暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜   作:パラレル・ゲーマー

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第38話 水神様、独眼竜の船に密封箱を乗せる

 慶長十八年、旧暦七月。

 

 奥州・仙台城下では、途方もない規模の計画が、密かに、だが確かな熱を帯びて進められていた。

 

 海を越え、南蛮の地──イスパニア、そして羅馬(ローマ)を目指す『遣欧使節』の派遣である。

 

 月ノ浦の湊には大船建造のための木材が運び込まれ、水夫や職人が集められている。南蛮の宣教師ソテロとの息詰まる交渉、そして、海の果てまでこの使節団を束ねていく『正使』の人選。

 

 伊達政宗は、領国を挙げてこの計画を推し進めていた。

 

 だが、彼の脳裏から、およそ二年前に奥州の海沿いを飲み込んだ『大津波』の傷跡が消え去ったわけではない。

 

(海は、牙を剥けば村を丸ごと呑み込む。……だが、それでも奥州が外の広い世界へ出る道もまた、あの恐るべき海にしか開かれてはおらぬのだ)

 

 政宗は、眼下に広がる領地を見下ろしながら、ただ前だけを見据えていた。

 

 そんな折。

 

 江戸の公儀より、一通の短い書状が届いた。

 

『江戸へ来い』

 

 大御所・徳川家康からの、直接の呼び出しであった。

 

 政宗は、書状を静かに巻き戻し、片目だけで薄く笑った。

 

「大御所様の御召しとあらば、馳せ参じぬわけにはいくまいな」

 

 表向きは平然と言い放った政宗だが、その内心には猛烈な警戒の警鐘が鳴り響いていた。

 

(……ついに、あの船を止めに来るか)

 

 公儀の許可なく巨大な船を造ることは、今の世では謀反の兆しと取られかねない。ましてや、幕府が距離を置き始めている南蛮宗門と手を結んでの海渡りだ。

 

 さらには、数ヶ月前の大久保長安の死。長安が握っていた金銀山や代官所の帳面が次々と洗われ、幕府中枢は血なまぐさい疑獄の嵐に包まれている。……奥州の海沿いの不穏な動きが、家康の老獪な目に留まらぬはずがなかった。

 

「さて」

 

 政宗は、腰の刀に手をかけ、低く喉を鳴らした。

 

「徳川は、わしの船を沈めに来るか。……それとも、沈められぬほどの『重い荷』を乗せに来るか」

 

 *

 

 江戸へ向かう道中。

 

 政宗は、供の者から江戸城内の奇妙な噂を耳にしていた。

 

「徳川の若君に、水神と呼ばれる童がいる、か」

 

「はい。竹千代様のすぐ側に置かれ、井戸や水脈のことでひどく評判が高いとか。近頃は、異国の品や水土の御用という役目を担い、大御所様の覚えもめでたいとの噂にございます」

 

 政宗は、馬上で鼻で笑った。

 

「水神の童ね。徳川は、ついに天下泰平の御世に、小童(こわっぱ)の神仏まで(まつりごと)の道具に引っ張り出したか」

 

 政宗は、その噂を皮肉交じりに受け取っていた。

 

 だが、完全に侮ることはしなかった。

 

 なぜなら、政宗は家康の底知れぬ恐ろしさを、誰よりも肌で知っているからだ。

 

(あの家康公が、ただの『縁起物』や『子供の遊び』を己の政の真ん中に置くはずがない。大御所様が重く見る童ならば……ただの童では済まぬ)

 

 *

 

 江戸城は、いまだ完成を見ぬまま、泥と木材と人足たちの熱気に包まれていた。

 

(この町は、まだ城下ではない。国そのものを、泥から作っている途中だ)

 

 政宗は、その圧倒的な都市のエネルギーを感じながら、張り詰めた空気の漂う奥深い座敷へと通された。

 

 長安事件の余波による、少しでも隙を見せれば足元をすくわれかねない、ヒリヒリとした緊張感が城内には満ちていた。

 

