暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜 作:パラレル・ゲーマー
港湾ノードを解放し、江戸城へ呼び戻された俺の足取りは、ひどく軽やかだった。
(天海様が『奇跡の石』を持ち込んだ……! ついに、ついに来たか!)
俺の頭の中は、これからお披露目されるであろう未知のアーティファクトへの期待で張り裂けそうだった。
なんせ、これまで俺がメンテしてきたのは「見えない神仏ノード」か、「歴史改変警告付きの知識」ばかりだ。物理的に触れるアイテムチートは初である。
(神代の秘宝か? それとも、この世界を管理している異星文明のコアパーツか? 重力制御? 無限エネルギー? 空を飛べるようになるのか!?)
だが、俺の異常なハイテンションにもかかわらず、道中、懐の端末は完全に沈黙していた。
(……おかしい。いつもなら、俺が調子に乗った瞬間にKAMI様がポップアップで煽ってくるのに、なんで黙ってるんだ?)
一抹の不安はあった。
だが、それを上回る期待を胸に、俺は江戸城の奥へと急いだ。
*
通された座敷には、すでに重苦しい空気が漂っていた。
大御所・家康。
秀忠父上。
竹千代兄上。
そして、天海僧正。
記録係として、半兵衛が少し離れた後ろで控えている。
座敷の中央には、黒漆塗りの立派な木箱が二つ、恭しく置かれていた。
箱の上には紫の袱紗がかけられているが、片方の箱の周囲からは目に見えるほどの白い冷気が漂い、もう片方の箱からは、陽炎のようにうっすらと熱の揺らぎが立ち上っていた。
「国松様。お待ちしておりました」
天海が、自信に満ちた、そしてどこか畏れ多いものを見るような目で俺を迎えた。
「これぞ、拙僧が寺社筋より預かりし、まこと奇跡としか言いようのない『石』にございます」
家康は、腕を組んで面白そうに俺の顔を見つめている。
「儂らも、先ほど一度見た。……だが、何度見ても信じ難い。天地の理を越えた代物じゃ」
「これが本当に人の手に余るものか。国松、そなたの神仏に通じる目でしかと確かめよ」
秀忠も、父親として、将軍としての警戒を解かずに言った。
竹千代は俺と同じく初見のため、少し緊張した面持ちで箱を見つめている。
「では、ご覧に入れましょう」
天海が、ゆっくりと袱紗を取り払った。
*
一つ目の箱の中には、赤茶けた、花崗岩に似た拳大の石が一つ鎮座していた。
天海が、水を張った小さな漆塗りの椀を、その石のすぐ横に置く。
しばらくすると、椀の水から、かすかに白い湯気が上がり始めた。
「……おおっ」
「火の気など、一切ないというのに。水が温まっていく……」
秀忠が身を乗り出し、竹千代が目を細める。
「火種なしで熱を出し続ける……?」
「これぞ『永熱石』。火伏せの神か、地中の火の理を封じ込めたかのような、まこと不思議な石にございます」
天海の解説に、家康が「何度見ても、理が分からんな」と感嘆の息を漏らす。
続いて、天海はもう一つの箱の袱紗を取った。
そこには、青みがかった、同じく拳大の石があった。
近づくだけで、空気がひんやりと冷たい。
天海が別の水椀を近づけると、今度は水がみるみるうちに冷え、椀の縁に薄っすらと霜のようなものが白くついた。
「氷室でもないのに、水が凍りつくほど冷える……」
秀忠が、震える声で言った。
「こちらは『永冷石』。水神、あるいは龍神の御力に通じるものではと、拙僧は推察しております」
「夏ならば、これ一つあるだけで人が群がり、国宝として祀られるじゃろうな」
家康が、喉の奥で笑った。
竹千代の目が、すっと政治の光を帯びた。
「薬種、魚、傷みやすい物を、夏場でも長く持たせられる……?」
次期将軍の思考は、すでにこの石の「戦略的価値」へと移っていた。
*
座敷の全員が、俺の反応を待っていた。
「国松様。いかがでございましょうか」
と天海。
「そなたの目には、この奇石はどう映る」
と家康。
俺は、二つの石をじっと見つめ、ゆっくりと分析した。
(熱を出す石。熱を奪う石。……火加減を調整するツマミもない。冷却スピードも遅い。タイマーもない。電源オンオフのスイッチもない。出力は常に一定で固定っぽいな。……で、機能はそれだけ?)
