暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜 作:パラレル・ゲーマー
大御所様の「明を正面から求めるな。唐物の流れを握れ」という鶴の一声から、数日。
慶長十七年、旧暦十二月末。
江戸近郊は、身を切るような冷たい海風が吹き荒れる、本格的な冬の到来を迎えていた。
田んぼは農閑期の静寂に沈み、俺の「水神巡回」の目的地は、ついに内陸から海側――江戸近郊の船着場、品川浦から江戸湊周辺へと向かおうとしていた。
「国松。行く前に、もう一度申しておく」
出発の朝。
竹千代兄上は、寒さで震える俺に、通話札と護衛の手配を確認しながら淡々と禁止事項を羅列し始めた。
「今回お前が向かうのは、江戸近郊の船着場だ。長崎ではない。平戸でもない。……間違っても、唐船を追って沖の船に乗ることだけは許さぬぞ」
「兄上、まだ船に乗りたいなんて一言も言っていませぬが」
「言う前に止めているのだ」
竹千代の目は、俺の行動パターンを完全に解析し切っているようだった。
「船に乗るな。怪しげな商人と約束をするな。勝手に荷を買うな。南蛮の文字を現地で読もうとするな。もし密輸らしき物を見つけても、決してその場で裁くな。……そして、外海へ行きたいなどと、絶対に口走るなよ」
「……港に行くだけなのに、禁止事項がめちゃくちゃ多すぎませんか?」
「港はお前の庭ではない。欲望の吹き溜まりだ」
「最後の一つだけ、ただの私怨……というか、感情の話ではありませんか?」
「お前の場合、その『外の世界を見たい』という知恵と感情の暴走が、一番危ないのだ」
「……はい」
俺は、深く反省したフリをして頭を下げた。
*
出発直前、今回は同行しない天海僧正が、黒衣の袖を揺らして静かに歩み寄ってきた。
「国松様。港は、水と、商いと、そして人の命が最も濃く交わる場所にございます。ゆめゆめ、お気をつけなされませ」
「天海様。港には、どのような神仏がいらっしゃるのですか?」
「……船には船霊が宿り、海には龍神、海神、住吉、弁財天と……さまざまな神仏の御名が、波のように重なり合っております。されど……」
天海の瞳の奥が、鋭く光った。
「神仏の御名が多い場所ほど、それにすがり、利用しようとする人の『欲』もまた、深く濃くなるもの。水は恵みであり、道でありますが、時にあっさりと境目を壊す恐ろしいものでもございます」
「……港って、田んぼや祠より、ずっと怖い場所なんですね」
「水は流れるからこそ清きもの。よどめば腐りまする。いってらっしゃいませ」
「また『境目』の話か……。この世界、本当に境目ばっかり壊れそうになってるな」
俺は胃の痛みを覚えながら、重い足取りで江戸城を出発した。
*
江戸城から南へ下り、港方面へと向かう。
冬の張り詰めた空気の中に、少しずつ潮の匂いが混じり始めた。
今回はかなりの遠出だが、「巡行補助:初段」の恩恵は絶大だった。
足は軽く、体温も不思議と奪われない。
だが、俺の過信を戒めるように、懐の端末が「ブルッ」と震えた。
『巡行補助:初段』
『警告:海風による低体温リスク注意』
『七歳児の身体負荷を考慮し、年齢相応の休息を強く推奨します』
「……端末、今日も俺の口うるさい保護者だな」
俺が小声で呟くと、すぐ後ろを歩いていた半兵衛が、懐中時計代わりの線香をチラリと見て言った。
「若君、半刻が過ぎました。御休息の時刻を記録し、ここで一度お休みくださいませ」
「……お前も、相変わらず完璧な保護者だな」
俺は苦笑しながら、用意された床几に腰を下ろした。
*
江戸近郊の船着場に到着した瞬間。
俺は、その圧倒的な「情報量」に文字通り言葉を失った。
ギー、ギーと軋む無数の船の音。
空を飛び交い、うるさく鳴きわめく海鳥の声。
鼻を突くのは、強烈な魚の匂い、乾いた塩の匂い、濡れた木材の匂い、そして微かな油の匂い。
桟橋や浜辺には、山のような米俵、積み上げられた木材、塩俵、得体の知れない薬種箱、干し魚の束が乱雑に置かれている。
怒声に近い声で指示を飛ばす荷役頭。
重い荷を担いで泥まみれで行き交う人足たち。
小さな算盤と帳面を睨みつけ、目を血走らせている商人。
風を読んで怒鳴り散らす荒くれ者の船頭。
