にするな」
「はい」
「判断に迷えば、必ず通話札で私へ確認せよ」
「兄上、私への信用が低すぎませんか?」
「信用しているから通話札を持たせている。だが、信用と警戒は別だ」
完璧な正論だった。
*
城を出てしばらくは、駕籠に乗っていた。
だが、目的地に近づくにつれて、俺は結局、自分の足で歩くことになった。
理由は簡単だ。
端末が、歩けと言ってきたからである。
『徒歩巡回による地形情報取得を推奨』
『現地歩行データ不足』
『小水脈候補の精度向上には接地移動が有効』
「歩かないとマップが埋まらないタイプのゲームかよ……」
俺は小声で毒づきながら、霜の残る古道を歩いた。
初冬の道は思った以上に歩きにくい。
朝露で湿った土はぬかるみ、小石は足裏に響き、ほんの少しの坂道でも七つの身体には普通に堪える。
半刻も歩かないうちに、俺は息が上がり始めていた。
「若君。出発より半刻に満たず、一度目の休憩にございます」
「半兵衛、そういうことを記録するな」
「巡回時の若君の御体力を把握することは、今後の行程を組む上で必要にございます」
「正論で俺の体力不足を帳面に残すな!」
護衛たちは心配そうに俺を見ている。
天海だけは、静かに俺の歩き方と息遣いを観察していた。
嫌な予感しかしない。
*
やがて、目的地の祠に到着した。
古道の脇、小さな雑木林の入口に、その祠は半ば埋もれるように建っていた。
屋根は少し傾き、落ち葉が積もり、水鉢には泥が詰まっている。
祠の横には、半ば土に沈んだ道祖神らしき石像と、小さな地蔵が並んでいた。
近くには湧水跡らしき窪みがあるが、水は細く、泥と枯葉で詰まりかけている。
俺が祠の前に立った瞬間、視界の端に青白い文字が浮かんだ。
『未解放信仰ノードを検出』
『種別:水守り・道行き複合小ノード』
『状態:休眠/信仰低下/水路詰まり/道標情報欠損』
『推奨:清掃・供物・水路泥除去・石像再配置』
「思ったよりメンテ項目が多いな……」
俺が思わず呟くと、天海の視線が鋭くなった。
「何か、見えておられますな」
「見えてません。いや、見えてますけど、神仏の御声ではなく、管理ログです」
「神仏の御記録、ということですな」
「違います!」
違う、と言い切りたい。
言い切りたいのだが、この世界では神仏が本当にいる。
そして俺には、それが端末やノードやログという、SFめいた形で見えている。
つまり、天海の解釈も完全には間違っていない。
そこが一番厄介だった。
*
まずは掃除から始めた。
護衛たちに頼んで落ち葉を払ってもらい、水鉢の泥を掻き出し、半ば埋もれていた道祖神の石像を丁寧に起こす。
地蔵の周囲の雑草を取り、祠の傾いた屋根には、持ってきた縄と板で仮の補修を施した。
近くの湧水跡は、いきなり深く掘らず、詰まった枯葉と泥を少しだけ取り除くに留める。
「祠を触る前と後は、ちゃんと手を洗え。供物を泥だらけの手で触るなよ」
俺がそう言うと、周囲の村人たちがざわめいた。
「水神様の御清め作法……」
「だから、またそれか!」
近くの村から集まってきた者たちは、最初はただ恐る恐る俺たちを見ていた。
やがて、一人の年配の男が、この祠の由来を語ってくれた。
「昔は、この道を通る旅人が、ここで水を飲み、道祖神様へ手を合わせたものでございます。地蔵様も、道に迷った子を守ると伝えられておりました。ですが近年は、水も細り、若い者もあまり参らなくなりまして……」
「信仰が薄れたからノードが休眠したのか、水が弱ったから信仰が薄れたのか。……たぶん、両方だな」
「水と信仰は、互いに支え合うものにございます」
天海が静かに言った。
「天海様、そこは普通に良いことを言いますね」
「常に良いことを申しております」
「自覚があるんですね」
*
掃除と簡単な補修が終わると、祠の前の空気が少しだけ澄んだように感じられた。
俺は水鉢に新しい水を入れ、小さな供物を置き、祠の前で手を合わせた。
これは形式だ。
けれど、この世界では、形式にも意味がある。
神仏は本当にいて、ただし俺にはそれがSFじみたノードやログとして見えている。
ならば、祠に手を合わせることは、システム操作であり、信仰であり、メンテナンスの完了報告でもある。
(今後は村の人たちがちゃんと掃除しますので、できれば、この周辺の水路と道の情報を少しだけ返してください)
心の中で、そう願う。
半兵衛が息を呑んだ気配がした。
