暴君忠長に転生したので、兄上のために日本列島をメンテします 〜SFチートのはずが、田んぼと水路と寺社ノードの保守係なんですが〜 作:パラレル・ゲーマー
慶長十九年、冬。
大坂の陣が「冬の陣」のみで決着し、豊臣家が国替えを受け入れた直後の大坂城下。
巨大な城と町は、史実のように灰燼に帰すことはなく、ほとんど無傷で残っていた。
しかし、その空気の中には、まだひどく重い「戦の余韻」と「勝者の緊張感」が張り詰めている。
徳川方の兵たちが武装を解き切らぬまま、城内からの武具や米の接収、牢人衆の退去監視、そして町人たちへの御触れを出して回っていた。
「……若君。少し風が冷とうございますな」
背後からついてくる新六郎が、首をすくめる。
「そうだね。でも……」
俺は、忙しなく行き交う兵や普請方の役人たちを見ながら、大きく息を吐き出した。
(戦は、終わった。終わったけど……保守運用的には、致命的なシステム障害の対応フェーズが終わって、膨大な『復旧・再構築フェーズ』に入っただけなんだよな……)
そこへ、竹千代兄上が足早にやってきた。
その後ろには、なんと大御所・家康と、将軍・秀忠の姿まである。
「では、行くぞ国松。……まずは、この大坂周辺の『水』を全て見る」
竹千代が、冷徹な実務の顔で言った。
「……え、本当に行くんですか? 大御所様や父上まで。戦に勝った直後に、みんなで観光気分みたいに……」
「観光ではない」
竹千代が、即座に否定した。
「城も、町も、人も……全ては『水』で生きるのだ。水を見ずして、この巨大な町を治めることなどできぬ」
「うむ」
家康が、深く頷いた。
「豊臣の城を物理的に奪っただけでは、まだ半分じゃ。この大坂を、真に徳川の盤石なものとするならば……まずは、ここ大坂の『水と土』を完全に押さえねばならぬ」
「大坂のような大都市の戦の後始末に、水土御用の出番か。……いかにも、お前らしいやり方だな」
秀忠が、少しだけ呆れつつも、深く納得したように言った。
*
俺たちは、大坂城の周辺から町へと歩き始めた。
大坂は、淀川水系を中心に無数の川と水路が入り組んだ、まさに『水の都』だ。
その時だった。
俺の視界の端で、端末がけたたましいアラートを鳴らし、文字の羅列が流れ始めた。
『広域神仏ノード接続:大坂圏・強反応』
『地勢・地下水脈表示:フル解放』
『水質・
『既存の初段ノードの一部、中段相当へ自動更新』
『【大坂・水土マップ】:全域解禁』
「……えっ」
俺は、思わず立ち止まった。
視界に、薄く光る巨大な「地図」が重なるように浮かび上がったのだ。
「えっ、マップが出た……」
しかも、ただの地図ではない。
「ちょっと待って、これ……大坂全域の地下の水脈、川の深さ、井戸が掘れる場所、湿地の範囲、さらには地熱の場所まで、全部丸見えなんだけど!?」
『やっほー。驚いた?』
KAMI様が、空間にひょっこりと現れた。
「KAMI様、強化イベント急に来すぎじゃないですか!?」
『当たり前でしょ。大戦争が一つ終わって、戦場に溜まっていた地の気の乱れが落ち着いたからよ。大坂みたいな巨大な都市圏は、人と、水と、古い信仰がものすごく集中してるから、神仏ノードの反応も圧倒的に強いの』
「なるほど……」
『それと、あんたが今までコツコツ積み上げてきた実績で、ノード自体が大きく育ったのよ。初段だったものが、中段へと一気に上がり始めてるわ』
「……急に、視界の情報量が多すぎて酔いそうです」
『文句言わない。これは、激務を乗り越えたあんたへの『ご褒美回』なんだから。思いっきり暴れなさいな』
*
俺は、気を取り直して実務に取り掛かった。
俺たちの周囲には、大坂の普請担当や、徳川方の外様大名、旗本衆がズラリと付き従っている。
彼らは、今後の大坂城と城下町の運営について、頭を抱えていた。
「大御所様。大軍の駐留と町人の帰還により、圧倒的に『真水』が不足しております」
