暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜 作:パラレル・ゲーマー
慶長十八年、旧暦二月初め。
田植えにはまだ早いが、春の種籾の準備や、苗代(なわしろ)作り、水路の点検、そして田起こし前の現地下見など、百姓たちにとっての「新しい一年の仕込み」が始まる重要な時期だった。
そして俺、竹千代附・水土異物御用見習の国松は、江戸城の一室で意気揚々と立ち上がっていた。
「よし! 今日からついに、部下に仕事をガンガン投げるぞ!」
俺の目の前には、竹千代兄上から押し付けられた、江戸近郊の大名・寺社・商人からの膨大な『問い合わせ書状』の山がある。
これまでは俺一人で頭を抱えていたが、今の俺には竹千代が集めてくれた直属のチームがあるのだ。
(自分で全部やらず、優秀な担当者に割り振る。これこそが、中間管理職の神髄!)
俺は、大きな鳥の子紙を広げ、墨で力強く線を引いて分類の表を作り始めた。
「いいか、新六郎。まずは全ての書状に『受付番号』を振れ。そして依頼元を明記。内容は三行以内で短く要約しろ。その横に、危険度、担当者、返答期限、次の処理手順、そして一番最後に竹千代兄上の確認欄だ。……これがないと、後で言った言わないになって絶対に燃えるぞ!」
俺が前世の社畜経験……もとい、現代のタスク管理メソッドを全開にして指示を飛ばすと、書記役の青山新六郎が目を丸くした。
「……若君。なんという整然たる仕分け。まこと、見事な帳面にございます」
「だろ? これを作っておかないと、誰がどの案件を握り潰したか分からなくなるからな。よし、次は分類だ!」
俺は書状をパラパラとめくりながら、次々と判断を下していく。
「『塩水選や草祓い車の作り方を教えてほしい』……これは【写本送付】で済む案件だ。写本僧に回せ。
『村の井戸や水路を見てほしい』……これは【要調査】だ。又兵衛、お前の出番だ。
『奇石を一つ譲ってほしい』……これは【却下・保留】。そもそも禁制扱いだ。
『国松様に我が家の田で直接御神託を賜りたく』……これも【却下・保留】。私は神託マシーンではない!」
俺の勢いに、後ろで控えていた小栗半兵衛がシャシャッと筆を走らせる。
「『水神様、安易なる神託を厳に慎み給う』……と」
すかさず、新六郎が静かな声で横槍を入れた。
「恐れながら半兵衛様。ここは事務的に『御神託希望は対応不可にて却下』でよろしいかと存じます」
「新六郎! それでいい! 君は完全に事務方の希望だ!」
俺が新六郎を大絶賛していると、少し離れた上座から竹千代兄上が静かに感嘆の声を漏らした。
「……なるほど。混沌とした書状の山を、捌く順と危険度に従って並べ直すわけか。国松、やはりお前は、こういう紙の山を処理させると妙に手際が良いな」
「兄上、理解が早い! 前世の……いや、これまでの嫌な経験が活きているのです!」
その時、俺の視界の端にKAMI様からのポップアップが飛んできた。
『KAMI:さすが情報過多な現代人。案件を番号で管理して、担当を振って、返答期限を切るのはお手の物ね』
「……嫌な褒め方ですね」
『KAMI:SNS、メール、チャット、タスク管理、炎上対応。現代人って無駄に情報処理能力だけは鍛えられてるからねぇ』
「前世の胃痛が役に立ってるのが、自分でも腹立ちますよ」
俺のブツブツとした独り言を聞きつけ、竹千代が怪訝な顔をした。
「胃痛で政ができるのか?」
「現代では、理不尽な胃痛に耐えられる者だけが、中間管理職という役職に就けるのです」
「ならば、お前は向いているな」
「向いてません!!」
*
俺は、集まった部下たちに次々と仕事を割り振った。
「又兵衛。お前は、江戸近郊から『試験導入候補地』を三つ選んでくれ。条件は、水争いが激しすぎないこと、代官がきちんと帳面を残せること、村側に話を聞ける真っ当な庄屋がいること、そして去年の収量記録が明確にあることだ」
伊奈配下の土木担当、榊原又兵衛が鋭い目を細めた。
「……田の土と水の良し悪しだけでなく、代官という『人』と『帳面』を見るのですな」
「そう。田んぼだけ見ても、後で必ず揉めるからな」
「新六郎は、さっきの分類台帳の作成と管理。半兵衛は俺の発言記録だが、神話調は禁止だ。必ず新六郎のチェックを通すこと」
「私の文章が……新入りの新六郎殿に検閲されるとは……」
半兵衛がショックを受けているが、俺は無視した。
「写本僧たちは、『試験田法覚』の写本第一号の作成。ただし、『年貢増徴禁止条件』と『失敗例の記録』は、一字一句絶対に削らないこと!