 座敷で待っていたのは、大御所・家康、将軍・秀忠、次期将軍たる竹千代。

 

 そして、竹千代の半歩後ろに控える、小柄な一人の童だった。

 

 政宗は、平伏しながらも、隻眼で座敷の配置を正確に読み取った。

 

 家康は全ての中心たる根。秀忠は正面に立ちはだかる城壁。竹千代は鋭く磨かれた次代の剣。

 

 ならば、あの童は何か。

 

(……噂の水神の若君か。見た目は確かにただの童。だが、大名が命をすり減らすこの重鎮たちの密談の只中に、確かな『役割』を持って座らされている顔をしている)

 

 政宗が視線を向けても、国松と呼ばれるその童は、ピクリとも動かず、愛想笑い一つ浮かべなかった。

 

 子供らしい内輪のやり取りも一切ない。ただ静かに、息を潜めて政の場に同化している。

 

(幼いのに、妙に『黙り方』を知っている。……やはり、ただの神輿ではないな)

 

 政宗は、国松への警戒度を、密かに一段階引き上げた。

 

 *

 

「政宗。……奥州の津波の記録を見た」

 

 家康は、いきなり船の話には入らなかった。

 

 政宗の表情が、わずかに引き締まった。探り合いの腹芸が始まったのだ。

 

「……あれは、海が我らに牙を剥いた、恐ろしい夜にございました」

 

 政宗の脳裏に、凄惨な記憶が蘇る。

 

 海沿いの村が一瞬で濁流に消えた。大船が山際まで押し上げられ、豊かな田畑は塩に沈み、引き波の後に海を見に行った者たちは一人として戻らなかった。

 

 それでも。

 

「海は恐ろしい。……ですが、大御所様。奥州が外の広い世界へ出る道もまた、あの海にしか開かれてはおらぬのです」

 

 政宗の言葉に、家康が目を細めた。

 

「だから、船か」

 

「……はい」

 

 政宗は、本心を隠して白々しく笑ってみせた。

 

「田舎大名が、少しばかり大きな船に夢を見ているだけにございます」

 

「相変わらず、白々しいわ」

 

 家康が低く笑う。

 

 二人の間に、目に見えない火花が散った。

 

 *

 

 家康が、ついに本題に切り込んだ。

 

「政宗。そなた、海の向こうへ遠く手を伸ばすつもりであろう」

 

 政宗は、今回は逃げなかった。ここで引けば、船を解体される。

 

「はい。通商の道が開けるならば、奥州は豊かになります。それは日ノ本のためにもなりましょう」

 

「宗門は、どうする」

 

 秀忠が、将軍の冷徹な声で鋭く問うてきた。

 

「交易の道具として使う者はおります。ですが……奥州の地を、南蛮宗門の神の国に売り渡すつもりなど、毛頭ございませぬ」

 

 秀忠は、表情を一切変えずに言った。

 

「言葉ではなく、後の『仕組み』で示せ」

 

「承知仕りました」

 

 政宗は、息を詰めた。

 

(来るか。ここで、大船建造の差し止めか、あるいは南蛮人追放の命が下るか)

 

 だが、家康の口から出た言葉は、予想を裏切るものだった。

 

「そなたの船は、止めぬ」

 

「……」

 

 政宗は、内心の驚きを必死に抑え込んだ。

 

 しかし、家康はゆっくりと、恐ろしいほどの圧を伴って言葉を継いだ。

 

「だが。その船に、徳川の荷を『一つ』乗せる」

 

 座敷の空気が、一瞬で氷のように張り詰めた。

 

 *

 

 控えの者が、恭しく一つの「小箱」を運んできた。

 

 箱自体は小さい。だが、それを置く所作から、その箱の扱いが『異様に重い』ことが伝わってくる。

 

 政宗の隻眼が、その箱を捉えた。

 

 家康の封。秀忠の封。徳川家の厳重な印。

 

 さらに、見慣れない封印札が貼られ、封蝋や紐の結び目が、これまでに見たことがないほど複雑に絡み合っている。

 

