暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜   作:パラレル・ゲーマー

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第46話 水神様、自分の伝記で神仏の使者にされる

 慶長十八年、旧暦十二月末。

 

 年の瀬が押し迫る江戸城で、俺の文机はこれまでにない高さの「絶望の塔」を形成していた。

 

宗門関係者分類台帳(進行中)

 

救荒作物候補一覧(更新待ち)

 

『ジャガタラ芋・御用畑試験栽培記録』

 

『切り干し大根・保存手順書』

 

『酒井家由来・十年夢見の札封印台帳』

 

『京向け水土作法要約(雅な意訳版・修正中)

 

「……水神様って、もっとこう、干上がった田んぼに恵みの雨を降らせるとか、枯れた水脈を一発で当てるとか、そういう『The 神様』みたいな仕事じゃなかったの? なんで俺は年の瀬に、芋の毒抜き手順とキリシタンの分類と大根の干し方を同時に処理して、京都向けの資料まで書いてるんだよ……」

 

 俺が筆を握ったまま白目を剥いていると、いつもは静かに控えている半兵衛が、今日は妙に胸を張って、厳かな足取りで俺の前に進み出た。

 

「若君。年の瀬の御多忙の折、誠に恐れ入ります。……ついに、第一巻が完成いたしました」

 

「第一巻?」

 

 半兵衛は、深く、深々と頭を下げた。

 

「『水神国松伝記』、第一巻にございます」

 

 俺の手に握られていた筆が、ポトリと畳に落ちた。

 

「……え。完成しちゃったの?」

 

 *

 

 急遽、江戸城内の小座敷に身内が集められた。

 

 大御所・家康、将軍・秀忠、竹千代兄上、そして俺。

 

 いつものメンバーによる、半兵衛の労作の『検分会』である。

 

「まずは、こちらを御覧くださいませ」

 

 半兵衛が、恭しく一冊目の和綴じ本を差し出した。

 

 表紙は比較的地味で、『水土御用始末記 第一巻 〜国松君御事績抜書〜』と記されていた。

 

 俺は、恐る恐るそのページをめくった。

 

(……ん?)

 

 水脈探し、水札・水番制度の確立、塩水選、正条植え、年貢増徴禁止の通達、手洗い・うがい作法、試験田法、救荒作物候補の選定、ジャガタラ芋毒性注意、大根保存法……。

 

 記録されている内容は、意外なほど『まとも』だった。

 

 例えば、以前の半兵衛なら「国松君、神意により水脈を一目に見抜き給う」と書きそうなところが、今回はこう書かれている。

 

『国松君、土地の高低、水草の生え方、井戸の位置、村人の証言をもって、論理的に水脈の候補を定め給う』

 

 俺は、思わず声を上げて感動した。

 

「おお……っ! 神話成分が、めちゃくちゃカットされてる! 半兵衛、お前、ちゃんと実務の記録係として成長したじゃないか!」

 

「ありがたき御言葉にございます」

 

 半兵衛は、少し照れたように頭を下げた。

 

「これなら良い! 多少の美化はあるけど、ちゃんと『実務の記録帳』として読める! これを公儀の記録として残すなら、全然ありだよ!」

 

 俺は、完全に油断して手放しで喜んだ。

 

 だが。

 

 半兵衛は、表情を一切崩さずに、静かに言った。

 

「はい。そちらは、公儀における実務確認用の『実録版』にございます」

 

「……実務確認用?」

 

「左様にございます」

 

「……え。もしかして、他にもあるの?」

 

 半兵衛は、懐からもう一冊、表紙に金箔が散りばめられた妙に豪華な和綴じ本を取り出した。

 

 題名は、こうだ。

 

竹千代国松二童神徳記(たけちよくにまつにどうしんとくき) 巻之一』

 

 俺は、表紙を見た瞬間に嫌な予感が爆発して顔を引き攣らせた。

 

「……に、二童神徳記?」

 

「はい。こちらが、民や寺社へ広く語り伝えるための、『神徳版』にございます」

 

