暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜   作:パラレル・ゲーマー

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第36話 異国人、水神の若君に会う

 ジョン・セーリスは、長く過酷な航海の末に辿り着いた『東の果ての島国』──日本の港と秩序に、驚きと感嘆を禁じ得なかった。

 

 この国は、想像以上に富んでいる。

 

 礼儀は厳格であり、誰もが誇り高く刀を帯びていた。

 

(だが……海を越え、ここまで来たのは我らだ。船と航海、そして世界の(ことわり)においては、我らが一日の長を持つ)

 

 イングランド東インド会社、クローブ号の船長としての自負が、セーリスの胸の内に確かにあった。

 

 平戸の湊で、セーリスは一人の男と再会した。

 

「まさか、この東の果てで同郷の男と再会することになろうとはな、アダムス」

 

「私も、イングランドの船が再びこの日本の海へ来る日を、長く、長く待っていた」

 

 ウィリアム・アダムス。

 

 今はこの国で『三浦按針(みうらあんじん)』と名乗っている男。

 

 セーリスは、アダムスを見て微かな違和感を覚えた。

 

 英語を話す口調こそ同郷のそれだが、彼の衣と所作、そして物を見る目は、すでに完全に『この国の者』に染まり切っていたのだ。

 

(この男は、我らの同郷でありながら……すでに『徳川』の目で世界を見ている)

 

 *

 

 セーリスは、これからまみえる日本の支配者層について、アダムスに尋ねた。

 

「大御所様は、引退してなおこの国の全ての実権を握る偉大な御方だ。秀忠公は、今のショウグン。そして……竹千代様という若君が、次のショウグンと見なされている」

 

「三代先まで我らに見せるというのか。徳川という一族は、この国を長く治め続けるつもりなのだな」

 

 アダムスは深く頷き、言葉を継いだ。

 

「そのつもりで(まつりごと)をしている。……そして、その竹千代様のすぐ側に、国松様という弟君がいる」

 

「弟も、会見の場に出るのか?」

 

「出るかもしれん。……もし会うことになったなら、決して軽く見ないことだ」

 

 セーリスは眉をひそめた。

 

「子供だろう?」

 

「子供だ。だが、徳川家中では、彼をただの子供としては決して扱っていない」

 

 アダムスの目が、少しだけ真剣な色を帯びた。

 

「民の間では、水に縁の深い若君だと言われている。『水神の若君』などと呼ぶ者もいるそうだ」

 

「水神? なんだそれは。島国の聖人か? それとも子供の預言者か?」

 

 アダムスは、はっきりと首を横に振った。

 

「聖人という感じではない。宗教家でも、預言者でもない」

 

「では、何だというのだ?」

 

「私も、詳しくは知らぬ。だが……井戸や水路、田のことに深く関わっているらしい。祈祷師というよりは……『役人』だな。ずいぶんと幼い役人だ」

 

「幼い役人?」

 

 セーリスは、その奇妙な表現にますます首を傾げた。

 

「会えば分かる。水神と呼ばれているのに、あの方についてたぶん最初に見るのは、祈りではなく、『帳面を見る目』だ」

 

 アダムスはそれ以上、国松について語ろうとはしなかった。

 

 セーリスは半信半疑のまま、駿府と江戸の会見へと向かうことになった。

 

 *

 

 駿府での大御所・家康との会見は、短く、しかし鮮烈だった。

 

 セーリスはイングランド王ジェームズ一世の書状を差し出し、献上品を披露し、通商を求めた。

 

 家康は興味を示したが、決して全てを鵜呑みにはしなかった。

 

 書状と献上品を鋭い目で検分し、穏やかに応じるだけだった。

 

(これは、ただの引退した老人ではない。この老人の一言で、この国の港も、商いも、全てが動くのだ)

 

 家康は最後に言った。

 

『江戸へ下り、秀忠にも会うがよい。そこで、我が次代の者たちにも会わせよう』

 

(次代の者たち……?)

