暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜   作:パラレル・ゲーマー

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第43話 水神様、伴天連追放の文に胃を痛める

 慶長十八年、旧暦十一月。

 

 木枯らしが江戸城の瓦屋根を叩き、冬の寒さが一段と厳しさを増し始めた頃。

 

 ローマ法王宛ての『徳川の密封された声』を乗せた支倉常長の船が海へ出たという出航報告の直後、俺の元へ、まるでその外洋への動きとバランスを取るかのように、全く逆の方向性を持つ分厚い書類の束が回ってきた。

 

伴天連追放之文(ばてれんついほうのふみ)草案』

 

『宗門改めに関する公儀方針』

 

『南蛮宗門と大名・商人の結びつきに関する懸念報告』

 

 俺は、その表題を見ただけで、顔からサッと血の気を失った。

 

「……うわ、来たか」

 

 思わず口から漏れた声は、ひどく乾いていた。

 

(外にはローマ法王へ通話札を送り出しながら、内ではキリスト教の宣教師を追放し、信仰を禁じる。……これ、事情を知らない人間から見たら、完全に矛盾した狂気の政策だよな)

 

 だが、今の幕府にとっては全く矛盾していない。

 

 南蛮の最新技術や知識を引き出すための『外交チャンネル』は欲しいが、国内で特定の宗教勢力が大名や民と結びつき、政治化・武装化することは絶対に許さない。

 

 ……それが、徳川家康の冷徹な統治の結論なのだ。

 

 *

 

 江戸城内の重々しい座敷。

 

 家康、秀忠、竹千代、そして法案の作成を担う金地院崇伝(こんちいんすうでん)や本多正純らが集まり、宗門対策についての最終的な詰めを行っていた。

 

 俺は、今回は口を挟むことなく、竹千代の後ろの末席で静かに控えていた。

 

「南蛮の宗門が、一部の大名や商人、そして領民に深く根を張りつつある。宣教師どもが、異国の勢力と繋がっていることは疑いようもない」

 

 本多正純が、冷徹に状況を報告する。

 

「宗門を通じて、領主である我ら大名より、異国の神父の言葉を重んじる者が増えれば、いずれ必ず国は裂けます」

 

 秀忠が、将軍としての危機感を露わにする。

 

「ゆえに、文には明らかに示すべきです。伴天連の教えは、日ノ本の法と秩序を根底から乱す邪法として退ける、と」

 

 崇伝が、厳しい表情で法案の趣旨を語る。

 

 家康は、じっと黙って彼らの報告を聞いていたが、やがて静かに口を開いた。

 

「……信じる心そのものを、刃で断ち切れるとは、儂も思ってはおらぬ」

 

 その言葉には、宗教というものの本質を知る老獪さがあった。

 

「だが。異国の手が、その『信じる心』を通じて、日ノ本の奥深くまで伸びてくるというならば……それは、断たねばならぬ」

 

(……信仰そのものと、国家侵略のルートが、この時代では切り離せない。だから、弾圧という形をとるしかないんだ)

 

 俺は、彼らの議論が『国を守るため』の現実的な防衛策であることを理解しつつも、内心でひどく胃を痛めていた。

 

 *

 

 懐の端末が、微かな振動とともに冷酷なアラートを視界に浮かび上がらせた。

 

『キリスト教信仰そのもの:信仰体系。悪意判定不可』

 

『当時のイベリア勢力:布教・通商・植民地拡大が複合的に進行』

 

『日ノ本植民地化回避寄与:極めて高』

 

『信仰弾圧による民衆被害:極めて高』

 

『未来倫理評価:禁教・弾圧政策は否定的』

 

『歴史改変リスク:極大』

 

『大御所への詳細開示:絶対非推奨』

 

「……うわ。最悪のやつだ」

 

 俺は、誰にも聞こえない声で呟いた。

 

(どっちを選んでも、誰かが苦しむ。……正解なのに間違いで、間違いなのに正解。これが歴史の重さか)

