暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜   作:パラレル・ゲーマー

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第27話 水神様、柳生宗矩に避け方を褒められる

 慶長十八年、旧暦正月明け。

 

 俺が晴れて「竹千代附・水土異物御用見習」という、公的かつ舌を噛みそうな役目に就任してから、まだ数日しか経っていなかった。

 

 新年の重苦しい儀礼もようやく落ち着き、江戸城内も平時の空気を取り戻しつつある冬の朝。

 

「……また呼び出しだ。兄上からの」

 

 俺は自室で、運ばれてきた白湯を啜りながらげっそりとしていた。

 

 竹千代附になったことで、神輿化リスクは大幅に低下した。それは本当にありがたい。だが、その代償として、竹千代からの呼び出し頻度は以前の比ではなくなっていた。

 

「兄上、また書類の整理ですか? それとも港の件ですか? 祠の改修ですか? 異物ですか? もうタスクが溢れてパンク寸前なんですけど……」

 

 俺がぶつぶつと愚痴をこぼしていると、横で控えていた半兵衛が、さっそく筆を構えてシャシャッと音を立てた。

 

「『水神様、数多の公務に身を削りながらも、兄君の御為に馳せ参じ給う』……と」

 

「半兵衛、だからその神話風の記録はやめろ! 俺はただの平社員……いや、見習いなんだから!」

 

 俺は半兵衛の帳面を物理的に手で塞ぎ、ため息をつきながら立ち上がった。

 

     *

 

 竹千代の部屋へと向かうと、そこにはいつも通りの書類の山……ではなく、少し開けた座敷の空間が用意されていた。

 

 上座に竹千代が座り、その下座には、見慣れぬ一人の武士が控えている。

 

 年の頃は四十代前半だろうか。

 

 身なりは質素だが、隙というものが微塵もない。静かに座っているだけなのに、その周囲の空気だけがピンと張り詰めているような、異様な圧を放っている。

 

(……誰だ、この人。只者じゃないオーラが全開なんだけど)

 

 俺が恐る恐る平伏すると、竹千代は静かに口を開いた。

 

「国松。来たか」

 

「はい、兄上。今日は……書類の整理ではなさそうですね」

 

「うむ。今日は、そなたの『身』を見てもらう」

 

「……身? ですか?」

 

 俺は首を傾げた。健康診断でもするのだろうか。

 

 竹千代は、鋭い目で俺を見据えた。

 

「お前は今後、水土の巡回や異物の検分で、城の外へ出ることがますます増える。危険な場所へも赴くだろうし、人に狙われる可能性もゼロではない」

 

 竹千代の言葉に、俺の背筋が冷たくなる。

 

「だからこそ、最低限、お前自身が『死なぬだけの動き』ができるか確かめておく必要がある」

 

「あ、あの、兄上! 私、戦いませんよ!? 剣豪になるつもりなんて微塵もありませんからね!」

 

 俺が慌てて両手を振って拒否すると、竹千代は冷ややかに鼻を鳴らした。

 

「戦わせぬ。逃げられるかを見るのだ」

 

「あ、逃げるだけですか。それなら安心しました」

 

 俺がほっと胸を撫で下ろすと、竹千代は傍らに控える武士を手で示した。

 

「こちらは柳生宗矩。徳川家に仕える、兵法指南役だ」

 

「……」

 

 俺の思考が、一瞬完全に停止した。

 

 やぎゅう、むねのり。

 

 柳生宗矩。

 

 江戸時代初期における最強クラスの剣豪にして、徳川将軍家の剣術指南役。のちの大目付であり、柳生新陰流を天下に知らしめた、あの伝説的な人物!

