暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜 作:パラレル・ゲーマー
第47話 水神様、慶長十九年の地雷原を見る
慶長十九年、旧暦正月。
江戸城は、新年を
徳川一門衆の年始の挨拶、諸大名からの祝いの品。
大御所・家康は、相変わらずの剛健さで上機嫌に杯を傾け、将軍・秀忠も、表向きは穏やかな顔で年賀の礼を受けている。
竹千代兄上も、次期将軍としての風格を纏い、新年の装いで堂々と控えていた。
そんな中。
俺一人だけが、華やかな正月の空気から完全に浮き上がり、自室の隅で死んだような顔をしていた。
「……国松様。お顔の色が、優れませぬな。年の初めから、どこかお加減でも?」
竹千代付きの春日局が、少し心配そうに覗き込んでくる。
「大丈夫です、春日局様。ただの……年末進行の後遺症と、年度初めのプレッシャーによる慢性的な胃痛です」
「ねんまつしんこう……?」
(旧正月だ。めでたい。めでたいはずだ。……でも、俺の机の上には、昨年末までに片付かなかった『宗門分類台帳』『救荒作物台帳』『ジャガタラ芋試験栽培記録』『神徳版伝記の修正案』『京向け田法翻訳資料』『夢見の札封印台帳』が、山のように積まれたままなんだよ!)
俺は、前世の「運用保守SE」としてのトラウマを強烈に刺激されていた。
(年が変わったということは、台帳の年度も全て変わる。年度が変わったら、旧年度分の棚卸しと、新年度の予算・計画策定が必要になる。……つまり、正月とは、保守運用担当者にとって『地獄の始まり』でしかないんだ!)
『相変わらず、情緒が完全に死んでるわね』
(死んでるのは俺の胃です)
*
俺は、皆が年始の酒宴で盛り上がっている隙を突き、自室でこっそり端末を開いた。
そして、前世の歴史知識をフル動員して、『慶長十九年の予定表』を作成し始めた。
端末の画面に、容赦のない赤い文字がずらりと並ぶ。
『慶長十九年:重大歴史イベント多数』
『宗門政策:実施段階へ
『方広寺大仏殿鐘銘問題:発生予定』
『豊臣・徳川関係:急速悪化』
『大坂冬の陣:発生高確率』
『京・寺社・禁裏関係:調整高リスク』
『慶長遣欧使節:外洋航海継続中』
『水土御用・救荒作物試験:継続』
『国松胃痛指数:
「最後の項目、絶対いらないだろ!」
俺は脳内でツッコミを入れつつも、そのリストの恐ろしさに戦慄した。
俺は、筆を取って紙に書き出した。
【慶長十九年・国松版危険イベント一覧】
一、伴天連追放・禁教令の実施
二、宗門関係者の国外追放・潜伏化
三、方広寺大仏殿の鐘、および鐘銘事件
四、豊臣家との対立激化
五、大坂冬の陣
六、禁裏・公家・寺社との距離感調整
七、支倉常長の外洋航海
八、救荒作物試験栽培
九、
「……なんで、農業試験とか伝記修正の実務リストの隣に、『大坂冬の陣』なんていう天下を二分する特大地雷が並んでるんだよ……」
俺が机に突っ伏した、その時だった。
「何を書いている」
「うわぁっ!?」
背後から冷たい声が降ってきて、俺は慌てて紙を隠そうとした。
だが、竹千代兄上の方が圧倒的に速かった。俺の手首をガシッと掴み、紙をひったくる。
「……今年の、えーと、やること一覧です!」
「見せろ」
竹千代は、俺の言い訳など意に介さず、容赦なくその一覧に目を通した。
最初は、冷静だった。
だが。
「方広寺大仏殿」「豊臣家との対立激化」、そして「大坂冬の陣」という文字を見た瞬間、竹千代の目の色が変わった。
「国松」
竹千代の声が、氷のように冷たく低くなった。
「……大坂冬の陣、とは何だ」
「……あ」
俺は、完全にやらかした顔になった。
*
俺は、激しく葛藤した。
未来の具体的なイベントを細かく語るのは、極めて危険だ。しかし、この『大坂の陣』という徳川最大の回避不能イベントを、次期将軍である竹千代に完全に隠し通すのは、もはや不可能に近い。
「……今年、豊臣家との関係が、修復不可能なほど大きく悪化する可能性が高いです。……最終的には、大坂城をめぐる、途方もなく大きな
「……可能性、ではなく」
竹千代が、俺の目を真っ直ぐに射抜いた。
「お前の知る『後の世』では、確実に起きるのだな」
俺は、沈黙した。
「答えたくないなら、それでよい。だが……顔が答えているぞ」
「……はい」
*
俺は、息が詰まりそうだった。
大坂の陣は、史実では豊臣家が完全に滅亡へと向かう凄惨な戦いだ。
(もし俺が未来知識で豊臣を強引に救えば、徳川の天下が根底から揺らぎ、再び血みどろの戦国時代に戻るかもしれない。徳川を止めれば、俺自身や兄上たちの未来も消える。……かといって、戦で死んでいく何万という人間を、黙って見捨てるのか? 俺はまた……正解のない、最悪の地雷を踏むことになるのか)
俺の苦悩を察したのか、竹千代は静かに言った。
「お前は、豊臣を救いたいのか」
「……分かりません」
俺は正直に答えた。
「人が死ぬのは嫌です。焼け出される民が出るのも嫌です。でも……徳川の天下が壊れて、再び戦国に戻るのは、もっと嫌です」
「ならば、考えるべきは一つだ」
竹千代は、全く揺らがなかった。
「戦を『完全になくすこと』を考えるのではなく、戦になった時に、『どう被害を減らすか』を考えよ」
「……あ」
俺の脳裏に、かつて津波の記録を見た時の記憶が蘇った。
「津波と、同じですね……」
「そうだ。海は止められぬ。ならば逃げ道を作る。……お前自身が言ったことだ」
竹千代の言葉に、俺はハッとした。
(大坂の陣という歴史の大津波も、完全に消せないのなら……せめて『逃げ道』を作り、被害を減らす方向に動くしかない!)