少し離れた水場では、女たちが獲れたばかりの魚の血を洗い流し、そのすぐ横で飲み水を汲もうとしている者がいる。
干し草や油壺のすぐそばに、暖を取るための火種が無造作に置かれている危険な場所もある。
「……情報量が、多すぎる!」
俺は、両手で耳を塞ぎたくなるほどの喧騒の中で叫んだ。
「田んぼは……泥と水だけで、あんなに静かで平和だったんだな……!」
*
俺たちは、港の現場を指揮する者たちから直接聞き取りを始めた。
まずは、日に焼けて顔の皺が深い、古株の船頭だ。
「若君様。海というやつは、こちらの都合で待ってはくれませぬ」
船頭は、遠い冬の海を見つめながら言った。
「潮をわずかでも読み違えれば、船は簡単に座礁します。風が一つ変われば、積んだ荷も人も、全て海に持っていかれます。……船霊様にお祈りし、あとは己の腕と勘だけが頼りにございます」
「なるほど……。田んぼより、遥かに刻々と変わる現場なんだな」
「田は季節を待ってくれますが、海は一刻も待ちませぬゆえ」
「おお……なんか名言っぽいな」
半兵衛が、目を輝かせて筆を走らせようとした。
「『海は一刻も待たず』……と」
「半兵衛、それはただの船乗りの常識だ。格言集を作るな」
次に、荷を管理する荷役頭に話を聞いた。
「若君様。荷というものは、この港の陸に上がった時点で、半分は危ういのでございます」
「どういうことだ?」
「濡れる、腐る、盗まれる、帳面と合わぬ。……それが港の日常にございます」
荷役頭は、泥だらけの薬種箱を指差した。
「薬種は海風の湿気で簡単に駄目になります。米俵を直に土に置けば、下から水を吸って腐ります。そして何より……海水を被って荷札が剥がれれば、もう誰の荷か、中身が何かも分からなくなります」
「……完全に、荷の流れと帳面の管理が崩れてるな、これ」
「荷の流れ……?」
「荷がどこから来て、誰の手に渡り、どこへ向かうのか。それを間違えないための記録と管理のことだ」
「それならば、まさにこの港の『命』にございます!」
最後に、少し離れた場所で唐物を扱う商人に話を聞いた。
彼は、将軍家の若君の御前とあって、恐る恐る口を開いた。
「わ、若君様。唐物と申しましても……表の帳面通りに、全てが綺麗に運ばれてくるわけではございませぬ。箱の底、俵の隙間、船底の暗がり……。長い航海の中で、表には出せぬ『妙なもの』が紛れ込むことも、決して少なくはないのでございます」
「妙なもの?」
俺が少しだけ身を乗り出すと、商人はハッとして青ざめた。
「い、いえ! ただの粗悪品や、値のつかぬ贋物の話にございます!」
(……嘘だな。絶対、密輸品か、禁制品の類いだ)
俺は追及したくなったが、出発前の竹千代兄上の厳しい声を思い出した。
『見えたものを、決してその場で裁くな』
俺は深く息を吐き、商人に現実的な指示だけを出した。
「……分かった。もし本当に怪しいもの、帳面にないものがあれば、決して勝手に売りさばかず、必ず奉行筋へ報告しろ。隠せばお前の首が飛ぶぞ」
「はっ……ははぁっ!」
商人は、安堵と恐怖の混ざった顔で深く平伏した。
*
港の一角、ひときわ風の強い場所に、小さな『船霊の祠』がポツンと祀られていた。
俺がその前に立つと、懐の端末が強烈に震え、アラートを弾き出した。
『未解放複合ノードを検出』
『種別:港湾・船守り連携小ノード』
『状態:休眠/潮汐情報欠損/荷流れ記録不備/船事故ログ断絶/水場汚染/祭祀低下』
『推奨:船霊祠清掃・荷揚げ場整理・水場分離・火種隔離・簡易桟橋補修』
「よし……港湾ノード、やっぱりあったな!」
半兵衛が、不思議そうな顔で首を傾げる。
「こうわん……にございますか?」
「船着場全体の、水と、荷と、船の流れを整えるための見えない神仏の仕組みだ」
「おお……水神様、ついには海の水までお導きになられる……!」
「だから、絶対にそう言うと思ったんだよ!」
俺のツッコミも虚しく、半兵衛はシャシャッと帳面に恐ろしい文字を書き込んだ。
*
俺は即座に、護衛と半兵衛、そして港の者たちに指示を出した。