道中、あれほど膨らませていた「異星文明の超兵器」への期待が、風船がしぼむようにシュルシュルとしぼんでいく。
俺は、思わず本音を口にしてしまった。
「……冷蔵庫とホットプレート……いや、ただのホッカイロの、超絶劣化版では?」
「……え?」
「温度調整もできないし、タイマーもないし。正直、現代ならいらねー……」
座敷の空気が、極寒の永冷石よりも冷たく、完全に凍りついた。
「れいぞう……こ?」
「ほっとぷれーと……ほっかいろ……?」
誰も、俺が口走った現代用語の意味を理解できない。
だが、「超絶劣化版」であり「要らねえ」と言い放った、その恐るべき事実だけは正確に伝わっていた。
「国松」
秀忠が、信じられないという顔で俺を見た。
「今、これを要らぬと言ったか?」
「この神仏の奇跡を……要らぬ、と?」
天海も、珍しく目を丸くして固まっている。
一拍置いて。
「はーっはっはっはっは!!」
家康が、腹を抱えて豪快に笑い出した。
「さすが国松よ! 神仏の奇跡とやらを前にして、まず『それが便利で役に立つか』で見るか! しかも、見下しおった!」
だが、隣の竹千代の顔は、家康とは対照的に真っ青になっていた。
「国松……お前は本気で言っているのか? これは、要らぬどころの騒ぎではないぞ」
「あ、いや! すごいのは分かりますよ!? この江戸の世では、ものすごく画期的なアイテムなのは分かりますけど!」
俺は慌てて弁明した。
「でも、私の記憶にある後の世には、もっともっと便利な道具がありまして……。箱の温度を自由に変えられたり、強火と弱火をツマミ一つで選べたり、時間が来たら勝手に火が消えたり……」
俺が言えば言うほど、周囲の人間はますます理解の範疇を超え、沈黙していく。
ただ一つ、「国松様の基準では、この奇跡は『微妙で不便な道具』らしい」ということだけは、強烈に伝わっていた。
*
その時、俺の視界の端に、ようやくKAMI様のポップアップ通知が飛び出してきた。
『KAMI:あんたねぇ。現代の最新家電と比べるんじゃないわよ』
(だって、俺はもっとすごいSFアーティファクトを期待してたんだよ! 無限エネルギーとか、重力制御とか!)
『KAMI:勝手に一人で期待しすぎよ。これはこれで、この時代なら文句なしの国宝級アイテムよ』
(アイテム?)
『KAMI:そう。神仏ノードじゃないわ。物理的に残った『異星文明由来の異物』よ』
その言葉に、俺の目つきが変わった。
『KAMI:かつて地球を訪れた、魔法使い系の異星文明が残した『熱操作石』ね。花崗岩を素体にして、概念固定の魔法プログラムがかけてあるのよ。『あなたは常に一定の熱を奪う石です』『あなたは常に一定の熱を放つ石です』って、性質を石そのものに焼き付けてあるわけ』
(……めちゃくちゃ雑な魔法プログラミングだな!)
『KAMI:雑に聞こえるだけで、実際はそこそこ高度よ? 周りの熱の流れを局所的にずっと偏らせ続けるんだから。現代のペルチェ素子も真っ青の原理よ』
「……ってことは。神仏ノードじゃないなら、俺以外の普通の人間でも使えるってことか?」
『KAMI:ええ。ただ持っているだけで効果が出るわ。だからこそ、誰にでも盗めるし、悪用もできる。そこが危ないのよ』
俺は、腕を組んで考え込んだ。
「でも、これ、たった一個ずつですよね? ワンオフなら、城内の料理の保存か、病人の看病にちょっと使って終わりでは? 正直、天下を変えるほどの力はないというか……」
『KAMI:増やせるわよ』
「……え?」
『KAMI:だから、増やせるわよって言ったの。素体になる似たような花崗岩があればね。ただし、性質をコピペして焼き付けるには、膨大なエネルギーが必要なの。神仏ノードの『余剰エネルギー』を変換すれば、増殖できるわ』
俺の顔色が変わった。
『KAMI:でも、ノードのエネルギーを操作できるのは、管理者候補であるあんただけ。……つまり、この石を増やせるのも、実質あんただけってこと』
「……あれ? それなら、急に話が変わってくるな」
俺がポツリと漏らした言葉に、竹千代が素早く反応した。
「……国松。今、増やせると言ったか?」
「あ」
しまった、という顔をする俺を、家康の恐ろしく鋭い目が射抜いた。
「ならば……これは、ただの不思議な石ではないな」
