暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜 作:パラレル・ゲーマー
慶長十七年、旧暦十二月末。
永冷石と永熱石という、とんでもない異星文明アーティファクトのお披露目会から数日後。
俺は江戸城の一室で、途方もない量の半紙と帳面の山に埋もれていた。
「……神仏ノードを巡回して、港まで見て、ついに奇跡の石が出てきたと思ったら、結局俺がやってるのって、ただの事務仕事じゃん……」
俺の前にあるのは、大御所様と秀忠父上の命で作成を押し付けられた、「御異物改方(おいぶつあらためかた)」の初期の管理台帳だった。
永冷石の保管記録。永熱石の保管記録。検分日時。立会人の署名。使用禁止事項。触れてよい者の役職。触れてはいけない者の範囲。保管箱の封印方法と、鍵の管理者。竹千代兄上の承認欄に、家康公・秀忠公の最終確認欄。そして、俺の独断による「増殖実験」の絶対禁止条項。
「これ、前世で見た工場の『危険物管理台帳』と完全に同じ構造だぞ……。江戸時代にISO認証でも取る気か?」
俺が筆を放り投げて愚痴っていると、懐の端末がブルッと震えた。
『推奨:異物管理体制の早期整備』
『推奨:封蔵記録様式の全域統一』
『推奨:使用許可者・権限レベル一覧の作成』
『推奨:紛失時・異常時の対応手順の策定』
「……端末まで、完全に総務部とか管理部のノリなんだよなぁ!」
俺の悲痛な叫びを他所に、ふすまが開いて竹千代兄上が静かに入ってきた。
「国松。文句を言うな」
「兄上……これ、本当に数えで七歳の子供にやらせる仕事ですか?」
「七つの子供が、火と冷を生む奇跡の石を『増やせる』などと、大御所様の前で口を滑らせるからだ」
「……返す言葉もございませぬ」
俺は、ぐうの音も出ずに平伏した。
竹千代は、俺が書きかけの半紙を手に取り、淡々と確認していく。
「『御異物改方』は、まず立派な名前より、実を伴う手順だ。何を異物と定義し呼ぶか。誰がそれを検分し、誰が封印するか。誰が使用の許可を出すか。……そして万が一、紛失・盗難に遭った場合、誰が腹を切って責を負うか。それを明確に決めねば、組織は動かぬ」
「……兄上、完全に冷徹な官僚の顔になってますよ」
「お前のせいだ」
「すみません」
*
「でも、兄上」
俺は、帳面の隅を指差してぼそりと言った。
「組織の表向きの名前は『御異物改方』でもいいですけど、やっぱり裏の名前は『八咫烏(やたがらす)』がいいなぁ……」
竹千代は、冷たい目で俺を見下ろした。
「表に出す名ではないと言ったはずだ」
「表には出しません! あくまで、秘密結社の符牒です」
「秘密結社などという胡乱な言葉を使うな。これは公儀の厳正なる管理部署だ」
「御異物改方、裏の名は八咫烏……めちゃくちゃカッコいいじゃないですか」
「お前は、カッコよさで政をする気か」
竹千代の正論パンチに、俺はしょんぼりと肩を落とした。
だが、竹千代は俺が書いた「八咫烏候補」の文字を完全に墨で塗りつぶすことはしなかった。
「……だが」
竹千代は、少しだけ声を落として言った。
「内々の符牒として残ることまでは、完全に否定はせぬ。表に出さぬ限りはな」
「兄上! そこは許してくれるんですね!」
「許したわけではない。現実の政において、呼びやすい名や象徴というものは、上の者が禁じても、現場で勝手に残るものだと言っているだけだ」
兄のその実務家らしい諦観に、俺は少しだけ嬉しくなった。
*
竹千代が去った後、半兵衛が清書用の新しい帳面を持ってきた。
「若君、表題を書き入れまする」
『水神様、異天の秘器を封じ給う御始末覚』
「だから! 神話にするな!!」
俺が本気で怒鳴ると、半兵衛はしょんぼりとして書き直した。
『奇物・異物封蔵仮台帳』
「よし、それでいい! 実に事務的で地味だ!」