(これは……ただの書状ではない。何か、得体の知れない『物』が封じられている)

 

 政宗の勘が、そう告げていた。

 

「この箱を、そなたの使節に預ける」

 

「……宛先を、伺っても?」

 

羅馬(ローマ)の法王へ」

 

 政宗の顔が、この日初めて、ハッキリと驚きに動いた。

 

「……法王へ、でございますか」

 

 秀忠が、冷徹な将軍の命を下す。

 

「伊達の交易書状とは、完全に別に扱え。イスパニアの王宛てとも混ぜるな。同行する宣教師にも、絶対に預けるな。……お前の使節の長の手で、指定された相手にのみ、直接渡せ」

 

 政宗は、徳川の真意を理解し、戦慄した。

 

(この荷は、伊達の船に乗るが、伊達の荷ではない。徳川の極秘の荷。……そういう扱いか)

 

「大御所様」

 

 政宗は、ニヤリと笑みを浮かべた。

 

「中身は……聞かぬ方がよい荷にございますな」

 

「聞かぬ方が、そなたも楽であろう」

 

「では、聞きませぬ」

 

 政宗は、それ以上中身を探ろうとはしなかった。

 

 好奇心はある。だが、聞けば答えを求めたことになる。答えを聞けば、預かる責任が増える。

 

 そして何より、家康が説明しないということは、最初から「中身を知らずに運ぶこと」が絶対条件なのだ。

 

 それが、政治家の腹芸というものだ。

 

 *

 

 政宗は、箱の表面に貼られた、もう一つの見慣れない札に目を留めた。

 

「大御所様。この封印札は……どなたの御手によるものですかな」

 

 家康が、無言で国松へ視線を流した。

 

 国松が、初めて静かに口を開いた。

 

「私が、関わっております」

 

「……水神の若君が?」

 

「はい。ただし、これは開けるための札ではございません。『開けさせないため』の札にございます」

 

 政宗は、一瞬だけ喉の奥で笑った。

 

「なるほど。水神様は、水だけでなく、箱の口も封じられるか」

 

「海を渡る荷は、口が軽いほど、水底へ沈みやすいと聞いておりますゆえ」

 

 政宗は、その見事な返しに、国松への認識をもう一段階改めた。

 

(この童……冗談に聞こえる皮肉を、完璧な『実務の言葉』として返しおった。中身を一切説明せず、外側の運用の重さだけを突きつけてきおる。……やはり、ただの縁起物ではない)

 

「誰に持たせる」

 

 家康が問う。

 

 政宗は、即答した。

 

支倉六右衛門常長(はせくらろくえもん・つねなが)

 

 政宗の脳裏に、実直で、派手さの欠片もない男の顔が浮かぶ。

 

「決して、派手な男ではございませぬ。口が上手いわけでもない。……だが、こういう『重い荷』を守り抜くには、命令を曲げず、異国の風に浮かれず、南蛮の熱に呑み込まれぬ、地味で口の堅い男が向いております」

 

「よかろう。その者を、近々江戸へ出せ。荷を持つ者へ、直接手順を授ける」

 

「承知いたしました」

 

 秀忠が、矢継ぎ早に条件を出す。

 

「箱は支倉本人に扱わせよ」

 

「途中で開けるな。誰にも見せるな」

 

「伊達の交渉材料には絶対にするな」

 

 竹千代が、静かに補足を入れる。

 

「箱の所在と扱いは、毎寄港ごとに必ず記録させてください」

 

「伊達の使節の荷とは、別帳面にいたしましょう」

 

 国松が、もう一つだけ言葉を添えた。

 

「湿気、火、盗難。……そして何より、『好奇心』が敵です。一番厄介です」

 

「好奇心か」

 

「はい。人間は、中身を知らぬ箱ほど、開けたがる生き物ですから」

 

 政宗は、それを聞いて愉快そうに笑った。

 

「まこと、その通りだ。……だが、伊達の者は義に死すとも、徳川の封は開けませぬよ」

 

