暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜   作:パラレル・ゲーマー

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第30話 水神様、奇物をライター扱いして周囲を困惑させる

 田んぼの土と水、そしてそこに住まう人々のドロドロとした関係性を数字にするという、地獄のような管理業務が始まってから数日。

 

 慶長十八年、旧暦二月も半ばに差し掛かろうとしていた。

 

 田植えにはまだ早いが、春へ向けた下準備が各村で少しずつ動き出し、俺は書類仕事と並行して「試験田候補」の選定に頭を悩ませていた。

 

 江戸城の自室で、書きかけの『水路・境界トラブル対応マニュアル草案』と睨み合っていると、書記役の青山新六郎が、いつになく急ぎ足で部屋に入ってきた。

 

「若君。品川の港湾筋より、御異物改方(おいぶつあらためかた)の管轄として、検分を要する品が持ち込まれました」

 

「……えっ。もう異物案件? 組織を立ち上げたばっかりで、早すぎない?」

 

 新六郎は、手にした小さな桐箱を恭しく掲げた。

 

「品川方面に出入りする唐物商の手代が、南方渡りの火起こし具として、代官所経由で持ち込んできたものにございます。……曰く、『火打石も、火種となる熾火(おきび)も見えぬのに、ただ筒を押すだけで火が生じる』と」

 

「……筒を押すだけで、火?」

 

 俺の心臓が、ドクンと跳ねた。

 

(火種なしで火がつく筒? まさか、前回の『永熱石』に続く、異星文明アーティファクトの第二弾か!? それとも、南方の呪術的な魔法道具……!?)

 

 俺は即座に立ち上がった。

 

「新六郎! すぐに兄上へお報せしろ! 大御所様と父上、天海様も至急お呼び立てするんだ!」

 

     *

 

 数刻後。

 

 江戸城の奥深い座敷に、再び徳川の中枢メンバーが顔を揃えていた。

 

 大御所・家康、秀忠父上、竹千代兄上、天海僧正。そして、報告を上げた唐物商の手代が、平伏したままガタガタと震えている。

 

「さて……」

 

 家康が、座敷の中央に置かれた桐箱を鋭い目で見据えた。

 

「火打石を用いずに火を生む、南方の奇物とな。開けて見せよ」

 

 手代が震える手で箱を開けた。

 

 だが、そこに入っていたのは……光り輝く宝玉でも、未知の金属でもなく。

 

 木と動物の角で作られた、手のひらサイズの、ひどく地味で古びた「筒」と「棒」のセットだった。

 

「……めちゃくちゃ地味だな」

 

 俺は思わず、期待との落差で本音をこぼしてしまった。

 

「若君様! こ、これこそ、南方の山深き民が用いる、火の精霊の筒と聞き及んでおります!」

 

 手代が必死に取り繕うように説明を始める。

 

「筒の底に少量の綿のような火口(ほくち)を入れ、この棒を強く押し込み……一息に引き抜けば、あら不思議! 火口が赤く光り、火が宿るという寸法にございます!」

 

「ほう……」

 

 家康が身を乗り出した。

 

「やってみせよ」

 

 手代は、筒の先に黒っぽいフワフワした火口を詰め、棒をセットした。

 

 そして、一気に「バンッ!」と手のひらで棒を叩き込み、すぐさま「スッ」と引き抜いた。

 

 棒の先端には、確かに、チリチリと赤く熾(おこ)った火種がくっついていたのだ。

 

 手代がそれをほぐした火口に移し、フーッと息を吹きかけると、たちまち小さな炎が上がった。

 

「おお……っ!」

 

 秀忠が、驚愕の声を上げた。

 

「火打石も打ち合わさず、摩擦の煙も見えぬうちに、火が……!」

 

「まこと、火の神の御業のごとき奇跡にございますな……」

 

 天海が、数珠をすり合わせながら深く感嘆する。

 

 だが、その一部始終を見ていた俺は、一人だけ完全に違うベクトルで固まっていた。

 

(……あれ?)

 

(この道具……俺、前世の動画サイトの、サバイバル系のショート動画で見たことあるぞ……?)

 

     *

 

(たしか……名前は『ファイアーピストン』。日本語だと『圧気発火器』だっけ? 空気をギュッと圧縮すると熱くなって、先端の火口が燃えるやつだ。アウトドアでライターがない時の、ロマン火起こしグッズ……)

 

 俺の記憶が蘇った瞬間、懐の端末が小刻みに震え、KAMI様のポップアップが飛んできた。

 

『KAMI:正解。ファイアーピストンね。東南アジア方面で古くから使われていた、古典的な火起こし道具よ』

 

(やっぱり!!)