 

 セーリスが疑問に思っていると、アダムスが少しだけ意味深に苦笑するのを見た。

 

 *

 

 江戸へ下ったセーリスは、江戸の町の途方もない規模と、「絶賛工事中」の都市のエネルギーに圧倒された。

 

 この町はまだ完成していない。

 

 泥と、木と、無数の水路が、王国そのものの骨格のように力強く組まれている最中だった。

 

 江戸城での、現将軍・秀忠との会見。

 

 秀忠は礼法と格式を重んじ、宗門や火器、交易の条件について、アダムスを通じて極めて慎重に問いを重ねてきた。

 

(駿府の家康公が『根を握る老獅子』ならば、江戸の秀忠公は、秩序を形にする『城壁』のような男だ)

 

 会談が一段落し、同席していた家康が、満足げに頷いた。

 

「竹千代と、国松を呼べ」

 

 *

 

 ふすまが開き、二人の少年が静かに入室してきた。

 

 セーリスの目が、彼らを観察する。

 

 まず、兄の竹千代。

 

 若い。

 

 だが、礼が完璧に整っている。

 

 周囲の大人が、明らかに彼を「次代の主君」として扱っており、彼自身もまた、すでに将来の支配者としての重みを漂わせて座っていた。

 

 次に、弟の国松。

 

 さらに幼い。

 

 見た目だけなら、本当にどこにでもいる小柄な普通の童だ。

 

 だが、竹千代の半歩後ろに控えるその目線は、ひどく落ち着いていた。

 

 そして周囲の大人たちが、彼を「ただの子供」を見る目では見ていないことに、セーリスはすぐに気がついた。

 

「儂の孫じゃ。よく出来た子らでのう」

 

 家康が、目を細めて紹介する。

 

「こちらが竹千代。徳川の次の世を担う者。……そしてこちらが国松。水と土のことに少しばかり縁がある、変わった童じゃ」

 

「国松は、竹千代の側で(まつりごと)を学ばせております」

 

 秀忠が、将軍の顔で補足した。

 

 アダムスが、小声でセーリスに英語で訳す。

 

「竹千代様は次のショウグンと見なされる御方。国松様は、その弟君だ」

 

 セーリスは、アダムスから聞いた噂を思い出した。

 

(これが、『水神の若君』か。……だが、あの姿は祈祷師でも預言者でもない。聖人らしい熱狂も、宗教家の陶酔もない。むしろ……何かを絶対に見落とすまいとする、冷徹な『役人の目』だ)

 

 セーリスは、自分から一切喋ろうとしない国松を見て、「噂ほどではないのか?」と一度は思った。

 

 だが、その認識は、次の瞬間に見事に覆されることになる。

 

 *

 

「どれ。あれを持ってこい」

 

 家康が楽しげに合図をすると、控えの者が、小さな木と角でできた筒を持ってきた。

 

「これは南方より流れてきた、火を生む筒をもとにしたものじゃ。……日ノ本の職人に作らせた」

 

 家康は、事も無げに言った。

 

 実演が始まる。

 

 筒に火口(ほくち)を詰め、棒を一気に押し込む。

 

 そして引き抜くと、先端の火口がチリチリと赤く光っていた。

 

「……っ!」

 

 セーリスは、本気で驚愕した。

 

「火打石も、火縄もなしに、ただ空気を押すだけで火が……!?」

 

「これは……私も知らぬ道具だ」

 

 アダムスでさえ、目を丸くしている。

 

 セーリスはここで初めて、「日本側が、欧州にもないような未知の道具をすでに持っている」という事実に衝撃を受けた。

 

「これは、木でできているのですか?」

 

 セーリスが尋ねると、竹千代が静かに答えた。

 

「竹だ。ほかに硬き木、角でも試した」

 

「我らの国ならば、鉄で作る方がよいかもしれませぬな」

 

 セーリスが商人としての見地から提案すると、家康と竹千代の視線が、同時に国松へと向けられた。

 

 国松は、一瞬だけ竹千代の顔を見上げた。

 