平八郎は、私が出向く巡回候補地の逃走経路の確認だ。水路、畦、橋、藪、そして野犬のいる場所と、怪しい直訴者の接近経路も事前に見ておいてくれ」
柳生門下の庄田平八郎が、真顔で首を傾げた。
「……野犬も、でございますか?」
「犬は怖いからね。狂犬病とかシャレにならないし」
竹千代が、少しだけ口角を上げて言った。
「そこだけは、子供らしいな」
よし。これで仕事の割り振りは完璧だ。あとは部下からの報告を待つだけ。
俺は大きく伸びをし、「中間管理職って最高だな!」と高笑いした。
*
だが、その日の夕方。
俺の『部下に投げて楽をする計画』は、脆くも崩れ去った。
「仕事を投げたら終わり」ではなかったのだ。
部下たちが、それぞれの持ち場から凄まじい密度の「報告」を持って帰ってきたからだ。
「若君。分類台帳の試案にございます。ご確認を」
新六郎が持ってきた台帳は、確かに見事で整理されていた。だが、項目があまりにも多すぎて、全てに目を通して承認の判を押すだけで途方もない時間がかかる。
「若君! 写本第一号の草案の一部にございます!」
写本僧から上がってきた書類を確認した俺は、血の気を失った。
「待って! 『塩水選の塩の濃さ』の数字が、一箇所写し間違えられてる! これ、そのまま村に渡したら、塩が濃すぎて種籾が全滅して死ぬやつだぞ!」
手書きコピーの恐ろしさを痛感し、俺が頭を抱えていると、新六郎が即座に解決策を提案した。
「若君。写本照合の手順を改めましょう。一人が読み上げ、一人が書き写し、さらにもう一人が元の文書と照合する、三名体制にすべきかと存じます」
「新六郎! 君、本当に有能だな! すぐそれでいこう!」
そして、最も重い報告を持ってきたのは、又兵衛だった。
「若君。江戸近郊の候補地を三つ絞り、その中で最も条件が良いと思われる場所を見つけてまいりました」
「おっ、さすが仕事が早いな。どこだ?」
「江戸北郊の御料地にございます。水路も整っており、近くに古い祠あり。去年の収量記録も明確で、村側の協力も得られそうにございます。……ただし」
又兵衛は、少しだけ顔を曇らせた。
「問題もございます。上流の村と下流の村で、水の取り分に強い不満がくすぶっております。さらに、現地の代官は若君の法での『増収』に乗り気すぎるきらいがあり……百姓たちは逆に、年貢が上がるのではないかと強く警戒しているご様子」
俺は、持っていた筆をポトリと落とした。
「……行く前から、めちゃくちゃ不穏じゃないか!」
隣で聞いていた竹千代が、冷たく言い放った。
「だから、現場を直接見る必要があるのだ」
*
数日後。
俺は又兵衛、平八郎、半兵衛、新六郎らを伴い、その江戸北郊の試験田候補地へと向かった。
今回は竹千代兄上は同行しない。
だが、出発前に強い釘を刺されていた。
『国松。村人の言葉を鵜呑みにするな。代官の言葉も、絶対に鵜呑みにするな。田と水と帳面、その三つを己の目で見よ』
「了解です。現場、証言、記録の三点確認ですね」
『……その言い方は便利だな。使わせてもらおう』
「自由に使ってください!」
現場に到着すると、まだ春浅い田は乾ききっており、茶色い畦(あぜ)が幾重にも連なっているのが見えた。
細い水路には、冬の乏しい水がチョロチョロと流れている。
村人たちは、ひどく緊張した面持ちで俺たちを迎えた。
彼らの目は、俺を「徳川の若君」としてではなく、「噂の水神様」として半分本気で恐れ敬っているようだった。
「水神様に、このような辺鄙な村までお越しいただき……」
庄屋が地面に額をこすりつけて震えている。
「違う。私は水神ではない。竹千代兄上附きの、ただの御用見習だ」
俺が否定すると、半兵衛がシャシャッと筆を動かす。
「『水神様、御自らをただの見習と謙遜し給う』……と」
「半兵衛様。ここは『国松様、見習である旨を説明』でよろしいかと存じます」
