暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜   作:パラレル・ゲーマー

17 / 18
第17話 水神様、初めてのノード解放で足腰バフを得る

 慶長十七年、旧暦十一月初旬。

 

 初冬の江戸の朝は、七つの子供の身体には普通に寒かった。

 

 吐く息は白く、廊下の板は冷たく、厚手の小袖を重ねても首筋に冷気が忍び込んでくる。

 

「寒い。眠い。歩きたくない」

 

 俺は出発前から、心の底から本音を漏らしていた。

 

 今日はいよいよ、初めての水源巡回である。

 

 目的地は江戸近郊の古道沿いにある、古い水守りの祠。

 

 大きな神社でも寺でもない。村人と旅人が昔から細々と祀ってきた、小さな水神・道祖神・地蔵が混じったような民間信仰の場所らしい。

 

 俺としては、ただの現地調査だ。

 

 水源と祠の状態を見て、端末のマップを解放し、追加試験地を選ぶための情報を集める。

 

 それだけのはずである。

 

「若君。帳面、筆、予備の水札、御清め作法の控え、すべて揃っております」

 

 小栗半兵衛は、なぜか俺よりもずっと張り切っていた。

 

 護衛の武士たちも、冬の朝にもかかわらず表情を引き締めて待機している。

 

 そして、天海僧正は静かに微笑んでいた。

 

「……天海様、なんでそんなに楽しそうなんですか」

 

「神仏の御使いが、初めて荒れた祠を巡られるのです。見届けぬわけには参りませぬ」

 

「その言い方、やめてください。私は水源と祠の状態確認をするだけです」

 

「はい。表向きは、そのように承っております」

 

「表向きとか言わないでください!」

 

 出発前、竹千代兄上からは、これでもかというほど念押しをされた。

 

「国松。余計なことを言うな」

 

「はい」

 

「勝手に神仏の御声を代弁するな」

 

「はい」

 

「水源を見つけても、即座に掘れとは言うな」

 

「はい」

 

「年貢、土地、宗門、南蛮、この四つに関わる話題は絶対に軽々しく口にするな」

 

「はい」

 

「判断に迷えば、必ず通話札で私へ確認せよ」

 

「兄上、私への信用が低すぎませんか?」

 

「信用しているから通話札を持たせている。だが、信用と警戒は別だ」

 

 完璧な正論だった。

 

     *

 

 城を出てしばらくは、駕籠に乗っていた。

 

 だが、目的地に近づくにつれて、俺は結局、自分の足で歩くことになった。

 

 理由は簡単だ。

 

 端末が、歩けと言ってきたからである。

 

『徒歩巡回による地形情報取得を推奨』

 

『現地歩行データ不足』

 

『小水脈候補の精度向上には接地移動が有効』

 

「歩かないとマップが埋まらないタイプのゲームかよ……」

 

 俺は小声で毒づきながら、霜の残る古道を歩いた。

 

 初冬の道は思った以上に歩きにくい。

 

 朝露で湿った土はぬかるみ、小石は足裏に響き、ほんの少しの坂道でも七つの身体には普通に堪える。

 

 半刻も歩かないうちに、俺は息が上がり始めていた。

 

「若君。出発より半刻に満たず、一度目の休憩にございます」

 

「半兵衛、そういうことを記録するな」

 

「巡回時の若君の御体力を把握することは、今後の行程を組む上で必要にございます」

 

「正論で俺の体力不足を帳面に残すな!」

 

 護衛たちは心配そうに俺を見ている。

 

 天海だけは、静かに俺の歩き方と息遣いを観察していた。

 

 嫌な予感しかしない。

 

     *

 

 やがて、目的地の祠に到着した。

 

 古道の脇、小さな雑木林の入口に、その祠は半ば埋もれるように建っていた。

 

 屋根は少し傾き、落ち葉が積もり、水鉢には泥が詰まっている。

 

 祠の横には、半ば土に沈んだ道祖神らしき石像と、小さな地蔵が並んでいた。

 

 近くには湧水跡らしき窪みがあるが、水は細く、泥と枯葉で詰まりかけている。

 

 俺が祠の前に立った瞬間、視界の端に青白い文字が浮かんだ。

 

『未解放信仰ノードを検出』

 

『種別:水守り・道行き複合小ノード』

 

『状態:休眠/信仰低下/水路詰まり/道標情報欠損』

 

『推奨:清掃・供物・水路泥除去・石像再配置』

 

「思ったよりメンテ項目が多いな……」

 