 

 次の瞬間、俺のテンションは限界を突破した。

 

「わー!! 本物だ!! 柳生宗矩だ!! サインください!!」

 

 俺は、前世の歴史オタク、いや、時代劇ファンの血が騒ぐのを抑えきれず、初対面の伝説の剣豪に向かって両手を突き出していた。

 

 座敷の空気が、ピシッと凍りついた。

 

 柳生宗矩は、僅かに目を丸くして俺を見つめている。

 

「……さいん、とな?」

 

 宗矩が、低く渋い声で聞き返した。

 

 竹千代が、頭を痛そうにこめかみを押さえた。

 

「……国松。そういえば、私に初めて会った頃も、似たようなことを申していたな」

 

「はい! 有名人に会ったら、記念にサインをもらうのは後世の作法でして……いや、あの、未来の習慣というか……」

 

 俺は焦って弁明しようとしたが、宗矩は不思議そうに首を傾げた。

 

「さいん……。朱印のようなものにございますか?」

 

「近いです! 本人が書いた証です! 後世に残る記念品というか、一種の宝物です!」

 

 俺が目を輝かせて力説すると、宗矩は困惑しつつも、苦笑を漏らした。

 

「ははあ。なるほど。……ならば、後ほど一筆差し上げましょう」

 

「本当ですか!? ありがとうございます!! 家宝にします!」

 

 俺が大喜びでガッツポーズをすると、竹千代が少しだけ面白くなさそうな顔をした。

 

「……私の書付も、まだ持っているのか」

 

「もちろんです! 兄上の初サインですから! 肌身離さず持ってますよ!」

 

 俺が即答すると、竹千代の表情が少しだけ緩み、満足そうに頷いた。

 

(兄上、相変わらずそういうところでマウント取りたがるな……可愛いけど)

 

     *

 

「さて、若君」

 

 宗矩が、静かな声で俺に語りかけてきた。

 

「まずは、立ち姿と、少し歩くご様子を拝見いたしたく存じます。あちらのふすまから、こちらへ向かって歩いてみてくだされ」

 

「歩くだけでいいんですか? それなら余裕です」

 

 俺は立ち上がり、座敷の端から端へと歩いてみせた。

 

 現在の俺には、『巡行補助:初段』というバフがかかっている。

 

 七歳の子供の身体でありながら、重心がブレず、足の運びが極めてスムーズだ。疲労を感じにくく、歩くことそのものが最適化されている。

 

 宗矩は、俺の歩く姿をじっと見つめ、やがて小さく「ほほう……」と感嘆の息を漏らした。

 

「何か分かるか、宗矩」

 

 竹千代が問う。

 

「神仏の加護があるとは聞いておりましたが……これはまた、奇妙な身体にございますな」

 

 宗矩の目が、俺の骨格や筋肉の動きを、まるでレントゲンのように透かして見ているかのような鋭さを帯びた。

 

「力が強いわけではございませぬ。筋も骨も、幼子のそれに過ぎません。されど……足が死んでおらぬ。重心が崩れにくく、いつまでも歩き続けるための身体をしておられる」

 

(……すげえ。一発で巡行補助バフの性質を見抜かれた!)

 

 俺は内心で冷や汗を流した。

 

 宗矩は、ふむ、と頷いて言った。

 

「剣豪の歩みではございませぬ。だが、山道や泥道を歩き、転ばず、疲れにくい。天下を巡り歩く者としては、これほどありがたい身体もございますまい」

 

(この人、見る目が怖すぎる! バフの仕様まで完全に言語化してるじゃないか!)

 

     *

 

「では、少しばかり身体の動きを確かめましょう」

 

 宗矩が合図をすると、竹千代に仕える若い武士が進み出てきた。

 

 手には、木刀ではなく、手ぬぐいを丸めたような短い棒を持っている。

 

「本当に軽くですよ!? 私、戦いたくないですからね! 痛いのも嫌ですよ!」

 

 俺が必死にアピールすると、竹千代が冷たく言い放った。

 

「勝つ必要はない。避けろ」

 

「それなら、得意かもしれません」

 

 俺は、少しだけ腰を落とし、身構えた。

 

 若い武士が、「失礼仕る」と声をかけ、ゆっくりとした動きで棒を振り下ろしてくる。

 

 その瞬間、俺の視界の端で、端末のARが微弱な光を放った。

 

『危険接近:低』

 

『回避経路候補:右半歩』

 

『転倒リスク:低』

 

 俺は、視界に表示されたガイドに従い、スッと右へ半歩だけ身を躱した。

 

 武士の棒が、空を切る。

 

「おや?」

 

 武士が少し驚いた顔をした。彼は、俺がもっと派手に転がるか、怯えてすくみ上がると思っていたのだろう。

 