 

『KAMI:あんたが前世で使ってたような百円のライターとは全く違うわよ。火口(ほくち)の種類を選ぶし、筒と棒の隙間がない『超精密な作り』じゃないと、一発で熱が逃げて全く使えないシロモノだからね』

 

 俺は、確信を持って口を開いた。

 

「これは……ライター……いや、火打石の代わりになる、ただの火起こし道具ですね」

 

「らいたー?」

 

 竹千代が、聞き慣れぬ響きに首を傾げる。

 

「あ、後の世の、火付け道具の呼び名です。今の言い方なら、『火熾(ひおこ)し筒』でよろしいかと」

 

「国松」

 

 家康が、俺を鋭く射抜いた。

 

「で、この正体は何だ。これも、あの永熱石と同じ、星の理から外れた異物か?」

 

「いいえ、違います」

 

 俺は、はっきりと否定した。

 

「これは、異星文明の異物ではありません。神仏の法具でも、呪具でもないと思います。……これは、ただこの世の『理(ことわり)』を使っただけの、人間の道具です」

 

     *

 

「火を生む道具が、世の理で説明できると申すか?」

 

 秀忠が、信じられないという顔で問うてきた。

 

「はい。たぶん……断熱圧縮(だんねつあっしゅく)です」

 

 俺が前世の記憶を頼りに単語を絞り出すと、座敷の空気が再び止まった。

 

「だんねつ……あっしゅく?」

 

 家康が、眉間に皺を寄せて聞き返す。

 

「えーと……」

 

 俺は必死に、江戸時代の人間に通じる言葉を探した。

 

「空気を、ですね。逃げる暇もないくらい、一瞬で急に、ギュウウッ!と狭い場所に押し縮めると……空気そのものが、怒って熱くなるんです」

 

「空気が、熱くなる?」

 

 竹千代が、不思議そうに問い返す。

 

「はい。手をこすれば熱くなるのとは少し違いますが、空気も、急に逃げ場をなくして押し込められると、猛烈な熱を持つ性質があるんです。その熱で、中の火口が赤く燃える。……たぶん、そういう仕組みです」

 

 懐の端末で、KAMI様がこっそりカンペを出してくれた。

 

『KAMI:熱が外へ逃げる暇がないから、押し縮めた分の物理的なエネルギーが、そのまま内部の温度上昇に変換されるのよ。……まあ、ボイル・シャルルの法則とか熱力学第一法則の数式は、無理に言わなくていいわ。どうせ通じないから』

 

「KAMI様、さらっと説明を投げましたね……」

 

 俺が小声で突っ込むと、天海が深く感嘆の息を漏らした。

 

「……火の神秘ではなく、空気の理によるもの。空の気にも、まだ我らの知らぬ性質があるのですな」

 

「ほう。世には、まだまだ人の知らぬ理があるということか」

 

 家康も、面白そうに顎髭を撫でた。

 

「つまり、これは奇跡や神異ではなく、我らの手でも『再現可能』なのだな?」

 

 竹千代が、最も政治的に重要なポイントを突いてきた。

 

「はい。たぶん、かなり精密に筒と棒を削り出せば、同じように作れると思います」

 

     *

 

「火打石なしで火を起こせる……。旅や陣中では、かなり便利だな」

 

 秀忠が、実用性を評価して呟いた。

 

 だが、家康の目は冷酷だった。

 

「うむ。……だが、火を起こすのが容易いということは、火付け(放火)も容易くなるということぞ」

 

「そこです!!」

 

 俺は、身を乗り出して激しく同意した。

 

「便利ですが、こんなものを江戸の町方にばら撒くのは絶対に駄目です! 江戸は木と紙の町です、火事が怖すぎます!」

 

 俺は、唐物商の手代から火熾し筒を受け取り、その構造を観察した。

 

「竹や硬い木でも作れますね。ただ、筒と棒の間に隙間があると、空気が逃げて圧縮できないので、かなり精密な加工が必要です。あと、気密性を高めるために油か革を巻き、火口も常に乾燥させておかないと使えません」

 

 控えにいた又兵衛が進み出てきた。

 

「……つまり、筒の内側を真っ直ぐ滑らかに削り出し、棒をぴたりと合わせる、指物師(さしものし)や竹細工の腕が要るのですな。伊奈の普請筋にも、竹細工や木工、指物師に伝手を持つ者はおります」

 

「そうです。ここは職人の腕が大事です」

 

「職人に作らせれば、数は増やせるのだな?」

 

 竹千代の問いに、俺は少し渋い顔をした。

 

「増やせます。ただ、少しでも質が悪いと、空気が漏れて全然火がつかない不良品になります」

 

『KAMI:江戸の技術力だと、量産不良品が大量に出るわね』

 

「……それも問題ですね」

 

     *

 

「新六郎。台帳を開け」

 

 俺が指示を出すと、新六郎が素早く筆を構えた。

 

「分類は……異星文明由来ではない。神仏ノードの奇跡でもない。呪具でもない。『外国由来の未普及技術』だ。危険度は中、火災悪用リスクは高!」

 