「はい。しかし、大坂は地下の水が複雑で、井戸に向く場所と、塩気や鉄気が混じる場所が分からず、無駄掘りが続いております……」
「さらに、新たに人を住まわせる区画の整備も急務ですが、湿地が多く、水害や悪臭の懸念が……」
普請奉行たちが、悲痛な声で報告する。
俺は、視界に浮かぶ『大坂水土マップ』を見ながら、何でもないことのように口を開いた。
「……あ、飲み水なら、この先を三十歩くらい進んだところで掘れば、すぐに良い水が出ますよ」
「えっ?」
奉行がぽかんとする。
「あっちは水脈が浅いですが、鉄気が強すぎるので飲み水には向きません。洗濯や馬用ですね。……こっちは少し深く掘る必要がありますが、岩盤の下に極めて澄んだ水が流れています」
「は、はあ……」
「それと、この辺りの区画は、地下の湿り気が強いです。家を密集させすぎると、夏場に湿気がこもって確実に疫病の元になります。少し水路を引いて、水はけを良くしてから家を建ててください」
俺が次々と指示を出すと、周囲の大人たちは半信半疑の顔を見合わせた。
「……い、いくらなんでも、地面を見ただけでそこまで分かるはずが……」
外様大名の一人が、疑いの声を漏らす。
「よい」
家康が、顎でしゃくった。
「国松が申した通りに、今すぐそこを掘ってみよ」
普請衆が慌てて鍬や鋤を持ち出し、俺が指差した場所を掘り始めた。
数刻後。
「……出た」
作業をしていた男が、呆然と呟いた。
「本当に出たぞ! 清らかな真水だ!!」
「水神の若君が、三十歩と指差された、まさにその場所から……!」
周囲の外様大名や旗本たちが、一斉に息を呑んだ。
そして、その驚きは、あっという間に熱狂的な噂へと変わっていった。
「す、水神様じゃ……!」
「やはり、水神の化身にまします……!」
「徳川には、これほどまでに明白な、天の加護があるというのか……!」
「いやいやいや!」
俺は、いつものように慌てて否定した。
「奇跡じゃないです! ただ、地面の様子と、水の流れの理屈を見ているだけです!」
「……それが一目で見えている時点で、十分に理屈がおかしいのだ」
竹千代が、冷ややかに突っ込む。
「うむ。儂にもさっぱり分からぬが……見事じゃ!」
家康は、腹を抱えて大笑いした。
*
だが、俺の「ご褒美回」はこれで終わらなかった。
俺がマップを眺めていると、普通の地下水脈とは明らかに色の違う、赤く光る反応を見つけたのだ。
「……あれ?」
「ん? どうした国松」
竹千代が覗き込む。
「ここ……なんか、すごく温かい水が流れてますね」
「温かい水?」
「……兄上。ここ、少し掘れば『温泉』が出ますよ」
「「「……は?」」」
竹千代、家康、秀忠、そして背後の外様大名たちが、全員同時に間抜けな声を上げた。
「お前は、何を言っているのだ」
竹千代が、本気で耳を疑う顔をする。
「井戸ではなく……温泉が出ると申したか?」
秀忠の目が点になる。
「この、大坂の町のど真ん中で、か?」
家康でさえ、信じられないというように声を高くした。
背後にいた半兵衛が、狂ったような速度で筆を走らせ始めた。
『水神様、敗戦の焦土より、癒しの湯を引き給う──』
「半兵衛! 書くな!!」
俺は叫んでから、慌てて説明した。
「えっと、地下の深い熱と、水の流れがちょうどこの下でぶつかってるんです。たぶん、少し掘れば出ます。しかもこれ、熱すぎず、人が入るのにちょうどいい温度帯の湯です」
家康の目が、爛々と輝いた。
「……よい。今すぐ掘れ!」
「大御所様!?」
「戦勝の褒美じゃ! この大坂の地から湯が出るというなら、ぜひとも見てみたいものよ!」
*
普請衆の作業班が、総動員された。
最初は「そんな馬鹿な」「いくら水神様でも、大坂で温泉など」と笑いながら掘っていた男たちだったが。
深く掘り進めるにつれ、土の湿り方や匂いが明らかに変わってきた。
ほんのりと、蒸気のような気配が漂い始める。
「もう少し右です! そこ、岩盤の隙間です!」
俺が的確に指示を飛ばし、男たちが大きく土を掻き出した瞬間。