新六郎が、静かに、しかし有無を言わせぬ圧で修正を入れる。
「……新六郎、君がいてくれて本当に助かる!」
*
俺は、又兵衛の案内で田んぼと水路を見て回った。
懐の端末のAR機能が、静かに視界の奥で稼働する。
『水路流量:季節変動大』
『上流取水過多リスク:中』
『下流乾燥リスク:中』
『畦崩れ箇所:二箇所』
『試験田適性:条件付き可』
「……なるほどな。この田だけをいくら良くしても、絶対に駄目だ」
俺は、乾いた水路を指差して言った。
「上流が少しでも水を多めに取りすぎれば、下流の田は枯れる。下流の百姓が怒れば、夜中に水口(みなくち)をこっそり壊される。……ここでの問題は、土の質じゃない。水の配分だ」
又兵衛が、深く頷いた。
「まさに、その通りにございます。……若君は、田の面(おもて)だけでなく、水路を通じた『村同士の繋がり』まで見ておられるのですね」
生粋の土木実務家である又兵衛の目に、俺を少しだけ見直したような光が宿った。
俺は庄屋や村人たちから話を聞いた。
「若君様……。もし、本当に米が二割も増えれば、公儀は年貢を増やすのでございましょうか?」
「新しい道具作りや塩を買う金は、誰が出すのでございますか?」
「もし、上流の村だけが水神様の法で得をして、下流の我らが失敗した時は、誰が責を取るのでございますか?」
「失敗すれば、それは神の祟りなのでは……」
百姓たちの口から溢れ出たのは、新技術への期待ではなく、生々しい「不安と恐怖」だった。
(……分かったぞ)
俺は、深く息を吐き出した。
(田んぼの『技術』だけをポンと渡しても、絶対に駄目なんだ。村と代官の関係、上流と下流の水の取り合い、そして年貢の仕組み……。そこまで全部丸ごとひっくるめて面倒を見ないと、この試験は確実に失敗する!)
*
そこに、現地の代官が意気揚々とやってきた。
「若君様! 二割も増収が見込めるという素晴らしい御法、ぜひともこの村の田、全面で一斉に試させていただきたく存じます!」
代官の目は、出世と増税の欲でギラギラと輝いていた。
「駄目だ」
俺は、代官の言葉をピシャリと撥ね退けた。
「まずは、一反(いったん)にも満たない『小さな区画』だけで試す」
「それでは、増収の益が少のうございますが……」
代官が不満そうに口を尖らせると、俺は冷たい声で返した。
「今年は、米を増やす年ではない。『試す』年だ」
横から又兵衛が、代官を威圧するように口を開いた。
「代官殿。若君の法は、その土地の土と水に合うかを慎重に見極めてから広めるもの。無闇に急いで村全体を巻き込み、もし大失敗すれば……その責めは全て、現場を預かる代官殿が負うことになりますぞ」
「うっ……」
代官が怯んだところへ、俺はトドメの一撃を放った。
「この試験の結果は、竹千代兄上への直接の報告対象となっている。勝手な真似は許さんぞ」
次期将軍の名前を出された瞬間、代官は「ははぁっ!」と地面に平伏し、即座に大人しくなった。
(兄上の名前、マジで強すぎる……)
*
俺は、村人たちと代官を前に、試験導入の「条件」を明確に読み上げた。
「試験は小区画のみで行う。必要な塩は、領主側が負担する。もし失敗しても、百姓を罰することはない。……そして、もし増収したとしても、最低二年は年貢の引き上げには反映しない」
その言葉に、庄屋たちがハッとして顔を上げた。
「ま、誠に……増えても、すぐには取られないのでございますか?」
「そうでなければ、お前たちも本気で新しいやり方を試そうとはしないだろう? これは、竹千代兄上と大御所様の御墨付きだ」
村人たちの顔から、強張った不安の色が少しだけ抜け落ちた。
「その代わり、上流と下流の水の配分は厳密に記録する。水番を明確に決める。収量は乾燥後に正確に量る。そして……失敗した場合は、どうして失敗したのか、その『失敗の理由』を必ず隠さずに報告すること。これが条件だ」
村人たちが、今度は恐怖ではなく、確かな意志を持って深く平伏した。
