暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜   作:パラレル・ゲーマー

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第48話 水神様、古き鏡に神獣を映される

 慶長十九年、旧暦正月半ば。

 

 江戸城は、年始の挨拶に訪れる徳川一門衆や親藩・譜代大名たちの出入りで、華やかな活気に満ちていた。

 

 しかし、俺の部屋だけは例外だった。

 

「……若君。尾張筋の御一門の者より、奇妙な古鏡を見てほしいとの申し出がございます」

 

 新六郎が、困ったような顔で一枚の書状を持ってきた。

 

「正月って、お互いに無事を喜び合って、お酒とかお餅とか、そういうおめでたい挨拶をする時期じゃないの? なんで俺のところは、正月早々に『奇物相談窓口』がフル稼働してるの?」

 

「『御異物改方』の確かな手腕と若君の御評判が、御一門の間にも広く知れ渡っておりますゆえ」

 

「評判が広まるって、俺の事務仕事が増えるって意味なんだよな……」

 

 俺は、正月休みという概念が存在しないこの世界に深いため息をついた。

 

 持ち込まれたのは、古い青銅鏡だった。

 

 表面は滑らかに磨き上げられているが、裏面には神仙や獣らしき奇妙な文様が複雑に鋳込まれており、見たことのない文字のようなものも並んでいる。

 

 尾張筋の使者が、平伏して説明した。

 

「……尾張の古塚より出たとも、古くより伝わるとも言われる鏡にございます。ただの古い鏡とも思えず、されど祟り物とも断じかね……。大御所様の御前へ献上する前に、ぜひとも御異物改方にて、一度御確認いただきたく存じます」

 

「また事前審査か……」

 

 俺は渋々、その青銅鏡を受け取った。

 

 *

 

 小座敷に、家康、秀忠、竹千代、春日局、半兵衛、新六郎が集まった。

 

 尾張筋の使者が、鏡を布から取り出して見せる。

 

「ほう。ずいぶんと古い鏡じゃな」

 

 家康が、興味深そうに身を乗り出した。

 

「南蛮の品ではないようだな」と秀忠。

 

「裏の文様は……唐風か?」

 

 竹千代が、裏面の精緻な模様を観察する。

 

 俺は裏面を見て、内心で反応した。

 

(三角縁神獣鏡……っぽい? いや、正確な考古学の名称は覚えてないけど、古墳から出土する神獣鏡系のやつだよな、これ)

 

 使者が、少しだけ声を潜めて言った。

 

「実は……家中では、この鏡には『神獣が宿っている』のではないかと、少し騒ぎになりまして」

 

「ほう?」

 

「実演いたします。障子をお開けください」

 

 冬の強い日差しが座敷に差し込む。

 

 使者は鏡の表面を布でサッと磨き直し、太陽の光を反射させ、座敷の白い壁へと向けた。

 

 すると。

 

 白い壁に、ぼんやりとだが、ハッキリと。

 

 鏡の裏面に刻まれているはずの『神獣らしき文様』が、光の影となって浮かび上がったのだ。

 

「……おおっ!」

 

 秀忠が、驚きのあまり身を乗り出した。

 

「まあ……! 壁に、獣の影が……!」

 

 春日局が、信じられないというように口元を覆う。

 

「鏡の表には、何一つ文様など刻まれておらぬのに……なぜ、壁へ裏の像が出るのだ?」

 

 竹千代も、冷静さを保ちつつも驚愕の目を向けていた。

 

 俺の横で、半兵衛が即座に筆を取り、狂ったような速度で墨を走らせ始めた。

 

『古き青銅の鏡、天の光を受けて、神獣の影を壁へ(あらわ)し給う──』

 

「半兵衛! 筆を止めろ!! お前、今絶対に『神徳記』の第二巻に載せるための神話化の文章書こうとしただろ!!」

 

 俺が慌てて制止すると、家康が腹を抱えて笑った。

 

「はっはっは! これは、まこと面白いのう!」

 

 *

 

 家康が、笑いを収めて俺に尋ねた。

 

「国松。……これは、どういう仕組みじゃ。世の(ことわり)か。それとも、神仏の理の外にあるものか」

 

 俺は、端末を起動して鏡に近づいた。

 

『対象:青銅古鏡』

 

『推定:魔鏡現象(Magic Mirror)

 

『分類:既存物理現象・高度工芸技術』

 

『異星文明テクノロジー反応:なし』

 

『神仏ノード反応:古層信仰・祭祀記憶に微弱反応(危険性なし)

 

『危険度:宗教的誤解・神話化リスク中』

 

 俺は、小さく安堵の息を吐いて言った。

 

「大御所様。これは……神仏の理の外にある奇跡や、異星の異物ではありません。『世の理』の中にあるものです。……人間の高度な技と、青銅の性質、そして光の性質で、完全に説明できます」

 

 一同の間に、少しだけホッとした空気が流れた。

 

「ほう。……奇跡ではないのか」

 

