暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜   作:パラレル・ゲーマー

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第49話 禁裏、大根と二童神徳記を受け取る

 慶長十九年、旧暦正月下旬。

 

 京都所司代の板倉勝重(いたくらかつしげ)のもとに、江戸から複数の荷と書状が届いた。

 

 勝重は、送り状に目を通した途端、またしても深いため息をついた。

 

「また、扱いに困るものを送ってきおったな……」

 

 江戸からの荷の中身は、四つ。

 

 一つ。『水土御用始末記 第一巻』。

 

 二つ。『竹千代国松二童神徳記 巻之一』。

 

 三つ。大根漬物の小樽と、切り干し大根、大根葉の乾物。

 

 四つ。江戸近郊の試験田および救荒作物に関する簡略な報告書。

 

 書状にはこう記されている。

 

『徳川家の水土御用の成果を禁裏へ御報告する。禁裏御料にて小規模に試される場合の参考として、実務版の始末記を送る。また、民にも伝えやすき説話として神徳版も添える。併せて、飢饉の備えとなる大根保存食の見本を送る──』

 

 勝重は、実務家としての脳をフル回転させた。

 

(実務版の始末記は、まことにありがたい。大根の保存食も、実利があって禁裏には喜ばれよう。……だが。この『神徳記』は、明らかに徳川の次代を神話化し、権威づけるためのものだ)

 

 禁裏がこれを褒めちぎれば、徳川の神話を朝廷が追認したように見えてしまう。

 

 逆に、冷たく突き返せば江戸の機嫌を損ねる。

 

「……これは、漬物よりも、付いてきた言葉の方がよほど塩辛いわ」

 

 勝重は、胃をさすりながら、禁裏へ荷を届ける手筈を整えた。

 

 *

 

 数日後。

 

 禁裏周辺にある公家衆の控えの間。

 

 公卿たちは、江戸から届いた『大根の漬物』と『切り干し大根』を前に、扇を片手にひそひそと品定めをしていた。

 

「大根とは……また、ずいぶんと地味なものを送ってきたものよな」

 

「水神の若君の新たな秘法と聞いたが、大根であるか」

 

(みやび)というより、畑の泥の匂いがするのう。まこと、武家の献上品よ」

 

 公家たちは、最初はやや見下したような態度で大根をつまみ、小口で試食した。

 

 ……沈黙が落ちた。

 

「……美味いな」

 

 一人が、ぽつりと漏らした。

 

「ああ。この漬物、ひどく白米が進む」

 

「いや、待て。これは単なる珍味として喜ぶものではないぞ」

 

 現実的な視点を持つ公家が、真顔で切り干し大根の煮物を箸で摘んだ。

 

「干した大根が、湯で戻るとは……。軽く、長く持ち、戻せば食える。これは、確かに民の腹を助ける『命の食』だ」

 

「うむ。禁裏御料でも、こうした保存法を民に広めれば、冬の困窮が幾分和らぐやもしれぬ」

 

 大根は、ただの「畑の匂いがする献上品」から、瞬時に朝廷財政を助ける『実務の道具』へと評価を変えたのだった。

 

 *

 

 次に、公家たちは『水土御用始末記』を開いた。

 

 内容は、極めて地味だった。

 

 塩水選、水番・水札、正条植え、年貢増徴禁止、失敗例の記録、手洗い・うがい作法、救荒作物、大根保存法……。

 

「……これは、思ったよりも『神秘の書』ではないな」

 

「むしろ、泥と水と帳面で埋め尽くされた書である」

 

「だが、ここが良い。……米が増えた理由が、神仏への祈祷だけでなく、確かな人の手と(ことわり)によるものだと分かる」

 

 現実派の公家が、感心したように頷いた。

 

「徳川の水土御用とは、ただ奇跡を唱える役ではなく、村の水と土を細かく見て、記録する役らしい。竹千代君は、それを(まつりごと)として取り上げているとある。兄弟で、見事に役割が分かれておるのだな」

 

 *

 

 だが、『竹千代国松二童神徳記』を開いた途端、公家たちの反応は一変した。

 

「……これは、ずいぶんと大きく出たな」

 

「大御所家康公と将軍秀忠公が天下安寧を祈り、神仏が二童を徳川家に授けた……か。少し、大げさではあるな」

 

 しかし、読み進めるうちに、公家たちの中からくすくすと笑い声が漏れ始めた。

 