俺が安堵した隙を突き、半兵衛は欄外の端の端に、米粒よりも小さな字で書き添えた。
『八咫烏之始』
「……始まってない! まだ全然始まってないから!」
「今後の、後進の者たちのためにも、歴史の起点は記しておくべきかと」
「後って何だよ! 俺が死んだ後の話か!」
*
半兵衛も下がり、俺は再び一人で静かな部屋に残された。
目の前には、まだ書きかけの台帳の山。
「……田んぼ、水路、祠、経蔵、港、そして奇跡の石……。全部、最後はこうやって地味な『帳面』に戻ってくるんだな」
俺は、筆を転がして深く息を吐いた。
「チートを手に入れたはずなのに、俺に降ってくるのは万能の解決能力じゃなくて、『仕事を増やす理由』と『事務作業』ばっかりだ……」
その時、俺の視界の端にポップアップが割り込んできた。
『KAMI:やっほー。事務仕事、楽しそうね』
空間が小さく歪み、行灯の薄暗い光の中に、KAMI様がふわりと姿を現した。
今日の彼女は、いつものゴスロリドレスではなく、現代風の少しダボッとした黒いパーカー姿だった。しかも、その両手には、どう見ても現代のファストフード店の包み紙に入ったハンバーガーと、氷の入った紙コップの飲み物が握られていた。
俺は、そのハンバーガーから漂う強烈なジャンクフードの匂いに、完全に視線を釘付けにされた。
「……良いなぁ。ジャンクフード……ポテト……コーラ……」
KAMI様は、パティを一口かじり、ふんふんと鼻を鳴らした。
「あげないわよ?」
「食べかけなんて要りませんよ……。でも、一口くらいなら……」
「ダメ。これはね、現代文明の勝利の味よ。肉、脂、塩、砂糖、そして小麦のパン。人類が欲望をこれでもかと挟み込んだ食べ物ね。粗食の江戸時代でこれを食べると、背徳感がスパイスになって最高なのよ」
「……江戸時代で毎日冷めた粗食を食ってる七歳児に見せびらかすの、性格悪すぎませんか?」
「私、自分が性格いいなんて一度も言ってないわよ」
「……それはそう」
*
KAMI様は、ハンバーガーを咀嚼しながら、唐突に話題を変えた。
「それで、結局『御異物改方』を公儀で設立することになったじゃない?」
「まだ俺が、一人で泣きながら仮の台帳を作ってるだけの段階ですけどね」
「まあ、そうね」
KAMI様は、ストローでコーラをズズッと啜った。
「でも、あんた。あれで歴史変えたわよ」
俺は、筆を持ったまま固まった。
「……へー。どういう風にですか?」
KAMI様は、実に軽い口調で、とんでもない未来の歴史を語り始めた。
「まず、未来の日本の“表に出ない政府筋”では、その組織……あんたの希望通り、内々の符牒として『八咫烏』って呼ばれてるわね」
「おっ!」
俺は思わず膝を叩いた。
「俺の厨二病ネーミング、生き残りじゃん! やったね!」
「もちろん、あんたが前世のネットで見たような『裏天皇が日本を影から牛耳ってる』みたいな、胡散臭い陰謀論の八咫烏じゃないわよ」
「分かってますよ。俺の作ったただの危険物管理部署ですからね」
「そう。未来における八咫烏は、表向きは存在しないけれど、政府公認の『異星文明テクノロジー・危険異物管理機関』って感じに育つわね」
KAMI様は、ハンバーガーの包み紙をクシャッと丸めた。
「日本国内に点在する既存技術外の遺物、危険なアーティファクト、そして星間文明由来のゴミ……じゃなくて遺物を、勝手に私物化させず、かなり適切に管理・封印するようになるわ」
「今、完全にゴミって言いかけましたよね」
「現代の科学基準だと、ゴミみたいなものも多いのよ。でも、時代と使い方によっては国を滅ぼす宝になる。昨日も学んだでしょ?」
*
俺は、KAMI様の語る未来像に、少しワクワクし始めていた。
「すごい……。俺が欲しかった『危ないものを管理する組織』そのものじゃないですか。で、未来の八咫烏って、どんな風に暗躍するんですか? やっぱりロマンある秘密結社なんですよね?」
