暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜   作:パラレル・ゲーマー

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第19話 水神様、海の向こうと神仏レイヤーを知ってしまう

 道祖神と地蔵のノードを解放し、マップの端に表示された『外海経路』の文字を見たあの巡回から、数日が経過した。

 

 初冬の冷気は日増しに厳しさを増し、吐く息が白く染まる季節になっている。

 

 だが、そんな寒さよりも、俺の頭の中は別のことで熱を持っていた。

 

 夜の自室。

 

 布団の中で、俺は端末の画面をひたすら睨みつけていた。

 

『港湾方向情報:未補正』

 

『外海経路ノード:未接続』

 

『異国航路情報:権限不足』

 

「……道祖神ノードを開いただけで、外海や異国航路のフラグが立つとか、冷静に考えてスケールが大きすぎないか?」

 

 独り言が漏れる。

 

「いや、道が港へ続き、港が外海へ続くのは地理的に当たり前なんだけど。でも、こうやってはっきりと『未接続』って表示されると、見えない圧がすごい……」

 

 ポンッ、と画面にポップアップ通知が重なった。

 

『KAMI:夜更かしは肌の敵よ。寝不足は巡回効率を落とすわよ』

 

「誰のせい……いや、どのシステムのせいで寝不足になってると思ってるんだよ」

 

 KAMI様に文句を言っても、核心に触れるような返事は返ってこない。

 

 俺はため息をつき、端末を閉じて強引に目を閉じた。

 

     *

 

 翌朝。

 

 俺は朝の挨拶もそこそこに、竹千代兄上の部屋を訪ねた。

 

「兄上。昨日の巡回の折に見えた『外海経路』の表示ですが……やはり、気になります」

 

 竹千代は、書き物をしていた手を止め、静かに俺を見た。

 

「気になるのは分かる。だが、お前には『今は歩くな』と言ったはずだ」

 

「歩きません。ただ、情報を知っておきたいのです。相手を知らなければ、いずれ無自覚に地雷を踏み抜くことになりますゆえ」

 

 俺の言葉に、竹千代は少しだけ考える素振りを見せた。

 

「……よかろう。海の向こう、南蛮宗門、伴天連。これらはお前が言う通り、無知でいるには危うすぎる。だが、私たち兄弟だけで話すには、少し荷が重い」

 

 竹千代が小姓に合図を送ると、やがて音もなくふすまが開き、黒衣の天海僧正が静かに入ってきた。

 

「お呼びにございますか、竹千代様」

 

「うむ。国松が、海の向こうの宗教について少し知っておきたいらしい。天海の知る範囲で、教えてやってくれ」

 

 俺は内心で息を呑んだ。

 

(兄上……こういう時に、幕府の宗教顧問をサクッと呼べるの、本当に有能すぎるだろ)

 

     *

 

 小さな密談が始まった。

 

 出席者は俺、竹千代兄上、そして天海の三人だけだ。

 

「……南蛮人は、遥か遠き海を越え、商いとともに『伴天連』と呼ばれる者たちを連れて参ります」

 

 天海は、皺の深い顔を穏やかに保ちながら、重い事実を語り始めた。

 

「彼らはただ珍しい品を売るだけでなく、己が信ずる神の教えを、この日ノ本に広めようとする。教えの中心には『デウス』という唯一絶対の神があり、その神の子とされる御方を信じると聞き及びます」

 

(キリスト教の、江戸初期における基本的な情報だな……)

 

 俺は前世の知識と照らし合わせながら、黙って聞いていた。

 

「彼らの背後には、『羅馬』と呼ばれる遠き地に、途方もなく大きな宗教の権威があると聞きます。そして、異国の王たちもまた、その権威と無縁ではありませぬ」

 

 天海の目が、少しだけ鋭さを増した。

 

「ゆえに……宗門と商い、宗門と国、宗門と戦は、彼らの世界においては決して切り離して見られぬものにございます」

 

「つまり」

 

 俺は言葉を継いだ。

 

