暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜 作:パラレル・ゲーマー
慶長十八年、旧暦十一月末。
木枯らしが江戸の町を吹き抜け、本格的な冬の寒さが骨身に染みる季節になっていた。
俺は自室で、分厚い『宗門関係者分類台帳』と向き合いながら、深いため息をついていた。
「……宗門、植民地化リスク、弾圧、分類台帳……。重い。重すぎる。水神様の仕事って、最近ぜんぜん水路とか田んぼに関係ないんだけど……」
南蛮の信仰と国家防衛という、答えのない苦い現実に触れたばかりで、俺の心はすっかり沈み込んでいた。
そこへ、竹千代兄上が静かにふすまを開けて入ってきた。
兄上は、俺の陰鬱な顔と、目の前の重苦しい帳面をチラリと見て、すぐに話題を切り替えるように言った。
「国松。……そろそろ、田の『米』以外の農作物にも手を付けるべきではないか」
「……え?」
俺は、一瞬ぽかんとした。
「田以外の、農作物ですか?」
「そうだ」
竹千代は、俺の正面に座って真っ直ぐに言った。
「米は大事だ。だが、お前自身が言っただろう。この国は、米に税も禄も身分も、何もかも背負わせすぎだと。ならば、万が一の時に民の腹を満たすものも、米だけに頼るべきではあるまい」
その言葉に、俺はハッと目を覚ました。
「兄上……。それ、ものすごく大事な視点です!」
そうだ。
国を守るっていうのは、戦や宗門への対策だけじゃない。
飢饉の時に、民が飢え死にしないように「逃げ道」を増やすことも、立派な国防だ。
*
俺はすぐさま、懐の端末を起動し、KAMI様をフル活用して「
『救荒作物リスト:作成開始』
『条件:慶長十八年時点で入手可能性あり』
『条件:在来作物・山地作物含む』
『条件:神仏ノード探索対象含む』
『条件:未来作物候補は封印リストへ分離』
視界の端に、KAMI様のポップアップがひょっこり現れた。
『やっほー。今回はわりとまともなテーマね。米の過労死を防ぐための作物リスト作成よ』
「米に有給休暇を与える計画です」
「米に休みを与えるな。人に食わせろ」
俺のボケを、竹千代が冷徹に切り捨てる。
俺は、用意した鳥の子紙に筆を走らせながら、竹千代に説明した。
「米が取れない年、気候が荒れた年に、米以外で人を生かす『保険の作物』が必要です。痩せた土地、山地、寒冷地、乾燥気味の土地、逆に湿った土地。それぞれで、米が全滅した時の『逃げ道』を何本持てるかが、飢饉対策の全てです」
「逃げ道、か」
「はい。米が倒れた時、国まで一緒に倒れないようにするための逃げ道です」
*
俺はまず、この時代の日本、あるいは琉球などの周辺に「すでに伝来している可能性が高い」海外由来の作物をリストアップした。
「まず、一つ目。後の世では『じゃがいも』と呼ばれる芋です。この時代なら、ジャガタラ芋と呼ばれているかもしれません。ジャガタラ……つまり、南のジャワ方面から持ち込まれた芋です」
『端末補足:慶長年間、日本伝来済みの可能性あり。長崎・南蛮/紅毛商人ルート調査推奨。救荒性:高。毒性管理:必須』
「これは、痩せた土地や寒冷地でも育ちやすく、収量も多いです。……ただし」
俺は、赤い墨でバツ印を書いた。
「芽や、日光に当たって青くなった部分に『毒』があります。保存の仕方と食べ方を間違えれば、人を救うどころか、強烈な腹痛や吐き気で人を殺しかねません」
「救荒作物でありながら、毒物でもあるか」
竹千代の目が鋭くなる。
「はい。だから、種芋を手に入れても、いきなり民へ配るのは絶対に駄目です。公儀の御用畑での試験栽培と、『絶対に毒を出さないための保存・調理ルール』の徹底が必須です」
次に、俺は別の紙へ大きく「唐芋」と書いた。
「次。二つ目です。これは『
「琉球か。……薩摩の目も絡むな」
竹千代が、即座に政治的リスクを察知する。
『端末補足:琉球伝来、確認可能性高。薩摩・琉球ルート調査推奨。救荒性:極高。政治リスク:島津・琉球関係』
「はい。政治的には面倒です。でも、救荒作物としては最強クラスです。痩せ地、暖かい土地、山の傾斜地でも強い。米が全滅するような干ばつの年でも、この芋があれば多くの人を生かせる可能性があります」
