暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜   作:パラレル・ゲーマー

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第21話 水神様、知識の毒と羅馬への糸口を報告する

 江戸の空は低く、どんよりとした冬の雲が垂れ込めている。

 

 経蔵ノードを再起動し、「歴史改変免責同意書」という名の重すぎるシステム警告を突きつけられてから数日後。

 

 俺は、江戸城の自室で端末の画面を睨みつけながら、完全に胃をやられていた。

 

『高リスク知識:疱瘡予防』

 

『開示推奨:現段階では【否】』

 

『必要前提条件:食料生産力の大幅上昇/人口管理機能/医療制度の確立/広域流通網/社会的受容性』

 

『警告:単独開示不可。現行の社会基盤で実施した場合、深刻な飢饉および内乱リスクあり』

 

「……命を確実に救えるチート知識なのに、今出すと別の地獄になるってか」

 

 俺は、こめかみを押さえて呻いた。

 

「知識チートって、なろう小説みたいに気楽に出してバンバン無双できるもんじゃないのかよ。思った以上に胃に悪い……。で、これをこれから、家康公と父上に報告しなきゃならないのか……」

 

「国松。何をそのように怯えておる」

 

 いつの間にか背後に立っていた竹千代が、静かに声をかけてきた。

 

「兄上……。私の手に入れた知識チートが、あまりにも政治的な時限爆弾ばかりで、心底辛いのです」

 

「お前一人で抱えるものではない。大御所様と父上に報告し、徳川の政としてどう扱うか、そこで決める。お前のその知識は、すでに政治そのものなのだからな」

 

「……はい」

 

 兄の力強い言葉に背中を押され、俺は重い足取りで密談の場へと向かった。

 

     *

 

 江戸城の奥、密談の場。

 

 出席者は、大御所・家康、現将軍・秀忠、次期将軍候補の竹千代、そして俺の四人だけだ。

 

 天海僧正は今回は外され、完全な徳川家の中枢家族会議となっていた。

 

「さて、国松」

 

 家康が、白髪の混じった眉を僅かに動かして口火を切った。

 

「近郊の経蔵を整え、神仏の『知恵』を得たと聞く。……それで、徳川の役に立ちそうなのか?」

 

 俺は、深く息を吸い込んで姿勢を正した。

 

「はい。大変に役立ちます。……ですが、使い方と時を少しでも間違えれば、天下が根底から壊れる劇薬であることも分かりました」

 

 家康の目が、すっと細められる。

 

 秀忠が「天下が壊れるだと?」と眉をひそめ、竹千代は俺の隣で静かに頷いた。

 

「異国の文書や古の記録の大まかな意味が、私には何となく読み取れるようになりました。また……私の脳内にある後の世の知識を今の時代に出した場合、どのような影響が出るか、『警告』が現れるようになったのです」

 

「……後の世に影響が出ることを、神仏が事前に教えると言うのか」

 

 家康の低く唸るような声。

 

「はい。正確には、私という人間が持つ知識をこの時代に広めた結果、予期せぬ歴史の乱れ――民や国に別の害が出る可能性を、事前に示してくれます」

 

 横から、竹千代が的確に補足した。

 

「国松が良かれと思って広めた知恵が、結果として天下の毒になる。それを未然に防ぐための、神仏からの強い戒めにございます」

 

「なるほど」

 

 家康は、顎髭を撫でながら微かに笑みを作った。

 

「便利なようで、まこと恐ろしい代物だな」

 

     *

 

 俺は、端末で見た最も重い知識の一つを提示することにした。

 

「例えば……『疱瘡』にございます」

 

 その言葉が出た瞬間、座敷の空気が凍りついた。

 

 この時代において、疱瘡は身分を問わず命を奪い、生き残っても顔に一生消えない痕を残す、最も恐るべき疫病の一つだ。

 

「後の世には、この疱瘡を予防する方法がございます」

 

 家康と秀忠の動きが、完全に停止した。

 