「兄は政の器、弟は水土の器。民を飢えさせぬため、大根や芋を示し、兄がそれを政へ移す。……なるほど、話としてはよく出来ておる」

 

「民草は、理屈っぽい始末記よりも、この神徳記の物語の方が好みであろうな」

 

「始末記は役人の書。神徳記は、民の語り物でございましょう」

 

 一人の公家が、二冊の役割を的確に見抜いた。

 

「寺社や村々で語らせるなら、こちらの方がはるかに広まる。……ただし、国松君のみを水神として祀るものではない。必ず竹千代君と並べ、徳川家の権威の中に収めている。よく考えられておるわ」

 

 *

 

 御簾(みす)の奥。

 

 主上──後の世に後水尾天皇と呼ばれる若き帝は、公家衆からの報告を静かに聞いておられた。

 

「江戸より、水土御用の始末記と、二童の神徳記、ならびに大根の保存食見本が届いております」

 

 主上は、まず用意された大根の漬物を小さく口に運び、穏やかな表情で仰った。

 

「ほう。大根とは、かように味わい深いものか」

 

「はっ。特に漬物は、白米がよく進むと専らの評判にございます」

 

 主上は、少しだけ可笑しそうに目を細められた。

 

「米が進みすぎては……米を節約する救荒の役には、逆ではないか?」

 

 その御言葉に、公家たちの中から小さな笑いが漏れ、場が和んだ。

 

 次に、主上は二冊の書物に目を通された。

 

「この始末記は、よき書であるな。神異(しんい)を徒に騒ぐより、田と水と民の暮らしを、泥にまみれて細かく見ておる」

 

「はっ。徳川の若君は、民より水神と呼ばれているとのことにございます」

 

「水神というより……水と土を怠らぬ『賢き童』であろう」

 

 主上は、国松の本質を極めて正確に見抜かれていた。

 

 そして、『二童神徳記』を手にする。

 

「こちらは……いささか、大げさであるな」

 

 公家たちが、少し緊張する。

 

 だが、主上は微笑みを絶やさなかった。

 

「されど、民は理屈ばかりでは動かぬものだ。楽しみ、語り、覚えるものがあればこそ、良き作法も早く広まろう。……民が楽しみながら、田を守り、手を洗い、飢えに備えるなら、それもまた、政の良き助けであろう」

 

 主上は、神徳記を徳川の野心として糾弾するのではなく、「民草の娯楽と教化の道具」として、大らかに許容された。

 

 *

 

「徳川家は……田法や救荒作物だけでなく、古物の蒐集や、美術品の保護までも始めた由にございます」

 

 公家の一人が、江戸の新たな動きを報告した。

 

「美術品の蒐集?」

 

「はっ。正月に尾張筋より持ち込まれた『古鏡』を、神異として騒ぎ立てず、古き技と美の品として保護する方針を立てたとか。刀剣、壺、書物、古鏡なども、戦乱で散逸せぬよう、公儀で集めるとの話にございます」

 

「そうか……。戦乱で尊き文物が失われることは、まこと痛ましい。古き品を守るというなら、それもよいことだ」

 

 主上が深く頷かれると、公家たちも口々に徳川を評価し始めた。

 

「大御所様は武の方と思っておりましたが、書物や古物もよく集められる」

 

「徳川は、武だけでなく、文をも押さえ始めておるのか」

 

「武の世が、文を守るならば、それは悪しきことではない」

 

 主上は、江戸の統治を静かに肯定された。

 

「徳川家は、よく天下を治めようとしておる。民の腹を満たし、文物を守り、言葉を整えようとしているな」

 

 *

 

 だが。

 

 その穏やかな空気に、ぽつりと不穏な雫が落ちた。

 

「……ただ。豊臣家との御関係が、近頃いささか気にかかりますな」

 

 豊臣寄りの公家が、少し声を落として言った。

 

 場が、スッと冷える。

 

「滅多なことを申すな」

 

 現実派の公家がすぐに諫めたが、豊臣寄りの公家は止まらなかった。

 

「豊臣家は、秀吉公以来、禁裏にも寺社にも、数え切れぬほど多くを尽くした家にござる。……方広寺の大仏殿再建もまた、秀頼卿の大きな功徳にございましょう」

 

「されど、いま天下の政を動かすのは徳川。武家の棟梁は、すでに徳川家である」

 