 

 *

 

 軍議のような重い会議が終わり、俺が自室へ戻ろうとした時。

 

「国松。来い」

 

 竹千代兄上に、声もかけずに袖を引かれた。

 

 向かった先は、竹千代の学問部屋の奥、完全に人払いがされた二人だけの密室だった。

 

 竹千代は、俺を座らせるなり、射抜くような目で言った。

 

「国松。……先ほどの座敷から、ずっと顔が悪いぞ」

 

「私はいつも、書類仕事のせいで顔色が悪いですよ」

 

「誤魔化すな。お前のそういう顔は、単なる腹痛ではない。……『未来を見た顔』だ」

 

 俺は、言葉に詰まった。

 

 竹千代は、俺の沈黙を全て見透かすように、静かに、だが深く問いかけてきた。

 

「実際どうなのだ。……この伴天連追放、そして宗門を禁ずるという策は。お前の知る『後の世』という意味で、どう評価されている」

 

 *

 

 俺は、深く息を吐き出した。

 

 そして、兄の目を見て、慎重に、しかしハッキリと言った。

 

「まず、大前提としてはっきり言います。……キリスト教という教えそのものに、日ノ本を滅ぼそうとする悪意があるわけではありません」

 

 竹千代が、少しだけ驚いたように眉を動かした。

 

「……伴天連の教えそのものが、悪ではないと申すか」

 

「はい。ただ純粋に、救いを求めて信じている人がいます。病や、貧しさや、身分の低さ、罪の意識、死への恐怖。そういう、どうしようもない苦しみから救われたいと願って、真剣に祈っている人たちです。……そういう民を、ただの『悪』として斬り捨てるのは、間違いです」

 

 俺は、未来の価値観を少しだけ口にした。

 

「後の世では、人が何を信じるかを、国がむやみに罰してはならない、という考え方が大きな価値になります。自分が何を信じるか、それだけの理由で国が人を罰することは、間違いだとされる時代が来ます」

 

 竹千代は、黙って聞いていた。

 

「……ならば、此度の伴天連追放は、完全なる誤りか」

 

 俺は、即答できなかった。

 

 *

 

「……宗教や、人の心の面だけで見れば、後の世では誤りだと批判されます」

 

 俺は、拳を強く握りしめて言った。

 

「けれど。……国家防衛の面から見ると。この時代の幕府が、南蛮宗門を強烈に危険視したことは、ある意味では『正解』なのです」

 

「なぜだ」

 

「この時代の海の向こうでは、布教と交易、そして軍事と『植民地化』が、完全には切り離されていません。イスパニアやポルトガルは、まず信仰を広げ、交易の拠点を作り、やがて隙を突いて土地と人を支配する。……そういう動きを、世界の各地で実際にやっています」

 

 竹千代の目が、獲物を狙う鷹のように鋭くなった。

 

「……」

 

「もちろん、日本に来たすべての宣教師が侵略者だったわけではありません。本気でこの国の人間を救おうとした立派な神父様もいます。……でも、国としての動き、海の向こうの『巨大な国の意志』は別です。信仰は、時に外から国を食い破るための『入口』になりました」

 

「つまり……教えそのものと、その教えを背負って来る国の動きは、全く別のものであると」

 

「はい。でも、今のこの時代では、それを完全に分けて扱うのが、ひどく難しいのです」

 

 *

 

 俺は、この禁教政策が持つ、歴史上の最大の『功績』を口にした。

 

「後の世の歴史から見ると……この日ノ本という国が、南蛮の『植民地』にならなかったことは、とてつもなく大きな意味を持ちます」

 

「植民地」

 

「異国に土地を支配され、富と資源を奪われ、奴隷のように人を使われ、政も法も全て外から決められる……そういう悲惨な状態のことです」

 

 竹千代の顔が、岩のように険しくなった。

 