 家康が、少しだけ残念そうに言う。

 

「見た目は奇跡です。でも、確かな仕組みがあります。……ただ、名前と正確な理屈を忘れてしまったので、少しだけ後の世の帳面で確認します」

 

「また、後の世の帳面を見るのか」

 

 竹千代が呆れたように言う。

 

「はい。えーと……これは『魔鏡(まきょう)現象』と呼ばれるものです」

 

 *

 

 俺は、端末に表示された小難しい物理と工学の説明を、この時代の言葉になんとか噛み砕こうとした。

 

「青銅で鋳造された鏡の表面を、職人が一生懸命研磨する際……一定以上の『薄さ』になると、研磨の圧力に耐えきれず、鏡が極めてわずかに『しなる』ようになります」

 

「うむ?」

 

 家康が首を傾げる。俺はそのまま棒読みで説明を続けた。

 

「鏡の裏側に文字や像などの凹凸があると、場所によって『青銅の厚み』が異なります。その厚みの違いによって、研磨する時に鏡面側にも、肉眼では絶対に分からないほど小さな凹凸が生じてしまうのです」

 

 竹千代が、スッと理解を示した。

 

「……裏の厚みが、表の研磨の歪みに影響するのか」

 

「はい。つまり、表は平らに見えても、光にとっては完全な平らではないのです。その極めてわずかな凹凸が、光を反射する時に強弱を生み出し……壁に、裏側の像を浮かび上がらせる。これが、魔鏡現象……らしいです」

 

「ほう……!」

 

 家康が、感心したように深く頷いた。

 

「大昔の大陸、漢の時代からすでに存在した技術、あるいは偶然を含んだ工芸だとされています」

 

「漢の時代から、か」と秀忠。

 

「つまり、神獣そのものが鏡から抜け出ているわけではなく、裏の文様が、表の見えぬ歪みとなって、光の影として映るのだな」

 

 竹千代の完璧な要約に、俺は「兄上、その理解で完全に合っています」と答えた。

 

「奇跡でなくとも、人の青銅の鋳造と研磨の技とは、まこと面白いのう!」

 

 家康は、神仏の奇跡ではないと分かっても、全く興味を失わなかった。

 

 *

 

 だが、尾張筋の使者は少し拍子抜けした顔になった。

 

「では……これは、神獣を呼ぶ奇跡の鏡ではございませぬか」

 

「少なくとも、特別な呪いや、異星文明の力ではありません。これは、古い技術と美術の『名品』です」

 

 俺の言葉を聞き、半兵衛がまた筆を取った。

 

『古き名匠の技により、神獣の影を壁へ呼び出し──』

 

「神獣の影を出す技術、まではいい。でも『神獣を呼び出す』は絶対に駄目! そういう表現が、後で神話化の火種になるんだってば!」

 

 俺は、使者に向かって続けた。

 

「おそらく、日ノ本各地に、古く大陸から伝わった鏡や、それを元にした鏡が残っています。これはそうした古鏡の一つでしょう。……特別な妖力などはない。でも、古い時代の人々の技術や祈りを知る上では、非常に貴重なものです」

 

「奇物ではなく、美術の品か」

 

 家康が納得する。

 

「はい。ただし、御異物改方で扱う価値はあります。神仏の理外ではないけれど、民が見れば一発で奇跡と誤解しやすい。扱いを誤れば、おかしな新興信仰や噂の火種になります」

 

「また、言葉と『見せ方』の問題か」

 

 竹千代が渋い顔をする。

 

「はい。今年の地雷の火種が、さっそく正月から来ましたね」

 

 *

 

 俺は、ふと前世の知識を思い出した。

 

「……そういえば。後の世で、隠れてキリスト教を信じた人たちが、似たような魔鏡を信仰の道具に使ったという話を見た覚えがあります」

 

 その瞬間、竹千代の目が氷のように冷たく鋭くなった。

 

「宗門と、繋がるのか」

 

「あっ、いえ! 今この鏡がそうだという話ではありません。これは完全に古代の鏡です」

 

 俺は慌てて補足した。

 

「ただ、鏡の反射で『隠された像』を出す技術は、後の世で信仰を隠す道具にも使われます。例えば、表は普通の鏡に見えるが、光を当てると壁に十字や聖母マリアの像が浮かぶ、というように」

 

「……禁じられた信仰の証を、鏡の光の中へ隠すのか」

 

 秀忠が、将軍としての警戒感を露わにした。

 

「はい。だから、この技術は純粋な美術・工芸でもありながら、使い方によっては信仰を隠す『器』にもなります」

 

「技術に善悪はない。使う者次第、か」

 

 家康が、深く息を吐いた。

 

「その通りです」

 

 俺たちは、先日議論した「信仰と防衛の矛盾」を思い出し、少しだけ重い空気に包まれた。

 

「ならば、この魔鏡の技は、職人筋へも軽く広めるべきではないな」

 

 竹千代が冷徹に判断を下す。

 