「若君……神仏と交渉しておられる……」
天海の表情も、静かに引き締まっていた。
次の瞬間、視界に文字が走った。
『清掃完了』
『水路詰まり軽減』
『地域信仰接続:微弱回復』
『管理者候補認証:部分一致』
『水守り・道行き複合小ノード:再起動』
祠の周囲の空気が、ふっと変わった。
派手な光が出たわけではない。
神々しい声が響いたわけでもない。
だが、確かに何かが繋がり直した感覚があった。
同時に、端末の地図が一気に更新される。
『地図情報拡張』
『古道ルート復元』
『小水脈候補:二件』
『湧水回復可能性:低〜中』
『水害リスク地点:一件』
『道迷い多発地点:一件』
『未解放小ノード候補:追加二件』
「おおお……マップが埋まった!」
俺は思わず声を漏らした。
オープンワールドのゲームで、塔を解放して周辺マップが一気に開ける、あの快感である。
「おーぷん……?」
「いえ、なんでもありません」
*
そして、その直後だった。
足元から、じんわりと温かさが上ってきた。
冷えていた指先がほぐれ、背筋が自然と伸びる。
さっきまで少し重かった足が、驚くほど軽くなった。
息もしやすい。
初冬の風も、さほど刺さらない。
端末に新しい表示が出る。
『初回信仰ノード解放報酬』
『巡行補助:初段を付与』
『歩行時疲労軽減:小』
『悪路歩行安定:小』
『体温維持補助:小』
『水辺転倒回避補正:小』
『道行き直感補助:小』
俺は、表面上は必死に平静を装った。
だが、内心では盛大にガッツポーズをしていた。
(きたああああああ!! チート! チート来た!!)
知識チートもありがたい。
端末もありがたい。
だが、七つの子供の身体であちこち歩き回らなければならない今、体力と移動補助は本気で助かる。
端末にKAMI様の通知が重なる。
『KAMI:おめでとう。初回ノード解放ボーナスよ』
『KAMI:水神巡回者向けの基礎身体補助ね』
「身体補助! これこれ! こういうのでいいんだよ!」
『KAMI:勘違いしないこと。今は初段だから、せいぜい「妙に疲れにくい七つの子供」程度よ』
『KAMI:戦闘力は一ミリも上がらないわ。腕力が大人並みになるわけでもないし、剣豪になれるわけでもない』
『KAMI:これは戦うための力じゃなくて、歩いて、見て、直すための力。無理をすれば普通に疲れるし、熱も出すわよ』
「十分! むしろ最高だ! 戦う力より、歩いても疲れない力の方が今の俺には百倍ありがたい!」
『KAMI:単純ねぇ』
「徒歩移動が楽になるありがたみを、神様は分かってない!」
俺は戦うつもりなど全くない。
剣豪にも忍者にもなる気はない。
だが、泥道を転ばず歩けて、寒さで震えにくくなり、長く歩いても疲れにくい。
それだけで、俺にとっては十分すぎるほどの神チートだった。
*
半兵衛が、俺の顔をじっと見つめていた。
「若君。お顔色が、先ほどよりよろしゅうございますな」
護衛の一人も、不思議そうに言う。
「先ほどまでは少々お疲れのご様子でしたが、急に足取りが……」
天海は、さらに深く俺を観察していた。
俺の体勢、呼吸、足の運び、手先の冷え。
その全てを見て、彼の目が静かに細められる。
(祠を整えた瞬間、幼い御身に加護が宿った。水神、道祖神、地蔵……道行きを守る神仏が、国松様の巡幸を支え始めたか)
天海の内心など、俺には分からない。
俺はただ、歩行バフのありがたみにニヤついていただけだ。
*
帰り道。
俺は、明らかに行きよりも楽に歩けていた。
泥道でも足を取られにくい。
坂道でも息が乱れにくい。
石段を下りる時、足元が妙に安定している。
「若君様、そろそろ駕籠にお戻りになられては」
護衛が心配そうに声をかけてくる。
「いや、歩ける。むしろ歩きたい」
半兵衛が筆を走らせる音がした。
「帰路、若君は休憩回数少なく、歩幅も安定。泥道での転倒なし……と」
「身体測定みたいに記録するな!」
「神仏の加護の実証記録にございます」
「違う! 移動補助バフだ!」
「ばふ、とは加護のことでございましょう」
天海が当然のように翻訳する。
「翻訳しないでください!」
*
帰路の途中、端末のマップに青い点が浮かんだ。
俺はうっかり足を止める。
「あ、この先の窪地、浅い水脈っぽいな」
周囲が一斉に静まり返った。
俺は自分の口を押さえた。
「……あ」
天海が静かにこちらを見る。
「今、何と?」