 俺が思わず呟くと、天海の視線が鋭くなった。

 

「何か、見えておられますな」

 

「見えてません。いや、見えてますけど、神仏の御声ではなく、管理ログです」

 

「神仏の御記録、ということですな」

 

「違います!」

 

 違う、と言い切りたい。

 

 言い切りたいのだが、この世界では神仏が本当にいる。

 

 そして俺には、それが端末やノードやログという、SFめいた形で見えている。

 

 つまり、天海の解釈も完全には間違っていない。

 

 そこが一番厄介だった。

 

     *

 

 まずは掃除から始めた。

 

 護衛たちに頼んで落ち葉を払ってもらい、水鉢の泥を掻き出し、半ば埋もれていた道祖神の石像を丁寧に起こす。

 

 地蔵の周囲の雑草を取り、祠の傾いた屋根には、持ってきた縄と板で仮の補修を施した。

 

 近くの湧水跡は、いきなり深く掘らず、詰まった枯葉と泥を少しだけ取り除くに留める。

 

「祠を触る前と後は、ちゃんと手を洗え。供物を泥だらけの手で触るなよ」

 

 俺がそう言うと、周囲の村人たちがざわめいた。

 

「水神様の御清め作法……」

 

「だから、またそれか!」

 

 近くの村から集まってきた者たちは、最初はただ恐る恐る俺たちを見ていた。

 

 やがて、一人の年配の男が、この祠の由来を語ってくれた。

 

「昔は、この道を通る旅人が、ここで水を飲み、道祖神様へ手を合わせたものでございます。地蔵様も、道に迷った子を守ると伝えられておりました。ですが近年は、水も細り、若い者もあまり参らなくなりまして……」

 

「信仰が薄れたからノードが休眠したのか、水が弱ったから信仰が薄れたのか。……たぶん、両方だな」

 

「水と信仰は、互いに支え合うものにございます」

 

 天海が静かに言った。

 

「天海様、そこは普通に良いことを言いますね」

 

「常に良いことを申しております」

 

「自覚があるんですね」

 

     *

 

 掃除と簡単な補修が終わると、祠の前の空気が少しだけ澄んだように感じられた。

 

 俺は水鉢に新しい水を入れ、小さな供物を置き、祠の前で手を合わせた。

 

 これは形式だ。

 

 けれど、この世界では、形式にも意味がある。

 

 神仏は本当にいて、ただし俺にはそれがSFじみたノードやログとして見えている。

 

 ならば、祠に手を合わせることは、システム操作であり、信仰であり、メンテナンスの完了報告でもある。

 

(今後は村の人たちがちゃんと掃除しますので、できれば、この周辺の水路と道の情報を少しだけ返してください)

 

 心の中で、そう願う。

 

 半兵衛が息を呑んだ気配がした。

 

「若君……神仏と交渉しておられる……」

 

 天海の表情も、静かに引き締まっていた。

 

 次の瞬間、視界に文字が走った。

 

『清掃完了』

 

『水路詰まり軽減』

 

『地域信仰接続:微弱回復』

 

『管理者候補認証:部分一致』

 

『水守り・道行き複合小ノード:再起動』

 

 祠の周囲の空気が、ふっと変わった。

 

 派手な光が出たわけではない。

 

 神々しい声が響いたわけでもない。

 

 だが、確かに何かが繋がり直した感覚があった。

 

 同時に、端末の地図が一気に更新される。

 

『地図情報拡張』

 

『古道ルート復元』

 

『小水脈候補:二件』

 

『湧水回復可能性:低〜中』

 

『水害リスク地点:一件』

 

『道迷い多発地点:一件』

 

『未解放小ノード候補:追加二件』

 

「おおお……マップが埋まった!」

 

 俺は思わず声を漏らした。

 

 オープンワールドのゲームで、塔を解放して周辺マップが一気に開ける、あの快感である。

 

「おーぷん……?」

 

「いえ、なんでもありません」

 

     *

 

 そして、その直後だった。

 

 足元から、じんわりと温かさが上ってきた。

 

 冷えていた指先がほぐれ、背筋が自然と伸びる。

 

 さっきまで少し重かった足が、驚くほど軽くなった。

 

 息もしやすい。

 

 初冬の風も、さほど刺さらない。

 

 端末に新しい表示が出る。

 

『初回信仰ノード解放報酬』

 

『巡行補助:初段を付与』

 

『歩行時疲労軽減:小』

 

『悪路歩行安定:小』

 

『体温維持補助:小』

 

『水辺転倒回避補正:小』

 

『道行き直感補助:小』

 

 俺は、表面上は必死に平静を装った。

 

 だが、内心では盛大にガッツポーズをしていた。

 

(きたああああああ!! チート! チート来た!!)

