暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜   作:パラレル・ゲーマー

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第41話 水神様、十年夢見の札を鑑定する

 慶長十八年、旧暦十月頃。

 

 秋の冷え込みが本格的になり始めた江戸城の自室で、俺は途方もない量の「翻訳作業」に忙殺され、完全に死にかけていた。

 

『京向け水土作法要約』『禁裏御料試験田案』『寺社領向け誤解防止文』『水神信仰過熱リスク対応案』……。

 

「……無理だ。(みやび)な翻訳って、現代語訳より何倍も難しいぞ」

 

 俺は筆を投げ捨て、頭を抱えた。

 

「『塩水選』を『水徳により清き種を選ぶ作法』とか書いたら、絶対にお祈りだけで済まそうとする公家や僧侶が出てくるし。かといって『ただ塩水に沈めて浮いたやつを捨てるだけです』なんて書いたら、禁裏向けの資料として味気なさすぎて角が立つし……。なんで俺が、農業マニュアルのローカライズなんてやらなきゃいけないんだ!」

 

 そこへ、書記役の新六郎が、静かにふすまを開けて入ってきた。

 

「若君。酒井家より、内々の御相談がございます」

 

「酒井家? 徳川譜代筆頭の、あの酒井家が? 何の相談だ?」

 

 新六郎は、声を一段落として言った。

 

「……我が家に伝わる『家宝の奇物』について、御異物改方の長たる若君に、一度御検分いただきたいと」

 

 俺は、天を仰いだ。

 

「今度は何ですか……!」

 

 *

 

 江戸城内の、人払いがされた小座敷。

 

 出席者は、大御所・家康、秀忠父上、竹千代兄上、俺。そして、酒井家の当主筋の者と、必要最低限の側近のみ。

 

 外様大名の伊達政宗の時とは違う、徳川の身内中の身内による、極めて重く静かな空気が流れていた。

 

「大御所様。本日は、我が酒井家に古くより伝わる秘札を御覧いただきたく、持参仕りました」

 

 酒井殿が、恭しく小さな黒漆の箱を差し出した。

 

 箱はひどく古びているが、恐ろしいほど手入れが行き届いている。

 

 中には、黒ずんだ、木とも金属ともつかない質感の薄い『札』が収められていた。

 

 表面には、文字とも文様ともつかない、細密な溝のようなものが走っている。神社仏閣の護符のようにも見えるが、どこか異様な、冷たい人工物のような空気を放っていた。

 

「……これは、我が酒井家において、十年に一度のみ、『夢の異人』へ問いを立てることができると伝わる、秘札にございます」

 

 俺は、内心で完全に固まった。

 

(十年に一度? 夢の異人? ……それ、絶対にただの護符じゃないやつだ。間違いなく、ガチの異物案件じゃないか!)

 

 酒井殿は、深く頭を下げたまま言葉を継いだ。

 

「この札は……かつて一度、徳川家の大事に際し、我が家が秘かに用いたことがございます。その折に夢の異人より得た助言によって、大御所様は大きな難を越えられました」

 

 その瞬間。

 

 家康の表情が、劇的に変わった。

 

「……あの時の、札か」

 

 家康は、札を見つめ、低く、重い声で呟いた。

 

 秀忠と竹千代が、わずかに反応して家康を見る。二人も、その過去の詳細は知らないようだった。

 

「若き日のことじゃ」

 

 家康が、懐かしさと、微かな恐れを込めて静かに語った。

 

「まだ徳川が、天下を望むなど夢にも思えぬ頃。……酒井が一度、奇妙な助言を得たことがあった。その助言がなければ、儂は一つ、大きな難を越えられなんだかもしれぬ」

 

 家康は、それ以上詳細は語らなかった。

 

 あの夜、あの道を選んでいなければ。あの者を疑わずに進んでいれば。あの一手を遅らせていれば。……戦国のどの出来事かは分からないが、家康の命に関わる重大な分岐点だったことは確かなようだった。

 

 家康は、酒井殿を見て深く頷いた。

 