 竹千代が小さく、本当に微かに頷く。

 

 その許可を得て初めて、国松は口を開いた。

 

「……鉄ならば、筒と棒の隙間を小さくしやすく、空気が抜けにくいかもしれませぬ。ただ、重くなります。海で用いるなら、錆と湿気にも気をつけねばなりません」

 

 セーリスは、ハッとした。

 

 この幼い子供が、一瞬で鉄という「素材の利点と欠点」を的確に述べたのだ。

 

 国松は、静かな声で続ける。

 

「肝は、空気を逃がさぬことにございます。隙間があれば、火は生じません。……空気を一息に押し縮めると、内に熱が生じると聞いております。その熱で、乾いた火口が(おこ)るのです」

 

 セーリスは、完全に認識を改めた。

 

(この童は……これを『神具』として語っていない。完全に(ことわり)を持った『道具』として語っている……!)

 

 さらに国松は続ける。

 

「ただし、船で用いるなら、火口を湿らせぬ入れ物が必ず必要でしょう。また、火薬の近くで使ってはなりません。……火を生む道具は、火を得る道具であると同時に、扱いを誤れば『船を焼く道具』でもございます」

 

 竹千代が、スッと補足する。

 

「ゆえに、我らは使う場所と者を厳密に定め、帳面に残す」

 

(……火を生む道具を見せられた。そしてその場で、火事のリスクと、帳面による管理の話が出た。この国は……珍品をただの珍品として喜ばない。徹底して実用に落とし込もうとしている)

 

 セーリスは、背筋に冷たい汗が伝うのを感じた。

 

 *

 

「二つ、そなたらに預けよう」

 

 家康が、火熾し筒をセーリスの前に差し出した。

 

「よろしいので?」

 

「返礼品ではない。そなたらの国でも試してみよ。そなたらの国の職人なら、これを鉄でどう作るか……我が目で見てみたいのでな」

 

 セーリスは、家康の意図を察して深く礼をした。

 

「ありがたき幸せに存じます」

 

(大御所様は、我らに贈ったのではない。我らの国の技術力を『試している』のだ……!)

 

 *

 

 次に、竹千代が問いを投げた。

 

「そなたらは、日ノ本までの長き航海で、水と食料をどのように保ったのだ」

 

 次期将軍らしい、極めて実務的な問いだった。

 

 セーリスは、樽に水を積むこと、寄港地で補うこと、塩漬けの肉や堅いパンで凌ぐこと、そして長い航海では腐敗と虫、病に悩まされることを包み隠さず語った。

 

「……海を越える交易とは、ただ荷を運ぶだけではない。人と、水と、食を腐らせぬ仕組みをも運ぶということだな」

 

 竹千代の言葉に、セーリスは深く感心した。

 

 この少年は、交易を「商品」だけで見ていない。

 

 すると、再び国松が竹千代を見上げた。

 

 竹千代が頷く。

 

「……見知らぬ湊へ入る時は、測鉛(そくえん)で水深と、底の質を確かめるのでしょうか。砂、泥、岩では、錨の効きも変わると聞いております」

 

 セーリスは、ギクリとして固まった。

 

「……その通りです」

 

「船底に貝や虫がつけば、船足が落ちます。南の海では、船を食う虫も恐ろしいと聞いております」

 

 アダムスが、わずかに眉を上げた。

 

 セーリスの表情が、驚愕に変わる。

 

 国松は、静かに、だがはっきりと言い切った。

 

「私は船を動かせませぬ。帆の張り方も、舵の取り方も分かりませぬ。ただ……船は海で沈む前に、水、火、病、虫、腐り、重さ、そして浅瀬で、少しずつ危うくなっていくものだと聞いております」

 

 セーリスは、心底ぞっとした。

 

「……若君は、船の『病』についてもご存知なのですか?」

 

 セーリスが、壊血病などの長き航海における死の病を探るように問うと、国松は竹千代を見た。

 