*
「これは、今すぐ大御所様に言う話ではないな」
竹千代が、冷徹な政治判断を下した。
「兄上……」
「大御所様は、すでに豊臣への手を何重にも読んでおられる。そこへ、お前が『大坂冬の陣』などという未来の戦の名を出せば、かえって判断が歪む」
「はい。私も、そう思います」
「だが、準備はする」
竹千代の目が光った。
「戦を止められぬなら、戦で燃えるものを少しでも減らす準備をせよ。……今年は、大御所様の御前で、余計な未来の戦の名は出すな。だが、水面下での備えは怠るな」
「……分かりました」
*
俺は、自室に戻り、今年の危険イベントを、そのまま史実名で扱うのではなく、表向きの『実務課題』へと変換する作業に入った。
【一、宗門政策】
表向きは「宗門関係者分類台帳の運用」。
追放対象と一般信徒を明確に区別し、末端の役人が暴走して無用な血を流さぬよう管理する。
【二、方広寺・京・寺社】
表向きは「京・寺社との文言管理」。
鐘銘、祈願文、寄進文、伝記などの『言葉の扱い』を厳重に注意し、寺社文書の検分体制を強化する。
「そうか……」
俺は、書きながら一つの確信に至った。
「今年の最大の地雷は、大筒や鉄砲じゃなくて……『言葉』だ」
「言葉?」
竹千代が訝しむ。
「はい。方広寺の鐘の文言、大名の祈願文、神徳記の伝記、禁教の文、京向けの田法資料。……今年起こる問題は全て、『言葉の扱い』を一つ間違えるだけで、大火事に繋がるんです」
「方広寺の件も、言葉が火種になるのか」
「……はい」
【三、豊臣対策】
表向きは「水土御用の災害対策」。
大坂周辺の兵糧、避難路、城下町火災時の逃げ道、医療、水、食料備蓄の情報を集める。
「戦を止められないなら、せめて城下の民が焼け死なない準備を、災害対策名目で進めます」
「戦の準備と見られぬようにやれ」と竹千代。
【四、食料】
表向きは「救荒作物試験」。
ジャガタラ芋の御用畑、大根保存法。
「救荒作物は、いざとなればそのまま『戦時兵糧』にもなるな」
「……兄上! またすぐ軍事転用する!」
*
後半。
身内の正月会議の席で、家康が上機嫌に俺へ尋ねてきた。
「国松。今年は何をするつもりじゃ」
俺は、未来のイベント名は一切出さず、今年の「仕事始め課題」として報告した。
「まず、京・寺社向けの『文言管理』です。言葉は、火種になりますから」
家康が、杯を置く手を止め、スッと目を細めた。
「ほう。言葉が火種、か」
「禁教の文、京向け田法の翻訳、お前の神徳記……確かに近頃、言葉一つで大きく動くものが多いな」と秀忠も納得する。
竹千代は隣で黙っている。
「次に、宗門関係者の分類と、末端の暴走防止。……次に、救荒作物の御用畑試験。次に、沿岸や城下、寺社の火災避難路と水場の確認。……それから」
俺は一呼吸置き、言った。
「京と『大坂方面』の、人の流れ、米の流れ、水の流れを詳しく見たいです」
家康は、何も言わなかった。
だが、その老獪な目は、俺の言葉の裏にある「何か」を完全に察していた。
「……大坂方面、か」
俺は答えない。
家康は、再び杯を持ち上げ、静かに言った。
「よかろう。水と、米と、人の流れを見る。……それは、お前の『水土御用』の立派な範囲じゃ」
(……大御所様は、薄々分かっていて、許してくれたんだ)
俺は、深く平伏した。
*
夜。
自室に戻った俺は、今年の標語とも言える『重点課題』を端末に打ち込んだ。
『慶長十九年重点課題』
『一、言葉の
『二、宗門政策の
『三、京・寺社・禁裏との文書調整』
『四、救荒作物試験』
『五、戦時・災害時の水と食料の逃げ道確保』
『六、大坂方面の民間被害軽減策』
『七、
「……最後の一つが、本当に嫌すぎる」
『でも重要よ。水神様なんていう便利な偶像が、勝手に『戦の旗印』に担ぎ上げられたら困るでしょ』
「……それは、本気で困るな」
KAMI様が、珍しく少しだけ真面目な声で言った。
『慶長十九年は……言葉と、信仰と、米と、火の年ね』
「まとめ方が、ホラー映画の予告編みたいで怖いんですけど」
『実際、すごく怖い年よ。気を引き締めなさい』
*
慶長十九年。
新しい年は、華やかでめでたい顔をして始まった。
だが、俺の知る歴史では、この年は踏めば即死の『巨大な地雷原』だった。
宗門。方広寺。豊臣。京。大坂。
そして、俺自身の神話。
どれもこれも、少し触れ方を間違えれば、一瞬で大爆発を起こして火を噴く。
水神様と呼ばれる俺の、新年最初の仕事は。
空に向かって恵みの雨を祈ることなどでは決してなかった。
今年、どこで火が上がるのかを予測し、どうやって逃げ道を作るのかを、冷たい汗を流しながら、ひとつずつ帳面に書き出すことだった。
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