 

 知識チートもありがたい。

 

 端末もありがたい。

 

 だが、七つの子供の身体であちこち歩き回らなければならない今、体力と移動補助は本気で助かる。

 

 端末にKAMI様の通知が重なる。

 

『KAMI:おめでとう。初回ノード解放ボーナスよ』

 

『KAMI:水神巡回者向けの基礎身体補助ね』

 

「身体補助! これこれ! こういうのでいいんだよ!」

 

『KAMI:勘違いしないこと。今は初段だから、せいぜい「妙に疲れにくい七つの子供」程度よ』

 

『KAMI:戦闘力は一ミリも上がらないわ。腕力が大人並みになるわけでもないし、剣豪になれるわけでもない』

 

『KAMI:これは戦うための力じゃなくて、歩いて、見て、直すための力。無理をすれば普通に疲れるし、熱も出すわよ』

 

「十分! むしろ最高だ! 戦う力より、歩いても疲れない力の方が今の俺には百倍ありがたい!」

 

『KAMI:単純ねぇ』

 

「徒歩移動が楽になるありがたみを、神様は分かってない!」

 

 俺は戦うつもりなど全くない。

 

 剣豪にも忍者にもなる気はない。

 

 だが、泥道を転ばず歩けて、寒さで震えにくくなり、長く歩いても疲れにくい。

 

 それだけで、俺にとっては十分すぎるほどの神チートだった。

 

     *

 

 半兵衛が、俺の顔をじっと見つめていた。

 

「若君。お顔色が、先ほどよりよろしゅうございますな」

 

 護衛の一人も、不思議そうに言う。

 

「先ほどまでは少々お疲れのご様子でしたが、急に足取りが……」

 

 天海は、さらに深く俺を観察していた。

 

 俺の体勢、呼吸、足の運び、手先の冷え。

 

 その全てを見て、彼の目が静かに細められる。

 

(祠を整えた瞬間、幼い御身に加護が宿った。水神、道祖神、地蔵……道行きを守る神仏が、国松様の巡幸を支え始めたか)

 

 天海の内心など、俺には分からない。

 

 俺はただ、歩行バフのありがたみにニヤついていただけだ。

 

     *

 

 帰り道。

 

 俺は、明らかに行きよりも楽に歩けていた。

 

 泥道でも足を取られにくい。

 

 坂道でも息が乱れにくい。

 

 石段を下りる時、足元が妙に安定している。

 

「若君様、そろそろ駕籠にお戻りになられては」

 

 護衛が心配そうに声をかけてくる。

 

「いや、歩ける。むしろ歩きたい」

 

 半兵衛が筆を走らせる音がした。

 

「帰路、若君は休憩回数少なく、歩幅も安定。泥道での転倒なし……と」

 

「身体測定みたいに記録するな!」

 

「神仏の加護の実証記録にございます」

 

「違う! 移動補助バフだ!」

 

「ばふ、とは加護のことでございましょう」

 

 天海が当然のように翻訳する。

 

「翻訳しないでください!」

 

     *

 

 帰路の途中、端末のマップに青い点が浮かんだ。

 

 俺はうっかり足を止める。

 

「あ、この先の窪地、浅い水脈っぽいな」

 

 周囲が一斉に静まり返った。

 

 俺は自分の口を押さえた。

 

「……あ」

 

 天海が静かにこちらを見る。

 

「今、何と?」

 

「いや、掘れと言っているわけではありません! 候補です! まだ確認が必要です! 七割もありません!」

 

 半兵衛が筆を走らせる。

 

「浅き水脈候補、窪地の先……」

 

「記録はしていいけど、神託扱いするな!」

 

 村人たちは、すでに祈るような目で俺を見ていた。

 

「水神様が、新たな水の筋を……」

 

「だから候補だってば!」

 

 発言には気をつける。

 

 そう誓った翌日にこれである。

 

 俺は自分の口を信用できなくなってきた。

 

     *

 

 帰路の途中、通話札で竹千代兄上へ報告を入れた。

 

「兄上。初回巡回、祠の簡易修繕と水路確認を終えました」

 

『聞いている。問題は』

 

「大きな問題はありません。地図情報が広がりました。水脈候補と、道迷いが多そうな古道も拾えました」

 

『そうか』

 

「それと……少し、身体が楽になりました」

 