 彼は少しだけ速度を上げ、今度は横薙ぎに棒を振ってきた。

 

『危険接近:低』

 

『回避経路候補:後方一歩』

 

 俺は、すかさず後ろへ下がる。

 

 またしても、棒は空を切った。

 

 武士の顔に、明確な困惑の色が浮かぶ。

 

「……若君、なぜそこが危ないと分かるのですか?」

 

「え? いや、なんとなくです!」

 

 俺が誤魔化すように笑うと、宗矩が目を細めた。

 

     *

 

「これは、幼子としては見事にございますな」

 

 宗矩が、感心したように深く頷いた。

 

「いや、一介の武士としても、無駄に打ち合わず、ただ間合いを外す才がある。斬る才というより、斬られぬ才ですな」

 

 その言葉を聞いて、竹千代が露骨に満足そうな顔をした。

 

「そうだろう」

 

「兄上、なんで急に得意げなんですか」

 

「当然だ。私の弟だからな」

 

「兄上が急にブラコンみたいなことを!」

 

「ぶらこん?」

 

 竹千代が怪訝な顔をする。

 

「兄弟仲が大変よろしいという意味です」

 

「ならば、間違ってはいない」

 

 次期将軍候補から真っ直ぐに弟愛をぶつけられ、俺は思わず顔を赤くしてしまった。

 

     *

 

「では、少し真面目に参りますぞ」

 

 相手役の武士が、手ぬぐいの棒を置き、今度は木刀を構えた。

 

 彼の目つきが、子供相手の遊びから、少しだけ武士のそれへと変わった。

 

「え、ちょっと待って! さっきより速い!?」

 

 武士の打ち込みが、先ほどとは比べ物にならない速度で迫ってくる。

 

 だが、俺のARは冷静だった。

 

『危険接近:中』

 

『回避経路候補:左斜め前方』

 

 俺は、ガイドに従って身体を沈め込み、左斜め前へと滑り込むように躱した。

 

 木刀の風切り音が、耳元をかすめる。

 

 反撃はできない。武器もないし、筋力もない。

 

 だが、ひたすら「避ける」ことに関しては、ARの予測と巡行補助バフによる体幹の安定が、奇跡的な回避能力を生み出していた。

 

「当てるつもりはありませんでしたが……当たりませぬ」

 

 何度打ち込んでも空を切る武士が、信じられないというように木刀を下ろした。

 

 宗矩が、深く頷いた。

 

「霞のように、打ち込む場所から外れる。……攻め気がないゆえに、かえって身が軽く、迷いがない」

 

「私は最初から逃げる気満々なので!」

 

「それもまた、兵法の一つにございます」

 

 竹千代が、誇らしげに俺を見た。

 

「褒められているぞ、国松」

 

「褒め方が武士っぽくて、逆に怖いです!」

 

     *

 

 その時。

 

 宗矩が、ふと興味深そうな顔をして一歩前へ出た。

 

「どれ。私も少し、立ち会ってみましょう」

 

「えっ、柳生宗矩本人と!? 無理無理無理無理!」

 

 俺は全力で後ずさった。

 

 竹千代も、少しだけ眉をひそめた。

 

「宗矩。やりすぎるな」

 

「もちろんでございます。若君の身のこなしを確かめるだけにございますゆえ」

 

 宗矩は木刀を持たず、素手のまま、ゆっくりと俺に近づいてきた。

 

 その瞬間。

 

 俺の視界のARが、これまでにないほど強烈な赤色に染まった。

 

『【警告】危険接近:極大』

 

『回避候補:複数(成功率低)』

 

『反撃成功率:0%』

 

『推奨:距離を取る。即時退避』

 

(やっべー!! 圧が違う! この人、立ってるだけでシステムが危険判定出してる!)