「はい。職人へ作らせるなら、用途と管理のルールを決めてからです」

 

 *

 

 家康が、再び古鏡を眺めながら言った。

 

「しかし、古き時代の職人も、まこと面白いものを作るのう」

 

「ええ。後の世なら、こういう品は『美術館』で見た覚えがあるなぁ……」

 

 俺は、つい前世の記憶をポロリと漏らしてしまった。

 

「びじゅつかん?」

 

 家康が怪訝な顔をする。

 

「しまった」と俺は思ったが、もう遅かった。

 

「ええと……後の世では、民が昔の美術品や武具、書物、道具などを広く見て学び、楽しむための『大きな建物』があるんです」

 

「民が、武家や寺社の宝を、見物するのか」

 

 秀忠が驚いたように言う。

 

「はい。もちろん、全部ではありません。厳重に保管・修復された上で、学びや楽しみのために見せる場所です。……後の世では、一般の民も、芸術作品を(たしな)むんです」

 

 家康が、目を丸くして驚愕した。

 

「今を生きるだけで精一杯の民草が……美術品を眺めて、楽しむ時代が来るというのか」

 

「豊かになった証拠ですね」

 

 俺は、少しだけ誇らしげに言った。

 

「腹が満ち、安全が守られ、学ぶ余裕があるからこそ、人は美術品を楽しめるんです。……そういう世の中になるんです」

 

 家康は、深く深く感心したように頷いた。

 

「ほう……。それは、まこと豊かな世じゃな」

 

「民が美術を嗜む。……それもまた、天下泰平の一つの完成した姿か」

 

 竹千代も、静かに未来の景色に思いを馳せていた。

 

 この瞬間、家康の老獪な脳内に、何かが確実に芽生えたようだった。

 

 *

 

 家康が、力強く決定を下した。

 

「御異物改方とは別に……古き品、珍しき技、美しき道具も、公儀として広く集めよ」

 

「……え?」

 

「異星の奇物や、神仏の理外の物ばかりでなく。人の技で作られた珍しき品も、後の世の民へ残してやる価値があるのだろう?」

 

「あります。めちゃくちゃありますけど……!」

 

「だが、何でもかんでも集めれば蔵が溢れるぞ」

 

 秀忠が、現実的な懸念を口にする。

 

「明確な分類が必要だな」

 

 竹千代が、即座に整理を始める。

 

 そして、あっという間に新しい分類案が出来上がった。

 

『御異物:理外・神仏ノード・異星文明系』

 

『奇物:効果不明・祟り・異様な品』

 

『古物:古い時代の遺物』

 

『美術品:技術・意匠・工芸として価値のある品』

 

『宗門要注意品:信仰隠匿や禁制に関わる品』

 

「……また、分類台帳が増える……」

 

 俺が絶望していると、家康は楽しそうに笑った。

 

「よいではないか。お前の集めた蔵が、後の世の民が楽しむ『びじゅつかん』とやらになるやもしれぬぞ」

 

 *

 

 夜。

 

 自室に戻った俺は、端末のログを見て崩れ落ちた。

 

『古鏡:魔鏡現象確認』

 

『分類:古物・美術品』

 

『異星文明反応:なし』

 

『宗教的誤解リスク:中』

 

『古物・美術品蒐集分類:新設』

 

 そして、KAMI様がひょっこりと現れた。

 

『ねえ。今、未来が少し変わったわよ』

 

「え、またですか」

 

『この時代から、徳川が古鏡、古銭、刀剣、茶器、書物、工芸品、奇物を……かなり意識的に、国を挙げて蒐集するようになるわね』

 

「徳川コレクションが、早期に強化された?」

 

『そう。後の『徳川美術館』に相当する収蔵品が、ものすごく増えたわ』

 

「へー。些細なことで変わるなぁ。まあ、美術品が増えただけなら、血も流れないし平和ですね」

 

『……美術品が増えただけ、ねえ』

 

「何ですか、その含みのある言い方」

 

『大英博物館並みに、世界中からとんでもない量を蒐集することになるわよ』

 

「わーお。徳川、すごいな」

 

『すごいけど。当然、あんたが管理する台帳も、大英博物館並みに増えるわよ』

 

「そこに戻るのやめて!!」

 

 壁に浮かんだ神獣は、神仏の奇跡ではなかった。

 

 それは、古き職人の手と、青銅のわずかな歪みと、光の理が生み出した『影』だった。

 

 だが、奇跡でなくとも、人はそれに祈りを見いだし、時に恐れ、時に信仰を隠す。

 

 技術であっても、美しければ、後の世の民へ残す価値がある。

 

 水神様と呼ばれる俺の次の仕事は、また一つ増えてしまった。

 

 理外の危険な奇物だけでなく、人の手が生んだ古き美しさも、戦火で燃えぬよう、歴史の闇に失われぬよう、帳面に記して守り抜くこと。

 

 ……そして、半兵衛に「神獣が壁に現れ給う」という一文を、絶対に書かせないことである。

 

 




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