*
「……国松。お前がまだピンと来ていないようなので、私が教えてやろう」
竹千代は、二つの石を指差し、その実用的な、そして恐るべき「戦略的価値」を淡々と語り始めた。
「まず、永冷石。これを箱に入れれば、貴重な薬種を湿気と熱から守れる。夏場でも、魚や肉の傷みを遅らせられる。氷室という巨大な設備がなくても、冷を得られるのだ。これを商人が握れば、薬と食の流通を根本から支配できる」
「……はい」
「そして永熱石。火を使わずに温められる。ということは、火事の危険なしに暖を取れるということだ。病人の身体を冷やさずに済み、湿った書物を乾かせる。……そして何より。これを大名が大量に握れば、雪山でも凍えず、火を焚かずに暖を取れる兵が生まれる。冬の行軍と兵站を、劇的に変えるぞ」
俺は、背筋が凍るような思いで竹千代の話を聞いていた。
「……なるほど。江戸時代においては、普通に医療と食料保存、そして軍事の革命アイテムになるわけか」
「そうだ。それを『要らぬ』などと軽んじるのは、為政者として愚かの極みだ」
家康が、深く頷いてまとめた。
「国松。そなたの記憶にある後の世では不要なガラクタかもしれぬが、この時代では、天下の流れを変える力を持つ。火と冷は、民の暮らしそのものじゃ。……価値を測る物差しを、決して間違えるな」
「はい……申し訳ありません。完全に、現代家電の基準で見ていました」
「げんだいかでん、とは知らぬが。お前が心底軽んじたことだけは分かった」
秀忠が呆れたようにため息をついた。
だが、家康は少しだけ面白そうに笑った。
「だが、その冷めた目も悪くはない。奇跡に酔えば、人はすぐに拝み倒し、我欲で奪い合う。そなたのように『それで何ができるのか、不便ではないか』と冷たく見定める目も、上に立つ者には必要じゃ」
「奇跡に酔わず、理の限界を正確に見抜かれる……。さすがは国松様」
天海が、またしても俺を生き仏枠に収めようとする。
「だから違います!! 最初はただの期待外れで、本気でがっかりしてテンションが下がっただけです!!」
*
俺は慌てて端末を取り出し、この石の正式なリスク評価を確認した。
『分類:異星文明由来・熱操作異物』
『神仏ノード:非該当』
『使用者制限:なし(物理的所持者全てに効果あり)』
『増殖権限:管理者候補に限定』
『警告:独占・盗難・軍事転用・拷問利用・火災リスク・既存産業の価格破壊リスク』
『推奨:公儀の厳重な管理下での封印、および限定実験』
「……やっぱり、また『封印』と『限定実験』か!」
「当然だ」
と竹千代が冷たく言う。
「むしろ、封印せずにどうするつもりだったのだ」
と秀忠。
「いや、俺の部屋の料理の保存か、冬のホッカイロ代わりにちょっと使えればいいかなと……」
全員の冷たい視線が、俺に突き刺さる。
「……申し訳ございませんでした」
俺は、真面目に用途の整理を提案した。
「すぐ試せる低リスクの用途としては……貴重な薬種の保存。熱病患者の冷却。火傷や腫れの処置。湿気に弱い書物や薬箱の乾燥補助。……危険なのでまだ禁止すべきなのは、大量の食品流通への投入、軍の兵站への利用、商人や大名への貸与・配布ですね」
「まずは城内の奥向きと、御用医師の薬種保存に限定だ」
と竹千代。
「よい。民にこれを見せるのは、まだ早すぎる」
と家康も同意した。
*
家康は、鋭い目で俺を射抜いた。
「国松。増やすには、そなたの力が不可欠なのだな」
「はい。適した石を素体にして、私がノードの力を変換しなければ、勝手に大量生産はできません」
「それは不幸中の幸いだな」
と秀忠が安堵の息を吐く。
「だが……」
竹千代の目が、険しく細められた。
「もし、『国松ならばこの奇跡の石を増やせる』という事実が外に知られれば……今度は水神として拝まれるだけでなく、石を産む道具として、国松自身が命懸けで狙われることになるぞ」
「……また、私の警護案件が増えるんですか」
「当然だ。むしろ外出を禁じたいくらいだ」
『KAMI:便利になるってことは、その分、狙われる価値が上がるってことよ。等価交換ね』
「分かってるけど、心底辛い……」
俺は泣きそうになった。
*
「大御所様。父上、兄上」
俺は、居住まいを正して提案した。