「……何だと?」

 

 秀忠の掠れた声。

 

 家康でさえ、信じられないというように目を見開いている。

 

「ば……馬鹿な。あの死の病を、防ぐことができるというのか」

 

「はい。完全とは申しませぬが、正しく扱えば、数え切れぬほどの多くの子供の命を救うことができます」

 

 沈黙。

 

 ひどく重く、そして希望に満ちた沈黙だった。

 

 秀忠は、天下を治める将軍として、そして何より子の親として、声の震えを隠しきれなかった。

 

「……それが誠であるならば、どれほどの幼子が救われるか……」

 

 だが。

 

 俺は、あえてその希望の空気を冷酷に断ち切らなければならなかった。

 

「ですが、神仏の知恵は、それを今この時代に広めることを、明確に禁じております」

 

「なぜだ!」

 

 秀忠が、思わず身を乗り出して叫んだ。

 

「人が死ぬ早さが、あまりにも変わりすぎるからです」

 

 俺の言葉に、秀忠はハッとして口をつぐんだ。

 

「疱瘡で死ぬはずだった何万、何十万の子供が生き残ります。それ自体は、本当に素晴らしいことです。……ですが、今のこの日ノ本は、それだけ急激に増えた人口を食わせるだけの『米』を、安定して作れる仕組みが整っておりませぬ」

 

 俺が言い淀んだところを、竹千代が引き継いだ。

 

「救った命を養う食料の備えがなければ、次に来るのは途方もない『飢え』です」

 

「……」

 

「人口が爆発的に増え、米が足りず、公儀の年貢制度が歪み、少しの冷害で飢饉が地獄のように激しくなる。……結果として、疱瘡で死ななかった幼子たちが、飢えや、口減らしや、土地を巡る戦で死ぬことになります」

 

 家康は、目を深く閉じ、微動だにしなかった。

 

 秀忠は、苦渋に満ちた顔で拳を強く握りしめている。

 

「……民が病で死ぬのを防ぐことができる。だが、防げば、今度は国中が飢えで地獄になるというのか」

 

「惜しい……。あまりにも惜しい。だが、今はその知恵を、血の涙を飲んで秘密にするしかないのか」

 

 竹千代が、無念そうに顔を伏せた。

 

「はい。食料の増産、流通の道、医療の受け皿……そうした天下の器が整えば、いずれは出せる時が来ます。でも、今はまだ、日ノ本にその器が足りませぬ」

 

     *

 

 家康が、静かに目を開けた。

 

 その瞳に、もはや驚きや戸惑いはなかった。

 

 全てを理解し、背負う天下人の目だった。

 

「……神仏の知恵というものは、まこと恐ろしいな」

 

 家康は、微塵も笑っていなかった。

 

「命を救うという至高の知恵でさえ、出す時を誤れば、国を根底から滅ぼす猛毒になるか」

 

「はい」

 

「ならば、その知恵の管理は、神仏の警告に従え。無闇矢鱈に同情に駆られて使うべきではない」

 

 家康の冷徹な、しかし確かな慈悲を含んだ決断が下された。

 

「疱瘡の知恵は、固く封じよ。……だが、決して捨てるな。いつか、日ノ本の器が整った時のために、竹千代とともに国松の胸の内に秘しておけ」

 

「承知いたしました」

 

「私が、国松の口を厳重に管理します」

 

 竹千代も頷く。

 

 秀忠が、重い溜息を吐いた。

 

「民を救う力がありながら、救うために今は救わぬ……か。政とは、時にいかに残酷なものか」

 

「だからこそ、政なのじゃ」

 

 家康の短い言葉に、秀忠は深く頭を垂れた。

 

「まずは、米です」

 

 俺は、重い空気を切り裂くように言った。

 

「食料の安定、飢饉への備え、水利、道、流通。それらを全て整えなければ、命を救う大きな医療知識は出せません」

 