「いや、掘れと言っているわけではありません! 候補です! まだ確認が必要です! 七割もありません!」
半兵衛が筆を走らせる。
「浅き水脈候補、窪地の先……」
「記録はしていいけど、神託扱いするな!」
村人たちは、すでに祈るような目で俺を見ていた。
「水神様が、新たな水の筋を……」
「だから候補だってば!」
発言には気をつける。
そう誓った翌日にこれである。
俺は自分の口を信用できなくなってきた。
*
帰路の途中、通話札で竹千代兄上へ報告を入れた。
「兄上。初回巡回、祠の簡易修繕と水路確認を終えました」
『聞いている。問題は』
「大きな問題はありません。地図情報が広がりました。水脈候補と、道迷いが多そうな古道も拾えました」
『そうか』
「それと……少し、身体が楽になりました」
通話札の向こうで、竹千代が黙った。
『身体が楽に?』
「はい。歩いてもあまり疲れません。たぶん、道行きの加護……いや、ノード報酬です」
『国松』
「はい」
『お前は、いよいよ神仏寄りになっていないか』
「兄上まで!?」
俺は思わず声を上げた。
「違います。これは巡回用の補助機能です。戦うための力ではありません。歩いて、見て、直すための補助です」
『補助機能という言葉で誤魔化しているが、要は加護だろう』
「否定しきれないのが悔しい!」
『無茶はするな。疲れにくくなったからといって、遠くまで歩くな』
「はい。そこは肝に銘じます」
『それと、天海を見張れ。お前を妙な方向へ祭り上げるな』
俺はちらりと天海を見た。
静かな笑みを浮かべている。
「……兄上。もう遅い気がします」
*
江戸城に戻ると、半兵衛はさっそく報告書を書き始めた。
表題を見て、俺は叫んだ。
『水神様初巡幸并御足加護之覚』
「やめろ!!」
「では、こちらで」
『近郊水源祠巡回 初回報告』
「それで!」
俺が安心したのも束の間、半兵衛は欄外に小さく書き添えた。
『御足軽やか』
「見えてるぞ!」
報告内容は、確かに重要だった。
祠一件の簡易修繕。
水鉢清掃。
水路詰まりの軽減。
湧水候補一件。
古道情報の更新。
道迷い多発地点。
追加ノード候補。
そして、なぜか俺の疲労軽減。
「最後は削れ」
「重要です」
「重要じゃない!」
「いいえ、若君の御身体に関わることは、巡回計画上、極めて重要にございます」
正論だった。
正論なのが腹立たしい。
*
一方その頃。
天海僧正は、家康のもとへ静かな報告を上げていた。
「国松様は、荒れた祠を整えた後、明らかに御身体の様子が変わられました」
「ほう」
家康は、面白がるように目を細めた。
「水だけでなく、道もか」
「はい。水神、道祖神、地蔵。道行きを守る神仏が、若君様の巡幸を支え始めたものと見受けます」
「いよいよ、ただの童ではなくなってきたな」
家康は笑っていた。
だが、その目は笑っていなかった。
そこにあるのは、面白がる老人の目であると同時に、天下人としての冷静な警戒と保護の意思でもあった。
「守らねばならん。……そして、見誤ってもならん」
天海は、静かに頭を下げた。
*
夜。
布団の中で端末を開くと、ステータスのような表示が増えていた。
『巡行補助:初段』
『歩行疲労軽減:小』
『悪路歩行安定:小』
『体温維持補助:小』
『次回ノード候補:道祖神系/地蔵系』
『推奨:近距離巡回継続』
「これは良い」
俺は素直に頷いた。
「俺、今後はちゃんと歩くわ。歩けばマップが埋まるし、疲れにくくなるし、健康にもいい。最高じゃん」
KAMI様の声が端末から響いた。
『七つの子供が徒歩巡回に目覚めたわね』
「歩行チートは素晴らしい。知識チートより即効性がある」
『その代わり、歩ける場所が増えると仕事も増えるわよ』
「知ってた。でも今回は許す」
初めてのノード解放で、俺はほんの少しだけ、歩くための身体を手に入れた。
戦うための力ではない。
誰かを殴るための力でもない。
ただ、遠くの水源へ行き、荒れた祠を見つけ、泥道を転ばずに歩くための力。
俺にとっては、それで十分すぎるほどのチートだった。
「く〜、ありがてぇ。これなら次も歩けるな!」
『そうして水神様は、日ノ本を歩き始めるわけね』
「水神じゃないけどな!!」
俺の抗議は、初冬の夜気に軽く溶けていった。
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