 新六郎が、淀みなく美しい文字で書き込んでいく。

 

『分類:外国由来未普及技術』

 

『通称:火熾し筒』

 

『原理:空気圧縮による火口発火』

 

『異星文明反応:なし』

 

『歴史改変リスク:低〜中』

 

『主リスク:火災悪用・火付け増加』

 

『火災悪用リスク:高』

 

『利用候補:旅・船・山仕事・軍中・寺社灯明』

 

『町方への流通:当面禁止』

 

「よし、完璧だ!」

 

 俺が頷いた横で、半兵衛がシャシャッと筆を走らせようとした。

 

「『水神様、火の奇跡を世の理へ戻し給う』……と」

 

「また詩的な表現にする!!」

 

「半兵衛様。御異物改方の分類台帳には、そのような感傷的表現は不要にございます。私が全て修正いたしますゆえ」

 

 新六郎が、冷徹な事務官の顔で半兵衛の筆をピシャリと止めた。

 

「新六郎! もっと言ってやってくれ!」

 

     *

 

「これは、十分に使える」

 

 家康が、火熾し筒を見据えて言った。

 

「だが、町には出せぬな」と秀忠。

 

「利用先を厳しく絞るべきです」と竹千代。

 

 俺は、あらかじめ考えていた用途と制限を読み上げた。

 

【利用候補】

 

・湿気の多い船上で火種を作る。

・山仕事や普請場で、風の中で火を起こす。

・陣中で火起こしの手間を簡略化する。

・寺社での灯明の火付け。

・火打石が濡れて使いにくい雨天後の予備。

 

【禁止候補】

 

・町方への販売および流通。

・子供や素人の使用。

・大量の無償配布。

・火薬や硝石を扱う蔵の付近での使用。

・夜間の無許可携帯(火付けの疑い)。

 

「町に広まれば、火付け改め(放火捜査)の仕事が無限に増えるな……」

 

 秀忠が、治安維持の観点から深くため息をついた。

 

「火事は本当に怖いですから。便利さよりも、絶対に安全優先でお願いします」

 

「よい。まずは公儀の御用職人に作らせ、火事にならぬ限られた場で試せ」

 

 家康の決断が下された。

 

     *

 

「誰に作らせるか、でございますが……」

 

 又兵衛が、実務家としての意見を出した。

 

「筒の隙間をなくす『精度』を出すのであれば、竹細工の者だけでなく、刀の鞘(さや)を作る鞘師や、精密な箱を作る指物師にも見せるべきかと」

 

「鞘師! 確かに、刀の鞘は空気が抜けるくらい精密に作る必要がありますもんね!」

 

「新六郎、記せ。試作は三系統。竹、硬木、角で作らせる。火口の種類の違いも比較せよ」

 

 竹千代の指示に、新六郎が即座に記録する。

 

「……いきなり、大規模な職人巻き込み型の実験計画が立ち上がった!」

 

「道具とは、実際に作って使えるかどうか試さねば分からぬからな」

 

 家康が、面白そうに笑う。

 

「大御所様が、完全に実験沼にハマっておられる……」

 

     *

 

 その夜。

 

 俺は自室で、端末の画面を見つめていた。

 

『火熾し筒:分類完了』

 

『異星文明反応:なし』

 

『未普及技術登録:一件』

 

『試作計画:竹/硬木/角』

 

『火災リスク管理規定:作成推奨』

 

『職人向け説明資料:作成推奨』

 

「……また、説明資料の作成タスクが増えた!?」

 

 俺の悲鳴に合わせ、KAMI様がポップアップを出してくる。

 

『KAMI:おめでとう。異星文明アーティファクトじゃなくても、仕事は順調に増えるわよ』

 

「こういうの、これから毎回あるのか……?」

 

『KAMI:面白いでしょ? 異星文明じゃなくても、地球のどこかにある技術が、別の場所では『奇跡』になる。……技術って、存在しているかどうかより、誰が知っていて、どこへ届いているかが重要なのよ』

 

「……情報の流通そのものが、技術の流通ってことか」

 

『KAMI:そういうこと。御異物改方って、そういう仕事でしょ?』

 

「俺、カッコいい名前を考えただけなのに……」

 

 火を生む筒は、神の奇跡でも、星の遺物でもなかった。

 

 ただ、遠い南の地で、人間が暮らしの中から見つけ出した、まだ江戸に届いていなかっただけの「技術」だった。

 

 だが、技術は届いた瞬間から、圧倒的な便利さと、同時に恐ろしい危険を連れてくる。

 

「……火を起こす道具一つで、こんなに管理の面倒が増えるのか」

 

 端末は、いつものように冷たい青文字で、ただ一言だけ返してきた。

 

『肯定』

 

「チートなのに、俺の事務仕事は一生終わらないのか……」

 

 春浅い冷たい夜空に、俺の虚しい愚痴が吸い込まれていった。




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