「よし、まずはあの船霊の祠を綺麗に掃除しろ! 次に、あそこの水場だ。魚の血を洗う場所と、飲み水を汲む場所が近すぎる! 病の元だ、必ず分けろ! 米俵は床から木枠で浮かせ、薬種箱は潮風の当たらない日陰の乾いた場所へ移せ! 剥がれやすい荷札は、必ず二重にして付け直すんだ!」
船頭や荷役頭たちは、最初は七歳の子供の指図に戸惑っていた。
「若君様……そのような細かいことは、港の下働きの雑用にございますが」
「馬鹿を言え! その『雑用』こそが、港の命であり、一番大事な荷の流れの土台なんだよ!」
俺の烈火の如き気迫に押され、港の者たちは次々と作業に取り掛かった。
荷役頭が、次第に目を丸くして感心し始める。
「若君様……荷の腐りやすい場所を、恐ろしいほどよう見ておられる。あの薬種箱は、昨夜の雨で危ういところでございました」
「現代の衛生管理と、荷の蔵置きの初歩中の初歩だよ」
当然、誰にも通じないが、俺は満足だった。
その時。
俺の視界の端で、端末のAR表示が赤く点滅した。
『【警告】火災危険:高』
『海風による延焼リスク』
『火種隔離推奨』
俺は弾かれたように振り返り、干し草と油の染み込んだ筵のすぐ横で、人足たちが暖を取るために燃やしている小さな火種を指差した。
「そこに火を置くな!! 今すぐ消せ! 少しでも海風が回れば、荷ごと一瞬で港が丸焼けになるぞ!!」
俺の絶叫に、船頭の顔からサッと血の気が引いた。
「……確かに! おい、今すぐその火を消せ! この冬の風向きなら、一度火が移れば、奥の米倉まであっという間に走るぞ!」
人足たちが慌てて海水をかけ、火種を消し止める。
「港は、周りが全部水だからって油断するな。燃えるものは簡単に燃えるんだ!」
俺のその一言が、海に生きる荒くれ者たちの心に、冷たい刃のように深く刺さった。
*
全ての作業が終わり、港の動線が見違えるように整頓された。
俺は、綺麗になった船霊の祠の前に立ち、静かに手を合わせた。
(船の道、荷の流れ、水場、火の危険。できるだけ丁寧に、事故のないように見守ります。……だから、この港に残っている潮と、荷の流れの情報を、少しだけ返してください。よろしくお願いします)
端末が、小気味よい振動を返してきた。
『船霊祠清掃完了』
『水場分離完了/火種隔離完了/荷揚げ場整理完了』
『地域信仰接続:微弱回復』
『管理者候補認証:部分一致』
『港湾・船守り連携小ノード:再起動(オンライン)』
その瞬間。
俺の視界の中に展開されたマップに、凄まじい量の新しい情報レイヤーが一気に流れ込んできた。
『港湾レイヤー:初段解放』
『潮汐簡易予測:小』
『船着場混雑リスク表示』
『荷腐敗警告:小』
『火災危険荷検知:小』
『唐物・薬種流入経路:微弱表示』
『外海経路ノード:接続準備進行中』
「うわぁぁ……! すげえ……港の流れが、全部見えるぞ……!」
俺は、感嘆の声を漏らした。
視界のマップ上に、荷の流れ、水の流れ、腐敗のリスクのある場所、火災の危険地点が、薄い光の層となって表示されているのだ。
だが、俺が一番期待していた「外海」の表示は、まだ深い霧の向こう側にあった。
『長崎・平戸方面:未接続』
『羅馬経路:条件未達』
『外洋航路詳細:権限不足』
「……くそっ! 焦らすなぁ……!」
*
俺は気を持ち直し、薄く光る「唐物・薬種流入経路」の線に目を凝らした。
それは、海に浮かぶ唐船そのものの位置を示すものではなかった。
だが……。
仲買人の店、港の古い倉、怪しげな薬種箱の動き、堺や京都方面へと繋がる古い荷の流れ。
そして、江戸城下へと入り込む、極めて細く、複雑に絡み合った『物の流れ』が、断片的に見えたのだ。
「……なるほど。明と直接国交を結ばなくても、物はすでに、こうして細い血管のように流れてきているんだな」
「若君?」
「いや……流れは、すでにちゃんとあるんだ。問題は、今までそれが見えていなかっただけだ」
大御所様の『商いも水と同じじゃ。流れは見よ。だが、流されるな』という教えが、ここに来てはっきりと腑に落ちた。
その時、端末が微弱な警告音を鳴らした。
『未分類異物混入リスク:小』
『荷札不一致:二件』
『薬種箱内:要確認』
『宗教文書混入可能性:低』
(うわ……やっぱり、あの商人の荷の中、怪しいものが混ざってるのか。しかも宗教文書の可能性まで……!)