「公儀が警戒しているのは、単なる『異国の神への信仰』そのものではなく、布教を足掛かりにした、海外勢力の政治的・軍事的な影響力……ということですね?」

 

 天海は、深く頷いた。

 

「まこと、その通りにございます。神仏の教えそのものが悪というわけではございませぬ。ですが、それを掲げる人間が、常に正しく動くとは限らぬのです」

 

「だからこそ、外海の話は危ういのだ」

 

 竹千代が、静かに、しかし断固とした声で釘を刺した。

 

 俺は、つい前世の歴史用語を口に出しかけた。

 

「その羅馬の宗教権威……つまり、ローマきょ――」

 

「国松」

 

 竹千代の冷ややかな一言で、俺の言葉は喉の奥でピシャリと止まった。

 

「……はい。今は言いません」

 

「何か、ご存じなのですな?」

 

 天海が、探るような目を向けてくる。

 

「知っているというより、私の……勘のようなものです。ただ、今の日本で軽々しく口にするには、あまりにも危なすぎる火種だと理解しましたので、黙ります」

 

「よく止まった」

 

「兄上に褒められました」

 

「当然のことをしただけだ」

 

     *

 

 天海は、俺たちのやり取りを見て小さく微笑んだ。

 

「国松様。外の神を知ること自体が、罪というわけではございませぬ。仏の教えに照らしても、海の向こうに別の神聖があることは、決して奇妙なことではございませぬ」

 

「そうなんですか?」

 

「はい。仏は衆生の機根に応じ、様々な姿を取って現れるもの。神も仏も、その地、その民、その時代に応じて異なる姿で現れる。……ならば、異国には異国の神の姿がある。それは当然の理にございます」

 

 本地垂迹や神仏習合の思想を持つ、日本仏教の頂点ならではの、極めて寛容な解釈だった。

 

「天海様、受け入れの器が広すぎませんか」

 

「ただし」

 

 天海は表情を引き締めた。

 

「神聖が実在することと、人間がその宗門を受け入れ、利用することは、全く別にございます。時に宗教は人を深く救いますが……時に、国を根底から乱します」

 

「……キリスト教そのものが仮に本物の教えだとしても、それを使う人間や国家の思惑が絡めば、毒にもなるということですね」

 

「はい」

 

「それは……私がいま奉られている『水神信仰』も、全く同じですね」

 

「よくお分かりで」

 

「……分かりたくなかったです」

 

 俺は、深々とため息をついた。

 

「お前の水神信仰も、民にとっては確かな救いだ。だが、誰かがそれを利用し、公儀に逆らう旗印にしようとすれば、立派な火種になる」

 

 竹千代の厳しい言葉に、俺はただ平伏するしかなかった。

 

     *

 

 その夜。

 

 俺は自室の布団の中で、端末を開き、KAMI様へ通話をかけた。

 

『やっほー。どうしたの、夜中に』

 

「……KAMI様。単刀直入に聞く。神仏ノードって、結局SFのテクノロジーなんですか? それとも、ファンタジーの魔法なんですか?」

 

 KAMI様は、少しだけ面白そうに笑った。

 

『両方よ。あなたの言葉で言うなら、SFファンタジーね』

 

「分類が雑!!」

 

『雑じゃないわ。……いい? この現実世界に重なるようにして、巨大な『信仰レイヤー』『神話レイヤー』『霊的情報層』みたいなものが存在しているのよ。人間が祈り、語り継ぎ、祭りをし、記録したものが、長い年月をかけてそこに蓄積していく。神々や仏たちは、そのレイヤーを介して現実の地脈や人間へ影響を与えているの』

 

 俺は、息を呑んだ。

 

「じゃあ、俺がメンテしてる神仏ノードって……」

 

『現実と、そのレイヤーを繋ぐ『接点』ね。神社、寺、祠、聖地、巡礼路。いわば、神仏用の通信局であり、霊的エネルギーの変換器であり、保守管理用の端末みたいなものよ』

 