「つまり、そなたが今年泥にまみれた田法と、あの水神巡回とやらは、いずれその疱瘡の知恵を天下に広めるための『土台作り』にもなるということか」

 

「はい、そうなります」

 

「米と水と道を整えれば、天下が救える命の器が広がる」

 

 竹千代の言葉に、秀忠が感慨深げに俺を見た。

 

「……なるほど。田んぼの泥を見ていた童が、いつの間にか、天下の命の受け皿の基礎を作っていたというわけか」

 

「いや、そんな大層なつもりで始めたわけでは……」

 

「つもりでなくとも、結果としてそうなっておる」

 

 家康が、満足げに俺の言葉を遮った。

 

     *

 

 俺は続けて、製鉄は農具に役立つが武器の量産に繋がること、印刷は知識を広げるが危険な思想も広めること、天文の知識は暦に役立つが朝廷や宗教の権威と衝突することなどを、軽く例として挙げた。

 

「どれも天下を豊かにする。だが、どれも扱いを違えれば国を焼く毒か」

 

「はい。ですから、全ては小さく、段階的に、厳重に管理しながら少しずつ試していく必要があります」

 

 竹千代が、隣で力強く言った。

 

「読めるからといって読むな。分かるからといって話すな。使えるからといって広めるな、です」

 

 家康が、竹千代を見て深く頷いた。

 

「……よい言葉じゃ。竹千代、そなたがそれを確と握っておれ」

 

「はっ」

 

(兄上の、情報統制官としての評価がまた爆上がりしてるな……)

 

     *

 

「大御所様。……それと、もう一つ、極めて重要なご相談がございます」

 

 俺は、ついに本題の二つ目に切り込んだ。

 

「申せ」

 

「来年あたり……奥州の伊達政宗殿が、南蛮の宗門や交易絡みで、海を越えて大きな動きをする可能性がございます」

 

 家康は、驚く素振りすら見せなかった。

 

「……ほう。すでにそのような報告は、我が耳にも上がっておるがな」

 

(さすが家康公。すでに伊達の不穏な動きを完全にマークしてる……!)

 

「伊達が、外海へ自前の船を出そうとしているという件か」

 

 秀忠が、眉を寄せて言った。

 

 竹千代も表情を引き締める。

 

「はい。おそらく、通商や宗門との結びつきを求めて、海の向こうへ直接使いを出す動きです」

 

「伊達め。相変わらず、隙あらば大きく動こうとするわ。……だが、外海への道を探らせるには、あれほど向いた男も少ない」

 

 家康が、忌々しげに、だがどこか面白がるように喉を鳴らした。

 

「大御所様。その伊達の使いを、ただ外から見守るのではなく、公儀として利用すべきかと存じます」

 

「ほう?」

 

「具体的には……私が持つ『通話札』の子機を、その船に乗せて持たせたいのです」

 

 座敷の空気が、再びピシリと変わった。

 

「通話札を……外海へ向かわせるだと?」

 

 秀忠が、信じられないというように俺を見る。

 

「はい。最終的に、海の向こうの羅馬の巨大な宗教権威――『羅馬法王』の元へその札が届けば、私たちが江戸にいながらにして、直接向こうと交渉ができます」

 

「羅馬法王と、直接話すだと」

 

 家康の目が、鋭い光を放った。

 

「国松、それは危険が過ぎるのではないか」

 

 秀忠が慌てて口を挟む。

 

「そなたが不用意なことを言えば、日ノ本全体が海の向こうから敵対視され、戦を呼び込む火種になりかねぬぞ!」

 

「危険は承知しております。ですが、距離があまりにも遠いため、即座に大軍が攻めてくるようなことはありません。それに、話す内容は公儀の利益になることに限定します。布教の許可は絶対に出しませんし、宗教論争も避けます。欲しいのは、医療、暦、航海術、書物の知識、そして何より……海外の『今の情勢』という情報です」

 

 秀忠は、それでも不安そうに俺を見つめた。

 