「薩摩にだけ抱え込ませるには、惜しいな」
「その通りです。ただし、強引に取り上げようとすれば絶対に揉めます。まずは琉球や薩摩の商人経由で、『唐芋という作物の有無』と、苗、栽培法、保存法の確認から入るべきです」
さらに俺は、南蛮渡来の瓜である『
「南瓜は保存性が高いです。冬の食料になり、米を節約する副食になる。南蛮黍は、まずは補助穀物や飼料としての調査対象ですね」
「どれも、いきなり天下へ広めるものではないな」
「はい。まずは所在確認、次に御用畑で試験、そして毒や保存失敗の記録です」
「また失敗記録か」
「作物の失敗は、人の腹に直撃しますから」
*
竹千代が、リストを見て問うた。
「海の向こうから来た作物ばかりか」
「いえ。むしろ一番大事なのは、すでに日ノ本にある在来の作物を見直すことです」
俺は、これまで地道に開拓してきた『神仏ノード』の地図を思い浮かべた。
「神仏ノードは、今のところ派手な奇跡を起こすというより、『その土地に眠っている情報』を拾い上げる方向で動いています。山のどこに何が育ちやすいか。どの村が何を保存しているか。どの古い寺社領に、忘れられた作物が残っているか。……そういうものが、少しずつ見えるようになってきました」
俺は、蕎麦、粟、稗、里芋、山芋、大根、豆類、栗、柿、葛などの名前を書き連ねた。
「例えば大根は、決して新しい作物ではありません。すでにある。ただ、それを『保存食』や『切り干し』として、飢饉の備えとして体系的に使う価値があります。米が足りない冬に、これらの雑穀や芋、干し物があるかどうかで、死ぬ人数が劇的に変わります」
「……米以外の逃げ道を、山と、寺社と、村から拾い上げるのか」
「はい。これは新しい奇跡ではなく、すでに足元にある『命綱』を見えるようにする地道な作業です」
竹千代は、しばらく黙って紙面を見つめていた。
やがて、小さく頷く。
「よい。奇跡より、足元の命綱か。お前らしい」
*
その時。
俺の視界で、端末が突然激しいアラートを鳴らし、異常なログを吐き出した。
『【警告】神仏ノード連携深度:急上昇』
『在来種・地品種情報:取得範囲拡大』
『追加機能候補:
『警告:歴史改変リスク極高』
『警告:生態系影響未評価』
『警告:未知病害虫・交雑・外来種化リスク未評価』
『推奨:現時点では絶対封印』
俺は、筆を落として完全に固まった。
「……え? 後の世の作物の種を、神仏ノードが直接ポンとくれる可能性が出た……?」
『あー、それね。土地と信仰のレイヤーの修復が進んできたから、未来の日本で完全に定着した作物の『種の記憶』を、物質として引っ張ってこれる可能性が出てきたのよ』
「そんな、未来の秘密道具みたいなことできるんですか!?」
『理屈の上ではね。でも、今やると超絶危ないわよ。未知の病害虫の持ち込み、外来種化による在来生態系の破壊、周囲との交雑リスク、栽培法不明、誰が独占するかの政治問題、そして何より『神の奇跡の種』としての宗教的神格化。……面倒ごとしか起きないわ』
「ですよね!!」
俺は、竹千代に向かって、この時代の言葉に合わせて慌てて説明した。
「兄上! 神仏ノードをさらに深く開けば、後の世で日ノ本に広まる『未知の作物の種』を、直接得られる可能性が出ています!」
「ほう。それは途方もなく便利ではないか」
竹千代の目が光る。
「便利すぎるので、極めて危険です! 今は絶対に手を出してはなりません。まずは、すでにこの時代に伝来している作物を集めるのが先です。神仏ノードから未来の種をもらうのは、本当に国が滅びる寸前の『最後の手段』にすべきです」
「なぜだ」
「作物も、『奇物』と同じだからです。ただ種を撒けばよいものではありません。この土地に合うか、未知の虫や病に弱くないか、周囲の作物を駆逐してしまわないか、誰が利益を独占するか、神の奇跡扱いされて一揆の元にならないか。……全部が、政治の火種になります」
「奇物と同じか」
「はい。民の腹に入る分、永冷石などよりよほど怖いかもしれません」
俺はさらに念を押した。