「うむ。……こやつは信頼できる。酒井の家が、この札を軽々しく表へ出すはずがない」

 

 その一言で、酒井家の譜代としての格と、家康の絶対の信頼が示された。

 

 *

 

「大御所様」

 

 酒井殿が、再び口を開いた。

 

「この札は、我が家の家宝として長く秘してまいりました。……されど近頃、公儀において『御異物改方』という、奇物を正しく見分け、危うきものを封じる御役目が立ったと伺っております」

 

 酒井殿の視線が、静かに俺へと向けられた。

 

「もしこれが、酒井家一門だけで抱え続けるには、あまりにも重すぎる品であるならば……公儀の御手にて管理していただくべきかと考えました」

 

「良いのか。酒井の家宝であろう」

 

「家宝なればこそ、徳川の御為に置かれるべきものにございます。……徳川を救うために伝わった家宝にございますれば、公儀の奥深くにて封じられるのが、本懐にございましょう」

 

 家康は満足げに頷いたが、すぐには箱を受け取らなかった。

 

「国松。お前の目で、しかと見極めよ」

 

 *

 

 俺は、にじり寄って札を観察した。

 

 外部の重臣がいる場なので、俺は表向きは極めて落ち着いた「神童」の顔を保っている。

 

(紙でも木でもない。熱くも冷たくもない。触れると、指先に微かな振動を感じる……)

 

 俺の視界の奥で、端末が薄く赤いアラートを点滅させた。

 

『既存技術外反応:強』

 

『神仏ノード系反応:極低』

 

『異星文明テクノロジー反応:高』

 

『因果接続系:検出』

 

(いんがせつぞくけいって何!? 聞きたくないSF単語が出た!)

 

 俺は、心の中で必死にヘルプを呼んだ。

 

(KAMI様! これ、どうです!?)

 

 空間が微かに歪み、俺の横にKAMI様がひょっこりと現れた。

 

 黒髪ゴスロリ姿の彼女は、なぜか片手に京菓子のようなものを持ち、モシャモシャと食べていた。

 

『やっほー。大当たりね。間違いなく、ガチの異星文明テクノロジーよ』

 

(軽い! 言い方が軽い!)

 

『軽く言うとね、この札は……同じ世界線の『二〇二五年』にいる日本人を、夢の助言者として呼び出す通信端末よ』

 

「……は?」

 

 俺は、危うく声に出して叫びそうになった。

 

(同じ世界線の、二〇二五年の日本人!?)

 

『そう。別世界でも並行世界でもない。この歴史の真っ直ぐな延長線上にいる、未来の日本の人間だけと繋がるの。向こうからすれば、妙にリアルな時代劇の夢を見るだけよ』

 

(強すぎませんか、それ! 完全な未来予知チートじゃないですか!)

 

『そこまで便利じゃないわよ。これは、歴史を自由に変えられるタイプの札じゃないの』

 

(……歴史を、変えられない?)

 

『この札で得られる助言は、基本的には『すでに歴史の中に織り込まれている』ものだけなの。酒井家が昔これを使って家康を助けたことも、今の歴史の一部。だから成立しているのよ』

 

(つまり、未来を変えるためじゃなく、元々あった『歴史の隙間』に、未来人からの助言がスッポリ入ってるタイプ……?)

 

『そう。歴史に織り込まれた助言を拾う札ね』

 

 KAMI様は、京菓子を飲み込んで少しだけ真面目な声になった。

 

『ただし。最終手段として、一度だけ、歴史を無理やり大きく曲げることもできるわ。でもその場合、強烈な因果負荷がかかって、札は二度と使えなくなるわよ』

 

(一回だけ歴史改変可能。ただし壊れる……。重すぎる!)

 

『しかも、これ本来は『二〇二五年より後』の未来で製造されたものよ』

 

(……はい?)