「神徳版!?」

 

 *

 

 俺は震える手で『神徳版』のページを開いた。

 

 そこには、完全に別ジャンルの『神話ファンタジー』が広がっていた。

 

『天下泰平いまだ定まらぬ頃。

 

 大御所家康公、ならびに将軍秀忠公、深く神仏へ祈り給う。

 

「願わくば、徳川の次代に、政を正し、民を安んじ、水土を治める子を授け給え」と。

 

 その祈りに応じ、神仏は二人の童を徳川家へ遣わし給う。

 

 兄は竹千代君。政を学び、天下を支える器なり。

 

 弟は国松君。水と土を見、民の飢えを防ぐ器なり──』

 

「ちょっと待って!?」

 

 俺は絶叫寸前でページを閉じた。

 

「俺と兄上、いつの間にか神仏から遣わされた使者になってない!?」

 

 竹千代も、横から覗き込んで眉間に深いシワを寄せた。

 

「……私まで、完全に巻き込まれているな」

 

 秀忠は、額を片手で押さえながら深くため息をついた。

 

「……将軍家が、よりよき子を神仏に祈った結果とは……随分と大きく出たな」

 

 だが、家康だけは、ポンポンと膝を叩いて楽しそうに笑っていた。

 

「ほう。……なかなか良いではないか」

 

「良くないです! 大御所様!!」

 

 *

 

 半兵衛の『神徳版』は、出来事自体は大きく捏造していなかった。

 

 だが、その表現がいちいち『神話化・名言化』されていた。

 

 水脈発見。

 

『国松君、地に伏して土の声を聞き、水の筋を知り給う。しかして曰く、「水は民の命なり。これを探すは、神に祈るにあらず、民を飢えさせぬためなり」』

 

「言った! 確かに似たようなことは言ったけど! そこまで名言っぽくは言ってない!」

 

 塩水選。

 

『国松君、白き塩水を示し、沈む種と浮く種を分け給う。「見かけに惑わされず、実あるものを選べ。種も人も、軽きものは水に浮く」』

 

「後半言ってない! 種と人を同列にしてないし、そんな含蓄のあること言ってない!」

 

「だが、民に伝えるには分かりやすい教えだ」

 

「兄上!?」

 

 手洗い・うがい。

 

『国松君、清き水をもって手を洗わせ、病を遠ざけ給う。「清めとは祈りの前だけにあらず。食の前、厠の後、日々の暮らしにこそ宿る」』

 

「これは……まあ、言ったかもしれない……」

 

「はい。こちらは若君の御言葉を、少しだけ整えたのみにございます」

 

「整え方が、完全に高僧の説法なんだよ!」

 

 そして極めつけは、救荒作物。

 

『米は民の命なれど、米のみに命を預けてはならぬ。国松君、芋、大根、南瓜を示し給い、曰く、「腹を満たす道は一つにあらず。民を生かす道は、土の数ほどある」』

 

「……ちょっと格好いいのが腹立つ!!」

 

 *

 

 さらに、この『神徳版』は俺だけの物語ではなかった。

 

 竹千代兄上のパートも、しっかり盛られていた。

 

『竹千代君、国松君の言を聞き、ただちにそれを天下の(まつりごと)へ移し給う。「知恵は童の口より出でても、政に移してこそ初めて民を救う」』

 

「……これは、言った覚えがない」

 

 竹千代が、冷たい声で半兵衛を睨んだ。

 

「竹千代様の御姿勢を、民に分かりやすく伝わるよう、言葉へ整えました」

 

「勝手に私の姿勢を整えるな」

 

 俺は、半兵衛を問い詰めた。

 

「半兵衛! これ、明らかに神話盛りすぎだよね!? さっきの実務版だけで終わらせればいいじゃん!」

 

 半兵衛は、大真面目な顔で答えた。

 

「若君。実務版は、役人や、後の政を担う者のための記録にございます。ですが……民は、帳面を読みませぬ」

 

「……」

 

 俺は、言葉に詰まった。

 