「未来の種は、情報ではなく『物』です。物が入れば、増えます。増えれば、誰かが売り、誰かが隠し、誰かが奪います。しかも、虫や病や土地との相性まで、今の私たちには全部見えません。これは、国を救う札にもなりますが、国を燃やす火種にもなります」
竹千代は、深く頷いた。
「……ならば、まずは今この世に既にある作物を集める。それが筋だな」
「はい。未来の得体の知れない種より、今確実にある命綱です」
*
その後、俺と竹千代は、家康と秀忠のもとへ赴き、この『救荒作物リスト』を提出した。
「米以外の腹の満たし方、か」
家康が、興味深そうにリストを眺める。
「米の収量を増やす法を固めたばかりで、もう米以外を見るのか」
秀忠が少し呆れたように言う。
「はい。米が増えたからこそ、米だけに頼る危険が見えてきました」
「お前は、本当に米が嫌いなのか」
「大好きです! でも、米だけに国民全員の命を預けるのは、絶対に危険です!」
「米の過労死の次は、米の代役探しか」
竹千代が淡々と刺してくる。
「はい。米に有給休暇を与える計画です!」
家康が、声を上げて笑った。
「よい。米を増やすだけでなく、米が倒れた時の『代わり』を探す。これぞ、天下の備えじゃ」
*
家康は、現実的な入手方針を即座に決定した。
ジャガタラ芋や南瓜は、長崎、平戸、堺、大坂の南蛮・紅毛商人に問い合わせる。
ただし、食用実験は公儀の御用畑に限定し、毒性の注意を最初から徹底して記録する。
琉球の唐芋は、島津へいきなり命令するのではなく、まずは商人ルートで「唐芋という作物の有無」と、苗、栽培法、保存法を探る。
在来の山地作物は、神仏ノードの情報をもとに、寺社領や古村から聞き取りを行い、地域別に台帳化し、「飢饉時に命を繋ぐ作物」として再評価する。
「ただし、異国作物は毒や病の有無を必ず確認せよ」
秀忠が厳しく言う。
「種と苗は、公儀が厳重に管理する。勝手に民へ売り散らすな」
竹千代も続ける。
「はい。特に芋類は毒や保存ミスが本当に怖いので、栽培と調理の手順書が必須です」
「……また手順書か」
家康が苦笑する。
「命に関わるものほど、手順書と帳面です!」
俺は、未来の種の件も、最低限だけ家康たちに伝えた。
「神仏ノードをさらに開けば、後の世の作物の種を得られる可能性があります。……ですが、便利すぎるので、今は固く封印します」
「お前は、便利なものをすぐ封じるのう」
家康が苦笑する。
「便利すぎるものは、だいたい国を燃やしますから」
「そこまでか」
「はい。これは、ただの種ではありません。未来から来る『増える奇物』です。使えば勝手に増え、広がり、民の腹に入り、土地の姿を変えます。だから、今は封印です」
「よかろう。未来の種は、今は蔵の奥じゃ」
端末が、静かにログを更新した。
『後世作物種子取得機能:未開放扱いにて封印』
『使用条件:飢饉・国家存亡級危機時のみ再検討』
『現時点方針:伝来済み作物・在来作物の収集優先』
*
夜。
俺の文机の上には、またしても新しい台帳の山ができていた。
『救荒作物候補台帳』
『南蛮渡来作物所在調査簿』
『琉球唐芋確認帳』
『山地在来作物聞き取り帳』
『毒性・保存失敗例記録』
『米以外備蓄案』
「……また台帳が増えた……」
『よかったじゃない。今回は人を殺す帳面じゃなくて、人を飢えから生かすための帳面よ』
「そう言われると、文句を言いにくいのが悔しい……」
端末のログの一番下に、こんな文字が光っていた。
『米の過労軽減計画:開始』
「だから、米の過労軽減計画って正式名称にするな!」
『いいじゃない。分かりやすいわよ』
「分かりやすいけど、これを幕府の正式台帳の表紙に載せたら、絶対に兄上たちに怒られるやつだから!!」
米は、人を生かす。
だが、米だけでは、全ての人は守れない。
海の向こうから来るものは、宗門の影や火器や植民地化の牙だけではない。
芋も、南瓜も、
そして山には、すでにこの国に根づいた命綱が、掘り起こされるのを待って眠っている。
水神様と呼ばれる俺の次の仕事は、米をさらに増やすことではなく、米が倒れた時に民を支える「第二、第三の腹の満たし方」を、帳面の中に探し出すことだった。
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