 

『本来の用途は、未来側の人間が、過去の人物に話を聞くための調査端末。歴史研究とか、記憶の抽出とかね。それが何らかの事故か投棄で、こっちの過去の時代に落ちてきちゃったのよ。だから、慶長側の人間から見ると、『未来の人間へ問いを立てる夢の札』になってるわけ』

 

(時系列が完全にバグってる……)

 

『異星文明テクノロジーあるあるよ。慣れなさい』

 

(慣れたくないです)

 

 *

 

『他にも制約が山ほどあるわよ』

 

 KAMI様が、指を折りながら説明する。

 

『第一に、十年に一度しか繋がらない。因果の冷却期間ね。第二に、向こうは夢だと思ってるから無責任に答える。第三に、相手が歴史の専門家とは限らない。米の話を聞いたら、ただの米好きの会社員が出るかもしれないわ。第四に、夢の中だからスマホで検索できない。うろ覚えの知識が混じるわよ。……第五に、徳川の永遠の存続とか、重大な歴史改変を聞こうとすると、ノイズが増えて無理に使えば札が壊れるわ』

 

(これ、思ったよりめちゃくちゃ使いづらいですね……)

 

『だから『奇物』なのよ。万能だったら、とっくに神具として歴史をぶっ壊してるわ』

 

 *

 

 俺は、KAMI様から得た情報を、この時代の言葉に合わせて慎重に「翻訳」し始めた。

 

 そのまま「二〇二五年」とか「異星文明」と言っても、絶対に伝わらないからだ。

 

「……大御所様、父上、兄上。酒井殿」

 

 俺は、札から顔を上げ、静かに言った。

 

「これは、異世(いせい)の者ではなく……同じこの世の『後の時代』にいる日ノ本の者の夢へ、一時だけ問いを届かせる札のようです」

 

「……後の世の日ノ本の者、か」

 

 家康が、低く唸った。

 

「国松の前世と同じ頃の者か」と秀忠。

 

「近いです。ただし、相手はこちらへ生まれ変わってくるわけではありません。向こうは、ただ不思議な夢を見ていると思うだけでしょう」

 

「夢ゆえ、答えに責任を負わぬか」

 

 竹千代が、冷徹に欠点を指摘した。

 

「はい。しかも相手が、その問いの『専門の学者』とは限りません。答えをそのまま信じ込むのは、極めて危険です」

 

 家康は、腕を組んで言った。

 

「だが、酒井が昔得た助言は、確かに役に立ったぞ」

 

「それは……おそらく、酒井殿がその助言を得て大御所様を救ったこと自体が、すでに『歴史の中』に最初から含まれていたからです」

 

「歴史に含まれていた……?」

 

「はい。この札は、歴史を自由に変えるための道具ではなく、元から歴史の中にあった助言を拾う道具に近いのです。……無理に大きく歴史を曲げようとすれば、おそらく、札は二度と使えなくなります」

 

「一度きりの無理は、利くのだな」

 

 秀忠が、将軍としての目で確認する。

 

「おそらく。……ただし、その一度で札は完全に壊れます。しかも、何がどこまでどう変わるかは、誰にも分かりません」

 

 竹千代が、静かに結論を下した。

 

「ならば、今使うべきではないな」

 

「はい。少なくとも、興味本位や、少し先の未来の確認程度で、軽々しく使うものではありません」

 

 *

 

 家康は、札を見つめたまま、深く息を吐いた。

 

「……未来へ問う札でありながら、未来を乱せぬ札か」

 

「はい」

 

「まこと……また厄介な奇物じゃな」

 

 家康は苦笑したが、若き日に救われた記憶があるため、決して軽く扱おうとはしなかった。

 

「酒井が家宝として秘してきたのも分かる。使えば、必ず役に立つ。……だが、使い方を誤れば、問いそのものが災いとなる」

 

 家康は、統治者としての絶対の判断を下した。

 

「使わずに済むなら、使わぬ。使う時は……徳川の存亡、あるいは天下の民の命が大きく失われる時のみじゃ」

 

「御異物改方にて、厳重に封印すべきです」

 

 秀忠も同意した。

 

「使用条件を書き残すべきです。『十年に一度』『問いは一つ』『興味本位不可』『歴史を大きく変える問いは禁』と」

 

 竹千代が、即座にルールを策定する。

 

「……はい。封印台帳を作ります」

 

 俺は、表向きは真面目に平伏しながら、内心で血の涙を流していた。

 

(また台帳が増えた……!)