 

 宗矩が、無造作に一歩を踏み出した。

 

 速いわけではない。だが、俺が「逃げよう」と思った空間の全てが、すでに彼によって塞がれているような、圧倒的なプレッシャーがあった。

 

 俺は必死に身体を捻り、ARの示すわずかな隙間へと飛び込んだ。

 

「うわっ、すげー! 何これ! 全部逃げ道を潰される!」

 

 宗矩は、俺の回避行動を予期していたかのように、流れるような足運びで追尾してくる。

 

 剣気はない。だが、まるで巨大な岩が転がってくるような、逃げ場のない重圧。

 

「よく逃げますな」

 

 宗矩が、微笑みながら間合いを詰めてくる。

 

「逃げるしかできないんです!」

 

「それでよろしい。逃げられる者は、死ににくい」

 

 俺は、座敷の端から端まで、息を切らしながらひたすら逃げ回った。

 

 攻撃の素振りなど一切見せず、ただ生き延びるためだけに、全身全霊で「回避」に集中した。

 

     *

 

 数合、といっても俺が逃げ回っただけだが、の後、宗矩がピタリと足を止めた。

 

「これ以上は、若君の身体に危うございますな」

 

 俺は、その場にへたり込み、肩で息をした。

 

「うへー……強い……。本物の剣豪、怖い……」

 

 竹千代が、心配そうに駆け寄ってくる。

 

「怪我はないか」

 

「ないです。でも、精神がゴリゴリに削れました」

 

 宗矩は、少しだけ息を弾ませながら、深く満足そうに頷いた。

 

「童とは思えぬ動きでした。力はない。攻めもない。されど、間合いから消えるように避ける。……斬るための身体ではございませぬな」

 

 宗矩の鋭い目が、俺を優しく見下ろした。

 

「これは、生きて戻るための身体にございます」

 

「……それです! それが欲しかったんです!」

 

 俺が力強く同意すると、宗矩は少しだけ苦笑した。

 

 少し離れた場所で、半兵衛が筆を構えているのが見えた。

 

「『水神様、柳生の太刀を霞の如く避け給う』……と」

 

「半兵衛! 絶対に書くな! 俺はただ逃げ回ってただけだ!」

 

     *

 

 宗矩は、竹千代に向かって深く頭を下げた。

 

「竹千代様。若君を、剣士にする必要はございませぬ」

 

「うむ」

 

「剣を持たせ、勝たせようとすれば、この『逃げる才』は濁りましょう。この御方に必要なのは、敵を斬る術ではなく、危地を悟り、間合いを外し、護衛の届く場所まで生きて戻る術にございます」

 

 竹千代は、深く同意するように頷いた。

 

「私も同じ考えだ。国松に求めるのは勝つことではない。死なずに戻ることだ」

 

「兄上……!」

 

 俺が少しだけ感動していると、竹千代は冷たく言い放った。

 

「戻らねば、報告が聞けぬからな」

 

「感動しかけた気持ちを返してください!」

 

 宗矩が、静かに提案した。

 

「逃げるための足運び、倒れぬための身の置き方、護衛を使う間の取り方。……それならば、拙者も幾分かお役に立てましょう」

 

「本当ですか! それならぜひお願いします!」

 

 俺が食い気味に頼み込むと、宗矩は面白そうに笑った。

 

     *

 

 稽古という名の鬼ごっこが終わり、俺は約束通り、宗矩から「サイン」をもらっていた。

 

 半紙に、さらさらと流麗な筆致で書かれた『柳生又右衛門宗矩』の文字。

 

 俺はそれを、宝物のように大事に受け取った。

 

「ありがとうございます! 柳生宗矩の直筆サイン……これは間違いなく家宝だ!」

 

「そこまで喜ばれると、こちらも面映ゆいですな」

 

 宗矩が照れたように目を伏せる。

 

 俺は、興奮の余韻が冷めやらず、ついポロッと、前世の歴史知識を口走ってしまった。

 

「うへー、それにしても柳生宗矩つえー……。この時代だと、武蔵とどっちが強いんだろう……」

 

 瞬間。

 

 座敷の空気が、ピタリと止まった。

 

 宗矩の目が、スッと細められる。

 

「……武蔵?」

 

「国松」

 

 竹千代の冷ややかな声が、俺の背中を刺した。

 

「あっ」

 

 しまった、と気づいた時には、すでに遅かった。

 

 宗矩の瞳に、明らかな武芸者としての『興味』の光が宿っていた。

 

「若君。……その武蔵とは、何者でございましょう」

 

 俺は必死に誤魔化そうとしたが、宗矩の鋭い視線からは逃れられそうになかった。

 

「えーと……あの、その……後の世で、天下無双の剣豪と呼ばれる、宮本武蔵という者でして……たしか、巌流島で佐々木小次郎を倒したあと、諸国を巡って……」

 

「国松」

 

「ごめんなさい! また口が滑りました!」

 

 俺が平伏して謝ると、宗矩は静かに、だが深い熱を帯びた声で笑った。

 

「天下無双。宮本武蔵。……面白き名を聞きましたな」

 

(やばい。剣豪に、未来の剣豪の情報を与えてしまった……!)