「この国は、そうならずに済みました。理由は一つではありません。海の距離、武士の圧倒的な軍事力、国内の統一、公儀の統制、異国への警戒……いろいろあります。ですが、その中に、『伴天連と南蛮勢力を厳しく抑え込んだこと』も、間違いなく含まれます」

 

 竹千代は、俺の言葉を噛み砕き、完璧に整理した。

 

「つまり、伴天連追放は……民の心を殺して苦しめる誤りでありながら、同時に、国が外から食われるのを防ぐ『正解』でもあったということか」

 

「はい。……だから、一番嫌なんです」

 

 俺は、苦し紛れに俯いた。

 

 *

 

 竹千代が、静かに問うた。

 

「国松。……法で禁じ、追放すれば、この宗門は日ノ本から完全に消えるのか」

 

「消えません」

 

 俺は断言した。

 

「……残るのか」

 

「表向きは消えても、隠れて残ります。何代にもわたって、親から子へ、隠れて命懸けで信仰を守り続ける人たちが出ます」

 

 竹千代が沈黙する。

 

「だから……武力で信仰の火を完全に消すことはできません。できますが、それは表から隠すだけです。そして、隠れた信仰は、さらに深い苦しみと犠牲を生みます。……禁じても消えない。許せば外勢力の入口になる。この時代の幕府には、きれいな答えがないんです」

 

 竹千代は、深くため息をついた。

 

「ならば、なおのこと、苦いな」

 

「……はい」

 

 *

 

「これは、大御所様には言えんな」

 

 竹千代が、低い声で言った。

 

「はい」

 

「宗教の面では誤り。だが、国を守る面では正解。後の世では批判されるが、今それを変えれば日ノ本の存立が危うくなる。……そのような先の先の評価を、今まさに決断を下している大御所様に聞かせれば、判断を不要に濁らせるだけだ」

 

「大御所様は、今まさに国を守るために、己の泥を被って決断しています。その決断が後の世でどう批判されるかまで背負わせるのは、あまりにも酷です」

 

「ならば、二人だけの秘密だ」

 

「はい。……二人だけの秘密にしましょう」

 

 俺と竹千代は、歴史の暗部を前に、決して大御所には言えない共犯関係を結んだ。

 

 *

 

 だが。

 

 俺はただ「黙って従う」だけで終わらせたくはなかった。

 

「兄上。大方針は変えるべきではないと思います。……ですが、実務の『運用』は、少しでもマシにできます」

 

「どういうことだ」

 

「外国の宣教師や、それに連なる大名たちと、ただ教えを信じているだけの民を、明確に『分けて』見ることです。もちろん、完全に分けるのは無理です。でも、せめて帳面の記録上は分けるべきです」

 

 俺は、竹千代に具体的な分類を提案した。

 

「外国の宣教師と結びつく者。武器を持ち、反乱や外患誘致の疑いがある者。改宗した大名や武士。商人ネットワーク。……そして、ただ信仰しているだけの一般の民、女子供、病人、貧民」

 

「……これらを、一括りに『悪』として雑に斬らない、ということか」

 

「弾圧そのものを止められないなら……せめて、無差別に民を潰さない仕組みだけは作るべきです」

 

 竹千代が、俺の意図を正確に読み取った。

 

「宗門改めの、帳面か」

 

「はい。……ただし、これは人を救うための帳面にも、人を殺すための帳面にもなります」

 

「帳面は刃にも盾にもなる、であったな」

 

「はい」

 

 *

 

 竹千代は、少しだけ目を伏せ、やがて強い決意の光を込めて言った。

 

「国松。大御所様の大方針は変えぬ。だが……取り締まりの末端の役人が、無用な残虐に走らぬよう、帳面は将来、私が直接見る」

 

「兄上……」

 

「お前の言う通り、信仰は消せぬ。ならば、消せると思い上がって、無理に民を焼き殺すような者が出ぬようにせねばならぬ」

 

 次期将軍としての、冷酷でありながらも、確かな統治の線引きだった。

 