俺は今すぐその荷箱をひっくり返して中身を暴きたくなったが、竹千代兄上の厳しい声を思い出した。
『見えたものを、その場で裁くな』
俺はグッと堪え、荷役頭を呼んで現実的な指示だけを出した。
「いいか。怪しい荷、帳面と合わない荷があれば、決して勝手に開けず、必ず奉行筋へ報告しろ。特に、薬種や異国の紙が混ざっている荷は、必ず帳面に残すこと。荷札と中身が合わないものは、絶対に他の荷と混ぜず、別枠で保管しろ」
「ははっ! 承知仕りました!」
『KAMI:適切な対応ね』
「俺、ちゃんと学習してるだろ……!」
*
「若君」
半兵衛が、目をキラキラさせながら新しい帳面の表題を掲げてきた。
『水神様、江戸の海を開き給う覚』
「だから開いてない!! 海は最初からそこにあるんだよ!」
「では……『水神様、船霊を起こし唐物の流れを照覧せし覚』」
「いちいち神話のフレーズに寄せるな!」
すったもんだの末、最終的に表題は『近郊船着場・荷揚げ・水場整理報告』という地味なものに落ち着いた。
だが、半兵衛は諦めず、欄外の端の端に、極小の文字で『御港開き』と書き添えていた。
「半兵衛! 見えてるぞ、それ!」
港の人々の間でも、すでにヤバい噂が広がり始めていた。
「水神様が、とうとう港まで見に来てくださったぞ」
「魚の荷が腐る前に運べと、天の声で言い当てたらしい」
「火事になりそうな場所を、寸前で止めてくださった。船霊様を本気でお起こしになられたんだ」
「これからは、海も水神様の御目が届くのか……!」
「やめろぉぉぉ! 海まで水神扱いされるのは、プレッシャーが重すぎる!!」
俺が絶叫すると、横にいた古株の船頭が、真面目な、深い感謝の顔で俺に手を合わせた。
「若君様。……海でいつ死ぬとも分からぬ我らのような者にとって、水神様の御目が届くというのなら、これほどありがたく、心強いことはございませぬ」
俺は、その真摯な瞳を前に、二の句を継げなかった。
*
港での作業を終え、帰り支度をしていると、懐の通話札が短く震えた。
『国松。……港の調査は終わったか』
「はい、兄上。港湾ノードを解放しました。潮と荷の流れが、少しだけ見えるようになりました」
『詳細は戻ってから聞く。……すぐ戻れ』
竹千代の声は、いつになく低く、張り詰めていた。
「何か、江戸城であったのですか?」
『……天海が、奇跡の石を持ち込んだ』
「……え? 奇跡の石?」
『そうだ。大御所様と父上も、すでに確認されておる。お前にも、その目で一度見せたいとのことだ』
俺の心臓が、ドクリと大きく跳ねた。
(奇跡の石……!?)
それは、神代の秘宝か?
それとも、この神仏レイヤーのシステムを司る異星文明のコアか?
天から落ちた隕石系のエネルギー源か!?
(ついに……! ついに、この江戸時代農業チートに、本格的なSFアーティファクト案件が来るのか!?)
「分かりました! すぐ戻ります!!」
『……期待しすぎるな。まずは、怪我なく戻れ』
*
帰路。
俺は、足取りも軽く、勝手にテンションを爆発させていた。
「奇跡の石! いやー、ついにSF要素が本格的に来るな! 空を飛べるようになるのか? それとも無限のエネルギーが手に入るのか!?」
「若君、ひどく楽しそうにございますな。先ほどの海風の寒さはどこへやら」
「奇跡の石だぞ、半兵衛! そりゃあ期待するだろ!」
だが、俺の異常なハイテンションにもかかわらず、端末は沈黙したままだった。
KAMI様からの、煽るようなポップアップ通知も来ない。
俺は少しだけ引っかかりを覚えながらも、足早に江戸城へと急いだ。
(港は、田んぼよりもずっと騒がしい場所だった)
水路よりも速く、道よりも複雑で、商人の底知れぬ欲と、海の気まぐれが入り混じる混沌とした場所。
だが、そこにも確かに、整えるべき「流れ」があった。
唐物も、薬種も、異国の書物も、そして時には『奇跡の石』も。
全ては、どこかの港や道から、この日ノ本へと流れ込んでくるのだ。
「……奇跡の石、か。一体どんなとんでもない代物なんだろうな」
俺は、まだ見ぬ未知のアーティファクトに胸を躍らせながら、冬の冷たい風の中を駆け抜けた。
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