俺は、現場の空気が「不安」から「協力」へと少しだけ変わったのを感じていた。
*
田んぼの視察を終えた後、すぐ近くにある古い水神祠の前に立った。
端末が、微弱な反応を返す。
『小規模水路ノード:休眠中』
『信仰低下/水路泥詰まり/水番不在』
『推奨:清掃・水番札設置・祠修繕』
「ここも結局、祠と水路の物理的な管理が繋がっているんだな……」
俺は村人たちに指示を出した。
「この祠をただ拝むだけじゃなく、周りの泥を取って、水路の詰まりを直しておいてくれ。水が淀めば、神様も窮屈だろうからな」
「おお……やはり水神様は、何よりもまずお掃除をお命じになられる……!」
「またそのパターンか!」
*
帰り道。
又兵衛が、俺の横を歩きながらぽつりと言った。
「若君。……正直に申せば、私は今日、この現場にお供するまで、若君の田法を『童の不思議な思いつき』程度に疑っておりました」
「正常な感覚だ。気にするな」
「ですが、今日見てよく分かりました。若君は、田の土や水だけではなく……水の取り分、人の不満、そして帳面の穴という『人の心』を深く見ておられる」
「そこを見ないと、すぐに燃えるからな」
「燃える、と申されますと?」
「揉める、という意味だ」
「なるほど。ならば、実によく燃えますな。この世の田というものは」
「又兵衛、怖いこと言わないでくれ……」
*
江戸城へ戻り、竹千代兄上に事の顛末を報告した。
「試験田法は、ただの田の技術マニュアルじゃ駄目です。村と代官の力関係、そして水の取り決めまで含めた『制度』としてセットにしないと、絶対に失敗します」
竹千代は、書き物をしながら少しだけ口角を上げた。
「ようやく、そこに気づいたか」
「……兄上。知ってて、わざとあんな不穏な候補地に行かせましたね?」
「だから、自分の目で現場の田と水と帳面を見ろと言ったのだ」
「教育がスパルタすぎる!」
竹千代は、満足そうに頷いた。
「よい。次からは、候補地ごとの帳面に『技術適性』だけでなく、村と代官の『人間関係適性』の項目も報告に入れろ」
「また項目が増えた!」
俺が悲鳴を上げると、横で新六郎が素早く筆を走らせた。
『試験導入適性:土水条件/記録能力/代官姿勢/百姓不安/水争い有無……追加完了いたしました』
「新六郎、仕事増やすの早すぎるよ!」
*
夜。
自室で端末を開くと、今日の成果と新しいタスクがずらりと並んでいた。
『案件管理様式:仮稼働』
『部下への業務分担:成功』
『報告書確認負荷:増加』
『試験田候補地:一件条件付き承認』
『導入条件:制度面補強必須』
『新規管理項目:人間関係適性』
「田んぼの話だったはずなのに、なんで『人間関係適性』なんて項目を管理しなきゃならないんだよ……」
俺がげっそりしていると、KAMI様のポップアップが飛んできた。
『KAMI:農業は人間関係よ。水を分けるってことは、村の命と利益を分けるってことなんだから』
「……技術チートだけで、サクッと解決できる世界がよかった」
『KAMI:そんな世界、ただの作業ゲーでつまらないでしょ?』
「俺は、つまらなくていいから平和に生きたいんだ!」
部下に仕事を丸投げすれば、楽になる。
そう思っていた俺は、今日一日で思い知らされた。
部下が増えると、俺の代わりに現場を見てくれる目が増える。
見えるものが増えると、俺が判断し、決断しなければならないことも雪だるま式に増える。
そして田んぼは、土と水だけでできているわけではない。
人の欲と、不安と、年貢と、水の取り分という、ドロドロの人間関係でできているのだ。
「……これ、去年一人で田んぼいじってた時より、確実に難易度上がってないか?」
端末は、冷酷な青い文字で、ただ一言だけ返してきた。
『肯定』
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