「……神社仏閣のルーターじゃん!」

 

『まあ、そういう理解でいいわ。身も蓋もないけど、実務的には一番正確ね』

 

 俺は、さらに踏み込んだ質問をぶつけた。

 

「じゃあ、日本の神話……国造りとか、天孫降臨も、本当にあったってことですか?」

 

『ええ。この世界の神話レイヤーでは、実際に成立している出来事よ。現実の地形や、天皇家などの血筋、権威の裏付けとして、強烈に影響を与えているわ。だから、天皇は本当に『神の系譜』として扱っていい存在よ』

 

「……リアル神話じゃん」

 

「じゃあ……」

 

 俺は、昼間天海と話したことを思い浮かべた。

 

「キリスト教も、マジなんですか? イエス・キリストとか」

 

『マジよ。イエス・キリスト? 本物の神の子系存在よ。少なくとも、この世界のキリスト教レイヤーではそう成立して、世界中に影響力を持ってるわ』

 

「神の子、ガチなんだ……」

 

『ええ。普通に、上位チャットルームでたまに駄弁ってるわよ』

 

「上位存在のチャットルーム!?」

 

『あなたには絶対見せないわよ。宗教論争でログが流れるのが早すぎて、人間が見たら頭おかしくなるから』

 

「見せられても困りますけど!」

 

 俺は、混乱する頭を整理しようとした。

 

「でも、待ってくれ。全部の宗教の逸話が同時に本当だとしたら、歴史的に矛盾しませんか?」

 

『だから、同じ平面で全部が文字通り並んでるわけじゃないって言ってるでしょ』

 

 KAMI様の声が、少しだけ真面目になった。

 

『それぞれの信仰圏、それぞれの神話レイヤー、それぞれの伝承の中で成立した出来事が、独立して現実に影響しているの。それに、人間の記録は必ず歪むし、翻訳ミスや政治的な解釈の書き換えも混ざるわ。だから、地上に残った聖書や仏典、古事記なんかの宗教文書が、そのまま上位世界の『完全なログ』というわけじゃないのよ』

 

「……なるほど。つまり、神話や宗教の中心にある神聖は本物。だけど、人間が書いた記録や教義は、ログの写し間違いや、ユーザーの勝手な独自解釈が混ざっているってことか」

 

『そうそう! 理解が早くて助かるわ』

 

「システムログと、有志が書いたユーザーwikiの違いみたいなものか」

 

『それ、かなり近いわね。さすが元現代人』

 

     *

 

 俺は、布団の中で一人、天井を見つめた。

 

「……じゃあ、俺がやっている『ノード再起動』って……単なる便利なマップの解放機能じゃなくて……人間の祈りが、ちゃんと神仏に届くようにするための『通信回線の修理』ってことですか」

 

『そうよ』

 

 KAMI様の声が、優しく響いた。

 

『だから、水が戻るし、道が分かるし、地域の記憶も回復するの。……あなたは神様になっているわけじゃないわ。ただの保守係。荒れた接続点を直して、神仏が本来の仕事をしやすくしているだけよ』

 

「『だけ』のスケールが、俺の器を完全に超えてるんだが」

 

『日本列島メンテ係でしょ? 自分で言ったじゃない』

 

「日本列島メンテ係って、神の仕事の代行かよ……」

 

     *

 

 翌日。

 

 俺は天海に、昨夜の情報を可能な範囲で丸めて伝えた。

 

「天海様。……神仏に、いや、神仏に近い知識に確認したところ、この世界には、様々な神仏の働きが確かに存在するようです」

 

 天海は、無言で俺の言葉に耳を傾けている。

 

「日本の神仏だけでなく、海の向こうの宗教にも、それぞれ本当に神聖な存在がいて、それぞれのレイヤー……いや、理で世界に影響を与えている。ただ、人間が書き残した経典や教えは、伝言ゲームのように歪んでいることもあるらしいです」

 

 天海は深く頷いた。

 