「民に伝わり、残るのは『物語』にございます」

 

 半兵衛の声には、彼なりの強烈な使命感があった。

 

「田の掟も、手洗いの作法も、飢饉への備えも、ただの箇条書きでは忘れ去られます。ですが、若君と竹千代様の御言葉として、神の如き物語として語れば、民は決して忘れません。……ゆえに、実務は実務として正しく残し、民へは物語として正しく伝える。そのために、二つの伝記を分けたのです」

 

「……」

 

 俺は、悔しいが一理あると気づいてしまった。

 

「言ってることは分かる……分かるけど、俺が神仏の使者になる必要ある?」

 

「民は、(ことわり)より先に、物語を求めます」

 

「ぐうの音も出ない!」

 

 *

 

 俺は、最後の抵抗を試みた。

 

「いや、でも! これはさすがに政治的に危ないでしょ!? 父上や大御所様は、こんなの知ってるの!?」

 

「大御所様公認にございます」

 

 半兵衛が、平然と答えた。

 

「ええ……!?」

 

 俺が振り返ると、家康がニヤリと笑った。

 

「儂が、許した」

 

「良いんですかこれ!? 『国松単独の水神信仰』みたいになったら、政治的にめちゃくちゃ危険ですよ!?」

 

 俺が焦って言うと、家康は目を細めた。

 

「だから、お前一人の話にはしておらぬ」

 

 家康は、その老獪な政治の意図を語った。

 

「民はすでに、お前を『水神様』『水神の若君』と呼んでおる。放っておけば、勝手に話が膨らみ、いずれお前一人を新興の神として担ぐ者も出るやもしれぬ」

 

 俺は背筋が凍った。

 

「ならば、公儀が自ら『筋』を付ける」

 

 家康が断言する。

 

「お前は、徳川家に神仏が遣わした『二童』の一人。兄の竹千代は政を担い、弟の国松は水土を担う。どちらも徳川の子であり、徳川の祈りへの応え。……これならば、神話は全て『徳川の権威の内』に収まる」

 

「つまり、国松単独の危険な信仰ではなく、徳川家の仁政と、次代の瑞兆として管理するわけか」

 

 秀忠が、納得したように頷く。

 

「私を巻き込むことで、国松だけが担がれる危険を完全に薄めるのだな」

 

 竹千代も、その政治的な効果を理解した。

 

「そうじゃ」

 

 家康が満足げに頷く。

 

「……政治的な理由は分かります……分かるけど、本人の胃が死にます!!」

 

 *

 

 とはいえ、完全却下はできない。

 

 そこで、竹千代と秀忠による「表現の修正会議」が始まった。

 

「私と国松を並べるなら、必ず兄弟の役割を明確にせよ」

 

 竹千代が指示を出す。

 

「政を担うのは私。水土の実務を担うのは国松。この順を絶対に違えるな」

 

「将軍が祈った、という部分は少し強すぎる。大御所様と将軍家が、天下安寧を祈った、程度に弱めよ」

 

 秀忠も、自分の巻き込まれ度合いを少し減らす。

 

「そもそも、祈った結果、俺たちが遣わされた設定を削りません?」

 

 俺が提案すると、家康が即座に却下した。

 

「そこは残す」

 

「なぜ!?」

 

「面白いからじゃ」

 

「大御所様!?」

 

 *

 

 俺が頭を抱えていると、視界の端にKAMI様がポップアップを出してきた。

 

『ちなみに、それ。後の世では『神徳版』の方が圧倒的に人気よ』

 

(……やめて)

 

『実務版は、専門の学者と役人しか読まないわ。でも神徳版は、江戸時代に講談、絵草紙、浄瑠璃風の演目として大大大人気になるわね』

 

(……やめてください)

 

『演目名は……そうねえ。『水神若君芋大根記』とか?』

 

(絶対嫌だ!!)

 

『竹千代くんと国松くんの兄弟ものは、絶対に人気出るわよ。常に冷静で冷徹な兄と、泣きながら民を救おうと奮闘する健気な弟。観客ウケ抜群ね』

 

(泣きながら民を救う弟って何!? 俺そんなキャラじゃない!)