KAMI様は、呆れたように肩をすくめた。
「あんたが思ってるより、ずっと地味よ。彼らは表の歴史にはほとんど出ない。江戸時代からずっと、ひたすら異物を拾って、記録して、封じて、保管庫にしまって、使う時の条件を厳密に決めるだけ」
「……」
「明治、大正、昭和、平成……そしてその先の時代まで、名前や所属を変えながら形は残るわ。神社仏閣の奥、古い蔵、唐物、南蛮の漂着物、戦国の遺物、隕石、怪しい金属板、謎の石……。そういうものを、人間の欲望で勝手に使わせないための、ただの『裏方の事務方』ね」
「……俺の今の人生と、全く同じじゃないですか」
「そうね。ほぼ、台帳管理と保管庫の鍵閉め、あとは口止めと根回しの組織よ」
「地味すぎる……!」
「でもね」
KAMI様が、ニヤニヤと笑いながら顔を近づけてきた。
「その地味な八咫烏の内部では、あんた、めちゃくちゃ尊敬されてるわよ」
「……俺が?」
「ええ。偉大なる『始祖』としてね」
俺はポカンとした。
「始祖……」
「そう。『初代・御異物改方創設者』。『水神公』。『異物封蔵の祖』。そして……『人類を星の遺物から守った童君』」
「ちょっと待って! 最後の一つ、明らかに属性盛りすぎでは!?」
「何百年も続く秘密結社の内部神話なんて、そんなものよ」
「ええええ……」
「しかもね」
KAMI様は、わざとらしく居住まいを正し、低い声を作った。
「あんたの残した言葉が、彼らの絶対の『理念』として残ってるわ」
「へー。どんな言葉ですか?」
「聞きたい?」
「教えてください」
KAMI様は、ゆっくりと、はっきりと口にした。
「『異星文明から、人類を守れ。……人類の欲から、異星文明の遺物を守れ。――未来を、守れ』」
俺は、全身に鳥肌が立つのを感じた。
「……カッコいい……! めちゃくちゃカッコいい理念じゃないですか! 俺、そんなシビれること言うんですか!?」
「まだ言ってない言葉よ」
「……え?」
「未来のあんたが言うのよ。たぶんね」
*
その瞬間、俺の背筋に、熱狂とは違う「冷たいもの」が走った。
「……ちょっと待ってください」
俺は真顔になった。
「……つまり。俺がそんな、人類がどうのこうのなんて大層な言葉を、本気で叫ばなきゃいけないような『絶望的な大事件』が、いつか必ず起こるってことですか?」
KAMI様は、紙コップのコーラを再びズズッと啜り、小首を傾げた。
「さあ?」
「その『さあ?』が一番怖いんですよ!!」
「未来は固定じゃないわ。あんたが動いた時点で、枝分かれしてる。今見えてる八咫烏の未来も、このまま進んだ場合の『有力ルート』の一つに過ぎないわ」
「じゃあ、変えられる?」
「変えられるわよ」
KAMI様は、少しだけ真面目な声になった。
「でも、あんたが『異物を管理して封印する』という最初の行動を起こしたこと自体が、もうかなり強い歴史の分岐点になったの。……ここから先の日本は、『変な未知の物を拾ったら、とりあえず使わずに隠して、細かく記録する国』になりやすいわ」
「……それって、人類にとって良いことなんですか?」
「少なくとも、得体の知れないテクノロジーを雑に使って、自滅して世界を吹き飛ばすよりは、ずっとマシね」
*
「勘違いしないことね、国松」
KAMI様が、冷たい声で釘を刺した。
「未来の八咫烏は、英雄組織じゃないわ。世界を救う正義の秘密結社でもない。……やることは、ただ拾う、記録する、隠す、使わせない、そして必要な時だけ厳格な条件で使う。ひどく退屈で、陰気で、誰からも感謝されない仕事よ」
「……完全に俺向きの仕事じゃないですか……」
「でしょ?」
「全然喜べない!」
「でもね」
KAMI様は、少しだけ優しい目をした。
「そういう地味で退屈な組織があるから、歴史の『派手な破滅』が減るのよ」
「派手な破滅……」