「外から国を食うための入口は塞ぐ。これは絶対に変えぬ」

 

「はい。それでいいと思います」

 

「だが……」

 

 竹千代の目が、氷のように冷たく光った。

 

「民の心を踏み潰すことそのものを『楽しむ』ような輩は、こちらの敵だ」

 

(……この人は、本当に強いな)

 

 俺は、未来の家光が持つ恐るべき政治力と、同時に彼の中に芽生え始めた『統治者としての理性』に、少しだけ救われる思いがした。

 

 *

 

 だが、それでも。

 

 俺は自分の無力さを、これでもかと噛みしめていた。

 

「……弾圧される民には、本当に申し訳ないです。助けられるなら、助けたい。でも……だからといって、国を植民地にされるわけにもいきません」

 

 俺がポツリと漏らすと、竹千代が静かに言った。

 

「お前は、民を全て救える神ではない」

 

「分かっています。……だから、水神様なんて呼ばれるの、本当はすっごく辛いんですよ」

 

「ならば、水神ではなく、地味な記録係として働け」

 

「……結局、また帳面ですね」

 

「そうだ」

 

 竹千代の厳しい、だがいつも通りの言葉に、俺は少しだけ救われた気がした。

 

 *

 

 翌日以降。

 

 俺は表向き、伴天連追放の文そのものには一切関わらなかった。

 

 ただし、竹千代経由で一つの実務提案だけを出した。

 

『宗門に関わる者の分類と記録を、決して雑にするな』

 

 宣教師、布教を担う日本人、大名、武士、商人、一般民、病人、改宗意思のある者、反抗・武装の有無。

 

 崇伝や本多正純は、「面倒だが、確かに治安維持の記録として必要だ」と受け取った。

 

 家康も、「細かいのう。だが、雑に斬れば余計な怨みを生むか」と、その緻密な管理に納得した。

 

 家康には、未来の植民地化のリスクも、後世での倫理的評価の話も、一切していない。

 

 彼には、ただ己の信じる正しさで、国を守る決断を下してもらうしかなかった。

 

 *

 

 夜。

 

 俺は、端末のログを一人で見つめていた。

 

『伴天連追放之文:進行中』

 

『キリスト教信仰そのもの:悪意なし』

 

『イベリア勢力による植民地化リスク:高』

 

『日ノ本植民地化回避寄与:高』

 

『信仰弾圧による民衆被害:高』

 

『大御所への未来評価開示:非推奨』

 

『竹千代との秘密情報:封印』

 

『宗門関係者分類台帳:作成推奨』

 

「……正解なのに、間違い。間違いなのに、今ここで変えたらもっと悪くなるかもしれない。……歴史って、最低だな」

 

『だから面白いのよ。人間は、綺麗な正解だけで歴史を作ってきたわけじゃないから』

 

 いつの間にか、KAMI様がポップアップを出していた。

 

「面白いで済ませたくないです」

 

『でしょうね。でも、あんたにできるのは、せめて無用な被害を減らすために記録を残し、残酷な末端に線を引くことだけよ』

 

「……また、保守運用ですか」

 

『そう。宗教も、国防も、人の心も。結局は、雑に扱えばすぐに燃え上がるのよ』

 

 羅馬(ローマ)へは、徳川の声を乗せた密封箱が向かっている。

 

 その一方で、日ノ本の内側では、伴天連を追い、信仰を禁じる冷酷な文が整えられていく。

 

 信仰そのものに、悪があるわけではない。

 

 だが、この時代の海の向こうから来る信仰は、時に国を食い破る牙を隠していた。

 

 救われるべき民が、苦しむ。

 

 それでも、国を売るわけにはいかない。

 

 俺と竹千代兄上は、その苦い事実だけを、二人だけの秘密として胸の奥に封じた。

 

 水神様と呼ばれても、俺にできるのは、せめて無用な血が流れぬようにと祈りながら、また一つ、嫌な帳面を作ることだけだった。

 

 




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