 

 *

 

 酒井殿が、深く頭を下げた。

 

「ならば、この札。酒井家より、公儀へ献上いたします」

 

「良いのか。家宝であろう」

 

「家宝なればこそ、徳川の御為に置かれるべきものにございます。かつて一度、徳川を救った札でございますれば、これからも徳川の大事に備え、公儀の奥深くにて封じられるのが本懐にございましょう」

 

 家康は、静かに、深く頷いた。

 

「酒井らしいわ」

 

 俺は、一つだけ実務的な補足を入れた。

 

「酒井殿。酒井家には、この札の由来と、過去の『使用記録』を、可能な範囲で書き出してもらえますか」

 

「使用記録、ですか」

 

「はい。当時の言葉、誰が聞いたか、何を問うたか、何を答えられたか、そして……どのように解釈したか。分かる範囲で構いません。……この札は、答えそのものより、『問いと解釈の記録』が重要になります」

 

 酒井殿は、感心したように俺を見た。

 

「心得ました。……水神の若君は、奇物にも必ず帳面を求められるのですな」

 

「奇物ほど、帳面が必要です」

 

 俺の即答に、家康が小さく笑った。

 

 そして、この札は「酒井家献上」ではなく、酒井家の誇りを立てて「酒井家由来、徳川公儀預かり」として、御異物改方の最重要封印品として登録されることが決まった。

 

 *

 

 酒井殿が下がり、座敷に身内だけが残った瞬間。

 

 俺は、ドッと緊張が解けて畳に崩れ落ちた。

 

「……また、とんでもないものが来た……」

 

「お前のところへは、よく妙なものが集まるのう」

 

 家康が面白そうに言う。

 

「集まってほしくないです! 私の胃が持ちません!」

 

「だが、酒井家が抱えたまま、未来の当主が間違った使い方をするよりは、はるかによい」と秀忠。

 

「今後、他の譜代や寺社からも、似たような家宝が持ち込まれるかもしれんな」

 

 竹千代の冷ややかな予測に、俺は悲鳴を上げた。

 

「兄上、やめてください! そういう予言は本当に当たるんですから!」

 

 身内ノリのやり取りの中、家康が札を見つめて、少しだけ遠い目をした。

 

「……あの時、酒井が得た言葉は、儂にとってただの夢言(ゆめごと)ではなかった」

 

「どんな助言だったんですか?」

 

 俺が探りを入れると、家康は微笑むだけで答えなかった。

 

「まだ言わぬ。……いずれ、必要があればな」

 

(……歴史に織り込まれた助言、か。大御所様は、本当に底が知れないな)

 

 *

 

 夜。

 

 自室に戻った俺の端末に、新しいログが表示された。

 

『酒井家由来・十年夢見の札:御異物改方へ登録』

 

『分類:異星文明テクノロジー/因果接続系』

 

『機能:同一世界線二〇二五年日本人との夢問答』

 

『使用間隔:十年』

 

『歴史改変制約:極大』

 

『使用方針:原則封印』

 

『酒井家過去使用記録:提出待ち』

 

『最重要封印台帳:作成必須』

 

「……また封印台帳……!」

 

『よかったじゃない。今回は使わずに済んだんだから』

 

「使ってないのに仕事が増えるの、全く納得いかないんですけど」

 

『保守運用って、使わないものほど管理が面倒なのよ』

 

「……真理すぎて、反論できないのが嫌だ……」

 

 酒井家が差し出した古い札は、十年に一度だけ未来の夢へ問いを投げる、恐るべき奇物だった。

 

 だが、それは未来を自由に変える万能の札ではない。

 

 歴史の中にすでに織り込まれた声を拾い、無理に曲げれば二度と戻らぬ、危うい一枚だった。

 

 未来へ問えるからこそ、軽々しく問うてはならない。

 

 そうしてまた一つ、徳川の奥深くに、俺の頭痛の種となる「使わないために守るべき奇物」が増えたのだった。

 

 




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