 通話札の向こうで、竹千代が黙った。

 

『身体が楽に?』

 

「はい。歩いてもあまり疲れません。たぶん、道行きの加護……いや、ノード報酬です」

 

『国松』

 

「はい」

 

『お前は、いよいよ神仏寄りになっていないか』

 

「兄上まで!?」

 

 俺は思わず声を上げた。

 

「違います。これは巡回用の補助機能です。戦うための力ではありません。歩いて、見て、直すための補助です」

 

『補助機能という言葉で誤魔化しているが、要は加護だろう』

 

「否定しきれないのが悔しい!」

 

『無茶はするな。疲れにくくなったからといって、遠くまで歩くな』

 

「はい。そこは肝に銘じます」

 

『それと、天海を見張れ。お前を妙な方向へ祭り上げるな』

 

 俺はちらりと天海を見た。

 

 静かな笑みを浮かべている。

 

「……兄上。もう遅い気がします」

 

     *

 

 江戸城に戻ると、半兵衛はさっそく報告書を書き始めた。

 

 表題を見て、俺は叫んだ。

 

『水神様初巡幸并御足加護之覚』

 

「やめろ!!」

 

「では、こちらで」

 

『近郊水源祠巡回 初回報告』

 

「それで!」

 

 俺が安心したのも束の間、半兵衛は欄外に小さく書き添えた。

 

『御足軽やか』

 

「見えてるぞ!」

 

 報告内容は、確かに重要だった。

 

 祠一件の簡易修繕。

 

 水鉢清掃。

 

 水路詰まりの軽減。

 

 湧水候補一件。

 

 古道情報の更新。

 

 道迷い多発地点。

 

 追加ノード候補。

 

 そして、なぜか俺の疲労軽減。

 

「最後は削れ」

 

「重要です」

 

「重要じゃない!」

 

「いいえ、若君の御身体に関わることは、巡回計画上、極めて重要にございます」

 

 正論だった。

 

 正論なのが腹立たしい。

 

     *

 

 一方その頃。

 

 天海僧正は、家康のもとへ静かな報告を上げていた。

 

「国松様は、荒れた祠を整えた後、明らかに御身体の様子が変わられました」

 

「ほう」

 

 家康は、面白がるように目を細めた。

 

「水だけでなく、道もか」

 

「はい。水神、道祖神、地蔵。道行きを守る神仏が、若君様の巡幸を支え始めたものと見受けます」

 

「いよいよ、ただの童ではなくなってきたな」

 

 家康は笑っていた。

 

 だが、その目は笑っていなかった。

 

 そこにあるのは、面白がる老人の目であると同時に、天下人としての冷静な警戒と保護の意思でもあった。

 

「守らねばならん。……そして、見誤ってもならん」

 

 天海は、静かに頭を下げた。

 

     *

 

 夜。

 

 布団の中で端末を開くと、ステータスのような表示が増えていた。

 

『巡行補助:初段』

 

『歩行疲労軽減:小』

 

『悪路歩行安定:小』

 

『体温維持補助:小』

 

『次回ノード候補:道祖神系/地蔵系』

 

『推奨:近距離巡回継続』

 

「これは良い」

 

 俺は素直に頷いた。

 

「俺、今後はちゃんと歩くわ。歩けばマップが埋まるし、疲れにくくなるし、健康にもいい。最高じゃん」

 

 KAMI様の声が端末から響いた。

 

『七つの子供が徒歩巡回に目覚めたわね』

 

「歩行チートは素晴らしい。知識チートより即効性がある」

 

『その代わり、歩ける場所が増えると仕事も増えるわよ』

 

「知ってた。でも今回は許す」

 

 初めてのノード解放で、俺はほんの少しだけ、歩くための身体を手に入れた。

 

 戦うための力ではない。

 

 誰かを殴るための力でもない。

 

 ただ、遠くの水源へ行き、荒れた祠を見つけ、泥道を転ばずに歩くための力。

 

 俺にとっては、それで十分すぎるほどのチートだった。

 

「く〜、ありがてぇ。これなら次も歩けるな!」

 

『そうして水神様は、日ノ本を歩き始めるわけね』

 

「水神じゃないけどな!!」

 

 俺の抗議は、初冬の夜気に軽く溶けていった。




ここまで読んでいただきありがとうございます! もし「面白い」「続きが気になる」と思っていただけましたら、ページ下部より【お気に入り登録】や【評価】、感想などをいただけると執筆の励みになります。 作者のモチベーション上昇に直結しますので、是非ともよろしくお願いします!
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。