ゴポォッ、という音とともに。
地面から、温かな『湯』が勢いよく湧き出したのだ。
冬の冷たい空気の中に、白い湯気がもうもうと立ち昇る。
周囲に、完璧な沈黙が落ちた。
そして。
「……ゆ、湯だ……!!」
「本当に、湯が出たぞおおおっ!!」
「温かい! しかも、熱すぎない! そのまま入れる湯加減だ!!」
大坂城下に、どっと地鳴りのような歓声とどよめきが響き渡った。
「はっはっはっは!! 見事! 見事じゃ国松!!」
家康が、子供のように大喜びで手を叩いた。
「どれ! 大急ぎで湯船を整えよ! せっかく湧いたのだ、儂も入ろうではないか!」
「えっ、大御所様が入るんですか!?」
「当たり前じゃ!!」
*
現場は、完全に「お祭り騒ぎ」と化した。
警固の者たちが慌てて周囲に幕を張り、普請衆が大急ぎで石を運び、湧き出した湯の周囲を囲って即席の『湯溜まり』を作る。
「ここに湯を溜めて、こっちの溝に溢れた分を逃がして! 熱すぎたら、さっきの真水の井戸から水を引いて混ぜてください!」
俺が即興で温泉の導線を設計すると、兵も町人もテンションが最高潮に達した。
急ごしらえの幕の中で、家康がさっそく一番風呂に浸かり、極楽のような声を上げた。
「はぁぁぁ……っ!! ははは! 戦の後の湯は、まこと格別じゃのう!!」
「まさか、大坂は水が良いだけでなく、湯まで湧く土地であったとは……」
秀忠も、湯気を浴びながら驚愕しきりだ。
竹千代は、呆れたように俺を見た。
「……お前は、本当に何でもありだな……」
だが、家康はただ湯を楽しんで終わるような男ではなかった。
「国松。この湯、しっかりと整えれば、民もたいそう喜ぶであろうな」
「……はい」
「戦の後には、恐怖だけでなく『癒し』も要る。……ただの軍の慰みで終わらせるのは惜しい。いずれ、町人にも広く開く湯とするとよい」
(……すごいな。戦後の民心掌握と、大坂の町づくりを、一瞬で温泉に結びつけた)
俺は、天下人の統治者としての底力に深く感心した。
*
その後も、俺はマップを頼りに水神無双を続けた。
一発だけだと偶然だと思われるので、さらに周囲を探索したのだ。
「あ、ここは違いました。ただの温かい水ですね」
「ここは浅すぎました。すぐに枯れますね」
いくつかハズレも引きつつ、万能すぎる神様感にブレーキをかけながら……。
最終的に、二つ目の『ややぬるいが十分使える湯』と、三つ目の『湯量は少なめだが療養に向く湯』を当ててみせた。
これで、周囲の認識は完全に決定づけられた。
「井戸だけではない……湯まで探し当てるとは……」
「これはもう、疑いようのない本物の水神様にまします……」
「徳川には、本当に神仏の加護が……」
周囲を取り囲む外様大名たちの目は、完全に俺に魅了され、同時に深く平伏していた。
*
その直後から、俺の地獄が始まった。
「若君! ぜひ、ぜひ我が領地にも御足労いただき、水脈の御助言を……!」
「我が国は、水に難がございまして! 何卒、御知恵を……!」
「温泉までとは申しませぬ! ただ、井戸の場所だけでも!」
「我が領の新田開発にも、ぜひ水神様のお力添えを……!!」
外様大名や旗本たちが、我先に俺のもとへ押し寄せてきたのだ。
「……嫌な予感しかしない」
俺は、青ざめて竹千代を見た。
「兄上! これ、全部そっちに投げていいですか!? というか、私は一人しかいないんですよ! 全国の井戸掘りなんて無理です!!」
家康が、笑いながら大名たちを制した。
「これこれ。国松は天下に一人しかおらぬぞ」
「ははぁっ……!」
「国松の知恵が欲しければ、まずは竹千代の元へ書状を出せ。……話の順番は、全て竹千代が仕切る」
「はっ! 承知仕りました!!」
大名たちが、一斉に竹千代へ頭を下げる。
竹千代は、完全に『全国水土御用・行政窓口』にされてしまった。
「……父上も、大御所様も。面倒事を全てこちらへ流しましたね?」
竹千代が、冷たい目で家康と秀忠を睨む。
「次の将軍じゃ。これくらいの陳情のさばき方、今のうちから慣れておけ」と家康。