「それは分かっております! しかし、豊臣家の家格と、我らが受けた恩義を、なかったものにはできませぬ」

 

「だからこそ、危ういのです。……徳川も豊臣も、どちらも軽んじられぬ」

 

 別の公家が、重い口を開いた。

 

「方広寺の大仏供養……鐘の銘や、祈願の文言。あの辺りに、無用な『火種』がなければよいが……」

 

 主上は、直接どちらの家を支持するとも断言されなかった。

 

 ただ、静かに、だが重く仰った。

 

「豊臣も徳川も、天下の重き家である。されど……兵火が再び京へ及ぶことは、あってはならぬ」

 

「はっ……!」

 

 公家たちが平伏する。

 

「言葉を選べ。……祈りの文も、祝いの文も、銘も。決して、軽く扱ってはならぬ」

 

 その御言葉で、朝廷側も「今年の最大の地雷は言葉である」という、江戸の国松と同じ結論に至ったのだった。

 

 *

 

 板倉勝重は、禁裏側の反応を受け取り、深くため息をついた。

 

「京も、完全に気づいておるな。……豊臣と徳川の間に流れる空気が、もう全く穏やかではないことを」

 

 勝重は、江戸へ送る返書を慎重に書き進めた。

 

『禁裏は徳川の水土御用を嘉した。大根保存食は実用性ありと評価。神徳記は民の教化に資する。古物蒐集は文物保護としてよしとされた。……されど、方広寺・寺社文言等については、今後いっそう慎重に扱うべき空気にございます』

 

「今年は……筆先一つで、戦が起こるやもしれぬ」

 

 勝重の独白は、冷たい京都の風に消えた。

 

 *

 

 数日後。

 

 江戸城。

 

「若君。禁裏にて、大根の漬物が大変好評だったとのことにございます!」

 

 新六郎の報告に、俺は机に突っ伏したまま顔を上げた。

 

「そこ!? 禁裏の感想、大根がトップ!?」

 

「よかったではないか。大根の保存法の普及に弾みがつく」

 

 竹千代が、お茶を飲みながら言う。

 

「いや、嬉しいですけど! 禁裏で白米が進むとか言われると、米を節約する救荒作物としては、ちょっと複雑なんですけど!」

 

 さらに、始末記は実務書として評価され、俺が絶望していた『二童神徳記』も、大げさだが民衆娯楽として許容されたと聞いた。

 

「……神徳記が、許容されてしまった……」

 

「公家も、民衆娯楽の教化の力を理解しているということだ」

 

「理解しないでほしかった!!」

 

 最後に、方広寺と豊臣に関する「言葉の注意」の報告が読み上げられると、竹千代の顔が引き締まった。

 

 俺も、思わず黙り込んだ。

 

「京も……気づいているんですね。豊臣と徳川の空気が、最悪に向かっていることに」

 

「当然だ。都の人間は、大名よりも遥かに鋭く『空気を読むこと』で、今日まで生き延びてきたのだからな」

 

 竹千代の言葉に、俺は深く頷くしかなかった。

 

 端末のログが、静かに更新される。

 

『禁裏反応:水土御用始末記 好意的』

 

『大根漬物:高評価』

 

『二童神徳記:大げさだが民衆教化・娯楽として有効』

 

『豊臣・徳川関係:禁裏側も緊張を察知』

 

『方広寺文言リスク:朝廷側でも認識上昇』

 

「大根の漬物が京都でウケて、俺の神徳記が許容されて、ついでに方広寺の地雷も認識された……。なんだ、この重すぎる混ぜご飯みたいな報告」

 

『京都らしいじゃない。雅と、実利と、恐怖が、全部同じお膳に乗ってるのよ』

 

「嫌な膳だなぁ……」

 

 江戸から送った大根は、京で白米を進ませた。

 

 水土御用の始末記は、公家たちに徳川の政の細かさを伝えた。

 

 そして神徳記は、少し大げさだと笑われながらも、民が好む物語として受け入れられた。

 

 だが、その膳の端には、もう一つの極めて苦い味が乗っていた。

 

 豊臣と徳川。方広寺。祈りの文。鐘の銘。

 

 京の人々は、すでに気づいている。

 

 今年、誰かが少しでも『言葉』を間違えれば……天下が再び燃え上がるかもしれないことに。

 




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