「……国松様。拙僧も、長年仏の道を歩んで参りましたが、そのお言葉には深く納得がゆきます。神仏は真実であれど、それを伝える人間の口と手は、常に不完全なものにございますゆえ」

 

「私の当面の目的は、この国における『ノード再起動』……つまり、荒れた祠や寺社、水場、道を整えて、人々の祈りがちゃんと神仏に届くようにすることです。神仏が本来の働きをできるように、通信状態を戻す。それが、私の使命かもしれません」

 

 天海が、その場で深く、深く頭を下げた。

 

「国松様。まこと、ありがたき御心にございます」

 

「いや、そんなにありがたがらないでください! これ、かなり実務的な話ですから! 祠の掃除と、水路の清掃と、ログの復旧作業ですから!」

 

「それこそが、尊いのでございます」

 

 俺は、天海の信仰心に押されて黙るしかなかった。

 

     *

 

「国松。使命とやらはよい。だが、まずは近場だ」

 

 竹千代兄上が、冷ややかな声で俺を現実に引き戻した。

 

「はい」

 

「海の向こうの宗教、羅馬、異国の神。すべて、今のお前が触れるには危険すぎる。大御所様も父上も、禁教の方針を変えるおつもりはない」

 

「……キリシタンの神が本物であろうと、公儀が許すかどうかは別の話、ですね」

 

「そうだ。キリシタンが本物かどうかではない。民を惑わし、国を乱す火種になるかどうかが問題なのだ。……まずは、江戸近郊の水と道と寺社を整えよ」

 

「了解です。日本列島メンテ係、まずは江戸近郊の通信障害から直していきます」

 

「その言い方はひどく軽いが、間違ってはいないな」

 

 竹千代が、少しだけ口角を上げた。

 

 天海も、静かに言葉を添えた。

 

「国松様が異国の宗教の真実を知っておられることは、いずれ必ず、徳川の益となりましょう。ですが、それを口にする時は、必ず時と場を選びなさいませ」

 

「……発言注意、ですね。端末にもよく怒られます」

 

「そうだ」

 

 竹千代の強い念押しに、俺は深く頷いた。

 

     *

 

 夜。

 

 俺は自室で端末を開き、タスク一覧を確認した。

 

『現在任務』

 

『水源ノード再起動』

 

『道祖神・地蔵ノード再起動』

 

『寺社信仰接続回復』

 

『宗教発言注意』

 

『外海経路:保留』

 

『推奨:近郊寺社ノード巡回継続』

 

 KAMI様から、ポップアップが飛んできた。

 

『KAMI:神仏もキリスト教もガチって知って、少しは自分の仕事の重さが分かった?』

 

「重すぎるわ。……でも、俺はただの保守係だ。神になろうとも思わないし、世界の宗教を全部裁こうとも思わない」

 

『KAMI:ええ。だからいいのよ。神様の仕事は神様に、人間の政は人間に任せなさい。あなたは、壊れたその『境目』を直すだけよ』

 

「境目を直すだけ、か」

 

『KAMI:そう。水路も、道も、祠も、宗教も、人間関係も……境目が壊れてぐちゃぐちゃになるから、争いになるのよ。あなたはそれを、綺麗に整頓してあげなさい』

 

「……仕事の規模が大きすぎる」

 

『KAMI:面白いでしょ?』

 

「面白がるな」

 

 俺は、端末の画面をそっと閉じた。

 

 世界は、俺が思っていたよりもずっと広く、そして複雑だった。

 

 神仏の世界は、さらにその上に、巨大なネットワークとして重なっている。

 

 だが、俺の短い手と、七つの足が届く範囲は、まだほんのわずかだ。

 

 ならば、まずは近くの祠を掃除し、水場を直し、道を整える。

 

 海の向こうへ続く道は、今はまだ、深い霧の中に置いておくしかない。

 

「……まずは、祈りが届く道を直すところからだな」

 

 江戸の冷たい夜風が障子を揺らした。

 

 明日もまた、俺の泥臭い巡回が始まるのだ。




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