「例えば、あの永熱石を、大名が勝手に量産して火薬の乾燥や冬の兵站に使う。永冷石を、商人が独占して薬と食料の流通を牛耳る。……あるいは、これから見つかる異星文明の別の遺物を、意味も分からずカルトの祭具として使う。……そういう人間の欲望の暴走を、裏で地味に止めるのが、八咫烏の役目よ」
俺は、深く頷いた。
「……やっぱり、必要な組織だな」
*
「でも……」
俺は、少しだけワクワクした気持ちを隠しきれずに聞いた。
「未来の八咫烏って、表には出ないんですよね?」
「ええ。表向きはただの学術行政の一部署、財団法人、特殊研究所、保管庫、文化財管理機関……いろんな地味な名前に分かれて隠れてるわ。『八咫烏』なんて裏の名前を知っている人間は、内部でもごく一部の上層だけよ」
「おお……」
「でも、精神は確実に残ってる」
「精神?」
「未知を秘せ。記録せよ。使うな。守れ」
「地味だけど、最高にカッコいい」
「あんたらしいでしょ?」
「褒められてる気がしない」
俺は、さっきKAMI様が言った「未来の俺の標語」を心の中で反芻した。
『異星文明から、人類を守れ』
『人類の欲から、異星文明の遺物を守れ』
『未来を、守れ』
「……これ、言葉だけ聞くとかっこいいけど。言うシチュエーションは、絶対にろくでもない絶望的な状況ですよね」
「ふふふ。見ものね」
「楽しむな!!」
「でも、いずれ歴史の分岐点で、絶対に必要な言葉になるわよ。……たぶんね」
「その『たぶん』が本当に怖い」
「未来の八咫烏がその言葉を大事にしてるってことは。少なくとも、その言葉で『誰かが破滅のボタンを押すのを踏みとどまった』ってことよ。誇りに思いなさいな」
その言葉には、不思議な説得力があった。
*
KAMI様は、ハンバーガーの包み紙と紙コップを空中でポンと消し去った。
「じゃ、私は食べ終わったから行くわ」
「食べ終わったついでに、歴史改変の重すぎる話をポイ捨てしていくな!」
「あんたが一人で暇そうに事務仕事して愚痴ってたから、わざわざ励ましに来てあげたのよ?」
「励まし方が怖すぎるんだよ!」
「じゃあね。台帳、ちゃんと真面目に作りなさいよ」
「結局、そこかよ!」
ふわりと、KAMI様の姿が虚空に溶けて消えた。
*
静寂が戻った部屋。
俺は、再び半紙と筆に向かい合った。
さっきまでの「面倒くさい」という愚痴は消え、少しだけ真剣な気持ちになっていた。
俺は、御異物改方の仮台帳の冒頭、一番最初の余白に、筆を下ろした。
未来の俺が言うらしいカッコいい名言ではない。
今の、七歳の等身大の俺が言える、もっと拙く、泥臭い言葉。
『異物は、使う前に、まず必ず記すこと』
『記した後、使わずに済むならば、厳重に封ずること』
『どうしても使う時は、今の得だけでなく、必ず後の世の害を考えること』
「……これくらいなら、今の俺でも言える」
俺が筆を置くと、端末の画面に青白い文字が浮かんだ。
『御異物改方・基本方針草案を確認』
『未来分岐:安定化傾向』
『八咫烏名称:内部符牒としての残存可能性、上昇』
「……残るのかよ、八咫烏」
俺は、少しだけ苦笑した。
俺は、未来で自分がどんな顔をして、どんな絶望的な事件の中で、あのカッコいい言葉を口にするのか知らない。
ただ、今の俺にできるのは、目の前の二つの奇石を、誰かの欲望で勝手に使われないように、地味に記録して封印することだけだった。
神仏ノードは、俺にしか直せない。
だが、異物は、誰でも拾えてしまう。
だからこそ、誰かが記録し、誰かが封じなければならないのだ。
「……未来を、守れ、か」
まだ俺には早すぎるその言葉を、俺は小さく呟いて、帳面の一行目に、ただひたすらに事務的な保管記録を書き込み始めた。
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