 

     *

 

 宗矩は、穏やかな顔で恐ろしいことを言った。

 

「後の世で天下無双と呼ばれるのであれば、一度はその剣を見てみたいものですな」

 

「立ち会う時は、私も同席したいです! どっちが強いか、絶対に見たい!」

 

 俺が歴史ファンとしての欲望を隠しきれずに叫ぶと、竹千代が呆れたように言った。

 

「お前はなぜ、そこで見物したがる」

 

「だって柳生宗矩VS宮本武蔵ですよ!? 歴史ファンなら見たいに決まってるじゃないですか!」

 

「御前試合、ですか。……それもまた、面白いかもしれませぬな」

 

 宗矩が静かに乗っかると、竹千代も少しだけ興味を示したように顎に手を当てた。

 

「天下無双と呼ばれる者か……。その者が本当にそれほどの剣を持つのであれば、徳川が知っておく価値はあるな」

 

「兄上まで乗り気に!?」

 

「お前が漏らした情報だ。責任は取れ」

 

「また俺の責任ですか!」

 

     *

 

 その時。

 

 懐の端末に、KAMI様からのポップアップが飛んできた。

 

『KAMI:あーあ。剣豪イベントのフラグ、立てちゃったわね』

 

「わざとじゃないです! ただの失言です!」

 

『KAMI:まあ、面白いからいいわ』

 

「KAMI様の“面白いからいい”は、絶対によくないやつだ!」

 

『KAMI:ただし、注意しなさい。剣豪同士の立ち会いは、ただの見世物じゃ済まないわよ。誰が勝つかで、流派の名誉、大名の面子、武家の評価まで動くんだから』

 

 俺の顔から、一気に血の気が引いた。

 

「あっ……御前試合って、ただのスポーツじゃなくて、ガチの政治イベントになるのか……」

 

『KAMI:当たり前でしょ。剣の勝敗は、そのまま主君の威信に関わるのよ』

 

「やっぱり失言だった!!」

 

     *

 

 最後に、竹千代が総括するように決断を下した。

 

「宗矩。今後、国松には戦う稽古ではなく、逃げて戻るための稽古をつけよ」

 

「承知仕りました」

 

「勝つ稽古じゃなくて逃げる稽古なら、喜んでやります!」

 

 俺が元気に返事をすると、竹千代は俺を冷たい目で見て言った。

 

「そして、宮本武蔵については、調べさせる」

 

「兄上!?」

 

「後の世で天下無双と呼ばれる者なら、徳川の目に入れておく価値がある。お前が口を滑らせたのだから、最後まで付き合え」

 

「サイン欲しいだけだったのに、なんで剣豪イベントが始まってしまったんだ……」

 

 俺が肩を落としていると、端末に青白い文字が表示された。

 

『護身訓練:柳生宗矩監修』

 

『戦闘技能:非推奨』

 

『回避・逃走・危険間合い認識:訓練推奨』

 

『宮本武蔵遭遇イベント:発生可能性上昇』

 

「最後の表示、絶対にいらないだろ!」

 

 俺の悲痛な叫びは、またしても誰にも届かなかった。

 

 こうして俺は、戦う気など微塵もないのに、徳川家最強クラスの剣豪から「逃げるための兵法」を習うことになった。

 

 そして同時に、まだ会ったこともない天下無双の剣豪・宮本武蔵の名を、徳川家中にうっかり投げ込んでしまったのだった。

 

「……これ、絶対あとで面倒になるやつだ」

 

 端末の青文字は、ひどく冷静に、ただ一言だけ返してきた。

 

『肯定』




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