「というわけで、兄上! あとは全部よろしくお願いします!!」
「お前も逃げるな」
竹千代にガシッと首根っこを掴まれ、俺の逃亡はあっさり阻止された。
*
温泉騒ぎも一段落し、場が和やかな空気に包まれたところで、俺はふと、軽いノリで口を開いてしまった。
「いやぁ、でも。せっかく大坂まで来たんですし、このまま『京都』まで行きません?」
「京都?」
「ええ。ここからなら近いですし。ほら、せっかく関西に来たんだから、有名な寺とか仏閣とか、いろいろ見物してみたいじゃないですか。……ちょっと、寄って帰りません?」
……その瞬間。
竹千代、家康、秀忠、そして側近たちの動きが、ピタリと止まった。
「あー……」
座敷に、なんとも言えない重く冷たい空気が流れた。
「……あれ?」
俺は、首を傾げた。
「国松」
竹千代が、ひどく真面目な、説教をする時の顔で俺に向き直った。
「武家が、公家や
「え?」
「ただでさえ、大坂と京都は古くからの日ノ本の『中心地』だ。……それに対し、我らの江戸は、まだ新しく作られたばかりの田舎町に過ぎぬのだぞ」
竹千代は、厳しい現実を突きつけた。
「都の公卿たちの中には、江戸の我らを『成り上がりの東国者』と見て、心の底で見下している者も多い。……こちらからの挨拶一つ、参内の順番一つ、言葉の選び方一つ。その全てが、恐ろしいほどの『政治』になるのだ」
俺は、ハッと気づいて顔から火が出るほど恥ずかしくなった。
(あ……そうか)
(つい、前世の現代の感覚で、『大阪出張のついでに、新幹線で京都寄って観光して帰る?』みたいなノリで言っちゃった……!)
「す、すみません……。完全に、調子に乗ってました……」
家康が、可笑しそうに笑った。
「はっはっは! ようやく気づいたか。……京都という場所は、思いつきでぶらりと遊びに行くような、安い土地ではないわ」
「禁裏や公家への挨拶は、膨大な準備と格式の調整が必要だ。ただの寺社見物だけというわけにはいかぬ」
秀忠も、将軍としての実務の重さを補足した。
*
だが、家康は俺を完全には否定しなかった。
「まあ、水神様も、京の都の古い寺社仏閣を直に見てみたいのであろう」
「……はい」
「今回は、全く準備がないゆえ無理じゃ。だが……いずれ、正式な挨拶は必要になる」
家康の目が、鋭く光った。
「禁裏の帝にも、公家衆にも。お前の『水神の若君』という名は、すでに深く届いておる。……お前の水土御用が、これから全国へ広がるというならば、京筋との付き合いも、絶対に避けては通れぬ道となる」
「次に行く時は、公儀として完璧な段取りを組む」
竹千代も深く頷いた。
「行くなら、水神様の気楽な『物見遊山』ではなく。徳川公儀の若君として、だ」
「……急に、ハードルがエベレスト並みに高くなったんですけど」
「お前の立場が、すでにそれだけ軽くないという話だ」
竹千代の言葉に、俺は深く項垂れた。
*
戦の後。
大坂の地で最初に湧き上がったのは、
地の底から勢いよく湧き出した、温かな湯。
そして、民の喉を潤す、清らかな水脈だった。
それは、城を落とすための暴力ではない。
町を生かし、民を癒すための力だ。
大坂は、もはや滅ぼすべき『敵の城』ではなくなった。
これからは、徳川公儀の町として、水と土を整えられ、新しく生まれ変わるべき土地になったのだ。
戦の終わりの次に来るのは、力による支配だけではない。
泥臭い『インフラ整備』の始まりだ。
水神様と呼ばれる俺の次の仕事は、敵地を探って戦うことではない。
これから徳川の世に組み込まれるこの巨大な大坂の「水と土」を、誰一人飢えさせることなく、ちゃんと働かせることだった。
「……また、めちゃくちゃ仕事が増えたなぁ」
俺は、温泉の湯気に包まれながら、久々にどこか明るい気持ちで、広大な大坂の空を見上げていた。
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