「この石は、神仏ノードとは違います。ノードは私にしか見えず、私にしか操作できません。ですが、この石は『物理的な物』としてこの世に存在しています。誰でも使えますし、誰にでも盗めます」
「つまり、そなた一人が胸に秘して管理するだけでは、いずれ限界が来るということか」
家康の問いに、俺は深く頷いた。
「はい。こういう異物は、誰が持っているかを記録し、厳重に封印し、使う者を制限し、危険な用途を禁じる『組織的な仕組み』が不可欠です。今後、神仏でも呪具でもない、こういった『妙な物』や異国の奇物が、さらに見つかるかもしれません。……そういった危険物を専門に管理する、公儀の隠密部署が必要になるかと存じます」
家康は、興味深そうに顎髭を撫で、喉の奥で笑った。
「ほう……。国松、そなた、また新しく面倒な火種を作る気か」
「私が作りたいわけではございません! 必要に迫られる気がして怖いだけです!」
「……危険物の改方か」
竹千代が、呟くように言った。
「名前は……『八咫烏』とか、どうでしょう?」
俺が前世の厨二病的な記憶から軽く提案すると、一同は微妙な顔をした。
「また妙な名を」
と竹千代。
「神の使いの鳥の名を、危険物の管理などに使うか?」
と秀忠。
「悪くはないが、公儀の表に出す名ではないな」
と家康。
『KAMI:あんたねぇ、それ絶対、前世のネットの陰謀論まとめサイトで聞いた名前でしょ。名前の決め方が雑すぎるわよ』
(あ、そうか。そこで読んだやつか。でもカッコいいじゃん、八咫烏)
『KAMI:却下』
結局、表向きの組織名は保留となり、「八咫烏」は俺の脳内での仮称に留まることになった。
*
家康が、最終的な方針を下した。
「まず、この二つの石は公儀で厳重に封じる。使用は、城内での限定的な実験のみとする。薬種保存、病人の看護、火災の危険がない暖に限る。……国松、増殖はそなたの判断だけで行うな。必ず竹千代と相談せよ。そして、決して外へは出すな。商人にも、大名にも、見せてはならん」
「はい」
「記録は半兵衛に任せる。……ただし、半兵衛。表題は極力地味にしろよ」
竹千代が念を押す。
「はっ! では……『水神様、寒暖の奇石を掌握し給う覚』では……」
「だから! 地味にしろって言われた直後に神話化するな!」
すったもんだの末、最終的な表題はこうなった。
『奇石二種封蔵・限定検分覚』
だが、俺は見た。
半兵衛が、帳面の欄外の端の端に、極小の文字で『八咫烏候補』と書き添えたのを。
「半兵衛! 見えてるぞ!!」
*
夜。
自室の布団の中で、俺は端末を開き、深いため息をついた。
『異星文明由来異物:二点登録』
『永冷石:封印中』
『永熱石:封印中』
『増殖試験:未承認』
『異物管理体制:未整備』
『推奨:危険異物管理台帳の作成』
「……また、台帳作成の事務仕事か……」
『KAMI:おめでとう。神仏ノード以外の、新しい面倒の種が増えたわね』
「少しも嬉しくない」
『KAMI:でも、これで分かったでしょ? この世界には、見えない神仏ノードだけじゃなく、物理的な『物』として残った異星文明の遺物もあるのよ』
「今の俺には、ただの厄介なゴミにしか見えないがな」
『KAMI:現代の最新家電基準なら、ゴミ寄りね。でも、この時代なら天下を変える宝よ。そこを絶対に間違えないことね。宝とゴミは、時代と扱う人間で変わるのよ』
「……違いない」
奇跡の石は、俺が期待していた無限エネルギーでも、空を飛べる秘宝でもなかった。
だが、火を使わずに熱を得る石と、氷室なしで冷気を得る石は、この江戸時代にとっては間違いなく国宝級の「奇跡」だった。
そして何より恐ろしいのは、それが神仏ノードではないということ。
物として存在し、誰かが持ち出せば、誰でも使えてしまう、底なしに危険な異物。
「……神様の通信網を直すだけじゃ、俺の平和は守れないんだな」
端末には、今日も相変わらず、冷たい青文字が浮かんでいた。
『推奨:異物管理体制の検討』
「チートを手に入れたはずなのに……どうして俺の仕事は、どんどん事務的で泥臭い方に増えていくんだ……」
初冬の冷え込みの中で、俺は一人、重すぎる日本の未来を抱えて丸まっていた。
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