 竹千代が、今度はひどく慎重に、微かに頷く。

 

 国松は、口にしてよいことと、決して口にしてはならないことを選び分けるように、わずかに間を置いた。

 

「長き航海では、傷が治らず、歯や歯茎が悪くなり、力を失って死に至る者が出ると聞きます」

 

 セーリスが息を止めた。

 

「……それを、どこで?」

 

「神仏の知恵にございます。ですが、私はその病の全てを解いたわけではありませぬ」

 

 国松は、答えを言わなかった。

 

 ただ、こう言った。

 

「どの食を積み、何日目に誰が倒れ、何を食べた時に少し持ち直したか。……それを、必ず帳面に残さねば、理は見つかりませぬ」

 

「国松は、安易な答えより先に『帳面』を求める」

 

 竹千代の補足が、座敷に重く響いた。

 

(……この童は、船乗りではない。帆も張れず、舵も握れぬ。だが……船がどこで傷み、人がどこで倒れ、火がどこで船を焼くかを、恐ろしいほど的確に見ている……!)

 

 セーリスは、兄弟の姿をじっと見つめた。

 

 弟は、語る前に必ず兄を見る。

 

 兄が許して初めて、言葉を出す。

 

 兄は弟を愛玩しているのではない。

 

 弟の恐るべき知恵を危険な『刃』として扱い、自らを『鞘』として収めている。

 

 弟もまた、自分の鞘が兄であることを完全に受け入れている。

 

「……今日はここまででよかろう」

 

 家康が、ほどよいところで会見を切り上げた。

 

 セーリスは深く礼をした。

 

 竹千代と国松も退出していく。

 

 国松は最後まで余計なことを一言も言わず、竹千代の半歩後ろに戻り、静かに礼をして去っていった。

 

 見た目は、ただの小柄な童だ。

 

 だが、その後ろ姿には、何か得体の知れない『巨大な帳面の山』が透けて見えるようだった。

 

 *

 

 会見後。

 

 江戸の宿舎へ戻る道すがら、セーリスは深い嘆息とともに口を開いた。

 

「アダムス……。あれは、噂以上だった」

 

「言っただろう。決して軽く見るなと」

 

 アダムスは、どこか誇らしげに笑った。

 

「水神というから、私は狂信的な聖人か預言者の類を想像していた。だが違う。あれは祈祷師ではない」

 

「そうだろう」

 

「竹千代様は、若いながら静かに人を見ている。国松様は……あれは何だ。魔術師でも、聖人でもない。だが、神童と呼ぶほかない」

 

 アダムスは、空を見上げて言った。

 

「あの御方は、普段はもう少し年相応に子供らしいと聞く。だが……理と政の話になると、別だ」

 

「私は、日本を侮っていたのかもしれないな」

 

 セーリスは、素直に認めた。

 

「侮るな。この国は、我らの国とは全く違う形で、理と政を結びつけ始めている」

 

「……ならば、この国とは何としても交易を結ぶべきだ。銀や絹のためだけではない。あの徳川という家と繋がることそのものに、巨大な価値がある」

 

 *

 

 その日の夜。

 

 ジョン・セーリスは、航海日誌を開き、羽ペンを走らせた。

 

『本日、徳川家の若君二人を見る。

 

 兄は竹千代といい、次のショウグンと見なされる少年。若いながら沈着で、周囲はその未来の地位を疑っていない。

 

 弟は国松といい、民より水神の若君と呼ばれているという。まだ幼き童であるが、火を生む筒の扱い、船上の火と湿気、水深の測り、船底の害、そして航海中の病と記録について、不思議なほど深く通じていた。

 

 兄弟は大層仲がよい。兄は弟を愛玩するのではなく、助言者のごとく扱う。弟は兄の許しを待ってから、初めて言葉を発した。

 

 この国の次代には、ただならぬものがある。

 

 日本との交易は、ただ銀と絹のためだけに求めるべきではない。

 

 徳川の次代と結ぶことには、長き価値がある──』

 

 

 




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