「……我が息子ながら、本心から心配だな……。お前、本当に余計なことを喋らぬという保証があるのか?」

 

「大丈夫です! 失言はしない予定です! キリッ!」

 

 俺が胸を張って言い切ると、座敷に再び重い沈黙が落ちた。

 

「……予定、か」

 

 秀忠が呟く。

 

 横から、竹千代が深々と頭を下げた。

 

「父上、大御所様、ご安心ください。国松が絶対に失言しないよう、私が横で常に見張りますので。危うい言葉を吐きそうになれば、私が即座に札を取り上げます」

 

 家康が、こらえきれずに吹き出した。

 

「竹千代が見張るというのなら、まだ幾分ましじゃな!」

 

「大御所様! 私への信用が低すぎます!」

 

「自業自得だ」

 

 竹千代が冷たく切り捨てる。

 

 重かった密談の空気が、ここで少しだけ和らいだ。

 

     *

 

 通話札の運用について、俺から条件を提案した。

 

 認証された相手しか使えないこと。

 

 盗まれてもただの木札になること。

 

 ローマ教皇と話すにはさらに高位の翻訳補助が必要なため、今はまだ準備段階であること。

 

 そして最初は、伊達の使節に「公儀から羅馬法王へ宛てた密封札」として持たせ、教皇庁の最高位の者しか開けない形にすること。

 

「伊達にそれを持たせるには、相応の口実が要るな」

 

 家康が言う。

 

「公儀からの公式な照会状、あるいは通商に関する確認文書などを添え、伊達の動きに公儀の監視の網を被せる形にするべきです」

 

 竹千代が即座に答える。

 

「宗門の布教は許さず、あくまで医療や航海の知恵に限定するのだな」

 

 秀忠が念を押す。

 

 家康は、腕を組んでしばらく考え込んだ。

 

 やがて、天下人は重々しく頷いた。

 

「……よかろう。その方向で、水面下で準備を進めさせよう」

 

「父上」

 

「伊達が勝手に外海へ手を伸ばすのを指をくわえて見ているよりは、公儀の目と耳も船に乗せるべきだ。国松のその通話札が、もし本当に海の向こうで働くならば……これは武力以上の、恐るべき武器となる」

 

 家康の目が、ギラリと光った。

 

「ただし、国松。お前一人で決して羅馬とは話すな。必ず、竹千代を通せ。何を問うかも、こちらで全て定める。お前がその場の気分で話すことは、絶対に許さぬ」

 

「はい、承知いたしました」

 

「私が、責任を持って監督します」

 

「頼んだぞ、竹千代」

 

     *

 

「では国松。……この後、来年の田植えまでの間、そなたはどう動くつもりだ」

 

 家康が、最後に俺の身の振り方を問うてきた。

 

「基本は、近郊の神仏ノード……古い祠や水路の巡回にございます。水源、道祖神、地蔵、経蔵。次は寺社や港湾、暦などに繋がる場所を、無理のない範囲で見て回ります。……異国の書物を少し理解できるようにはなりましたが、精度も低く警告も多いため、外海に手を出す前に、しばらくは足元の国内の通信状態を整えます」

 

「よい。では、そのようにしろ」

 

 家康は、満足そうに頷いた。

 

「水神として民に深く慕われておるから、村々で無闇に害しようとする者は少なかろう。だが……名が高まれば、逆にそれを利用しようと狙う者も必ず出る。供と警護は、これまで以上に厳重につけよ」

 

 秀忠も、父親としての真剣な顔で俺を見た。

 

「国松。危うい時は、迷わず逃げよ。お前が無理をして前に出る必要はない」

 

「大丈夫です! いざという時は、誰よりも一番に逃げます!」

 

 俺は、胸を張ってそう宣言した。

 

 座敷に一瞬の沈黙が走る。

 

 家康が、ふっ、と肩を揺らして笑った。

 

「そうか。逃げるか」

 

 秀忠も、毒気を抜かれたように小さく笑い、竹千代は呆れながらもどこか安心したような顔をしている。

 