 

『だいたい合ってるじゃない』

 

(合ってるのが嫌なんです!)

 

『後世では、実務版と神徳版を比べて、「実際の国松は神仏の使者などではなく、異常に有能な実務官だったのではないか」って研究する学者も出るわよ』

 

(せめて、そっちが主流になってくれ!)

 

『無理ね。いつの時代も、民衆娯楽は強いわよ』

 

 *

 

「第一巻は、水脈、田法、御清め、救荒作物までにございます」

 

 半兵衛が、嬉しそうに続巻の構想を語り始めた。

 

「第二巻では、御異物改方、遠見筒、十年夢見の札、南蛮船、そして……羅馬へ向かう『徳川の声』などを扱う予定にございます」

 

「やめて! 第二巻の方が、圧倒的に政治的危険度が高い!」

 

「十年夢見の札の詳細は、絶対に書くな」

 

 竹千代が即座に釘を刺す。

 

「羅馬への密封箱も、決して表へ出してはならぬ機密だ」

 

 秀忠も厳しく言った。

 

「では、第二巻はより一層、公儀の厳重な監修を仰ぎます」

 

「第一巻から仰いで!!」

 

「第一巻も、すでに大御所様の御許可を得ております」

 

「そうだった!!」

 

 *

 

 最終的に、家康が方針を決めた。

 

「実務版は、公儀、水土御用、御異物改方の記録として厳重に保管せよ」

 

「神徳版は、すぐ大っぴらには広めぬ。まずは寺社、京向け、一部の説話用に言葉を整える」

 

「国松一人の神話にはするな。必ず竹千代と並べよ」

 

「徳川の仁政、神仏の加護、民を飢えさせぬ政を伝えるものとせよ」

 

「……完全に止めるのは、やっぱり無理ですか」

 

 俺が嘆くと、家康は「無理じゃな」と笑った。

 

「すでに、お前の噂は走っている。ならば、公儀が手綱をつける方がよほどマシだ」

 

 竹千代も、冷徹に判断を下す。

 

「言葉も噂も、一度広がれば完全には止められぬ。ならば、こちらで道筋を付ける」

 

 秀忠も同意する。

 

「……情報統制だ」

 

「そうだ」

 

 竹千代が、俺の言葉を拾った。

 

「お前がいつも言っている、『誤用防止』だ」

 

「……俺の言葉が、全部自分に刺さってる!!」

 

 *

 

 夜。

 

 自室に戻った俺は、机の上に置かれた二冊の本を、虚ろな目で見つめていた。

 

 一冊は、地味な実務版。

 

 一冊は、豪華な神徳版。

 

 端末のログが、無慈悲に更新されていく。

 

『水土御用始末記 第一巻:完成』

 

『竹千代国松二童神徳記 巻之一:完成』

 

『国松単独神格化リスク:中』

 

『徳川次代瑞兆化による制御:有効』

 

『民間伝播予測:高』

 

『後世娯楽化リスク:極高』

 

『講談・絵草紙・演目化予測:高』

 

『国松精神的ダメージ:甚大』

 

「……最後の項目、消してくれない?」

 

『事実じゃない』

 

「事実だけど!!」

 

 半兵衛の筆は、俺の仕事を二つに完全に分けた。

 

 一つは、泥と水と帳面の実務記録。

 

 もう一つは、神仏に遣わされた徳川の二童が、民を救うために地へ降りたという神徳譚(しんとくたん)

 

 事実は、何も変わっていない。

 

 だが、語り方が変わるだけで、俺は「水神の若君」から、本物の「神仏の使者」へと祭り上げられてしまう。

 

 噂は止められない。

 

 ならば、公儀が筋を付ける。

 

 理屈は分かる。政治的な防衛策だということも分かる。

 

 分かるけど。

 

 自分の伝記で、兄上と一緒に「神仏から遣わされた使者」にされるのは、どう考えても胃に悪すぎた。

 

 




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