 *

 

 会見が進むにつれ、政宗は自らの背負った『船』の重みが、劇的に変わっていくのを感じていた。

 

 徳川は、伊達の船を潰さなかった。

 

 むしろ、徳川の密命を乗せ、公儀の意思を運ぶ船として利用したのだ。

 

 これは、危険極まりない。

 

 だが、同時に伊達の船の『格』を、天下の船へと押し上げるものだった。

 

 ただの仙台の夢ではなくなった。

 

 徳川の密封された意思を、世界の中心であるローマまで運ぶ船になるのだ。

 

(面白い。海へ出るというのなら、このくらい重い荷を背負ってこそ、渡り甲斐があるというものよ)

 

 政宗は内心で吠えたが、表の顔はあくまで慎重な大名のそれだった。

 

「大御所様。これは……わしの船に積むには、少々重すぎる荷にございますな」

 

「海へ出るとは、そういうことよ」

 

 家康が、ニヤリと笑う。

 

「ならば……決して沈ませませぬ」

 

 政宗のその見事な切り返しで、会見の空気は完全に締まった。

 

 家康が、最終的に言った。

 

「政宗。そなたの船は、奥州の夢を運ぶ。そこに、徳川の封じた『声』も乗せる」

 

 政宗は、家康の「声」という表現に一瞬だけ引っかかりを覚えた。

 

 だが、もはや問うことはしなかった。

 

「承知いたしました。奥州の船、しかと海を渡らせます」

 

 *

 

 政宗が江戸城を出ると、供の家臣が不安そうに問いかけてきた。

 

「殿……。あの重々しき小箱、中身は一体何でございましょう」

 

 政宗は、片目で青空を見上げながら、短く笑った。

 

「知らぬ」

 

「し、知らぬまま、預かられるので!?」

 

「知らぬからこそ、預かれる荷もあるのだ」

 

 政宗は、腰の刀をポンと叩いた。

 

「ただの書状ではない。だが、徳川が伊達の船を止めず、あれを乗せた。ならば我らの船は、もう伊達だけの船ではない」

 

「それは……我らにとって、喜ぶべきことで?」

 

「危ういことだ。だが、海へ出るとは、そもそもが危ういことよ」

 

 政宗は、伊達の屋敷へ戻ると、即座に命を下した。

 

「六右衛門を呼べ。……あの男に、とてつもなく重い荷を持たせる」

 

 *

 

 一方、江戸城の奥深く。

 

 政宗が退出した後の座敷で、俺は『封印箱の控え台帳』を見つめていた。

 

 中身は、あの「通話札」。

 

 だが、外からはただの厳重な密封書状にしか見えない。

 

(政宗公には、中身の機能は一言も言っていない。……言えるわけがない。それでも、あの人は箱の『政治的な重さ』だけを正確に理解して、持っていくと決めたんだな)

 

 戦国を生き抜いた独眼竜の底知れぬ腹芸に、俺はただただ感嘆するしかなかった。

 

 端末の画面に、青白いログが流れる。

 

『ローマ法王宛て密封箱:外部託送段階へ移行』

 

『支倉常長向け・外封取り扱い説明書:作成準備』

 

『ローマ法王本人向け・内封取り扱い説明書:作成準備』

 

『誤開封対策:最終確認完了』

 

『初回通話台本:未完成』

 

「……台本、まだ完全に白紙なんだよなあ」

 

 俺が頭を抱えると、KAMI様がポップアップを出してきた。

 

『おめでとう。東の水神童から、西のローマ法王への歴史的な『第一声』を考える係よ』

 

「胃が痛い……」

 

 伊達政宗の船に乗るのは、奥州の夢だけではない。

 

 徳川が厳重に封じた、まだ世界の誰も聞いていない声もまた、海を越えようとしていた。

 

 ただし、その声が、ローマの地で最初に何を言うべきなのかは。

 

 台本係の俺を含めて、まだ誰も決められていなかった。

 

 




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