「立ち向かわぬのが、お前らしい。……よい。水神様は、戦場で意地を張って死ぬより、田と水と祠の前で逃げ回っておる方が、よほど徳川の役に立つわ」

 

「……褒められてます?」

 

「心底褒めておる」

 

 秀忠が、少し真面目な声で言葉を継いだ。

 

「国松。そなたは、己を少し軽く見ているところがある。だが、そなたが知ること、話すこと、歩くことは、すでに天下の多くの民の命に直結しておるのだ。……だからこそ、泥臭く逃げることを決して恥じるな。必ず生きて戻れ」

 

「父上……」

 

 俺は、その言葉に少しだけ胸が熱くなった。

 

「親としては、そなたに無理をして天下を変えよなどとは微塵も思わぬ。ただ、無事に城へ戻ってこい」

 

「はい。必ず逃げ延びて、戻ってまいります」

 

「そこまで堂々と逃げると言われると複雑な気分だが……まあ、それでよい」

 

     *

 

 重苦しい報告会を終え、俺と竹千代は連れ立って長い廊下を歩いていた。

 

「兄上。羅馬法王への通話札の件、一応の許可が出ましたね」

 

「許可ではない。ただ『準備を進めることを認められた』だけだ」

 

「……相変わらず厳しいですね」

 

「当然だ。出航までにはまだたっぷりと時間がある。まずは公儀としての質問状の精査、通話札の物理的な封印方法、お前の翻訳補助の強化、そして何より、伊達に札を預けるための大義名分を整えねばならん」

 

「やること、めちゃくちゃ多いですね……」

 

「お前が自分で増やしたのだ」

 

「申し訳ございません」

 

「だが……」

 

 竹千代は、少しだけ嬉しそうに目を細めた。

 

「やる価値はある。大いにな」

 

     *

 

 夜。

 

 自室に戻った俺は、端末を開いた。

 

『高リスク知識:疱瘡予防/封印中』

 

『食料基盤改善:継続』

 

『神仏ノード巡回:継続』

 

『外海経路:準備段階』

 

『慶長遣欧使節関連:監視対象に追加』

 

『羅馬法王通話構想:条件未達』

 

『必要条件:質問状/通話札子機/翻訳補助強化/公儀承認』

 

「……タスクが、また爆発的に増えた」

 

 KAMI様から、着信が入る。

 

『やっほー。おめでとう。ローマ行きチュートリアルが本格的に始まったわね』

 

「始まらなくていいんだよ! 俺は江戸でゴロゴロしたいんだ!」

 

『でも、なんだかんだ言って楽しそうじゃない』

 

「楽しいけど、常に胃が痛いんだよ!」

 

 俺は、端末の『疱瘡予防/封印中』の赤い文字を見つめ、そして『食料基盤改善:継続』の青い文字へと視線を移した。

 

「命を救う知識を安全に出すためにも、まずは米を増やさないといけない」

 

「羅馬法王と直接話すためにも、まずは言葉と知識の警告システムを整えないといけない」

 

「……全部、結局は地味な下準備の積み重ねなんだな」

 

 神仏の知恵は、無条件に奇跡を起こす魔法ではなかった。

 

 それは、使う時と場所を少しでも間違えれば国を滅ぼす毒になる、未来からの重すぎる『宿題』だった。

 

 疱瘡を防ぐ知識は、今は固く封じる。

 

 羅馬へ続く外海の道は、まだ準備を進めるだけ。

 

 そして俺は、明日からも相変わらず、江戸近郊の冷たい泥水を啜りながら、小さな祠を見て回るのだ。

 

「……まずは、逃げ足の強化と、来年の米だな」

 

 我ながら極めて情けない結論だと思ったが、端末には静かな青い文字が浮かんでいた。

 

『適切な優先順位です』

 

「……そこは褒めるのかよ」

 

 俺の呟きは、江戸城の深い夜の静寂へと溶けていった。




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